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夢の途中

空に真赤な雲のいろ。
玻璃に真赤な酒の色。
なんでこの身が悲しかろ。
空に真赤な雲のいろ。

石楠花と飛竜山

2007-06-18 | 旅・登山

東京で一番高い山として知られる雲取山の尾根続きに、
雲取山より50mばかり高い、標高2077mの飛竜山がある。
非常に奥の深い山である。

梅雨であって梅雨でない快晴続きの日曜日、
早朝4時に起き、いつものようにオフロードバイクを駆って、
青梅街道の奥へ。
適度に荒れた後山林道のダートを楽しみつつ、終点まで走った。

そこから山小屋の三条の湯まで、少し歩く。
ほとんどのハイカーが右へ、
すなわち雲取山へ歩を進めるなか、
いきなりの急勾配に始まる左へと、登った。

登山道はいかにも登山道で、まったくケレン味がない。
ひたすら登る。
新緑がイメージした以上に、むせ返らんばかりだ。
春ゼミの合唱がうるさいほど、
まるでカエルの大合唱にように響き渡り、
渓流の瀬音が次第に遠のいていく。

やがて空が見える。真っ青な、どこまでも高い空。
高い空に流れる筋雲が、空の青と緑に映えて、実に印象的だ。
いつの間にセミの声が聞こえなくなり、
代わりにウグイスの初鳴きだ。

け、きょ、け、きょ、け、け、け、け、け・・・・
スターカットでぎこちなく鳴くその声に、
思わず頑張れと囁いてしまったが、これは半分は自分に向けてのこと。
吐く息は荒く、運ぶ足は重く、汗が額からポツポツと落ち続ける。

途中、ミヤマツツジの花びらが、登山道に散り落ちていた。
そして登るにつれ、その赤紫色の花が満開に咲きこぼれている。
なにやら時間を遡っているかのようだ。

やがて、空へと続くように道が開けた。
雲取山から続く尾根の道に出たのだ。
陽射しが明るく、緑がますます若く瑞々しく、
まるで桃源郷かと思わせるような、よい分岐道。

このあたりまで来ると、ウグイスの声も
ちゃんと大人の唄になっている。

一瞬、ああ、こんな緑滴る樹々の下で眠っていられたら、
と思った。そう、散骨してもらうなら、こんなところだ。

そこからの登山道には、嬉しいことに、
ぽつぽつと、石楠花の花が迎えてくれている。
ああ、しかし、すでに盛りを過ぎているぞ、
もう少し早い時期に来ればよかったか・・・・

そう思いつつさらに登ると、そこから頂上までは
なんと満開の石楠花街道と化したのである。
ここでもまた、高度によって時間が戻っているかの錯覚だ。

両側に低く、紅色の、薄いピンクの石楠花の花々が、
いま真っ盛りの風情で咲き誇っているではないか。
まさに石楠花のトンネルであった。

こうして登ること3時間半。
頂上は樹木に被われ、その合間から
未だ真っ白な富士山が望めるだけ。

しかし、すぐ下ったところに禿岩という、
180度の大パノラマが広がる展望の地があった。

すでに午後の陽射しに煙りがちではあるが、
左に雲取山、奥多摩の大岳、富士、大菩薩、遠く八ヶ岳、
そして金峰山、甲武信岳と右に連なる見事な景観に
ただただ、見惚れるばかりであった。



増富温泉で蝦蟇になった日

2005-08-09 | 旅・登山
仕事が一段落したので、腰痛に元気を奪われた老母と温泉療養に出かけた。こちらも、キーボードの打ち過ぎモニタの見過ぎで、首筋から肩が痛くて回らない。なんのことはない、老母は口実でこちらが療養したかったんだな。

行った先は、山梨の増富温泉。古くからラジウム鉱泉のメッカのように言われてきた名湯である。中央線高尾から各駅停車の鈍行で韮崎へ。車窓からも暑い夏の陽射しに焦げつく甲府盆地が実感できる。熱気で霞む南アルプスの山々を茫然と眺めながら、ゆったり2時間、そして韮崎からバスで森林を分けて1時間。
増富温泉は、甲武信岳、国師岳と並んでいずれも秩父多摩の2500mを超す高山の金峰山と、険しく神秘な異貌で知られる瑞牆(みずがき)山への登山道に続く、林道の入り口にある。

この林道は金山沢という渓流に沿ってよく知られた美しい紅葉の道である。かつてはダート道だったので、何度もこの林道を嬉々としてオフロードバイクで走ったし、バイクを置いて瑞牆や金峰へも登ったこともあったが、実は温泉には一度も浸かったことがなかった。

放射線であるラジウムの鉱泉は温度が低いため、数分間熱い湯で毛穴を開いたあと、10分から30分くらい赤茶けたラジウムにひたすら修行僧のようにじっと浸かって・・・・ということを数回繰り返す。
それを一日3,4回、メシとうたた寝の合間に繰り返して数日経つうちに、身体がだんだん解きほぐされ、あれあれ、肩や腰の痛みもすっと消えている。
近年では末期癌にも効用ありとテレビがうたったこともあり、多くは中高年の夫婦が真剣に療養に取り組んでいて、常に満員状態。物見遊山ふうの温泉観光客など、ひとりもいない。

確かに、森林と渓谷のせせらぎに浴して空気は旨く、青葉も青空もきれいで渡る山風谷風もたいへん心地よい。強い鉱泉にあたるので疲れるせいか、昼間からいくらでも眠れる。しまいには夜に眠れず、夜中の自動販売機をがたごといわせて何本もの缶ビールの世話になる始末でもあった。

ふしぎにも、初日には湯からあがると身体のどこかが痛かったり、異様に火照ったり、どうやら具合の悪い部分が浮き上がってくるがごとくで、実に面白い体験だ。やがて、その部分が癒されてくる。周囲の自然環境に包まれているうちに、その気配に同調して人も自然の一部にかえっていくかのようである。

その最たるものに、岩風呂というものがあった。
宿の裏手の山道を5,6分登っていくと、ややおどろおどろしい小屋が建っており、浴衣を打ち脱いで踏み込めば、木製の小さな観音様が般若心経の経文とともにまつられた奥に、げっ、岩穴が掘られている。
おそるおそるのぞき込むと、畳一枚ほどもない狭く薄暗いその穴に、人の頭がひいふうみい・・・・一様に押し黙って浸かっている。足を差し込むと、冷たい鉱泉の感触に縮み上がる心地である。

その冷たさに身体を動かすこともできず、心頭滅却すればの心地で、じっと両膝を抱えて浸かっている・・・・聞こえるのはみーんみーんみんみんと蝉時雨、岩肌からはぽちゃぽちゃぴちゃぴちゃと湧いて落ちるラジウムの水音ばかり。

・・・・そうしているうちに、岩底から小さな気泡とともに音とも言えぬほど幽かに洩れてくる、ラジウムのささやき声。時間が、はたと、止まった。

じっと、じっと、そのままでいた、と、突然に、悟る。
吾は、蝦蟇なり。この岩穴の、主なり。
穴の底から世界を見上げて5年、10年、そのまんま人知れず蟄居している蝦蟇の心に、だんだんなってくるのだった。

冬の奥多摩・陣馬山

2005-02-06 | 旅・登山
久しぶりに奥多摩の低山を登る気になった。ぽかぽか陽気に誘われて、無心になりたかった。
他の人はどうか知らぬが、気持ちが荒れてきたりゴミのようなものが溜まってきたと感じると、山に登りたくなる。ひとりで、はあはあ息を切らせて苦しみたくなる。そしてその果てに、遠く広い山々の景色をぼーっと眺めたくなる。無性に、風の音を聴きたくなる。

妙な言い方だが、密かにその気分を“自己処罰とカタルシス”と思っている。
風が渡り、木々が枝を揺らし、葉がふるえ、さあーっと音が渡る。その気配を全身で感じているだけで、どうしてあんなに心が落ち着くのだろう。
そして感動するのは、3000mクラスの山腹を、ぜいぜい息を切らして蟻のように尾根へ這い上がった瞬間に出くわす、この世とは思えないあの神々しい山岳の世界! まったくこの瞬間にはこころがふるえる。虚空を舞う風に乗って、音楽がふりそそいでくる・・・・。

夏にはとてもその気にならないが、冬は奥多摩の低山の世界である。御岳山、高尾山、高水三山に始まって、棒ノ峰山、日の出山、大岳山、御前山、三頭山、川乗山、鷹ノ巣山・・・・中学から高校時代にかけて、奥多摩をずいぶん歩いた。そして40歳の半ばを過ぎてから、また歩き始めた。いろいろな山の尾根道に、孤独を気取った17歳の自分の後ろ姿が見えるときがある。すたすたと歩いて行った13歳の記憶が、ふとよみがえる景色がある。

陣馬山にはいくつものアプローチがある。いつものように、山岳ダート道だって高速だって、どこでも走る1150CCの大型バイクを麓に置いて、ぐるっと周回するようにコースを歩いてくる。登り始めた途端、弛んだ体が重い。重いところで、登山道は途中から雪のアイスバーンとなるが、軽アイゼンの必要もなく、ゆっくり登る。いつもより足に力が入り、たかだか2時間弱の登りで、苦しんでいる。

昼寝にもってこいの広い頂上は雪に覆われ、横になることはできなかったが、真白い富士山が見える。天気のよい午前中には、ここから南アルプス、秩父山系はもとより、北の浅間山までくっきり見えるのだ。今はもう午後の2時。大菩薩峠も煙りつつある。
休日の頂上では、茶店がいくつか開いていて、そう、ビエルが飲めるのだ! おでんだって、暖かい蕎麦だって食べられるのだ。

富士山に乾杯して、凍えるほど冷たいビエルを、乾いた喉の奥へ流し込む。ああ、なんという僥倖、なんて美味いんだ。
標高わずか876m。その広いてっぺんから、カタルシス気分で、ぐるっと四方を眺め渡す。優雅、絶景。たかが奥多摩、たかが陣馬山!なんて、バカにしてはいけないのである。