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大阪府社寺巡りの旅・第16回 木曽御嶽本教 御嶽大神/大阪府東大阪市上四条町

2013年09月29日 | 大阪府社寺巡りの旅
■ 木曽御嶽本教 御嶽大神/東大阪市上四条町
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◆ 木曽御嶽本教について ◆

千三百年の昔より、御嶽信仰(御嶽山大権現)は、霊峰御嶽山を根本とする両部神道の修験にありました。
登山参拝には百日間の*精進潔斎(ショウジンケッサイ)の制度があり、常人では大変困難なことであったため、多くはその里宮に参拝するのみでした。
天明二年、覚明(カクメイ)行者が苦行の末、この制度を打破されたことにより、常人の登山参拝が可能になりました。
そして寛政四年、普寛(フカン)行者が王滝口の参道を開道され、各地に御嶽信仰がひろめられました。
そののち、尾張国熱田の儀覚行者が宮丸講を組織して、中仙道を登拝されたのが講社の始まりとされています。
明治二年、神仏分離の勅令により、「御嶽山大権現」が「御嶽神社」と改称され、国家管理となったため、講社は宗教行事を行うことができなくなりました。しかし、昭和二十一年、宗教法人令が施行され、神社も宗教として取り扱われることとなり、それまで離散していた講社の重立者が集結して「木曽御嶽本教」を立教しました。
そして昭和二十七年、文部大臣より認証され、今日に至っているのです。

*精進潔斎とは、神事に奉仕するにあたって、一定期間、飲食・行為などを慎み、心身を清めて家(ここでは黒沢里社の斎舎(イミヤ))にこもること。

◆ ご祭神 ◆

木曽御嶽本教のご祭神は、*造化三神(ムスビノオオカミ)と、総本 山と仰ぐ御嶽神社のご祭神、国常立尊(クニトコタチノミコト)・大己 貴命(オホナムチノミコト)・少彦名命(スクナヒコナノミコト)の六柱の神を、「御嶽大神」としておまつりしています。

*造化三神(ムスビノオオカミ)
・天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)
・高皇産霊神(タカミムスビノカミ)
・神皇産霊神(カミムスビノカミ)

<木曽御嶽本教HPより>



2013年8月20日撮影


LUMIX DMC-LX5


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