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このブログは、憲法や法律に関連する事柄を不定期かつ思いつくままに綴るものです。なお、素人ゆえ誤りがあるかもしれません。

埼玉県 正智深谷高校が“偽装請負”

2012-10-31 00:03:43 | Weblog
 以下は2012年09月21日付毎日新聞記事より。

引用・・・

 埼玉県深谷市の正智深谷高校が、業務委託契約を結んでいた講師に直接指示を出して働かせていたのは労働者派遣法などで禁止されている「偽装請負」に当たるとして、東京労働局から是正指導を受けていたことがわかった。首都圏青年ユニオンなどが21日、記者会見で明らかにした。

 会見に出席した女性講師(29)は10年4月1日から2年間、同校と業務委託関係にある人材派遣会社と委託契約を結び、社会科の授業を担当した。1コマ9000円の契約で、1カ月16コマの授業をして14万4000円を受け取っていたが、ほかにも会議への出席や生徒への補講を求められるなどしていた。

 東京労働局は14日、同校と人材派遣会社に是正指導を出した。正智深谷高校は 埼玉県深谷市の正智深谷高校が、業務委託契約を結んでいた講師に直接指示を出して働かせていたのは労働者派遣法などで禁止されている「偽装請負」に当たるとして、東京労働局から是正指導を受けていたことがわかった。首都圏青年ユニオンなどが21日、記者会見で明らかにした。

 会見に出席した女性講師(29)は10年4月1日から2年間、同校と業務委託関係にある人材派遣会社と委託契約を結び、社会科の授業を担当した。1コマ9000円の契約で、1カ月16コマの授業をして14万4000円を受け取っていたが、ほかにも会議への出席や生徒への補講を求められるなどしていた。

 東京労働局は14日、同校と人材派遣会社に是正指導を出した。正智深谷高校は「業務委託と派遣契約の違いを認識していなかった」とコメント。委託契約を結んでいた13人の講師を派遣契約に切り替えたという。

・・引用終わり。

 不思議なのは学校のコメント。「業務委託と派遣契約の違いを認識していなかった」としているが、数年前から“偽装請負”については、製造会社の偽装請負でマスコミでも国会でも取り上げられており、校長がこれを承知していなかったとは考えにくい。しかも派遣元はプロの人材派遣会社であり請負(ないし委任)と労働者派遣との区分に関し、法的理解はしていたはずである。
 “確信犯”と言ってよい。ちなみに労働者派遣法には刑事罰もあり、派遣元の罪とは必要的共犯関係でもあるし(派遣先がそそのかすか、若しくは派遣先でなし崩し的に指揮命令関係に入れば、そちらが正犯ということになる)、刑法総則では法の不知は故意責任を阻却しないのが原則。この場合、他人の労働者を使用することを認識していれば構成要件的故意は少なくとも成立するということになる。あとは犯罪成立の出口論での責任の問題である。念のため罪となるか否かは不明。

 結末は、労働局の行政指導により適法な派遣契約となったとのことであるが、そもそも学校教育を行うには、生徒個人の成績や進路希望など個人情報を直接扱うのが教師の仕事。これを一部は正規教師、もう一部は委託で行うというのであるから、このアウトソーシングは最初から無理があったと言わざるを得ない。

 一人の生徒につき、公教育である学校教育(学校教育法により、私立でも学校は「公の性質」があるのであるから)システムに、同一現場での連続性のある教育を、別法人が担うことになるというのは、学校教育法にいう学校法人格の否定でもある。これは労働者派遣(指揮命令が行える労働関係)に切り替えたとしても、果たして、学校教育法が予定している学校法人としての要件を満たしていると言えるのであろうか。労働者派遣の要件が、如何にして公教育を行う学校教育法にいう学校法人の要件を満たすのか、当該法人が置くこととなっている教員(同法7条)の要件に合致するのか、同校には説明してもらいたいと思う。
 
 百歩譲ったとしても、課外活動や修学旅行の企画購入など、所謂アウトソーシングは個々の具体的業務に限られよう。私立学校は襟を正すべきだ。
 この際、教員免許と学校法人との直接雇用を、教育実施の際の教員の要件としては如何か。既に関係法を要約すると、そのように法解釈することは可能なようにも思われるが・・・。

 参考:
 学校教育法
 第三条  学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。
 第五条  学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。
 第七条  学校には、校長及び相当数の教員を置かなければならない。
 第八条  校長及び教員(教育職員免許法 (昭和二十四年法律第百四十七号)の適用を受ける者を除く。)の資格に関する事項は、別に法律で定めるもののほか、文部科学大臣がこれを定める。
 第九条  次の各号のいずれかに該当する者は、校長又は教員となることができない。
 一  成年被後見人又は被保佐人
 二  禁錮以上の刑に処せられた者
 三  教育職員免許法第十条第一項第二号 又は第三号 に該当することにより免許状がその効力を失い、当該失効の日から三年を経過しない者
 四  教育職員免許法第十一条第一項 から第三項 までの規定により免許状取上げの処分を受け、三年を経過しない者
 五  日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者
 第十条  私立学校は、校長を定め、大学及び高等専門学校にあつては文部科学大臣に、大学及び高等専門学校以外の学校にあつては都道府県知事に届け出なければならない。
 第十一条  校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
 第十二条  学校においては、別に法律で定めるところにより、幼児、児童、生徒及び学生並びに職員の健康の保持増進を図るため、健康診断を行い、その他その保健に必要な措置を講じなければならない。

 上記条文を理解する限り、教員の資格関係とその身分関係(経歴上の欠格条項)、児童生徒への懲戒権限付与、教員の健康管理、教員への校長の管理権限など、およそ学校法人との直接の労働関係と雇用関係が無い限り、実施できないことばかりのように思われるのである。教員という職務性質上、適法な労働者派遣でも難しいように思われる。公論よ起これ。


 《追記》

 ややアウトソーシングに肯定的だが下記のような記事もあるので参照されたい。

 2012年10月25日付東京新聞「広がる派遣教員 生徒と向き合うために」
 引用・・・
 私立高教員の非正規化が加速し、人材会社が講師を派遣するケースも広がっている。そうした教員は不安定な身分や低賃金で働き、仕事上の悩みも深い。教育現場への講師派遣に問題はないのか。
 埼玉県の私立高で派遣会社と請負契約を結んでいた女性講師に学校側が違法な勤務の指示をしていたことが発覚し、東京労働局が九月、学校や派遣会社に是正指導した。講師は週十六コマ担当し生徒に慕われたが、学校生活の悩みや進路を相談されても請負では力になれなかった。
 非正規の教員が増えたのは少子化で生徒数が減り、経営難の高校が増えたためだ。総経費の約七割を占める人件費を抑えるため、正規教員の退職者は補充を控え、非正規を増やす。文部科学省の調査によると、全国私立高教員九万三千人のうち、非正規の講師は37%の三万四千人(二〇一一年)。十年で一割近く増えた。
 さらに学校と直接雇用契約を結ばず、人材会社から派遣された講師が授業を受け持つケースがある。学校が非常勤講師を直接雇うよりも費用は若干高くつくが、社会保険加入もいらない。科目数の増加など急なニーズに間に合わせられ、自前で人材を探しきれない学校には便利なためだ。
 全国私立学校教職員組合連合が今秋、傘下五百九十の私立高の派遣実態を調べたところ、回答した二百六十二校のうち、少なくとも三十五校で計百四十人の派遣や業務として個人で授業を請け負う講師がいると分かった。教員九十数人のうち十五人も派遣を使う学校もある。永島民男(えいじまたみお)・中央執行委員長は「多数いる学校が正確に答えていない可能性もあり、実際はもっと多いだろう」とみる。
 教育現場への講師派遣で難しい問題も生じる。派遣は事前面接が禁じられており、私学の建学精神や伝統に合う人材を探せない。請負だと現場で業務を指示できないため、学校側は講師の授業に注文があっても本人に言えず、雇用主の人材会社に伝えなくてはならない。教員同士の授業相談や研修は違法の偽装請負になる。
 校務や部活動を頼めない非常勤講師だけでなく派遣が加わり「学校運営が難しくなった」という現場の声もある。教員にも、さまざまな働き方があっておかしくない。一方で、教員を多様化するなら学校側もそれにふさわしい生徒指導や教員研修の体制づくりを急ぐ必要がある。生徒本位の学校にすることがもっとも大切だ。
・・・引用終わり

 記事中…>派遣は事前面接が禁じられており、私学の建学精神や伝統に合う人材を探せない。請負だと現場で業務を指示できないため、学校側は講師の授業に注文があっても本人に言えず、雇用主の人材会社に伝えなくてはならない。教員同士の授業相談や研修は違法の偽装請負になる。
 校務や部活動を頼めない非常勤講師だけでなく派遣が加わり「学校運営が難しくなった」という現場の声もある。<…とあり、当に派遣教員問題の核心部分を突いている。請負(=業務委託)については、これでは教育は不可能だと言うことである。

 その一方で記事は…>教員にも、さまざまな働き方があっておかしくない。一方で、教員を多様化するなら学校側もそれにふさわしい生徒指導や教員研修の体制づくりを急ぐ必要がある。生徒本位の学校にすることがもっとも大切だ。<…と締めくくっているが、これは広く活躍の場を求めたい教員(労働者)側の都合・利益も含めて言っていると思われるが、スポーツ選手・芸術家や各種の専門性を教育に生かすには派遣という方法も必要だと言う理解があっても良い…ということであろう。
 しかし、果たしてそのような理解(そのような社会の先端的・高度の専門性)が、中等教育で必要かどうかは議論のあるところである。私としては、人間の発達とその心理、心身の漸進的訓練といった、教育分野の総合的な『教員としての専門性』こそ必要であるように思うが、如何か。

 なお、東京新聞には下記のような記事も掲載されたので念のため・・・以下に引用(2012年10月28日 朝刊より抜粋)。
 ~「違法労働から若者救わねば 相談激増 直談判も」~
 いま、働く若者の三人に一人は非正規。経済が縮小する中、雇用の調整弁として利用されている現実がそこにある。一橋大学大学院生の今野晴貴さん(29)は、六年前にNPO法人をつくり、若者の労働相談を続ける。法律に違反する過酷な働き方を強いる「ブラック企業」。うつ病になるまで追い込まれる若者。そこに目を向けようとしない社会。腹立たしさともどかしさが原動力となっている。 (森本智之)
 「POSSE」(ポッセ、ラテン語で「力を持つ」の意)と名付けたNPOの設立は二〇〇六年六月。小泉改革で非正規雇用が増え、社会問題化していた。中央大法学部で労働法を学んでいた今野さんは「若者が仕事を辞めるのは精神的にひ弱になったからだ」という世間の論調に反発を覚えた。「若者が相談できる場所がなかった。だからつくろうと思った」。メンバーは二十代の学生が中心だ。
 始めてすぐ、相談がいくつも舞い込んだ。三カ月の雇用契約だったのに一カ月で突然打ち切られたり、給料を突然減額されたり…。「法律がこんなにも踏みにじられる世界があることに驚いた」。
 〇九年夏、就職活動でも人気の大手ITコンサルタント会社の男性が訪れた。入社して数カ月で、うつ状態だった。上司に呼び出され、毎日二時間以上も「おまえはクズだ」と叱られたという。同僚の中には「度胸をつけるために」と駅前でナンパを命じられたり、「日本語がおかしい」と小学生の国語ドリルを数十冊解かされたりした人もいた。深夜の呼び出しなども常態化していた。
 巧妙なのは、会社側からクビにしないことだ。精神的、肉体的に追い込んだ上で、辞表を提出させようとする。結局、男性も自主退職を決断した。
 「派遣切り」が流行語になっていた。だが現実は想像以上のスピードで深刻さを増していた。「正社員になりたい」という若者の期待につけ込んで、簡単に使い捨てる「ブラック企業」がいくつも存在することが分かった。
 「実態を知れば知るほど、これまでの社会が労働者側の権利に無関心だったことが分かった」。終身雇用と定期昇給が当たり前だった時代は、休日出勤もサービス残業も「仕方ない」と皆、受け入れた。だがその仕組みが崩れた今、見返りもないまま、しわ寄せだけが若年労働者に一気に襲いかかっているように見える。
 POSSEが昨年一年に受けた相談は約四百件。それが今年は一千件ペースに激増しているという。上司の言動や労働時間など、記録を付けるよう助言し、それにもとづき今野さんらが会社へ直談判に訪れることもある。生活保護申請の支援や、大学や高校で労働者の権利を守るための出張講義も始めた。
 会社が人の尊厳や命を脅かす社会。「変えたい」という思いは募る一方だ。・・・引用終わり。

 委託授業というのなら、このような労働者の権利についての出張講義であれば有難い。今、少なくとも本エントリに書いた学校は真逆だということ。

 果たして、労働者の権利を奪う学校と、そこに勤務する自分の労働者としての権利を奪われた教員から何を学べるのかは疑問である。少なくとも是正指導まではそうであった。しかも、委託と称し偽装請負で働かされていた教員に社会科の教員が含まれていた、と言う“オチ”までついた。


 注:偽装請負の構成要件については、以前当ブログでまとめたものがあるのでこちらも参照されたいと思う。昨日(10月31日)より訪問数が多くなっているので、単なる当事者批判では、と思われる節もあるかもしれないので、以前から素人ながら考えていたことも是非参照されたいと思う。以下は当ブログのエントリである。素人ゆえ誤りがあるかもしれない、念のため。

 ・労働者派遣法違反(偽装請負)の構成要件は何か?
 http://blog.goo.ne.jp/gooendou_1958/e/7c4e9557990bae0842980097d8ee3204
 ・労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(労働省告示第37号)
 http://blog.goo.ne.jp/gooendou_1958/e/c135a84e1b95cdea3bd5b3a669a04f08
 ・労働者派遣法違反(偽装請負)の契約を自治体と結ぶことは贈収賄罪を構成しないか?
 http://blog.goo.ne.jp/gooendou_1958/e/9987979999295ff18380916d01822af2
 ・自治体による労働者派遣法違反は是正指導が可能か?・・・(地方自治法234条の射程)
 http://blog.goo.ne.jp/gooendou_1958/e/34458cecc261ec31cf46e3c5fb02fc64

 注2:あと、「人 権 と 国 際 労 働 基 準」についてのコメントも重要なので、下記も参照されたい(特に「V.労働における人権とは」からそれ以降の記述)。
 http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/feature/2012-10.htm

「シルバー人材センター会員」の労基法上の労働者性・・・指切断、66歳の労災認定「神戸地裁判決」

2012-10-16 01:30:59 | Weblog
 読売新聞ニュースによると・・・

> 「シルバー人材は労働者」、指切断66歳の労災認定…神戸地裁判決
 シルバー人材センターに登録し、兵庫県加西市の金属加工会社の工場で作業中、手の指を切断した元センター会員の男性(66)が国を相手に労災認定を求めた訴訟の判決が17日、神戸地裁であった。センター会員が労災保険法上の「労働者」かどうかが争点となり、矢尾和子裁判長は「他の従業員と一体になって働いており、実質は労働者」として労災を認定、療養補償などを不払いとした西脇労働基準監督署の処分を取り消した。原告側弁護士によると、センター会員の就業中の事故で、労災を認めた司法判断は極めて珍しく、就業先と雇用関係のないセンターの登録者を労働者と認める判決は異例で「同じような立場の登録者が事故に遭った場合、労災申請を促す理由になる」と評価している。
 判決によると、男性は2004年4月、加西市シルバー人材センターの会員になり、金属加工工場で勤務。05年5月、金型の取り付け作業中、プレス機に挟んで左手の指3本を切断した。国側は「センターの受注業務は委任や請負。会員とは雇用関係になく、労働者には該当しない」と主張。矢尾裁判長は判決理由で、労働者に当たるかどうかは雇用契約がない場合でも個別の勤務実態で判断される、との立場を示した上で、男性のケースについて検討。残業して納期に対応するなど、工場の指揮命令に従って勤務していた、と認めた。
 男性はセンターの業務委託で定年退職前と同じ会社の工場に勤務。2005年5月にプレス機に手をはさまれ負傷した。(2010年9月18日)・・・


 共同通信も・・・

>労働者とは労基法9条で「職業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定められており、労働者に該当するか否かについては、使用者の指揮監督の下に労務を提供し、使用者からその労務の対償としての報酬が支払われている者として、使用従属関係にあるといえるかを基準として判断すべきであると解される。具体的には、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無や、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されているかどうか、労務提供につき代替性の有無等の事情を総合的に考慮して判断されるべきものといえる。
 本件は、形式上は原告とセンター、原告と会社の間のいずれにも雇用契約関係は存在しない。しかし、前記の労働者性の判断は、個々の具体的な事情に基づき、労務提供の実態について実質的に検討して行うべきものであるから、委任・請負に基づき仕事を行っていても、原告の労働者性が否定されるものではない。
(以下、上記の有無の事実関係を一つひとつ検討した上で)原告は、結局、センターに登録後も、会社の加工部門において、定年退職前と全く同様の労務に従事して、他の従業員と同じく、専ら会社で就労していた状況であり、会社の指揮命令を受けて労務を提供していたと認められ、原告に対する報酬も実質的には労務の対価として支払われており(センターは時給1000円・時間外1250円に7%の事務費を加算して会社から支払いを受けていた)、原告は会社と使用従属関係に該当すると認められる。・・・


 下記のNHK報道でも・・・

>シルバー人材 保険適用求め提訴(NHK 9月26日)
 シルバー人材センターの会員のお年寄りが、作業中にけがをしても保険が適用されず、全額自己負担になるのは不当だとして、保険の適用を求めて大阪地方裁判所に訴えを起こしました。
 厚生労働省は25日、この問題を解決する方針を示しましたが、原告側は裁判を進めながら国の対応を見守りたいとしています。
 訴えを起こしたのは、奈良県内に住む70歳の男性の家族です。男性は3年前、シルバー人材センターから委託された作業中に足の指の骨を折る大けがをしましたが、センターの作業は「業務」にあたり、男性が入っている娘の会社の健康保険は適用できないとして、治療費など85万円あまりを全額支払うよう求められているということです。
 訴えの中で男性側は、老後の生きがいなどのために行っているセンターの作業は「業務」にはあたらないと主張し、健康保険の適用を認めるよう求めています。
 業務中のけがであれば、一般に労災保険が適用されますが厚生労働省は、「会員はセンターと雇用関係にない」として、労災保険の適用も認めていないため、男性と同じ立場の会員は、作業中にけがをしても保険が適用されない状態になっています。
 この問題について、厚生労働省は25日、1か月以内をめどに保険が適用されるよう結論を出す方針を示しましたが、原告の弁護士は、「法律が変わらなければ同じような立場の15万人の会員が救済されない」として、裁判を進めながら国の対応を見守りたいとしています。・・・


 さらに、この問題については、ハマちゃんこと濱口桂一郎氏もブログで指摘しているので参照されたい。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-7419.html

引用開始・・・
 実を言うと、労働者じゃない人が健康保険に入っているために労災が全額自己負担になってしまう事態というのは、会社役員などについて存在していて、それが問題になって、部分的に解決していたことがあるのです。
 わたくしの講義用資料からその部分を引用しますと、・・・なお、戦後労働者災害補償保険法の制定とともに、健康保険は業務外の傷病に限ることとされた。もっとも、国民健康保険は引き続き業務上も対象に含めていたので、給付水準が低いことを別にすれば特に問題はないとも言えた。ところが、1949年7月、厚生省から法人の代表者又は業務執行者であっても、法人から労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として健康保険の被保険者とする旨の運用通知(同月28日付厚生省保険局長通知)が発せられた。このため法人代表者は医療保険上は労働者として業務外の傷病について高い給付水準を享受できることとなったが、労災保険上は労働者ではないためその給付を受けられず、かといって国民健康保険には加入していないのでその業務外傷病給付を受けることもできないという、いわば制度の谷間にこぼれ落ちてしまった。これまで労災保険の特別加入という形で対応されてきたが、2003年7月になって、5人未満事業所の代表者には業務上の傷病に対しても健康保険から給付を行うこととなった。・・・
 少し説明を付け加えますと、戦前は使用者の労災補償責任は工場法で規定していましたが、それを担保する公的保険制度は、私傷病と一緒に健康保険で面倒を見ていたのです。健康保険も国民健康保険も業務上外両方やってたのです。
 戦後、労働基準法とともに労災保険法が作られ、「労働者」の「業務上」傷病はそっちで面倒見ることになり、「労働者」の「業務外」は健康保険、「労働者以外」の「業務上外両方」は国民健康保険という分担になりました。
 ところが、「労働者以外」でも「健康保険」という人がいて、その人が「業務上」傷病になることはありうるわけです。
 対応策は、制度の基本構造を変えない限り、「労働者じゃないけど特例で労災保険で」とするか、「業務上だけど特例で健康保険で」とするしかないわけですが、より根本的に考えるならば、そもそも労働者であろうがなかろうが業務上災害というのは起こるんだから、労災保険のカテゴリーを思い切ってあらゆる業務に拡大してしまうというやり方もあり得るかも知れません。現在は特別加入というやり方で任意にやっているのを、義務化するという発想です。・・・引用終わり。


 さらに健康保険については北海道新聞の社説に詳しい。・・・

>シルバー人材 働く高齢者を守りたい(北海道新聞社説 10月4日)
 シルバー人材センターで紹介された仕事中にけがをしても、労災保険や健康保険が受けられない―。厚生労働省は、こうした人を救済できるよう制度を見直す方針を決めた。
 保険の不備は30年ほど前の発足当初から指摘されてきた。厚労省がその検討を先送りしてきたとすれば、行政の怠慢と言わざるを得ない。
 人材センターは高齢者の生きがいづくりを目標に設けられた。いまや老後の糧を得る場にもなっている。 道内ではこれから冬囲いや除雪などの仕事が増える。万一の備えが不十分なら、安心して働けない。早急に結論を出し、実施に移すべきだ。
 厚労省によると会員数は全国で約78万7千人。道内では約1万8600人が登録しており、そこから仕事を請け負う形で職場に派遣される。
 問題は、会員は人材センターや発注者と雇用契約がなく、労働者と見なされないことだ。このため、業務中にけがをしても、保険料を雇用主が負担する労災保険の対象とならない。
 国民健康保険は給付の対象にしているが、組合健保や全国健康保険協会健保(協会けんぽ)は業務中のけがを想定しておらず、被扶養者でも治療費は自己負担になる。
 こうした人たちは約15万人にも上る。負傷の程度によっては多額の自己負担を強いられる民間の傷害保険に頼っているのが現状だ。
 厚労省は「あくまで生きがいづくり」として請負契約に固執してきた。だが実態は、派遣先の指示を受けたり、工場やスーパーで社員と同じ仕事をしたりする例が多い。労働者と認めない理由はない。
 兵庫県では会員が指を切断した事故をめぐり、神戸地裁が2010年に「会員と仕事先には実質的な使用従属関係がある」として実質的に労災を認定する判決を出している。
 多くの専門家は、労働者である以上、業務中にけがをすれば、労災を適用するのが当然だと主張する。労災は医療費の給付だけでなく、障害補償や遺族補償などもあり、健康保険より手厚い補償が受けられる利点がある。妥当な考えだ。保険料の負担方法などを検討し、労災を適用するのが現実的である。
 制度の谷間に置かれているのは高齢者だけではない。学生のインターンシップ(就業体験)や障害者の福祉作業所も同様の状態にある。
 契約の違いだけで、業務中に事故があった場合の対応が異なるのでは働く人の理解は得られない。
 高齢化の進展で社会はお年寄りの技術や経験、労働によって支えられている。実態に即した救済策を急いでもらいたい。・・・


 さて、ここまでくると、国(厚労省)の解釈も変更せざるを得ないだろう。
 元々「個人請負」と「労働者性」の区分に関しては、各労働局(需給調整)でも「派遣と請負の区分(所謂37号告示)」と同じ内容で説明されており(実際、そういう説明を私は受けたことがあるので…)、形式的に請負(=個人事業主)であっても、個別実態を調査して総合的に判断される(厚生労働省「労働基準法研究会報告」S60年)というのであるから、本件神戸の事案についても、NHK報道のような『~厚生労働省は、「会員はセンターと雇用関係にない」として、労災保険の適用も認めていないため、男性と同じ立場の会員は、作業中にけがをしても保険が適用されない状態~』という形式的判断では済まされないはずであった。
 つまり、実際の使用従属性の有無とその程度が少なくとも加味されなければならないわけである。尤も、この判断について行政裁量に任せてよいか?という問題はあるが、しかし、契約書に委託・請負と書いてあったからといって、労働者ではないと言うことにはなってはいない。

 この判決が稀であることは事実としても、本当に“画期的”であるかどうかは、別だと思う。寧ろ、私は、現行の制度に基く判断としては、機材・原材料の調達関係や本人の使用従属性からいって当然であるように思う。あと気にかかるのは、労基法上の労働者かどうかの判断について、シルバー会員の労災保険適用の問題を絡めて、労働行政が意図的にハードルを高くしているとすれば、法安定性がまったくなっていない。というか法の自己矛盾であろう。もしそうだとすると高齢者差別だと言わねばならない。

 おまけに、きちんとした労働者供給手続きを経ないで、委託に偽装された労働者供給事業(供給元にも雇用関係が無いから労働者派遣ではない)を行ったシルバー人材センターは、職業安定法44条違反の構成要件にも該当する(“罪”となるか否かは不明…)のではないかと思う。