日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

いかりやさんの危機感(後編)

2008年03月24日 | お仕事な日々
「従業員の人数分は、65個やから。
うちのポイントカード持ってるか?
……なんや、持ってないんかいな。お得やのに。
ほしたら、精算するとき、声かけてくれるか。
オレのポイントカード貸すから、つけてもらってもええか?」

11時前に売れ行きを見に来た、
いかりやさんが言った。

……ポイントカード。そうだ!この支払い方法があったんだ!!

「あの、ここって、クレジットカードってアリですか?」

お店のポイントカードに興味は無いが、
クレジットカードのポイントには興味あり。
お昼休みもゆっくり取れるし。

「おぉ。あるであるで。カード会社はどこや?……そうか。
大丈夫や。使える使える。
レジじゃなくってな、サービスカウンターで精算すれば、
出来る出来る」

……あぁよかった~。それならそれで支払おう。

11時になっても、お客さんの波は、
さざ波程度だった。

でも、やはり
いかりやさんの独特な宣伝放送で、
何人かの人が、
「これ、さっきの放送のプリン?」と、
聞いて、
試食に来ては、購入していった。
やっぱり、それなりの効果はあるんだなぁ。

休憩時間になって。

試食台をバックに下げると、
パートとして働き始めて間もない人が、
従業員分のプリンを持っていった、
ベテランであろうパートさんに
お礼を言っている場に出くわした。

「いえいえ、いかりやさん(仮名)からだから」
と、ベテランさんは首を振る。

でも、そこに、
いかりやさんの金銭的な痛みは
ないのよねぇ……(笑)

食堂に行くと、
従業員が食べているものの横に、
ちょこんと必ず、マンゴープリンがあった。

会話の中に、美味しいという言葉がよく聞こえ、
聞き耳を立てては、レポートに書き込む(笑)

きっと、ここのメーカーの、
このシェフシリーズの試食があれば、
必ずこういうことを、
いかりやさんはやっているんだろう。

そういうことを思わせる、
女子社員さんたちの会話があった。

このくらい美味しいものとして、
浸透していたら、
人によっては、個人的に、
このプリンを購入する人も現れているだろう。

そうなれば、メーカーさんも、
回り回って、潤うわけで。

そういううねりを、
そういう流れを、
いかりやさんは作ろうとしているように思えた。

私にここでの仕事の日給より、
大きく散財させながら。

犠牲とは言えないまでも、
何処かにしわ寄せを与えながら。

     ★

昼からしばらくすると、
マンゴープリンの入っていた、
みっつのカゴは、ふたつになった。

いかりやさんも、ちょこちょこと、
売れ行きを見にくる。

そしてしきりに、
「これ、夕方までもつかな。品切れになるんとちゃうか」
とつぶやいていく。

それはないだろ。この客の少なさでは。
と、冷静に現実を見つめているのに。

心のどこかで、
褒め言葉のように受け取ろうとする自分と
いやいや、これは、やる気にさせる演出に違いない……と、
いぶかしむ自分がいる。

いかりやさんの演出(だと思う)に、
操られる感じに抵抗感を持ちつつも、
でも、頑張って売りたいという、
ツボが同じで葛藤する(ひねくれモノ?・笑)。

5時半になった。仕事は6時まで。

いかりやさんに言われたとおり、
かごをひとつにして、
定番におけるだけマンゴープリンを移動させる。

「で、全部で、買取分は何個や」
いかりやさんが、
ポイントカードを私に渡しながら聞く。

「87個です」
1万円は切るけれど、9,000円以上だよな、と、
ざっと計算する。

さっさと終わるべく、
精算のサービスカウンターへ。

     ★

きっとこの人も、
マンゴープリンを食べたんだろうな、と思う、
女性の社員さんへ、
ポイントカードを渡して計算してもらう。

約9300円……あぁ。

「カードでお願いします」
という私の声に、社員さんが固まった。

「あの、食料品はクレジットカードは取り扱っていないんですが……」

今度は私が固まった。

私は、いかりやさんの名前を出して、
クレジットOKだと聞いているんですが、と言ったが、
サービスカウンターのチーフのような女性が現れて、

「大変申し訳ありません。うちの担当者が、
間違えたことを教えてしまったようで……」

と、深々と丁寧に頭を下げられた。

そしていかりやさんに、
会社用のケータイで電話をし、
「食料品は、一切カードは使えないんです!」と、
すごくキツイ口調で注意していた。

その対応のギャップがすごくって!

いかりやさんの方が、
年上だし、えらいんじゃないの??
と、突っ込みたくなるような。

これは多分、何回かメーワクをかけてるな、いかりやさん。

お店の売り上げの循環を作り上げるために、
結構周りの人に、しわ寄せを作っては、
敵を作ってるんじゃないだろうか。

職人気質独特の、アバウトさで。

とりあえず一旦、支払いはせず、
いかりやさんのところへ向かう。

     ★

「おうおう、ごめんなぁ。2Fより上のモンは、
カード使えるねんけどなぁ」

と、罪悪感はあるものの、
自分のやり方に自己嫌悪はしていないとでもいうような、
カラッとドライな謝罪をくれた。

「あの……、ナントカ銀行のATM機を使うしかないんですね」
「いや、手数料嫌やろ。駅前まで行ってきてええで」

……って、もう、5時45分じゃないですか。
6時になると、どんな銀行も手数料いるじゃないですか。

あと15分じゃないですか。……でも、走っちゃう。うぅ。

試食台をバックに引いて、お店を飛び出す。

道ですれ違う人から、なにやら注視するような視線。

……あぁ、シェフの格好だからね。
……でも、そんなこと、言ってらんないのね。

糊付けがちゃんとされて、ピンと立っている、
コックさんの帽子が、
機関車のけむりのように見えやしないだろうかと、ふと思う。

シュシュポポ シュシュポポ ポッポー!!……はぁはぁはぁはぁ。

ATM機は、放送が流れていたけど、
なんとか間に合った。

戻るときも走った。ポッポー。
今度は自分が一刻も早く帰るために。

ぜぃぜぃはぁはぁで、
コックの帽子を取りながら、
サービスカウンターで精算する。

改めてサービスカウンターの人は謝罪をくれた。

いやいや、もういいんですって。
走りながら私は、なんだか笑ってしまってたんですから。

私よりも、サービスカウンターの人よりも、
もっと怒っていたのは、冷食のマネキンさんだった。

「腹が立つというより、なんか、もう、通り越しちゃいましたね」

なんて、飄々として言った私に、
なんだか、歯がゆそうな思いをされたようで、
「……お先に!」と言って、さっさと帰ってしまわれた。

全ての帰る準備を終えて、業務完了のサインを、
いかりやさんにもらいに行く。

「悪かったなぁ」と、いかりやさんは改めて、
でもやっぱりドライな感じで私に謝った。

販売数を出してもらうと、298個。
300個は頑張れと言われてたので、
まぁこんなもんでカンベンしていただいて。

さっき走った道を、ゆっくりと歩いて駅へ。

いかりやさんが、
なんらかの理由で、
○○○というスーパーをやめて、
あのお店で働いているということを、
聞いておいてよかったな、と思った。

そういうのが頭の片隅にあったから、
冷食のマネキンさんの様には、ムカっとこなかったのかもしれない。

そして、憶測だけど、
もしかしたら、
売り上げが悪くて、
働きなれてるお店が
無くなっていく悲しさを
知っているのかもしれなくて。
(本当によくそのスーパーのチェーン店は一時期、
あちこちで潰れてましたから)

あの店内の社員さんには
実感しづらい危機の景色に、
ひとり立ち向かっているのかもしれなくて。

例え従業員さんでも、
自分の働いているお店に対して、
ちゃんと愛着を持っていたり、
ちゃんと志を持っていないと、
あんな風なしわ寄せは、
どうしても理不尽さにしか感じられないだろう。

一度失ってしまわないとリアルさが持てない危機感。
そんな景色が、いかりやさんには見えていて、
孤軍奮闘しているように、私には見えたんだけど……。

きっと、あの店内で浮いているんだろうな、いかりやさん。
すぐ下で働くパートさんには、それなりに慕われているようには
見受けられたけど。

まぁ、頑張ってください。いかりやさん。

今度、もし、仕事でいくことがあれば、
ちゃんと一万円以上持参でいきますから(笑)

どうぞ、それまで潰れずに。

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