お久しぶりです。
なんと、2021年6月ぶり・・・生きていたTOMCATです。
いやぁ長かったブランク。
じつは、21年の2月に7年要介護状態の母が旅立ち、呆けていたのは事実なんですが、単に精神的にではなく、病気だったのです。
はじめはやけに転ぶ。転び方が変。
それに尿失禁・・ひどくはなかったけど、起き上がることも難儀するようになり。おトイレに行きたいと思っても行動に移すのが大変になって、結局リハビリパンツを使うように。
万が一失敗してもおむつだから。とあきらめるまでに数か月かかりました。
階段は誰かの手がないと降りられない。こまめにコケるという恐ろしい状態でした。
コケるともう起き上がるのが難儀・・・って言うか無理。部屋をでてろうかを10Mほどでキッチンなんですが、そのキッチンでコケて座り込んで起き上がれない。
起き上がれないから、仕方なく背中を床に滑らせて、部屋まで逆匍匐状態で3時間近くかけて家の中をずりずりとあがいて移動。
やっとベットに到達して、椅子とベッドを利用しておきあがる。
。。。なんてことをしたりして。。。
道を歩いていて急に気分が悪くなり気絶。
見つけてくれた人が救急車を呼んでくれて、救急隊の人の声でやっと我に返る・・
ある時はわんこ散歩してて、判っているのに路肩のコンクリに向けて頭からコケて目の上をぶつけて出血。左目の眼底骨折でお岩さん状態。
恥ずかしい事にお風呂に入っていて、なんとなくふらつきを感じて慌てて湯船から這い出て、洗い場に倒れこみ。もう起き上がれない。
え~~
もちろん一糸まとわぬ姿で二進も三進もいかない・・家族はみんな寝静まり。。朝の5時まで意識朦朧と過ごして、気が付くと、お風呂掃除用のモップでシャワースタンドをガンガン打ち付けて・・朝に次女が気づいてくれて家人をおこしてもらって・・・すっかり11月だったので、低温症状態。やっぱりしっかり体調崩して入院騒ぎ。
そこで初めてMRIとってもらって水頭症ということがわかり・・・手術のために初めて千葉大病院を受診したのが11月の末。骨髄の検査してとりあえず高い脳圧を下げることに。
シャント手術を受けました。
こんなになるまで、よくもまぁ我慢できましたねと言われましたが、知らないことにはどうにもならない。
コケても結局足が弱ったからと思うし、めまいも糖尿病があるからなぁ・・と恐ろしいい自己判断を繰り返してました。
で、新年早々、1月4日に千葉大K先生によるシャント手術。腰にバルブを埋めてそのバルブを通して腹の中に髄液を排出するというもので、手術は4時間そこそこで私は寝てたから気にもしてなかったけど、父が同じ病気でシャント手術を受けたときは頭蓋にバルブを入れたので長かったけど、私は幸い背骨が歪んでなかったんで腰から腹腔への手術で済みました。ちなみに、父は突発性正常圧水頭症。私は正常圧の水頭症です
でも、術後も気持ち悪かったり、症状がおさまらないので、主治のK先生がMRIで造影剤を入れて再検査したら・・・映ってしまったんです。腫瘍が。
頸椎といっても脳から束になった神経が出て、脊椎の中に。。。その脊椎の中で腫瘍が膨らんで神経を圧迫していたらしいです。
鉄アレイなんととかいう神経鞘腫でした。硬膜外にもはみ出ていて、脊椎の専門の先生が、思わず「でけぇ」と言ったそうな。
1月末に退院して、専門のT先生にバトンタッチして、2月に同じ脳外科でも、脊椎のT先生に見ていただいて、背骨の後ろ側から開けて、神経の周りに大きくなった腫瘍を取り除いて、6時間の手術かなぁって言われたんですが。
ちょうど、コロナで千葉大の体制ががたがたで、スタッフがそろって、手術室が空くのが5月とか言われて、そりゃ、たまんない。
3か月も待つのかぁと思っていたら、脊椎の先生は船橋の病院から来ている先生で、そこならすぐにできますよって
そりゃ、渡りに船や。
しかも結婚した時に移り済んだアパートの隣町にある病院だ!即断しました。先生は少し考えることもできますよ。とおっしゃってくださったけど、放置してもよくはならないので、最速でお願いしました。
で、3月の8日に首の裏側ボンのくぼのあたりから10センチくらい切開して、首の筋肉を切り、背骨の後ろ側、蓋のようにかぶさっている背骨を開いて、その中の鞘腫をできる限り取り除いて・・・手術は10時間で出血は多め。
3か月に2回しかも脊椎をいじる手術をして・・・いまだに首が痛むデス。ロキソニンテープ貼って暮らしてます。
脊椎症で神経が曲がっているところを2か所チタンで止める手術もしていただいて、でももう一か所がちょっと今回は手を出せないってことで、据え置いてますが、ちょっとしびれが腕に出ています。
使えないほどに痛むようなら手術しますよ。って言われたので、できるだけ、しびれるときはその方を向かないようにしてます。
そのT先生が亀戸の病院の院長先生になって、千葉大の外来に来られなくなったのがとっても寂しいです。
なんて事をしている間に、誰も触ってくれない私のPCは、いじけてブラックアウトしてました。
でも術後のいまいちな日々を暮らす私は、映画もあまり見なくなって、すっかりPCなしでも大丈夫な日々で、LGのおんぼろタブとくソニーのエクスペリアで、うーつべ(もう、死語?)見て十分でした。
ほぼ3年が過ぎ、ちょっとした心境の変化か、何気なくPCを買ったら、ブログ思い出して意外とするすると再開ができそうなので、また始めちゃったよ。
でも、きっと映画以外の事しか書けないかも・・・ほんと見なくなってるんだもんなぁ
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なんと、2021年6月ぶり・・・生きていたTOMCATです。
いやぁ長かったブランク。
じつは、21年の2月に7年要介護状態の母が旅立ち、呆けていたのは事実なんですが、単に精神的にではなく、病気だったのです。
はじめはやけに転ぶ。転び方が変。
それに尿失禁・・ひどくはなかったけど、起き上がることも難儀するようになり。おトイレに行きたいと思っても行動に移すのが大変になって、結局リハビリパンツを使うように。
万が一失敗してもおむつだから。とあきらめるまでに数か月かかりました。
階段は誰かの手がないと降りられない。こまめにコケるという恐ろしい状態でした。
コケるともう起き上がるのが難儀・・・って言うか無理。部屋をでてろうかを10Mほどでキッチンなんですが、そのキッチンでコケて座り込んで起き上がれない。
起き上がれないから、仕方なく背中を床に滑らせて、部屋まで逆匍匐状態で3時間近くかけて家の中をずりずりとあがいて移動。
やっとベットに到達して、椅子とベッドを利用しておきあがる。
。。。なんてことをしたりして。。。
道を歩いていて急に気分が悪くなり気絶。
見つけてくれた人が救急車を呼んでくれて、救急隊の人の声でやっと我に返る・・
ある時はわんこ散歩してて、判っているのに路肩のコンクリに向けて頭からコケて目の上をぶつけて出血。左目の眼底骨折でお岩さん状態。
恥ずかしい事にお風呂に入っていて、なんとなくふらつきを感じて慌てて湯船から這い出て、洗い場に倒れこみ。もう起き上がれない。
え~~
もちろん一糸まとわぬ姿で二進も三進もいかない・・家族はみんな寝静まり。。朝の5時まで意識朦朧と過ごして、気が付くと、お風呂掃除用のモップでシャワースタンドをガンガン打ち付けて・・朝に次女が気づいてくれて家人をおこしてもらって・・・すっかり11月だったので、低温症状態。やっぱりしっかり体調崩して入院騒ぎ。
そこで初めてMRIとってもらって水頭症ということがわかり・・・手術のために初めて千葉大病院を受診したのが11月の末。骨髄の検査してとりあえず高い脳圧を下げることに。
シャント手術を受けました。
こんなになるまで、よくもまぁ我慢できましたねと言われましたが、知らないことにはどうにもならない。
コケても結局足が弱ったからと思うし、めまいも糖尿病があるからなぁ・・と恐ろしいい自己判断を繰り返してました。
で、新年早々、1月4日に千葉大K先生によるシャント手術。腰にバルブを埋めてそのバルブを通して腹の中に髄液を排出するというもので、手術は4時間そこそこで私は寝てたから気にもしてなかったけど、父が同じ病気でシャント手術を受けたときは頭蓋にバルブを入れたので長かったけど、私は幸い背骨が歪んでなかったんで腰から腹腔への手術で済みました。ちなみに、父は突発性正常圧水頭症。私は正常圧の水頭症です
でも、術後も気持ち悪かったり、症状がおさまらないので、主治のK先生がMRIで造影剤を入れて再検査したら・・・映ってしまったんです。腫瘍が。
頸椎といっても脳から束になった神経が出て、脊椎の中に。。。その脊椎の中で腫瘍が膨らんで神経を圧迫していたらしいです。
鉄アレイなんととかいう神経鞘腫でした。硬膜外にもはみ出ていて、脊椎の専門の先生が、思わず「でけぇ」と言ったそうな。
1月末に退院して、専門のT先生にバトンタッチして、2月に同じ脳外科でも、脊椎のT先生に見ていただいて、背骨の後ろ側から開けて、神経の周りに大きくなった腫瘍を取り除いて、6時間の手術かなぁって言われたんですが。
ちょうど、コロナで千葉大の体制ががたがたで、スタッフがそろって、手術室が空くのが5月とか言われて、そりゃ、たまんない。
3か月も待つのかぁと思っていたら、脊椎の先生は船橋の病院から来ている先生で、そこならすぐにできますよって
そりゃ、渡りに船や。
しかも結婚した時に移り済んだアパートの隣町にある病院だ!即断しました。先生は少し考えることもできますよ。とおっしゃってくださったけど、放置してもよくはならないので、最速でお願いしました。
で、3月の8日に首の裏側ボンのくぼのあたりから10センチくらい切開して、首の筋肉を切り、背骨の後ろ側、蓋のようにかぶさっている背骨を開いて、その中の鞘腫をできる限り取り除いて・・・手術は10時間で出血は多め。
3か月に2回しかも脊椎をいじる手術をして・・・いまだに首が痛むデス。ロキソニンテープ貼って暮らしてます。
脊椎症で神経が曲がっているところを2か所チタンで止める手術もしていただいて、でももう一か所がちょっと今回は手を出せないってことで、据え置いてますが、ちょっとしびれが腕に出ています。
使えないほどに痛むようなら手術しますよ。って言われたので、できるだけ、しびれるときはその方を向かないようにしてます。
そのT先生が亀戸の病院の院長先生になって、千葉大の外来に来られなくなったのがとっても寂しいです。
なんて事をしている間に、誰も触ってくれない私のPCは、いじけてブラックアウトしてました。
でも術後のいまいちな日々を暮らす私は、映画もあまり見なくなって、すっかりPCなしでも大丈夫な日々で、LGのおんぼろタブとくソニーのエクスペリアで、うーつべ(もう、死語?)見て十分でした。
ほぼ3年が過ぎ、ちょっとした心境の変化か、何気なくPCを買ったら、ブログ思い出して意外とするすると再開ができそうなので、また始めちゃったよ。
でも、きっと映画以外の事しか書けないかも・・・ほんと見なくなってるんだもんなぁ
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