アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

あいものがたり Ⅴ

2016-12-10 20:16:08 | 伝奇小説
舞台狭しと、跳ね回る来寝麻呂姉妹、さこひめは思い余って吉野の彼方にまでと羽ばたいてしまった。
 お囃子隊の連弾も弾けまくっている。

 観客は騒然と成っていた。というより、半狂乱になって酩酊状態です。
 新門の若頭も、唯々呆然と眺めるのみ。
「なんじゃこれは。種も仕掛けも分からねえ?!」
 種も仕掛けも有る筈など無いのです。来寝麻呂兄妹は本物の化け狐だし、さこひめは素戔嗚尊の妹で、神様の成れの果てだったのですから。

 狂乱の続く中、緞帳が下りてきました。
 アンコールをせがむ手拍子が沸き上がっています。

 来寝麻呂が客席後方からヒューッとばかりに緞帳の真ん中やや下手に着地。
 やんやの喝采! 
 来寝麻呂は恭しく客席に向かって礼を捧げた後、左側に両手をだしてヒラヒラとさせると、妹がスーッと現れた。
 来寝麻呂姉妹は少し間を開けて、両手を下から上に突き上げてヒラヒラ。
 二人の間に、翼を羽ばたかせたさこひめが優雅に着地して、翼を大きく羽ばたかせて客席に送った。
 満面に笑みを浮かべた三人が手を繋いで反転宙返りすると、その姿はかき消えていた。

 舞台裏では、あの娘が振袖姿に着替えていた。
 お軽が、長い髪を頭の上に束ねて行く。しなやかで儚いまでに美しい項を見せる為です。
 側で小雪が佇んで溜息を付いています。
「若く見えるって良いね、得だよね」

 舞台袖で河太郎が口上む述べています。
「初音の鼓手のは、今の天皇陛下の始祖、桓武天皇の御代に造られたというから、千年以上も前の事になる」
 ゆっくりと上がる緞帳。
「これからお贈りする出し物は、それから更に千年以上が起源のお話。まずは、ご覧成されませーッ!」
 舞台に拡がる吉野の風景。
 今度は哀しいまでに紅に燃える紅葉が連なっていた。
「おや? だーれもいないじゃ無いか」
 二本のスポットライトが上下左右に動き回って主役を捜し回るが、誰も見つける事が出来なかった。
「駄目だねこりぁー。仕方が無い、皆おいらに手を貸しておくれ」
 お軽に小雪、さこひめや鎌鼬まで河太郎の後ろに並んだ。
「さあ、皆一緒に、声を併せて、一ィ、二ィ、三!」
 観客も一体となって、
「あいちゃーん!」
「アーイーッ!」
 舞台中央に現れるあいちゃん、はにかんで俯いています。
 客席の太郎と花子が声を合わせて、
「あいちゃーん!」
 嬉しそうに微笑むあいちゃん、凜として顔を上げ、少し首を伸ばして美しい項を見せながら客席を見回しました。
    2016年12月10日   Gorou

炎の男、火麻呂 防人の歌 Ⅴ

2016-12-09 11:17:52 | 伝奇小説

 五
 七月に入ってすぐ、古麻呂が旅人と入れ替わって平城に帰った。古麻呂の強
い主張にも関わらず子虫は残った。しかも、子虫が大野城の将を賜ったのだ。
 早速閲兵式を挙げる子虫。

 整列した防人の前を、甲冑に身を固めた子虫が騎馬で閲兵して行く。
 火麻呂が子虫を見たのはこれが初めてだった。火麻呂が想像する葛麻呂の容
姿に驚くほど似ていた。
 卑小な肉体を少しでも大きく見せようと肩をいからせ、馬上で踏ん反り返る
子虫。
 重い甲冑を支えるのに汗だくになっている子虫と軍馬。
 あんな男に命を狙われていると思うとなんだかばかばかしくなる火麻呂。
 その子虫が火麻呂の側で馬を留めて見下ろしている。
 火麻呂が睨むと視線を逸らせ、横の校尉白麻呂に顎を決って見せた。
 それに応えた白麻呂が隊正黒麻呂に目配せをする。
「火麻呂」
 大声で呼ばわる黒麻呂、火麻呂の腕を掴んで子虫の前に連れて行った。
「お前が火麻呂か」
 薄笑いを浮かべながら火麻呂を見下す子虫、身を屈めて耳元で毒づいた。
「弄って呉れるぞ、簡単には殺さぬ」
 再び馬上で踏ん反り返り、下卑た嘲笑を浮かべる子虫。
「雅殿が兄の子を身篭った。男子が生まれれば、妾から正妻に取り立てるそう
じゃ」
 子虫の言葉と嘲笑は火麻呂を絶望の淵に追い込んだ。
 待っていてくれると信じていた雅、あの雅が葛麻呂に嫁ぎ、その子を宿した
という。
 度々聞こえてきたあの声はただの妄想だったのだろうか? いや、子虫が虚
言を言って火麻呂を焚きつけているのかも知れない。
 こんな所で死ねるものか、必ずこの目で確かめてやる!
 硬く決意する火麻呂。

 さて、どうする火麻呂。
 一刻の猶予も残されていない。葛麻呂の魔手はそこまで来ているのだ。
 いっその事、母を担いで逃げるか? それとも、白麻呂の姦計に乗ってみる
か?
 留まれば地獄、逃げても地獄。
「母刀自」
 眠れぬ床で火麻呂が真刀自に声を掛けた。
「寝てしまったのか?」
「起きているよ、火麻呂」
 すぐ傍で母の声が聞こえた。真刀自もまた眠れなかったのだ。
 眠れぬ夜に愛する息子の寝顔を見ながら悩んでいたのだ。
「観世音寺でまた法華八講を開かている。行って見るか?」
「この身体ではとても遠くまでは行けぬ」
「明日は非番だから俺が連れて行ってやる」
「ほんとかい?」
「ああ、最終日だそうだ」
「もう有り難い法話など聞けぬと諦めていたのに、ああ嬉しい」
 ようやく真刀自の顔に笑顔が蘇った。
「夜明け前に立つ、早く寝たほうが良い」
 いそいそと寝床に潜り込む真刀自。

「終に罠にはまりましたぞ」
 夜明けと共に子虫の館を白麻呂が訪ねてきた。
「夜明け前に火麻呂が母親を背負って城門を出ました」
「逃げたか?」
「いや、多分観世音寺の法華八講に母親を連れて行くのでしょう」
「どうでも良い、追っ手を掛けて捕まえろ」
「畏まって候」
「いや、私も行こう」
 支度をする為奥に向かう子虫を見送って舌打ちをする白麻呂。
「邪魔になるだけだ。逆に火麻呂に殺されねば良いが。誰も助けはせぬぞ」
 眉を顰めて呟く白麻呂。

 真刀自を背負って山道を登る火麻呂。
「嵐にならぬかのう」
「かも知れぬ。急ぐぞ母刀自」
 歩を早める火麻呂。
 火麻呂の背中に縋り付く真刀自。
 ふと立ち止まって道端を見やる火麻呂、馬酔木を見付けたのだ。
 馬酔木の枝を折って腰にさす火麻呂。
「この山には狼が出るのかい?」
「安心しろ母刀自、この山に狼はいない」
 狼よけの馬酔木ではなく、己の心に巣食う鬼を退治する為だ。
 背後を見回し、聞き耳を立てる火麻呂、大野城を出てから何者かにつけられ
ているような気がしたのだ。が、今はまるで人の気配が感じられない。
 風が轟と鳴って火麻呂を唆した。
「さて、どうする火麻呂?」
 誰かが耳元で囁いた。
 振り払うように観世音寺へと急ぐ火麻呂。
 益々暗くなる空、今にも土砂降りの雨が零れて来そうだ。
「さて、どうする火麻呂!」
 今度は天から声が降って来た。
 立ち止まって暗い空を見上げる火麻呂。
 天が崩壊し、洪水の様な豪雨が火麻呂と真刀自を襲った。
 堪らず大木の陰に逃げ込む火麻呂、真刀自を地に下ろして牛のような目をし
て睨んだ。
 火麻呂のただならぬ形相に、真刀自は腰を抜かすようにして地べたに跪い
た。
「鬼のような恐ろしい目をして、お前狂ってしまったのかえ」
 真刀自に背を向け、太刀を抜く火麻呂。
「木を植えるのは、実を取り木陰に憩うため、子を養うのは、その子の力を借
り、また養って貰う為です。頼みにしていた木陰に雨が漏るように、どうして
お前に出来心が湧いたのだろう」
 火麻呂の肩が激しく震えている。
「ああこんな事なら、病で死ねればどんなに良かったのだろう。そうすれば、
お前はこんな邪心を起こさずにすんだのに、雅の元に帰る事も出来たのに」
「ああーッ!」
 天を仰ぎ、まるではぐれ狼のような遠吠えをあげて豪雨の下に出て行く火麻
呂、己の心に唆されて叫んだ。
「血を流せ! わが心よ!」
 豪雨に打たれて火麻呂が鬼に変身した。
「ああ! 汝が育てしこの子、汝の乳房に養われしこの火麻呂」
 悪鬼羅刹の如き形相で太刀を振り上げ、真刀自を睨む火麻呂が、いまや養い
育てし親おば噛み殺さんとしている。
 げにその子は蛇と成り果てようとしている。
 そんな息子の様子に観念したのか、真刀自が経を唱えながら目を閉じた。
 真刀自に迫る火麻呂。
 雷鳴が轟いた。
 閃光に襲われ、ハッと我に返る火麻呂、手にした太刀を放り投げて座り込ん
だ。
「許してくれ、許してくれ」
 厳つい顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる火麻呂。
 ふと立ち上がる真刀自、ふらふらと雨の中に歩を進め、崖っぷちから千尋の
谷を覗き込で、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と経を唱えた。
 頭をかきむしりながら地べたをのたうち回る火麻呂。
 悲しい顔で火麻呂を見やる真刀自。
 再び谷底に目をやる真刀自、飛び込もうとするがなかなか勇気がわいてこな
かった。
 合掌し、目を閉じる真刀自、菩薩に祈った。
 また雷鳴が轟いた。
 バリバリバリ! ズドーンッ!
 凄まじい音と共に、雷が大木を真ッ二つに引き裂いた。
 二つに分かれた大木が母と子の上に倒れて行く。
 のたうち回る火麻呂の真横に倒れる大木。
 衝撃で半身を起こした火麻呂が見たのは大木を避けきれずに谷底に落ちて行
く母の姿だった。
「母刀自!」
 崖っぷちに走りこみ、千尋の谷を覗き込む火麻呂。
「母刀自ーッ!」
 虚しく嵐にかき消される火麻呂の叫び声。
 放心状態の火麻呂が地べたに座り込んだ。

 そんな様子を遠くで伺う人影が、一つ、二つ、そして三つ、黒麻呂とその配
下だ。
 配下に囁きかける黒麻呂。
「確かめてこい」
 谷へ降り始める二人の配下。岩や蔦を巧みに操って易々と降りていく所を見
ると、恐らく山の司だ。
 火麻呂に忍び寄る黒麻呂、背後に立ち止まった。
 気配を察した火麻呂が背筋を伸ばした。
「黒麻呂、何を企んでいる」
「面白い物を見せて貰った。礼を言うぞ火麻呂」
 足元の火麻呂の太刀を蹴り上げる黒麻呂。
 空中に翻る太刀が火麻呂の手前に落ちた。
「火麻呂、太刀を取れ」
「糞と子虫にじゃれる蛆など相手にする気は無い」
「大伴も糞も藤原も無い、我が主はただ一人、伯父雪連白麻呂じゃ」
「無様な姿でうろつきまわっては、極楽浄土の母に合わせる顔が無い、さあ、
早く殺せ」
「あいにくだが火麻呂、伯父は見張れと命じたが、殺せとは言っておらぬ」
「つべこべ言わずに早く殺せ」
「そんなに死にたいか?」
「おう、覚悟は出来た。気が変わらぬ内に殺せ」
「合い分かった。そうまで言うなら殺してやろうぞ」
 居住まいを正して静かに目を瞑る火麻呂。
「行くぞ火麻呂!」
 火麻呂の数間手前で大きく身構える黒麻呂、摺り足で数歩間合いを詰めた。
 気を集中して間合いを図る火麻呂。
「そこからでは俺の首は落とせぬぞ」
「この黒麻呂に落とせぬ首などこの世にない」
 背中の長刀を引き抜く黒麻呂、右足を垂直に高く上げ、左足で反動をつけな
がら大きく踏み込んだ。
「オリャア!」
 袈裟懸けに火麻呂の首を目掛けて振り下ろされる太刀、届かぬと見えた瞬
間、魔法のようにスッと伸びて火麻呂の首を襲った。
「逆賊火麻呂の卒首、確かに貰った」
 ピタリと首筋で止まる太刀。
 ゆっくりと太刀を引く黒麻呂。
 火麻呂の首に降り注ぐ雨が赤く染まった。
「口ほどにも無い、仕損じたか黒麻呂」
「さすが筑紫で勇者の誉れが高い吉志火麻呂。首になっても強がりを言うてお
るわい」
 懐から白い布を取り出す黒麻呂、大げさな身振りで火麻呂の首を包みこんで
たっぷりと血を吸わせた。
 血だらけの布で太刀を拭き、刀身に血をたっぷりとつける黒麻呂、天を仰
ぎ、今度は雨で濡れたその布を顔の上で絞った。
 長刀を肩の鞘に収める黒麻呂。
 黒鞘に火麻呂の血痕が落ちて赤い結晶がまた一つ増えた。
 赤き血潮に塗れた顔で耳を澄ます黒麻呂。
 風雨にまぎれて人馬の轟きが聞こえてきた。
「冥途で待っていろ火麻呂、この決着は地獄でつけてやる」
「おう!」
「さらばじゃ」
 脱兎の如く駆け出す黒麻呂。
 豪雨の彼方で人馬の影が揺らいでいる。
「逆賊吉志火麻呂、討ち取ったりーッ!」
 叫びながら駆ける黒麻呂、子虫の率いる兵団の手前で仁王の如く立ち止まっ
た。
「大宰府大野城隊正従八位下雪連黒麻呂! 逆賊火麻呂を母親もろとも地獄へ
落として参った!」
 満面笑みを浮かべて馬を留める子虫。
「でかした黒麻呂」
 血塗られた布を翳して吼える黒麻呂。

 両膝を折り曲げ、絶望の中で天を睨む火麻呂。
「神も仏も呪わぬのか! 悪逆非道のこの火麻呂に天罰は下らぬというの
か!」
 天が火麻呂に応え、閃光が閃き、暗雲が不気味に動き回っている。
「おのれ極楽になど行ってなるものか、かくなる上は、悪行の限りを尽くし、
地獄に行かずにおくものかーッ!」
 大地が揺れ、魔王が火麻呂の望みに応えた。
 語るべき言葉の無いまま、崩れるようにして蹲った。
「ウオーッ! この目で真の地獄を確かめてくれん、葛麻呂! 雅! この火
麻呂が行くから待っていろーッ!」
 悲痛な叫びを上げながら、仰向けに倒れこむ火麻呂、大の字になって天地に
身を晒した。
 悩める火麻呂の身体に容赦なく豪雨が降り注いだ。

 さて、どうする火麻呂。
 冥途に向かってまっしぐら、
 今生になど暇を乞え、
 死ねば地獄、生きてなお地獄。
 冥府魔道に進め!
 実の母親をも殺そうとした悪逆非道の漢、火麻呂。
               (防人の歌 完)
2016年12月9日  Gorou  

窮れる女王と女狐 Ⅱ

2016-12-09 03:56:32 | 伝奇小説
 扉をたたく音で眼を冷ました窮れる女王、庭に大勢の人の気配がして、ザワザワと騒がしかった。
「どなた様」
 女王の許可が出る前に扉が開いた。
 驚いて息を潜める女王。なんと、数年前に館を離れた乳母と仲良しだった侍女が立っていたからだ。
「まあ!」
「まあまあ、お元気そうで安堵致しました」
 乳母の言葉が終わらぬ内に、女王と侍女は再会の喜びの余り抱き合っていた。
「姫様」
「女刀自(めとじ、たんに女の子の意味で当時庶民の女子には名など無い)」
 抱き合う二人の顔は涙でグシャグシャだ。
 ピシッ! 来寝麻呂の鞭が唸った。妹狐の裳から尻尾が覗いていたからだ。
 慌てて尻尾を隠す女狐。
「姫様に又お合いになれて嬉しゅう御座います」
 来寝麻呂の指示で従者達が食べ物などを次々と運び込んでいる。
 呆然と見とれる女王。
「これは?」
「姫様が宴を開く事が出来なくて,お悩みだと、風の噂に聞きましたので、こうやって飛んで来ました」
「嬉しい!」と、次々と土間に積み上げられる物物に見惚れて、呆然と佇むばかりであった。
「私共が参りましたからには、もう姫様にお不自由はお掛け致しません。早速宴の準備を致しましょう。それ! 皆様方も励みなされ」

 まず、皇族方への招待状が認められたが、王女は不満顔であった。天智系の皇族のみえの招待状だったからだ。
「お願い。天武天皇のお孫様方にも文を差し上げて」

 宴の当日、四十人もの皇族が集まり、贅を凝らした持てなしにに皆喜んだ。
 窮れる女王などととんでもない、なんと裕福で幸せな女王なのだろう、あやかりたいものじゃ。
 諸王達が舞いかつ歌う様はまるで天上の楽のようで有った。
 一人一人が女王の前に来て招待のお礼をいい、土産の反物や酒などを献上してくれた。とりわけ、天武系の諸王の献上物は豪華な物ばかりだった。
 白壁王も来ていたが、窮れる女王の幸せな姿を見ながら隅で嬉しそうに酒を嗜んでいた。
 最期に葛城王が挨拶に来た。
 女王は驚きの余り、声も出ず、しどろもどろになってしまった。葛城王は皇族派の貴族では長屋王に次いでの位階と人気を持っていたからだ。
「姫、お喜び下さい。盗人の正体を突き止め、きつく咎めましたので、お心を安らかに」

 葛城王の言葉通り、とどこっていた分も含めた献上物が窮れる女王の元に届けられた。
 突然の幸せを喜んだ女王は、せめてもの恩返しにと、手に入れた一番美しい衣を乳母に与え、一番鮮やかな裳を侍女に持たせた。
「吉祥天様にもお礼を言わなければ」と、女王は服部堂に行って吉祥天を拝むと、不思議な事に衣は像が着ており、腕には侍女に与えた裳が掛かっていた。
「なんと有りがたい事でしょう。一生貴女様を拝み続けます」
 女王は吉祥天に心からの祈りを捧げた。
 ちらっと女狐が像の陰から顔を出したのに女王は気がつきません。
 女狐は堂を走り出ると、ピョンビヨンと跳ねながら生駒に向かって一目散。二度と女王邸には戻りませんでした。裕福になって、人の出入りが多くなった館は居心地が悪かったからに違いありません。

 女王は、夫と子にも恵まれ、生涯裕福で幸せな生活を送ったそうです。
【窮れる女王と女狐 完】
 
 追記。
 目立たぬ処世術が功を奏して、白壁王は神護景雲四年(770年 ) 、第四十九代・光仁天皇として即位されました。光仁天皇と百済系の高野新笠(夫人)の間に生まれたのが平安京を造営した桓武天皇です。
 この直系が今の皇室の基となって居ります。
2016年12月9日    Gorou

窮れる女王と女狐 Ⅰ

2016-12-08 23:52:55 | 伝奇小説
 聖武天皇の御世、二十三人の皇族が互いが心を合わせる為に、代わる代わるに宴を催した。
 この皇族方は皆天智系の方々で、王と王女もたくさん居られました。この時代、王と王女は天武と天智兄弟の孫だけが名乗る事の出来る尊称であった。聖武天皇は天武天皇の孫でしたので、天智系の皇族は恵まれず、大変不遇を囲い、不満が募っていました。
 この日の主催は白壁の王でしたが、客の皇族の不平不満や政庁への悪口にはまるで耳を貸しません。白壁王は、白壁の如く目立たずに頭を下げて災禍の通りすぎるのを待つ賢さと忍耐を持っていました。
 白壁王は、隅で一人しおれた様子で膳の食事を慎ましくお食べに成っている窮(せま)れる女王(名は伝わっていません) の側に歩み寄って、優しい言葉を掛けました。
「女王様」
 窮れる女王は、恥ずかしそうに瞬きをしながら白壁王を見ました。
「お気を確かにお持ちなさい。葛城王はやくそくして下さいました。必ずあなたに渡る筈のお金や衣料などをくすねている者を見つけ出して、罰を与えると」
 この女王が貧乏だったのは、母親が亡くなってから、届くはずの物が届かなくなっていたからです。官吏の誰かが懐に入れていたに違いません。
「有り難う御座います。でも、私が貧乏なのは、きっと前世で悪い行いが有ったからですわ。私は前世を悔いて、一生懸命に仏様にお祈りを捧げておりますの」
 目立たぬのが心情でしたが、白壁王は窮れる女王の慎ましさや篤い信心に心を打たれ、なんとか力にならねばと決意を新たに致しました。

 宴の帰り、窮れる女王は平城左京の服部堂の吉祥天像の前で泣き崩れてしまいました。
「わたくしは、前世で貧乏に成る因果を作って、貧乏に成る報いを受けております。わたくしは宴会の仲間になりましたが、ただ人の物を食べるだけで、お返しをする事が出来ません。どうか、大それた望みなど抱きませんが、たつた一度で良いから細やかな宴を開けるだけの財をお与え下さい。望みを叶えて頂ければ、わたくしの命をお捧げ申し上げます」
「その願い、適えて使わそう」
 驚いた女王が吉祥天の顔を拝みましたが、穏やかな微笑みを浮かべているものの、唇はピクリとも動きません。
 吉祥天像の裏に、一匹の女狐が隠れていて、天女に代わって言ったのです。

 この女狐は荒れ果てた女王邸に住み着いていて、窮れる女王と寄り添うようにして助け合う仲だったのです。日頃から食べ物などを女王に届けたりして、宿の恩を返していました。

 女狐は生駒山の母狐の元に一目散に掛けました。
 彼女の母狐は位の高い狐で大抵のことは可能にしてくれるのです。

 女狐が必死に祠に駆け込むと、母狐は来るのを知っているかのように待っていました。
「どいう風の吹き回しかね、久し振りじゃないか」
「お母様、実は・・・」
「何かほしいんだろ? その前に」と、声を張り上げて「来寝麻呂、出ておいで」
 女と見まごう程の美男子、来寝麻呂が奥から姿を現しました、何故か人の姿をしています。
 女狐の胸は早鐘のように鳴り続けます。こんなに美しい人間に会った事が無かったからです。
「お前の兄さんの来寝麻呂じゃ」
「やあ、やっと会えたね」
 優雅な美しい声で、来寝麻呂は妹に挨拶をしました。
 お兄さんだなんて、残念だわ。なんて事を女狐が考えていると、
「ところで、なんだい? 欲しい物かい? それとも願い事かね?」
「いいえ、お母様、相談です」
 女狐は母と兄に窮れる女王の哀れな身の上、哀しい話をすっかり話しました。
「なんだい、そんな簡単な事かい? お前が世話になっているお方の為だ。力になって上げようじゃか、ねえ来寝麻呂。すぐに支度に掛かっておくれ
「畏まりました」
 来寝麻呂と母狐は、夜が明ける前に、沢山の食べ物や装束、豪華な食器、絢爛とした家具などを揃えてしまいました。
 夜が明けるとすぐ。
「さあ、出かけようじゃないか」
 母狐は女王の乳母に化け、来寝麻呂は家来の侍に変装しています。
 狐のままの娘に声を掛ける母狐。
「何をしてるんだい。まさか忘れたんじゃないだろうね、化けるのを」
「はい、でも、私は誰になればいいのかしら」
「そうだね、女王の幼なじみの侍女がいいだろう」
 女狐は若い侍女に懸命に化けました。
 なんとか格好がついたとホッとすると、来寝麻呂の鞭が尻尾に飛んで来ました。
「気をゆるんじやないよ」
 ペコリと舌をだして尻尾を隠す女狐。

 こうして、生駒の山奥から五十人もの行列が女王宅目指して出発しました。
    2016年12月8日   Gorou