阿佐ヶ谷の古本屋「元我堂」ナンダ店長日記

下町とモダンが混在する町、阿佐ヶ谷。そこに妙に佇む一軒の古本屋「元我堂」を水曜店主ナンダが見たままに。そのままに。

何人目の店長かしら…

2006-11-23 12:46:17 | 元我堂店番日記
4ヵ月ぶりの店番。
もうすっかり冬…と思っていたらこの日は珍しくぽかぽかと暖かかった。やったー♪

今後、主に各曜日の店長の代理を務めてくださるミッキさんと一緒にシャッターを開ける。

元記者をされていたというミッキさんは、現在も福岡とパリと阿佐ヶ谷を拠点とする物腰穏やかなおぢさまである。レオ様(森本)にちょっと似ている、と思う…。蔵書もかなりのものとか。ひょんなことから元我堂に興味を持ってくださって、ぜひ何かお手伝いしたい!とのこと。
元我堂はどうも人に恵まれる星のもとにあるみたい。

ナンダも久しぶりなので、品ぞろえがだいぶ良くなった元我堂の書棚の本たちを眺めながら、ミッキさんにひととおりの店番の仕方をレクチャー。
といってもそんなにすることはないので、この雰囲気を好きになれるかやってられねえ!となるか、ってところだと思う。

結果、すごく馴染んで、お客さんとの会話も楽しんでいらっしゃった。
5時に閉店する際に、「夜まで開けてみたい。」とおっしゃるので、そのままお願いした。
(しかもその日の夜はすごく売れた!)

またまた頼もしい助っ人登場ですよ。

輪っ。

2006-11-19 23:43:29 | 元我堂店番日記
今週の水曜日22日から、店番復帰させていただくことになりやした。
でも子連れなので、昼間のみ。1時から5時まで。
思えば出産前は、”9月からは以前と同じ時間帯で復帰します!”なんて言ってたのに。
ごめんなさい…。申し訳ない。すんごく甘かったです…。
9月ごろは慢性クマ子だったよ。。。

今でも、もろもろ不安があるけれど、でもやるからにはお客様や他店長に迷惑を掛けないようにがんばるぞ。夜とはまた違った雰囲気を楽しみたいなあ。
どうかお天気に恵まれますように。。。

そんなわけで今日は久しぶりに店長ミィティングに参加。
うい坊を寝かしつけて、10分ほど遅れてお店に到着してみると、、わわっ!なんかすごくいっぱい!に見えるー。
オーナーのやすさん、日曜昼店長のあやのさん、月曜店長のかおりさん、月曜4週目店長のしんごさん、火曜店長のTajiさん、木曜店長のトシさんに加えて、今度新しくまた加わってくださるという方(またまた強力な助っ人です!)も揃っていて、そこへ遊びにきてくれた元々々々々月曜店長のケイスケと、ついでにナンダも入って、ちっこい店内はぎゅうぎゅう。
でもなかなかこうやって皆が顔を合わせることってなかなか無いから、嬉しかったわー。

話すことが多過ぎてまとまらないまま(笑)、ここでタイムリミット。
うい坊が起きちゃったというので、一人お先に失礼することに。
大掃除をしよう、ってことだったのにごめんなさいよー。

ところで。
今日整理してみたところ、元我堂の毎日の開店時間がひじょーにバランバランだということに気付いた…。結構すごいことになっている(笑)。日替わり店長のネックはここね…。なのでご来店の際はご確認の上の方がよろしいかと。
はっきり決まったところで元我堂ブログでちゃんとお知らせできると思います…。

あいの花

2006-11-15 23:48:30 | 本や文章、本屋について
”南天の実が赤さを増す季節です。師走の声を聴くと、どことなく気が急いてしまうのは、やっぱり日本人だからでしょうかね。
(中略)
藍子が庭に刺してある細竹に、ミカンを刺しています。花陽も真似して刺していますね。
こうしておくと、オナガやツグミやスズメといった可愛い鳥たちがついばみにやってきます。
冬の楽しみのひとつなのですが、実は時々鼠がやってくることもあります。
見ている分には鼠も可愛い小動物なのですが、若い女性などはきゃあきゃあ言って騒ぎますね。
本も齧られますし、それが少々困りものです。

そんな十二月のある日です。”

         -小路幸也『東京バンドワゴン』(集英社)”冬:愛こそすべて”より

久しぶりに楽しい読書ができた一冊。新刊(でもそんなに新しくないかな)。

設定は、下町にある古本屋(大家族で営んでいる)の日常。
人と人とのつながりを感じる事件が起こる、という。語り手は天国のおばあちゃん。
LOVE、他者への愛情が全体の柱になっていて、ほっこりあったかい気分になれるのだ。
Kさんどうもありがたう。

いいなあ。大家族って実は密かに憧れちゃう。
でも大家族の母ちゃんに憧れてるわけじゃないのよ隅っこキャラでいいのたとえば猫とかでも。

ところで鼠ですって。鼠はいやよいやよ。
きゃあきゃあ言えるうちはまだいいさ。
「ぎゃっ!」と言って固まるかその場で卒倒ししちゃうよ。
絵本の中の鼠がギリギリの線よ。
(元我堂にはもちろんいないよいないに決まってる)

ももの花

2006-11-13 11:41:20 | 本や文章、本屋について
”夏目漱石の『坊っちゃん』は、人生で三度、読むときがくる”とどこかで聞いたことがある。
”読むときがくる”だったか”読むべきだ”だったかあるいは”読むことになる”だったか忘れたけどとにかく”三度”というのは覚えている。

ちなみにナンダは、この『坊っちゃん』、むかーし読書感想文用に読んだっきり。まだ一度だ。

先日エンデの『モモ』を読んだ。人生で二度目。
こんな本が児童書、と呼ばれていることに改めて驚く。

初めて読んだときは、仕事が忙しくて忙しくてどうやっても時間が足りなくて、
「灰色の男たち」に「時間の花」をむしり取られている状態だった。
(でも本当は単に自分の要領が悪く、効率も悪過ぎただけだったのかもしれない)
だから、読みながら自分のことを言われているみたいでだーだー泣いた。
泣いて、でもどうしようもなくて情けなくてまた泣けた。

自らすすんで「時間の花」をむしり取らせていたときに、久しぶりに会った弟にとげとげしい言葉しか出てこなくてあとから驚いた。ここまで荒んでいたんだ。
まもなくその会社を辞めた。

今は、時間が人間を育てる、心を育てる、と思えるようになった。
時間が人間の身体を育てることも日々体感している。とてもゆっくりと。もちろん、老いていくのだってまた育つことだ。

子どもはファンタジーと現実を自由に行き来できる、と言うけれど、
『モモ』はまさにファンタジーと現実の境界線にある物語だ。
そもそもファンタジーと現実に境界線というものがあればの話だけど。
そもそも子どもと大人に境界線というものがあればの話だけど。

三度目をまたいつかきっと読むことになると思う。
そのときを楽しみに待とう。