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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

13、姥雲隠れ ①

2025年04月12日 08時26分10秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・私の住む町はこの頃、
老人のピンクパワーに圧倒されている

というのは、
「熟年婦人講座」に加え、
「お茶のみ友達相談所」が新設され、
これがえらい人気だそうである

いったいこの辺りは高級住宅街で、
そういう市の施設が出来ても、
知らん顔をしている人が多い、
と思われたが、
近頃は浜に団地やマンションが多く出来、
大半は若い核家族が多いものの、
そういうところに、
淋しく押し込められた老人は、
どっと押しかけたそうである

これは会員制で、
カードで登録しておくそうである

そして相手のカードを調べ、
係員の意見も聞いて、

(係りは、
長らく老人ホームの職員をして、
老人心理と生理に明るい人とか、
保健婦さんあがりとか、
福祉関係のベテランとかから成っている)

これぞと思う人を選び出す

係員が先方の意向をたしかめ、
OKとなったら、
双方お見合いという段取りだそうである

ダメとなると、
断って次のを捜せばよい

マンションの管理人は夫婦者であるが、

「入会者は多いらしいですな
ここの八階のおじいちゃん、
四階のおじいちゃん、
申し込みはりました」

と主人のほうがいい、
マンションのロビーに貼っているポスター、

「老人の皆さん、
老人の幸福は、
金や子や孫ではありません
お金を持って死ねますか
子供や孫がアテにできますか
幸せは同年輩の心かよう、
茶飲み友達あればこそ
さあ、今こそ新しき伴侶を」

読むともなく、
目を走らせていた私は、
何だか恰好悪く狼狽して、

「なんとねえ・・・」

としかいえない

このポスターに加え、
市の福祉課は東京の作曲家に頼んで、

「お茶飲み友達のテーマ」

を作り、
町へ流すようになった

作詞は市の特別養護老人ホームの所長

これはあまり有名でない、
男性の演歌歌手が歌い、
しかしそのレコードも売れているという

そして「熟年の輝き」という、
タブロイド判の機関紙が家庭に配布された

そこには老人たちの、
お見合いをすませ、
婚約して、
晴の日を待つ嬉しさと、
相談所に対する感謝の投書が、
わんさか載っている

もうこのごろでは、
全市あげて「お茶飲み友達」ブームに、
なったとしか思えない

私のように一人で暮らしている、
老婦人は真っ先に登録しているように、
思われはすまいか、と、
さすがの私も肩身せまく、
市の福祉課に腹を立てている

私は子や孫もいらないが、
ボーイフレンドもいらないのだ

五勺の酒、
新しいドレス、
着慣れた絹のガウン、
宝塚、
おいしいものをほんのぽっちり、
もうそれだけで私の人生は、
バラ色なんである

お習字に絵、
いろんな友人、
いささかの利殖操作の楽しみ

そんなものがあれば、
この上、ボーイフレンドはお呼びでない

この間、
中年女が二人訪れてきて、

「アンケートお願いできます?
七十七歳、お独りですね?
私どもは市の『熟年の輝き』、
編集室の者ですが」

私はこのたぐいのことに、
協力的ではない

「いえ、三つ四つ、
お玄関で聞かせて頂ければ
老人福祉に関する質問ですのよ
えーと、おばあちゃんは」

私はムカッとする

私はこの口紅の濃い、
痩せた女の祖母ではないのだ

それをなぜ気軽に、
おばあちゃんなどと、
なれなれしくいうのだ

「私ゃ山本という名ですよ、
そう呼んでください」

「はい、すみません
一つお聞きします、
いま若いころより不幸だと思いますか?」

私は取り合わぬつもりだったが、
こう聞かれては答えずにはいられない

「とんでもない、
あたしゃ、幸福ですね
トシ取ったら取ったでより幸せになる」

「えー、二つ
これから面白いことは何も起こらない、
つまらなくなるばかりだと思いますか?」

そんなバカなことをいわれて、
ほっとくわけにはいかない

「いーえ、
ますます面白くなると思います
人生はこれからです」

「三つ
身なりにかまう気はしないですか?」

「そんな女がいますかしら!
女はいくつになっても女、
美しく装いたいですよ」

もう一人の女は地味で色気のない、
南京豆をむいたような女

その女が代って、

「年をとってゆくのは悲しいですか?」

なんでこう、
私を怒らすようなことばかり聞くのだ

「悲しいわけないでしょ、
毎日忙しくてすることがいっぱいあって、
楽しいんやから」

「体にどこか悪いところは、
ありますか?」

「健康そのものですね
医者要らずですよ」

「おばあちゃん、
五つマルですわ!」

とまたしても、
口紅濃い女がいい、

「おめでとうございます、
よかったですね」

「何が、どうやというんです」

「再婚資格充分、
というところですわ
五つマルは陽気で向上心に富み、
再婚しても成功まちがいなし、
太鼓判です」

「誰が再婚しますねん?」

「おばあちゃんですよ
いまお独りでしょう?
『お茶飲み友達商談所』を、
ご利用頂いてますか?
おばあちゃん」

もう一人の南京豆女があとを取り、

「生きる支えをさがして、
再婚なさることをおすすめしますわ
やはり何といいましても、
孤独は辛いものですものねえ」

私の怒りはジリジリ高まる

それを抑えようとして、
かえっておとなしやかな調子になる

「あたしはそんな、とても・・・」

「おばあちゃん、
さあ、生き甲斐を獲得しましょう!」

女二人が色めき立って、
説得にかかろうとする

ちょこざいな者たちである
私を何だと思っているのだ

おばあちゃん、おばあちゃんと、
気安くいってほしくないものだ
そんじょそこらのおばあちゃんではない

この気概がおのずと身辺に、
殺気のごとくあふれるのを、
この世間知らずの女めらは、
分からぬのかっ!






          


(次回へ)

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