@hoppetagaotiru ははは。実方朝臣の頃はこういう才走った返歌の出来る女性が何よりの「いい女」だったみたい。自身の家集に返歌とセットで収めているのは、男性の誇りになるのです。ただ関係のあった女性は「詠み人しらず」にする、というのがお約束。そうでなければ名前出します。
@ykyosuke どうもありがとうございます。新潟といえば…河井継之助さまによろしくお伝えください。
@hoppetagaotiru ははは。実方朝臣の頃はこういう才走った返歌の出来る女性が何よりの「いい女」だったみたい。自身の家集に返歌とセットで収めているのは、男性の誇りになるのです。ただ関係のあった女性は「詠み人しらず」にする、というのがお約束。そうでなければ名前出します。
@ykyosuke どうもありがとうございます。新潟といえば…河井継之助さまによろしくお伝えください。
夕べは家に着いたのが12時になっちゃったから今日は何とか10時には帰りたい…
@hoppetagaotiru 【1】いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方) 実方の歌、詳しく解説します。ちと長いです。詞書「はやう物申しける女に、枯れたる葵をみあれの日つかはしける」、『はやう物申しける女』は昔付き合っていた女性のこと
@hoppetagaotiru 【2】いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方) 『かれたるあふひ』は、文字通り「枯れたる葵」と「離(か)れたる逢ふ日」の掛詞。何らかの事情で別れてしまった。それが歌にある『いにしへのあふひ』です。
@hoppetagaotiru 【3】いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方) 『昔のその日(約束)と貴女は咎めるでしょうけれど、私は過去(そのかみ)の今日を忘れません』。ロマンチックではあるのですが、男の都合の良さも垣間見えます。
@hoppetagaotiru 【4】いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方) 新古今には女性の返歌も載ってます。【かれにけるあふひのみこそかなしけれあはれと見ずや賀茂のみづがき(詠み人しらず)】、『賀茂の瑞垣』は賀茂神社の神様。
@hoppetagaotiru 【5】いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方) 『離れ離れになった私を、哀れと思ってくれないでしょうか、神様は(賀茂祭に逢ったというのにこのばちあたり!)』。女性の勝ちの気がしますよ。
それすごくよく分かるんです。いくら秀歌名歌と言われても、そのひとが必要としていなければ(時にあはでは)心に届かない。 RT @hoppetagaotiru :「歌の鑑賞は読者の『時』次第」という言葉に心惹かれて。
@hoppetagaotiru 現代は百人一首でさえ、少年少女の学習の都合上、性愛の方面が解説からカットされがちですからね。【逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり(藤原敦忠)】これなんて、関係した後の歌ですし。
@ykyosuke 歌集を写すと、作者の息遣いやリズムをつかめるんです。自分の歌が行き詰まった時に、よくやります。
@hoppetagaotiru 葵祭に男女が逢う歌は探せば他にもあると思うのですが、新古今集に載った実方の歌は傑作で、これがあったら葵の歌は誰も詠めないだろうなと。痺れますよね、この歌。さすが実方朝臣。
文語短歌は長い間、五文字・七文字に収めるテクニックを培ってきたので言葉の連なりが不自然になりにくい。
口語短歌は、そもそも100年くらい昔には「口語が五七五七七に収まるわけがない!」と思われていたので、口語定型より先に口語自由詩が定着した。
そんなわけで口語短歌が不自然に思われなくなったのって、つい最近のことだと思ってる。あ、これ短歌だったの?っていうくらい。
私は、そんな「あ、これ短歌だったの?」っていうくらい自然な歌が口語短歌の理想形だと今は思ってる。そこに行き着くには、めちゃめちゃセンスが要る。
もちろん文語短歌にセンスが必要ないわけじゃないけど、文語短歌は稽古とサンプルの蓄積が山ほどあるので新しいことを切り開くセンスは限られたひとにしかない。
私は口語も文語も両方やる。特に自分の中でこの二つの対立はない。口語じゃないと詠めない歌があるし、文語じゃないと詠めない歌がある、というのがだんだん分かってきた。ような気がする。
@hoppetagaotiru 源氏だと、勅使に選ばれた光源氏を一目見ようと貴族たちが牛車で壮絶な場所取りしたりするでしょう? ひとがたくさん集まって、そこに意中のひとがいると分かると貴族は牛車に歌贈ったりしていたみたいですよ。アポなしで歌贈る貴重な祭だったとか。
@hoppetagaotiru 「言の葉」と、葉っぱになってるから、色づいたり、散ったり、雨に打たれたり等々、わが国の詩人たちが培ってきた自然の描き方を適応させることができました。素晴らしいと思います。
千載集、全体的にはかないんです。僧侶歌人がやたら多いのも、「祈り」や「再生」といったテーマが込められているのかもしれません。マハーヴァーラタマハーヴァーラタ(七七)。RT @hoppetagaotiru :確かに生きていた人々の精一杯の息遣いを感じる
@hoppetagaotiru 【いにしへのあふひと人はとがむともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方・新古今・恋歌四)】…詞書「はやう物申しける女に、枯れたる葵をみあれの日つかはしける」…枯れた葵(離れたあふひ)とあなたは咎めても、賀茂祭の今日あなたと出会ったことは忘れません…
@hoppetagaotiru 【行く末はわれをもしのぶ人やあらん昔を思ふ心ならひに(藤原俊成・新古今・雑歌下)】…詞書「千載集撰び侍りける時、古き人々の歌を見て」…未来にはこんな私をも思い出してくれるひとがいるだろうか。今私が昔のことを懐かしく思うように。…
そうだべ。ほぅ~れおしおきだべ~…♪ば、ば、ば、ばーん RT @katsubo2241: 親父? RT @ginn_nezz: 今日はあれだべ。台風と地震がいっぺんに来て、あとは火事と
【1】神山に引きのこさるる葵草時にあはでもすぐしつるかな(藤原俊成) #waka #jtanka 述懐百首『葵』。王朝和歌で葵と言ったら賀茂祭(葵祭)です。葵祭の異称からも分かるように葵の葉を使うわけですが「引きのこさるる葵草」、使われなかった葵に思いを馳せる俊成卿。
【2】神山に引きのこさるる葵草時にあはでもすぐしつるかな(藤原俊成) #waka #jtanka かつて見た「子日」の歌もそうでしたが、おめでたいその日の主役になる松や葵ではなく使ってもらえないその他大勢に目を向けるのは、若い頃に苦しみを経験した俊成卿ならではだと思います。
【3】神山に引きのこさるる葵草時にあはでもすぐしつるかな(藤原俊成) #waka #jtanka ところで「葵」を歴史的仮名遣いで書くと『あふひ』となります。「逢ふ日」と同音になるので出会い(≒恋)を象徴する、わくわくするお祭りだったわけです。
【4】神山に引きのこさるる葵草時にあはでもすぐしつるかな(藤原俊成) #waka #jtanka そこを俊成卿は「時にあはで」と『あふひ』を否定してしまっています。「時にあふ」とは、例えば葵なら賀茂祭に用いられること。「時を得る」が近いかもしれません。チャンスを物にする。
【5】神山に引きのこさるる葵草時にあはでもすぐしつるかな(藤原俊成) #waka #jtanka つまり、チャンスを物に出来なかった葵こそ、この私だと。俊成卿の想像力の凄さってこういうところだと思います。視野が広く、好意的に見れば優しいのだと思うのです。(了)
なんと…今までもらってなかったのか…(苦笑)、先生方の順番待ちって凄まじいのだなあ。それにしても、いずみさんにとっては何とタイムリーな! 千載集2冊買ったというのが好きだなあ…。 RT @hoppetagaotiru :国文学界のクボジュン先生が、文化功労者