第一の論点として、先ず、指定管理者の法的性格についてであるが、国の解釈によれば(というか、既に総務省HPから削除されており、国会図書館で検索したがなかなか出てこないので、洋々亭さんの過去ログ「指定管理業務は請負業務では無い?」http://yoyotei.opal.ne.jp/cgi-yybbs/yoyybbs.cgi?mode=past&pno=36&subno=3993の自分の投稿から引用・・)、総務省の地方公共団体における民間委託の推進に関する研究会報告書(平成19年3月)P.25でも、「指定管理者の「指定」という行為自体は「契約」ではなく行政行為とされている」と記載されている。指定管理者の「指定」という行為自体は「契約」ではなく行政行為とされているが、「指定」に伴い地方公共団体と指定管理者の間で合意された事項を確認する「協定」の法的性質について整理を行う必要がある。「協定」の法的性質については、「行政行為の附款」とする考え方と「契約としての法的性質を有する協定」とする考え方がある。ここで、協定を「行政行為の附款」ととらえると、行政行為の条件として地方公共団体が一方的に決めていることになるが、協定締結の過程及び協定に含まれる内容を考慮すると、法的拘束力のある契約条項的な規定部分を含むことから、「契約としての法的性質を有する協定」とするほうが適当であると考えられる・・・と言う理論である。
また、上記所論によれば、「行政行為の附款」と「契約」としての規定部分を含むと言うのである。これはこれで一つの見解だとしておこう。
また、“附款”にも、「法定附款」と「裁量的な附款」が考えられるが、“附款”自体が、何らかの合意による場合もあると考えられよう(なお、付款が交渉の結果として付されることがあり得ることについては、塩野宏『行政法Ⅰ(第3版)』有斐閣、2003年161頁を参照)。
同所論では『「協定」が契約としての法的性格を有するとした場合、地方自治法第234 条の契約に関する規定や第142 条等の兼業禁止の規定との関係が問題となるが、これらは契約相手先を決定する際の規定であることから、これと対応関係にある「指定」という行政行為には適用されないものである。』
『“兼業禁止”については「指定」という行政行為には適用されない』と結論づけてはいる。これも一つの見解だとしておこう。
しかしながら、この所論をもって「民法」とこれを修正する「経済法」・「労働法」をさらに修正するものとはならないであろう。
例としては、行政権限の下級庁への委任の場合には、一般に、委任した上級庁が受任庁に対し、指揮監督権を有していると考えられているが、指定管理者の場合には、これを「協定書」に委ねているものと考えられるからである。もし、指定管理者に対する指揮監督権を委任庁(指定する側)に認めれば、職業安定法や労働者派遣法との整合性が問題となってくる。
所論は、労働法(労働者派遣法)について一部のみ触れてはいるが、しかしながら従来の上級庁・下級庁のような関係に対し、法人格の異なる機関(自治体と民間法人)間の私法関係(とこれを修正する経済法・労働法)についての検討がなされているとは言いがたい。
また、個人情報の保護についても、従来の管理委託制度における実施機関(行政機関)からの委任と同等の取り扱いとなっており、指定管理者から再委託された場合には罰則の適用はない規定になっているのである。
これは指定管理者(私人)と行政機関(公務員)の決定的な違いだと思われる。
個別に判断すれば刑法7条の“みなし公務員”の可能性は排除はされない。しかしこれが結論ではない。
第二として、先ずは、刑法7条の規定に関して、自治体が独自に公務員的用罪の範囲を広げることは、罪刑法定主義に反し、憲法(デュープロセス)条項にも反すると解すべきであろう。念のため、刑法の規定は「第七条 この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
2 この法律において「公務所」とは、官公庁その他公務員が職務を行う所をいう。」となっている。
なお、法律(法令)の規定に基づく「みなし公務員」は、デュープロセスの原則により、明文の根拠が必要なところ、例えば、国の指定機関については、行政庁から委任を受けた民間人が「公権力の行使である公務を行う」とする明文規定が「みなし公務員」の法源となっている(ただし明文により“みなし公務員”とは書いてないものが多い)。
これを援用すると、地方自治法の法任意規定(244条の2の3)である指定管理者は、これを採用する自治体の条例(使用許可等の公権力の行使が長から委任された場合)によって、公務を行う者となることから、「みなし公務員」だと言い得る法源である余地はあることとなる。
つまり「法任意(出来る規定)」でもって民間人に委任が可能な公権力行使(自治体に留保されている)は、これを条例により規定した場合に限り、条例が個別法となり「みなし公務員」であると解することも一応可能ではある、ということだ。
ところで、よく対比されるというか、類似の構造を持つ、公共サービス改革法の「みなし公務員規定」については、解釈が少し厄介である。
即ち、
第二十五条 公共サービス実施民間事業者(その者が法人である場合にあっては、その役員)若しくはその職員その他の前条の公共サービスに従事する者又はこれらの者であった者は、当該公共サービスの実施に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。
2 前条の公共サービスに従事する者は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
この規定では「公共サービス実施民間事業者若しくはその他の前条の公共サービスに(1)」に従事する者は「法令により公務に従事する職員とみなす(2)」となる。
しかし、公共サービス実施民間事業者で括ったすべての者が“みなし公務員である”と解すには、なお疑問があるのである(同条が「前条の~」と名指しした者は、個別化するとされる刑法責任論においては、どの個人なのか?が得に疑問である)。
ここで確認しておきたいが、刑法は根拠法ではないから、法源はあくまで該当「法令(の明文規定)により公務を行う者」であって、この者に対する料罰規定として刑法7条が適用され「~公務員とみな~」されるわけである。
そうすると、公共サービス改革法が規定する「みなし公務員」と言い得るような法源は、同法の34条以降条文に列挙された業務(公務)に求められるものであろう。つまり、法令により公務に従事すればみなし公務員なのだから、公共サービス25条2項は得に必要ないことになる。ダメ押し規定である。
また、(やぶ蛇だが)同法54条の料罰規定については、刑法に規定される料罰規定と競合した場合には、これは択一関係により「公共サービス改革法二十五条第一項違反罪」になると思う。
結局のところ、指定管理者は、みなし公務員である可能性はあるが、確定的ではない、ということである。また、刑法の公務員適用罪を適用するだけの責任については、身分保障(例えば失われた権利に対する対価)という点でも疑問はあるわけである。
しかしながら、私の意図としては、刑罰に威嚇されて護られる法益の価値については無視できないわけであって、指定管理者に与えられた施設利用の許可不許可の行政処分に対しては、職権乱用罪や贈収賄罪の威嚇がある(=刑法7条に言う「みなし公務員」たる身分である)、という前提に立たないとすれば、自治体や個別の施設によっては自治体が直営でやっているわけであり、また少数ではあるが利用の許可を自治体(の公務員)に留保している場合もあるのであるから、地方自治法244条に言う『公の施設』の平等利用と公共性を担保するには足りないわけである。
また、上記所論によれば、「行政行為の附款」と「契約」としての規定部分を含むと言うのである。これはこれで一つの見解だとしておこう。
また、“附款”にも、「法定附款」と「裁量的な附款」が考えられるが、“附款”自体が、何らかの合意による場合もあると考えられよう(なお、付款が交渉の結果として付されることがあり得ることについては、塩野宏『行政法Ⅰ(第3版)』有斐閣、2003年161頁を参照)。
同所論では『「協定」が契約としての法的性格を有するとした場合、地方自治法第234 条の契約に関する規定や第142 条等の兼業禁止の規定との関係が問題となるが、これらは契約相手先を決定する際の規定であることから、これと対応関係にある「指定」という行政行為には適用されないものである。』
『“兼業禁止”については「指定」という行政行為には適用されない』と結論づけてはいる。これも一つの見解だとしておこう。
しかしながら、この所論をもって「民法」とこれを修正する「経済法」・「労働法」をさらに修正するものとはならないであろう。
例としては、行政権限の下級庁への委任の場合には、一般に、委任した上級庁が受任庁に対し、指揮監督権を有していると考えられているが、指定管理者の場合には、これを「協定書」に委ねているものと考えられるからである。もし、指定管理者に対する指揮監督権を委任庁(指定する側)に認めれば、職業安定法や労働者派遣法との整合性が問題となってくる。
所論は、労働法(労働者派遣法)について一部のみ触れてはいるが、しかしながら従来の上級庁・下級庁のような関係に対し、法人格の異なる機関(自治体と民間法人)間の私法関係(とこれを修正する経済法・労働法)についての検討がなされているとは言いがたい。
また、個人情報の保護についても、従来の管理委託制度における実施機関(行政機関)からの委任と同等の取り扱いとなっており、指定管理者から再委託された場合には罰則の適用はない規定になっているのである。
これは指定管理者(私人)と行政機関(公務員)の決定的な違いだと思われる。
個別に判断すれば刑法7条の“みなし公務員”の可能性は排除はされない。しかしこれが結論ではない。
第二として、先ずは、刑法7条の規定に関して、自治体が独自に公務員的用罪の範囲を広げることは、罪刑法定主義に反し、憲法(デュープロセス)条項にも反すると解すべきであろう。念のため、刑法の規定は「第七条 この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
2 この法律において「公務所」とは、官公庁その他公務員が職務を行う所をいう。」となっている。
なお、法律(法令)の規定に基づく「みなし公務員」は、デュープロセスの原則により、明文の根拠が必要なところ、例えば、国の指定機関については、行政庁から委任を受けた民間人が「公権力の行使である公務を行う」とする明文規定が「みなし公務員」の法源となっている(ただし明文により“みなし公務員”とは書いてないものが多い)。
これを援用すると、地方自治法の法任意規定(244条の2の3)である指定管理者は、これを採用する自治体の条例(使用許可等の公権力の行使が長から委任された場合)によって、公務を行う者となることから、「みなし公務員」だと言い得る法源である余地はあることとなる。
つまり「法任意(出来る規定)」でもって民間人に委任が可能な公権力行使(自治体に留保されている)は、これを条例により規定した場合に限り、条例が個別法となり「みなし公務員」であると解することも一応可能ではある、ということだ。
ところで、よく対比されるというか、類似の構造を持つ、公共サービス改革法の「みなし公務員規定」については、解釈が少し厄介である。
即ち、
第二十五条 公共サービス実施民間事業者(その者が法人である場合にあっては、その役員)若しくはその職員その他の前条の公共サービスに従事する者又はこれらの者であった者は、当該公共サービスの実施に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。
2 前条の公共サービスに従事する者は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
この規定では「公共サービス実施民間事業者若しくはその他の前条の公共サービスに(1)」に従事する者は「法令により公務に従事する職員とみなす(2)」となる。
しかし、公共サービス実施民間事業者で括ったすべての者が“みなし公務員である”と解すには、なお疑問があるのである(同条が「前条の~」と名指しした者は、個別化するとされる刑法責任論においては、どの個人なのか?が得に疑問である)。
ここで確認しておきたいが、刑法は根拠法ではないから、法源はあくまで該当「法令(の明文規定)により公務を行う者」であって、この者に対する料罰規定として刑法7条が適用され「~公務員とみな~」されるわけである。
そうすると、公共サービス改革法が規定する「みなし公務員」と言い得るような法源は、同法の34条以降条文に列挙された業務(公務)に求められるものであろう。つまり、法令により公務に従事すればみなし公務員なのだから、公共サービス25条2項は得に必要ないことになる。ダメ押し規定である。
また、(やぶ蛇だが)同法54条の料罰規定については、刑法に規定される料罰規定と競合した場合には、これは択一関係により「公共サービス改革法二十五条第一項違反罪」になると思う。
結局のところ、指定管理者は、みなし公務員である可能性はあるが、確定的ではない、ということである。また、刑法の公務員適用罪を適用するだけの責任については、身分保障(例えば失われた権利に対する対価)という点でも疑問はあるわけである。
しかしながら、私の意図としては、刑罰に威嚇されて護られる法益の価値については無視できないわけであって、指定管理者に与えられた施設利用の許可不許可の行政処分に対しては、職権乱用罪や贈収賄罪の威嚇がある(=刑法7条に言う「みなし公務員」たる身分である)、という前提に立たないとすれば、自治体や個別の施設によっては自治体が直営でやっているわけであり、また少数ではあるが利用の許可を自治体(の公務員)に留保している場合もあるのであるから、地方自治法244条に言う『公の施設』の平等利用と公共性を担保するには足りないわけである。
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