自己決定権
個人は、人格的自立にかかわる一切の重要な個人的事柄について、公権力から干渉されることなく、自ら決定し得る権利を有する。
その具体的内容には、①自己の生命・身体の処分にかかわる事柄、②家族の形成・維持にかかわる事柄、③リプロダクションにかかわる事柄、④その他の事柄に分けられる。
その中で①の生命・身体の処分に関する自己決定権は、「人の生と死にかかわる最も根源的な自律にかかわるもの」であり、インフォード・コンセント、治療拒否、尊厳死(「品位ある死」)などの問題がこれに関係する。
その判例に、「エホバの証人」輸血拒否事件」がある。
エホバの証人の信者である成人女性のがん患者Xが、その手術に先立ち「輸血以外には救命手段がない事態になっても輸血しないでほしい」旨の意思表示をしたにも拘わらず、担当医師であるYらが手術に際して輸血をしたことに対して、不法行為による損害賠償を求めた訴訟。
1審では請求を棄却される。
2審の東京高裁は、次のように判示して、Yらに対して損害賠償を認めた。(東京高判平成10年2月9日判時1629号29頁)
「手術を行うについては、患者の同意が必要であり、医師がその同意を得るについては、患者がその判断をする上で必要な情報を開示して患者に説明すべきものである。」
「この同意は、各個人が有する自己の人生の在り方(ライフスタイル)は自ら決定することができるという自己決定権に由来するものである。Yらは自己の生命の喪失につながるような自己決定権は認められないと主張するが、当裁判所は、特段の事情がある場合は別格として[自殺しようとする者の治療拒否、交通事故等の救急治療の必要のある場合]・・・・、このように主張に与することはできない。すなわち、人はいずれ死するべきものであり、その死に至るまでの生きざまは自ら決定できるといわなければならない。」
「本件は、後腹膜に発生した肝右葉に浸透していた悪性腫瘍・・・であり、その手術をしたからといって必ずしも治療が望めるというものではなかった。」
「この事情を勘案すると、Xが相対的無輸血の条件の下でなお手術を受けるかどうかの選択権は尊重されなければならなかった。」
最高裁では、自己決定権という言葉こそ用いなかったものの、輸血拒否を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪うことは、人格権を侵害するものであると判示した。(最判平成12年2月29日民集54巻2号582頁)