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酒の肴を独断偏見でエブリデー更新。関西3県境の北摂(兵庫東北部、大阪北端、京都南部)に生息※敬称は略。

本当に飛び降りた清水の舞台

2009-10-02 | 日記
命をかけて飛び降りる気持ちでやれば、何でも夢が叶う、という意味で、よく使われることわざ、フレーズ。

「清水の舞台から飛び降りる」

 それを実際に実践した学生がいる。

 窪塚洋介もビックリですな。

 滋賀の18歳の大学生だ、という。その学生は「願い事があった」のかどうかは定かではない。

 「大学生も、ここまで来たか?観光客の前でのパフォーマンスだ、と思うが、実に嘆かわしい」と船長さんが久しぶりの嘆きメール。

 他人事だから、かえってオモロイ、と思ったのは不謹慎だろうか。

 舞台になった清水寺の下は、古木の桜の木などが多い茂っている。いいクッションになったと想像できる。一命は取り留めたようだが、計算のうちかもしれなかった。

 一度、「願い込めて」清水の舞台から飛び降りるコンテストでもやれば、いいのでは?そうして、本当に願いが叶ったのか5年後ぐらいに一同に集まって、清水寺本堂でトークショーでもやればどうだろうか?



 そもそも、清水の舞台からは江戸時代(1694年~幕末1864年)に、多くの庶民が願をかけて飛び降りた、という。古文書(成就院日記)調査では、飛び降り事件は、江戸時代234件あった。残っている資料の148年間の234件だから1年に1.6人。記録のない時期も発生率が同じと仮定すれば江戸全時代全体では424件。

 男7、女3の割合で、最年少は12歳、最年長は80歳代。年齢別では10代、20代の若者が7割を占める。清水の舞台の高さは13メートル。生存率は85.4%。地元の京都の人が最多。飛び降りた人は福島や新潟、山口や愛媛など全国にわたる。多発する飛び降り事件に耐えかねて、現在のように舞台にさくを設ける嘆願をしたそうだ。1872年、明治政府が飛び降り禁止令を出し、下火になった。

 そもそも、江戸時代庶民は清水観音に命を託し、飛び降りて助かれば願い事がかない、死んでも成仏できると信じた(まるでイスラムのテロリストみたい)。


 ◆清水寺本堂(京都市東山区)は国宝。

 【NEWS引用】清水の舞台から9月30日午後5時ごろ、滋賀県の男子大学生(18)が舞台東側(東山側)に走り高さ1mの欄干をまたいで飛び降りた。目撃した観光客が110番。約12メートル下の砂利上の斜面に転落したが、一命を取り留めていたことが1日分かった。大学生は全身を打撲。意識はあるという。

 清水寺・福岡正芳副次長「助かって本当に良かった。命を大切にし、二度としないでほしい」。
 
 大学生「自分で飛び降りたが、その前後の記憶はない」

 東山署「亡くなってもおかしくない落差。助かったのは奇跡的」。

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