GEN's Art style

GENのアートなページ。

こころ揺れ動く2日間。

2011年07月19日 02時12分17秒 | こころ
連休中、ふたつのパフォーマンスを観た。
ひとつは、ゆきんこあきらさんのリズムペイント。
もうひとつは、ファイヤーパフォーマンス。

どちらも、ジャンルも特性も違うけれど、観られることを前提に組まれている。

スタンスが一緒なのだ。
ゆきんこさんの場合は、壁面にずーっと背を向けない。必ず客側を向く。色を変える時、音を変えるとき。
客側を必ずみるのだ。
描くときもきちんと音と一体になってリズムを刻みながら描く。

ファイヤーパフォーマンスは完全に意識してのパフォーマンスだ。ダンスも含めて。
観るものを引き込むものがあり、またみたいって思う何かがある。

どちらも、完成度が高い。

こういうのを見ると、自分が客側の目線でみることができる。
どのへんまでやると、お客さんがのってくれるのか、とか、ひいていくのもよくわかる。
やりすぎるとおいてけぼりをくらってしまう。
だから、適度な長さと、引きこみかたや自己陶酔してしまわないことというのがみえてきた気がした。

あと、どちらも投げ銭形式だったんだよなー。そのほうがいいのかなとか。
ゆきんこさんは挨拶の時に缶をおいておきますって言っていたし、ファイヤーの方たちは、籠がまわってきた。

私にもできるだろうか??

生死

2011年07月07日 23時55分50秒 | こころ
難しいタイトルですが、私のパフォーマンスのテーマです。根本的な大きなテーマは女性なのですが。
生から死へというテーマで様々な切り口で魅せていけたらと考えています。

大きな枠組はできていて、あとはそれをどう空間と時間、音と人とをあわせていくかを考えています。

生から死へというテーマは、すごく大きくて深い。それでもって、身近に存在しているものなのだと思う。

先日、突然慕っていた方が亡くなった。
信じることができなかった。
心筋梗塞。
その前日に元気な姿でお会いして、話をした。これからの私のこと。進んでいく道のこと。一緒に歩んでいく人のこと。親身になって聞いてくれて応援してくれる。「がんばれ」っていってくれて、「また行きますね。」って言ったのに。
不安を笑い飛ばしてくれて大丈夫っていってくれて。
何かあると、報告にいった。

まだまだ、いるのだと。

亡くなった日の朝に聞いて、会いに行こうと思えばいけた。
人って不思議なもので、あいたくなかった。
ひとりではとてもじゃないけど受け入れられず。
まだ、生きているんだって信じたかった。
呆然と過ぎていく夜に「仕方が無いことなんだ」と言い聞かせる。
お通夜にでかけ、手をあわせるもハコの中から冗談だよって出てきてくれないものかと思っている自分がいた
まだ、顔をみていないから、信じていないから涙がでなかった。
友人たちも集まってきて、夕食を食べに出かけ、落ち着いたときに再び会いに行った。
ハコの中に寝ている顔を直視できなくて、震えた。
あわないと後悔すると自分に言い聞かせ、友人の手を掴んで「一緒に」とやっと震える声にだして、掴んだ手も震えていた。
どのくらい時間がたったかわからない、数秒だったかも知れない。ハコの前にやっと進んで覗き込んだ。
大きな目は閉じられていて静かに眠っている。まるで人形のようで。
その顔をみたとたんボロボロと涙がこぼれ落ちてくる。哀しい寂しいという気持ちが沸き上がってくる。
もう会えないんだっていう気持ちも。
どこかで、納得したんだと思う。

次の日のお葬式。
最後のお別れ。
最後まで、さよならって言葉がでてこない。

でも、ちゃんと最後にいってくれた言葉を刻みこんでお別れをした。

きちんとお別れができてよかった。

友人が亡くなったときは、密葬で、未だにお墓すらいけていない。
まだ、いきているのではという思いがどこかであり、携帯番号も大切にしてある。

納得しないと涙って出てこない。今日が雨でよかった。


死に直面すると、今自分がたてているパフォーマンスがちっぽけに思えてくる。
でも、伝えたいこと。
乗り越えないといけないこと。
今回、お腹の大きな子たちも駆けつけていて、ちゃんと産まれてくる命もあるんだって
おもう。

単純なのかもしれない。
私の表現したいこと

生きて行く上で多くを知り多くを失いまた学ぶ。
果てしないこと。

自分なりに表現していきたい。

久しぶりに更新してみる。

2006年11月20日 22時24分46秒 | こころ
今、アートというよりは芝居に打込んでいる。
自分の入っている劇団とは別の劇団で客演をしている。
昨日一昨日の本番が終わって、
来週末の4日間連続公演。

芝居のために前髪切って、少しといっても2?くらいだが太った。もう2?太りたいんだがどうも上手くいかない。8月末に役もらってからだから。


でも、もう後4回で終わってしまう。
さびしい。


これが終わったら、頭を切り替えてアート活動に入る。
12/2にライブに出演させてもらえることになった。

バンドさんの横でライブペインティングさせてもらうのだ。

どういう形でやるかはまだ未定なのだが、
音聞いてからかな。

人体にしたいんだけどなー。


だれか、モデルしてくれる人いないかな。


まずは、芝居のコトで頭をいっぱいにしておくとします。

あけましておめでとうございます。

2006年01月22日 22時03分50秒 | こころ
ごぶさたになってしまいましたね。
ブログどころか寒くて寒くてパソコンをほったらかしにしておりました。
このブログ、もう覗くひとはいないんではないかというくらいの更新率になっている。
やばい。
がんばろう。

今年も何事にも一心不乱にいきたいと思います。
今年もよろしくです。

ゆめの種プロジェクト

2005年10月02日 21時54分25秒 | こころ
今日、金津創作の森にてゆめの種プロジェクトに参加してきました。
カエデの種にみたてたものに夢を書き豆球をつけてできあがり。
後日、気球から飛ばすそうだ。
クルクルまわって落ちてくるんだなきっと。

すごいねー。

2005年08月01日 11時40分21秒 | こころ
絵を描いています。とか美術の講師をしていますとか言うと
『絵がかけるってすごいねー』と言われる。
その後決まって、『私絵心ないからそういう人尊敬する』
と言われる。

絵が描けるってどういう人のこというの?誰がきめるの??
絵心って何??

いつもそんな疑問が現れます。
絵はみんな描けると思うのです。
描けないって決めるのは結局自分なんですよね。
私も自分で描くと決めたから描いていてその道を歩んでて、
堂々と発表しているから、スゴイネって言ってくれる。

実は美術の世界って、あやふやで誰でもどんな人でもすぐ飛び込んでこれる
世界だと思います。年齢関係ないし。ただ、利益をあげようと思うと
ものすごく難しく、格式張っている所もあるので厳しいとこもある。

上手下手関係なく美術ってやる気の問題かなっと思います。
やったもん勝ちですね。


雑誌で

2005年07月02日 10時28分54秒 | こころ
ファッション雑誌は読まない
昔、ちらりと読んでいたけれど、最近はめっきり。
美術雑誌は読みます。
美術手帖やスタジオボイスなどなど。
同じくらいの年の人たちが載っていると
嫉妬する。

くそーっと思う。
私も前に進まなきゃと思う。
進んでいないもどかしさを感じる。
なので、作品展もあまり同年代の人たちのは
みないようにしている。
感化されやすいというのもあるけれど。
純粋な気持ちではみれなくなるからかな

夏の訪れとともに

2005年06月27日 08時46分26秒 | こころ
街の中には色とりどりの花が咲く。
一気に街の中が華やかになる。
年々露出度が増えていき、
鮮やかな色になる。
日に焼けまいと雨でもないのに傘をさす。
暑い夏に対抗すべく、街の中でも
色とりどりな花が咲くのである