春 14回出場 20試合 6勝 14敗 0分 ベスト8; 2
夏 58回出場 95試合 38勝 56敗 1分 優勝; 2 ベスト4; 1 ベスト8; 1
佐賀県とは日本の都道府県のひとつで、九州地方の北西部に位置する県です。県には吉野ヶ里遺跡、焼き物、嬉野温泉など特徴的なものが多々ありますが、その位置を特定するのが他県者からは難しいです。
佐賀には起伏が無く、県の大部分は平野部であり、さらに地盤が非常に緩い(豆腐と称されるほど緩い)ので高い建物も存在しない、というか建てるために地下2階分位の基礎を作らなければいけないらしい、それでも、建物の重さで徐々に沈降が始まってしまうらしいです。その起伏の無さだけは世界クラスであり、世界一障害物に気を使わず安全に気球に乗れる地として、毎年各地から気球乗りたちがその美と技を競うために佐賀に集まります。これが有名なバルーンフェスタです。普段は遮るものが何も無い大空を、色形様々な気球が埋め尽くす様は圧巻です。
県南部に人口3.1万人の鹿島市があります。しかし、ここはJリーグ強豪チームの鹿島アントラーズのホームではありません。佐賀のJリーグ所属チームはなく、経営不振が度々話題になる弱小チームと言われたサガン鳥栖です。ただ、予想に反してJ1昇格後は善戦しています。
【勝手に選んだご当地ソング】
♪ 今日も登下校をする子供達は 歩きなのにヘルメット
車なんてめったに通らないのに 蛍光テープをつけたヘルメット
クラスの半分以上が同じ床屋 そして残りの半分はお母さん
佐賀にもやっと 佐賀にも牛丼屋ができた
オレンジの看板だけど名前は吉田屋
(「佐賀県」 詞; はなわ / 唄; はなわ)
お笑いコンビのナイツの塙宣之さんの言うことには、実兄のピン芸人・はなわさんと佐賀県には過去に確執があったそうです。ヒット曲「佐賀県」でブレイクした当時の佐賀県知事は同曲に好意的で、PVにも出演してくれました。ところが、新県知事になって状況は一変し、「あの歌は佐賀をバカにしてる」「よくないネタだ」と批判し、はなわさんは佐賀県庁から出入り禁止になったそうです。こうした騒動がありつつも、2016年3月にはなわさんが現佐賀県・山口祥義知事の元を訪れ、知事の主張を考慮した内容になっている、新しい「佐賀県」の歌を歌唱したそうです。
全国制覇の経験もある佐賀商業高の名は偉大であり、他校は「SASHO」の胸文字を見た途端に震え上がり泣いて許しを乞うほどです。また、県全体としても、全国各地に優秀な選手および指導者を派遣しており、野球王国として一時代を築きつつあります。
2007年選手権では、がばい旋風に乗って、佐賀北高が全国を制するなどインパクトある活躍を見せていますが、逆に選抜はご無沙汰であり、最後に出場してから10年連続で春の便りが届かず、最後の選抜勝利は2000年の佐賀商業高までさかのぼらなければなりません。
数年に一度、わけのわからんポテンシャルを持った豪腕ピッチャーが現れるロマンのある地域、ロマンシング・サガです。
【選抜大会出場回数ランキング】
1 佐賀商高 6回出場 10試合 4勝 6敗 0分 ベスト8; 1
2 唐津商高 2回出場 2試合 0勝 2敗 0分
3 龍谷高 1回出場 3試合 2勝 1敗 0分 ベスト8; 1
3 鳥栖高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 神埼高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 佐賀工高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 小城高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 伊万里商高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
【選抜大会勝利数ランキング】
1 佐賀商高 6回出場 10試合 4勝 6敗 0分 ベスト8; 1
2 龍谷高 1回出場 3試合 2勝 1敗 0分 ベスト8; 1
3 鳥栖高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 神埼高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 佐賀工高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 小城高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
3 唐津商高 2回出場 2試合 0勝 2敗 0分
3 伊万里商高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
【選手権大会出場回数ランキング】
1 佐賀商高 15回出場 27試合 13勝 14敗 0分 優勝; 1
2 佐賀西高 7回出場 8試合 1勝 7敗 0分
3 佐賀学園高 6回出場 12試合 6勝 6敗 0分
4 唐津商高 5回出場 7試合 2勝 5敗 0分
5 佐賀北高 4回出場 10試合 6勝 3敗 1分 優勝; 1
6 龍谷高 3回出場 3試合 0勝 3敗 0分
7 鹿島高 2回出場 5試合 3勝 2敗 0分 ベスト4; 1
7 鳥栖商高 2回出場 4試合 2勝 2敗 0分 ベスト8; 1
7 佐賀工高 2回出場 4試合 2勝 2敗 0分
7 鳥栖高 2回出場 3試合 1勝 2敗 0分
7 佐賀東高 2回出場 2試合 0勝 2敗 0分
12 神埼高 1回出場 2試合 1勝 1敗 0分
12 有田工高 1回出場 2試合 1勝 1敗 0分
12 小城高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
12 唐津工高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
12 唐津西高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
12 武雄高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
12 伊万里農林高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
12 佐賀師範高 1回出場 1試合 0勝 1敗 0分
【選手権大会勝利数ランキング】
1 佐賀商高 15回出場 27試合 13勝 14敗 0分 優勝; 1
2 佐賀北高 4回出場 10試合 6勝 3敗 1分 優勝; 1
2 佐賀学園高 6回出場 12試合 6勝 6敗 0分
4 鹿島高 2回出場 5試合 3勝 2敗 0分 ベスト4; 1
5 鳥栖高 2回出場 3試合 1勝 2敗 0分
5 佐賀工高 2回出場 4試合 2勝 2敗 0分
5 唐津商高 5回出場 7試合 2勝 5敗 0分
8 鳥栖高 2回出場 3試合 1勝 2敗 0分
8 神埼高 1回出場 2試合 1勝 1敗 0分
8 佐賀西高 7回出場 8試合 1勝 7敗 0分
8 有田工高 1回出場 2試合 1勝 1敗 0分
【佐賀県出身者で打線を組んでみた】
一番 ④ 辻発彦 (佐賀東高/西武ライオンズほか)
二番 ⑦ 加藤博一 (多久工高/西鉄ライオンズほか)
三番 ⑨ 長野久義 (筑陽学園高/読売ジャイアンツ)
四番 ⑧ 緒方孝市 (鳥栖高/広島東洋カープ)
五番 ③ 永淵洋三 (佐賀高/近鉄バファローズほか)
六番 D 田中久寿男 (佐賀工高/西鉄ライオンズほか)
七番 ⑤ 永尾泰富 (佐賀西高/ヤクルトスワローズほか)
八番 ② 実松一成 (佐賀学園高/日本ハムファイターズほか)
九番 ⑥ 木塚忠助 (唐津中/南海ホークスほか)
① 権藤博 (鳥栖/中日ドラゴンズ)
「権藤、権藤、雨(中止)、権藤」の権藤博さん(鳥栖)。1961年に入団し、いきなり35勝。最多勝はもちろん、防御率1位、沢村賞、新人王など数々の賞を総ナメにしました。「肩は消耗品」などという発想があまりない時代で年間140試合のほぼ半分の69試合に先発しました。当時の新聞が、中日ドラゴンズの先発ローテーションを「権藤、権藤、雨(中止)、権藤」と書いたそうです。
権藤さんの後輩が緒方孝市監督。広島東洋カープで俊足、強打の一番打者として鳴らし、1995年から3年連続盗塁王。1999年には当時の日本記録となる8本の初回先頭打者ホームランを放ちました。22年間で1506安打。度重なるケガがなければ、2000本安打も可能だったでしょう。
現役では長野久義選手(福岡・筑陽学園高)。読売ジャイアンツの中軸を任されています。ドラフト指名を2度蹴ってのジャイアンツ入りで、すぐに頭角を現しました。永淵洋三さん(佐賀高)は1970年代に近鉄などで活躍したバッター。酒が強く、マンガ「あぶさん」のモデルと言われる選手です。
木塚忠助さん(唐津中)は往年の名選手です。1940年代から1950年代にかけて、ショートとして活躍しました。2年目から4年連続盗塁王、肩も強かった。飯田徳治さん、山本(鶴岡)一人さん、蔭山和夫さんらと形成する「百万ドルの内野陣」の一員として、当時の南海ファンを大いに沸かせました。