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不動産受験新報2007年10月号 開業者が教える 独立開業ナビゲーター 司法書士6

2007-10-31 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


開業者が教える
独立開業ナビゲーター
司法書士

司法書士 富田太郎

 今月も,司法書士開業について,説明していきたいと思います。
 まずは,いつものようにQ&A形式で解説していきます。
開業の準備・方法Q&A
(1)営業形態
Q1
 司法書士の「不動産登記に関する仕事」の受注の仕方は,どのような形態なのですか?
 スポット的な案件が中心なのですか?
A1
 まず,司法書士の仕事の受注方法を述べる前に,他士業を見てみましょう。
 たとえば,税理士の場合は,顧問先からの顧問料収入というものがあります(顧問先から,毎月ン万円という一定の顧問料があり,そのうえで,〈顧問料のほか〉決算期に別途「決算書作成報酬」を取る)。よって,顧問先が増えれば増えるほど,安定的な収入が期待できます。つまり,新規の顧客を取得すれば,半永久的に継続的な収入が期待できます。
 これに対し,司法書士の場合,顧問料というのは,あまりないと思います。
 では,毎月,毎月,新規の客を見つけるために一件,一件,顧客を探していかなければならないのでしょうか?
 実は不動産登記の場合,大半は「チャネル営業」なのです。不動産登記の場合,「銀行」「不動産業者」という「営業チャネル」から,毎月一定の仕事がきます。
「銀行」「不動産業者」という一定の営業チャネルさえ獲得してしまえば,毎月継続的な仕事がきます。そうなると,司法書士もあまり新規開拓する必要はなく,日常業務は,営業よりも,「銀行」「不動産業者」からの紹介案件をこなすことで精一杯となります。
 要は,不動産登記の営業とは,一件,一件,仕事を探すのではなく,営業チャネルを開拓するということになります。
 一定のチャネルを確保してしまっているので,「新規飛び込みのお客は,一切お断り」という事務所もあります。
※不動産登記の場合,よく分からない「飛び込み案件」には,地面師(詐欺師)とか,「他人が真実の所有者に内緒で,不動産を勝手に売却する」等の危険な案件をつかまされる恐れがあるため,大半の司法書士は敬遠する傾向があります(法務局の前に事務所を構えるようなところは別でしょうが)。
 最近,若い司法書士の中には,ホームページで営業を行う方もいますが,「商業登記」「自己破産・債務整理」案件は問題ないでしょうが(むしろ効果的でしょうが),不動産登記案件の場合は,要注意だと思います。
★私の経験談
 営業下手な私にも,不動産案件について懇意にしている「銀行」があります。よく同業者から,「積極的な営業もせず,よく獲得できたね」といわれますが……(ほっといてくれ! 私なりに苦労したのです!)。
 もともとは,非常に関係の薄い銀行でした。ところで,その頃,私は東京司法書士会の「判例・先例研究室」に在籍しており,当時の研究課題は,「債権譲渡特例法・債権譲渡登記(平成10年法律104号)」でした。受験雑誌のため詳細は省略しますが,この法律の本来の趣旨は,「債権流動化」を目的とするものです。
 これを,何とか「債権回収の方法」として使えないだろうか(前職が金融機関であったため,ついそんなことを考えてしまうのです)と,銀行の担当者(非常に優秀な方でした)と一緒に,この債権譲渡登記を使った「債権回収のスキーム」を作りました。実際の案件で試したところ,あきらめていた債権が,ン千万円ほど回収できました。
 もちろん,その銀行の支店長も大喜び♪ 今後,ぜひ「不動産案件でも,おつき合いしたい」ということになりました。
 また銀行員は,通常,同一支店には3~5年ぐらい在籍し,別の支店・本店に転勤していきます。そうすると,ある支店で懇意にしていた担当者が,別の支店・本店に転勤していけば,当然,ビジネスチャンスは広がっていきます。
 私の場合,このようにして人脈が広がっていきました。
★私の友人司法書士の場合
 私の友人司法書士で,今や10人を超える司法書士を雇い,大成功している方がいます。年収も4,000万円くらいでしょうか(うらやましい~)。
 彼の営業方法は,飛び込み営業を行い,不動産業者と飲みに行くことです(度が過ぎると,司法書士法違反です)。
 私自身,当初は彼のやり方に批判的でした。
 そんなある日の朝,彼から「工場財団の登記」の質問がありました。こっちは,本業とか執筆とかで超忙しいのに……(怒,怒)。
「まぁ,友人だから仕方がないか……」ということで,資料をFAXしました。
 その晩(夜11頃),なんと私の事務所に突然訪れ,差し入れに,サンドイッチ,ドリンク剤を持ってきて,「原稿の締め切り,頑張ってね」と一言だけ言って帰っていきました。
 う~ん。彼の事務所から私の事務所まで,ゆうに1時間半はかかるのに,その日のうちに,たった一言を言うために……。
 その自然な振る舞いに,「そんな気配り」の積み重ねで,彼は「人の心をつかみ」,成功していったのだと思うようになりました。
★営業方法は人それぞれ
 実は,ここで言いたかったのは,司法書士の営業なんて,「人それぞれ」ということなのです。
 人の性格,前職が異なるように,営業マニュアルなんかのようなものより,「自分の個性にあった方法を見つけていく」ということではないでしょうか?
(2)専門性とは
①専門性に憧れる
 前述のように,営業とは人それぞれです。要は,「専門性」で顧客の心をつかまえる。地道な営業と気配りで顧客の心をつかまえる。手段は違っても,究極的には「顧客の心」をつかまえることが必要なのではないでしょうか。
 ところで,私がなぜ「専門性」を強調するようになったのかといえば,そもそも司法書士を目指した理由にあるのです。
 もともと私は,業界トップクラスの総合リース会社に在籍していました。もっとも,その後,倒産してしまいましたが……(涙)。
 就職を決めた理由は,「リース業界は,知識集約産業である」というキャッチコピー(信じた私も若かった)。ところが,実際に営業を行ってみると,競合になった場合,リース料率(つまり金利)で決まってしまうという側面が強かったのです。
(注) 今は,付加価値のある商品等があり,当時と状況が違うかもしれませんが……。
 よって,当時の業界は,リース料率競争の嵐……。「料率以外,商品に差別化がない」
 営業的センスがあれば,それもカバーできるのでしょうが,私には営業センスがない……。
 そんなことから,専門性のある職種に強い憧れがあったのです。
②希望に燃えて「司法書士」業界に入る
 さて,希望に燃えて,司法書士事務所に就職しましたが,実務についてみると,意外と単調な仕事でした。
 謄本を取得したり,申請書類を確認し,申請書を作成する。慣れれば,どんな司法書士でもできることのように思えました。
 新人研修に出てみると,「相続の場合の,戸籍のとり方・見方」とか,専門性に憧れていた私にとって,落胆するものでした。
 当時の感想は,「失敗したなぁ……。この業界に入って……」
(注) これは,当時就職した事務所が,銀行相手の不動産登記のみの事務所であり,裁判事務,商業登記,企業法務等が皆無の事務所であったことにもよります。もっとも,当時,新人であった私には,分かるわけもありません。もちろん,事務所の所長からすれば,効率的で,苦労して築きあげてきたのでしょうが……。
③立案業務に目覚める
 そんなある日,東京司法書士会の専門研修会に出席したことで,私に転機が訪れたのです。講師は司法書士のK先生。研修課題は「組織再編・合併」でした。
 それまで,司法書士の業務は,登記申請書を作成することが仕事だと思っていたのでしたが,講義の内容は,登記のみならず,合併の立案業務でした。
 なるほど!! 別に登記だけに縛られることなく,「立案業務」を行っている司法書士もいるということが分かり,今後の私の「司法書士として目指すべき道」というのが,おぼろげながら見えてきました。
★余談ですが
 このK先生,実は,司法書士でありながらM&Aの第一人者であり,かつ上場会社の役員というすごい経歴の方でした。
 講義を聴いた後,ぜひとも,知り合いになりたい! 直接,指導を受けてみたい……。とはいえ,当時の私は,新人司法書士で,「伝(つて)」もないし,押しかけて「弟子入り」する勇気もない。
 ところが,「念ずれば,実現できる」のでしょうか? その後,K先生とは,東京司法書士会の判例研究室で知り合うことになり,実務面で,いろいろご指導を受けることになりました♪
 今では,K先生と会社法の専門書を6冊ほど出版しています。
 考えてみれば,不思議なご縁です。
④顧客こそ最大の教師である
 また,K先生の言った言葉で,印象的なフレーズがありました。
「顧客こそ最大の教師である」
 実は,この言葉,専門知識を身につけていくうえで,非常に重要なことではないでしょうか。
 先日,私の事務所の顧客である某上場会社の社長と会食をしました。その会話の中で,「今でこそ,先生は,独立して事務所も開業され,専門書もたくさん出版して,立派になられましたが(お世辞でしょうが),実は,当社と一緒に成長してきたようなものですよね……」。
 この会社,元は資本金も3,000万円ほどの小さな会社でした。当時,この社長から,さまざまな要求をされました。
●「VCから増資を受けるので,打ち合わせに同席してくれませんか?」
●「そういえば,新株引受権,転換社債という制度があるそうですね。当社でも考えているので,立案してくれませんか?」
●「今度,新株予約権という新しい制度ができたようですね。当社でも,ストックオプションとして発行したいので,立案してくれませんか?」
 当時の私は,勤務司法書士で,かつ,新人司法書士です。
「もう!!(怒,怒),私じゃなくて所長とか,事務所の先輩司法書士に頼めばいいのに……,私の知識,能力を数段も超えているよ。そもそもVCって何のことだよ!」
 そのたびに,専門書・資料を集め,研究しながらの仕事でした。もちろん,失敗も数々やらかしました。商法(当時)の規定のとおりではあったのですが,適格税制を考えずに,新株引受権を立案し発行してしまい,社長に大損させたり……(汗)。
 にもかかわらず,次から次へと,新しい制度を利用した立案を要求してくるのです。
 今にして思えば,この会社のさまざまな要求に,なんとか応えようと試行錯誤しているうちに,知識が向上し,実務知識を身につけることができたのかもしれません。
「顧客こそ最大の教師である」
 含蓄があり,すばらしい言葉だと思いませんか?
⑤専門知識はアピールの仕方がある
 ところで,「専門知識をもって顧客の心をつかむ」といいましたが,アピールの仕方が難しい部分もあります。
 相手が,商事法務専門弁護士,企業法務担当者,公認会計士であれば,「会社法」という共通言語があるので,ストレートに伝わるのですが,相手に専門知識がない場合は,アピールのポイントも変わってくると思います。要は,そのような相手にも分かる,目に見える形で示していく必要があります。
 以前も述べたことがありますが,次のような事例を考えてみてください。
★ケーススタディー 合併契約書の作成
 
 A株式会社(存続会社)は,今般,子会社であるB,C,D,E,F,G(以上,解散会社)を吸収合併することになりました。
 A株式会社から,合併契約書の作成依頼を受けました。さて,合併契約書は何通必要でしょうか?
 
 当然,当事者が7社あるので,7通の合併契約書が必要となります。では,合併契約書の文言はどのようになるでしょうか?
 通常であれば,次のような契約書となります。
 
 合併契約書
平成19年7月22日
   (記載内容省略)
 上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書7通を作り,記名捺印の上,各1通を保有する。
 つまり,合併契約書原本を7通作成することになります。
 そして,合併契約書原本には,4万円の収入印紙を貼らなければならないので,28万円の印紙税がかかることになります。
 ところで,第三社間の合併ならともかく,グループ内の合併では,合併で解散する会社の保有する合併契約書には,印紙を貼らずに済む方法を提案すればどうでしょうか?
 上記文言を,以下のようにすれば解決です。
 上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書1通を作り,記名捺印の上,Aがこれを保有し,B,C,D,E,F,Gは,原本の写しを保有する。
 この方法であれば,原本は1通しかないので,収入印紙は4万円で済みます。つまり,合併契約書の文言の書き方1つで,4万円×6通=24万円も節約することができます。
(以上,『これが数社合併だ 同時分割だ』p66引用 金子登志雄 富田太郎著 中央経済社)
 このような話であれば,法務知識のない担当者にも,よく分かる内容で,アピールできるのではないでしょうか?
 要は,専門知識をアピールする場合,「相手のレベルにあわせた方法で行う」ということも重要ではないでしょうか?


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不動産受験新報2007年10月号 成功者が教える 独立開業ナビゲーター 行政書士6

2007-10-30 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


成功者が教える
独立開業ナビゲーター
行政書士

行政書士 海老澤祥司

はじめに
 今回は,インターネットを活用した営業方法について,具体的に事例を交えながらお話しします。具体的な事例は,とても分かりやすく参考になります。しかし,「事例」ですから,逆に言えば,すでに使い古されたものであると考えることができます。インターネットの世界で,使い古されたやり方が「今も役に立つのか?」ということも一緒に考えてみてください。
 前回,新しい技術があれば必ずしも良いサービスを提供できるわけではないということをお話ししました。たとえ使い古されたやり方でも,良いサービスを提供することはできます。また,使い古されたサービスを,新しい技術を使って,より良いものに変えることもできます。もし,使い古されて錆びついてしまったサービスをよみがえらせることができれば,さらに,さまざまな可能性を見つけることができると思います。
誰に何をどうやって
 さて,インターネットとはいっても,結局は,「誰」に「何」を「どうやって」サービスを提供するのかを考え,それを,お客さまに向けて,どのように伝えていくのかを真剣に考えればよいのです。ですから,手法が変わっただけで,チラシやタウンページの広告と基本は変わらないのです。しかし,インターネットはほとんどの場合,コストもそんなにかかりませんし,反応が早く,しかも,お客さまと直接接触できることが多いのです。そういったインターネットの特徴を捉えれば,広告に対する考え方,広告のやり方を広げていくことができます。
 自分の事務所のホームページを作ることは前回お話ししました。インターネットでお客さまを集めることもとても大切ですが,それだけが,ホームページの役割ではありません。何のために使うのかを考えれば,他の利用方法もあるのです。私の先輩の先生のお話です。その先生のホームページは,まさに,簡単な事務所の紹介だけというようなページです。しかし,これが事務所の利益に貢献しているというのです。
 この先生は,ある特定の分野で有名な先生です。ですから,インターネットの活用方法は,集客ツールではなく,事務所のインフォメーションセンターとしての機能なのです。事務所の場所,営業時間,メール・FAXでの受付などがホームページに掲載されていればそれでよいのです。今まで,お客さまに電話でいちいち説明していたことが,今では「ホームページを見てください」の一言ですんでしまうので,業務に集中できる時間が増え,効率化が進み,利益に貢献しているというわけです。この先生のお客さまのほとんどは外国人の方なので,事務所までの案内をするのが結構大変だったようです。ですから先生は,特に「事務所の地図」は,もっとも効果が高いと言っていました。
 次は,私自身の話をします。私がインターネットで一番活用しているのはメールマガジンです。いまどき,メルマガなんてとお思いの方もいらっしゃるでしょう。確かに,ある意味では時代遅れになっています。しかも,迷惑メール対策によって,読まれない可能性もあります。ですから,これも,目的にあったやり方かどうかで判断していただきたいと思います。
 私のメルマガは,集客のためではありません。既存のお客さまと私の事務所とのコミュニケーション手段として活用しているのです。昔から,お客さまとのコミュニケーション手段としてある「事務所便り」といった新聞のようなものと思ってください。これを,メールマガジンにして送っているのです。私も初めは,FAXで送っていました。月に1回の発行でした。今は,それを週に1回発行しています。今でも,FAXのほうが良いと思えることもあります。しかし,お客さまの増加,そして,もっと短い間隔で発行したいという気持ちがあり,コストや手間を考えるとどうしてもFAXでは対応できなくなってしまいました。
 メルマガは,コストもほとんどかかりませんし,手間もかかりません。また,週1回の頻度で出すこと,そして,eメールという特性により,お客さまからお返事をいただくことも増えました。接触する頻度が増え,さらに,お客さまからお返事をいただけるようになり,コミュニケーションツールとして非常に効果的だと思います。こうして,お客さまとコミュニケーションを密にすることで,リピーターになっていただき,あるいは,新たなお客さまをご紹介いただく機会が多くなるのです。既存のお客さまを大切にすることで,新規顧客開拓のための営業などしなくても,仕事はどんどん入ってくるようになります。
 今度は知り合いの先生ですが,お金をあまりかけずに,お客さまが集まり,利益の上がるホームページを作ってしまったお話です。この先生は,ごく普通の市販のホームページ作成ソフトを買って,自分でホームページを作りました。内容は,会社設立をメーンにしています。そして,会社設立に関するキーワード広告をしています。あまりお金をかけていないため順位は30位以下だそうです。しかし,それでも月に3件程度は,会社設立依頼があり,それとは別に,会社設立以外の依頼もあるというのです。広告費は,1日600円を上限にしているので,最大で月額1万8,600円。これは,広告費の割合を考えるとすばらしい成績だと思います。
 さて,集客するということを考えるなら,自分のホームページ以外にも,ビジネスモールのようなサイトに出展することも良い方法だと思います。私が出展したことがあるのは,「楽天ビジネス」と「オールアバウトプロファイル」という2つのサイトです。もちろん,出展料がかかりますが,お客さまが集まっているところに広告を出せるわけです。誰もいないところに看板を掲げてもお客さまは来ませんから,お金を払って一等地に広告を出せると思えば良い方法だと思います。
どのような選択基準を持つのか
 さて,インターネットを利用したマーケティング手法は無数にあります。これからも次々とでてくると思います。最近の話題では,新たな技術によりキーワード検索が根幹から変わるといわれています。もし,そうなれば,今,多くのサイトで行われている検索エンジン対策は,すっかり無意味なものになってしまうといわれています。
 今後も,技術開発は進んでいくでしょう。ですから,その時々で,その中から自分にあったものを選択していかなければなりません。このとき,どのような選択基準を持つのかが重要になります。こんな方法がいいらしいとか,こんなやり方がはやっているというような情報に惑わされないでください。方法論や技術に振り回されてはいけません。自分の事務所では,「誰」に「何」を「どうやって」サービスを行っていきたいのかということをもう一度よく考えてみてください。そうすれば,きっと良い選択ができると思います。


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不動産受験新報2007年10月号 インスペクション 不動産調査 プロが教える不動産調査 第7回

2007-10-29 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


インスペクション 
不動産調査
プロが教える不動産調査
第7回
エスクローツムラ代表取締役 津村重行
 
■現地調査編・後編
 本編では,宅地の性能や建物の性能に関する調査の仕方について述べます。
 宅地の性能に関する調査といっても,不動産業者が行う調査にはおのずと限界があります。しかし,通常の不動産の専門知識を持ってすれば判明できるような事項については,調査説明義務がありますので,油断はできません。
 2006年9月30日,宅地建物取引業法が改正され,「造成宅地防災区域」の指定があるときは,その概要の説明をしなければなりません。このような地域における「宅地擁壁の検査」マニュアルについては,すでに,国土交通省から全国の行政機関等に通知されており,一般にも公開されています。したがって,不動産業者に対しても,ある程度,容易に分かるような宅地擁壁の状況についての説明を買主から求められる状況もでてきます。
 ここでは,容易に分かる程度のものにスポットを当てて述べていきます。
 また,建物の性能については,通常,建築の専門的な調査を要するものが多く,業者責任を問う部分は比較的少ないのです。
 しかし,常に,不動産業者が安全圏にいるとは限りません。容易に,不動産の“隠れたる瑕疵”を推測できるようなものについては,責任を問われることもあります。
 取引後に不動産の民事訴訟に巻き込まれることのないように,十分な知識を保有しておくことが不動産トラブルを未然に防ぐ最大のポイントとなります。
(1) 擁壁の設置状況
 大規模な宅地造成工事により開発された分譲地には擁壁がつきものです。
 しかし,開発許可により工事を完成した擁壁であるからといっても,すべての擁壁が検査を受けて合格しているわけではありません。たとえば,2mを超える擁壁を許可基準としている都道府県や政令市では,原則的に,分譲地内での擁壁検査は2mを超えるものに限定されます。言い換えれば,1m前後の高さの擁壁は検査対象から除外されている場合が多いのです。したがって,万一,そこで手抜き工事が行われた場合は,欠陥擁壁が誕生することにもなります。
 そこで,擁壁を観察する場合は,外見上,次のような点に注意をすることが必要です。
①たわみ・ゆがみの存在
②部分的な擁壁の欠損
③亀裂・ひび割れ・目地の欠落
④水抜き穴径が7㎝未満の貧弱なもの
⑤水抜き穴の各配置が1.7m以上のもの
⑥擁壁の上下の排水用U字溝
⑦亀の甲型の旧擁壁や大谷石擁壁の存在
⑧鉄筋のないコンクリート擁壁
⑨2段積み擁壁
⑩擁壁の高さが2mを超えるかどうか
 このような擁壁の種類,設置状況が現地に存在するような場合は,デジタルカメラ等で写真に記録をして,買主に告知します。
 役所の建築確認の担当課で,この写真を見せて,「建築物の新築や再建築時に問題はありませんか」と,聞きましょう。
(2) “がけ”に隣接する敷地
 ここで,再度,“がけ”について確認をする意味で述べておきます。
 日常の“がけ”とは,「土砂や岩石が落ちてきそうな斜面」というイメージですが,ここでいう“がけ”は少し違います。一般に,“がけ”とは,「斜面が30度以上の硬岩盤以外の土質で,高さが2mを超えるもの」としている都道府県が多いです。
 しかし,福岡県や香川県では「高さが3mを超える斜面」を“がけ”としており,新潟県では「高さが5mを超えるもの」を“がけ”として建築規制をしている場合があります。
 建築規制では,「“がけ”から“がけ”の高さの2倍以内の水平距離に建築してはならない」というものが一般的ですが,この距離も山口県や長崎県の1.5倍以内,広島県の1.7倍以内と都道府県によりまちまちですので,一度は確かめておきましょう。
 ところで,しっかりした擁壁が存在していると,一見安全なように見えても,今,述べたような欠陥があると“がけ”扱いをされることがあります。この“がけ”があるために,敷地の形状によっては目的の建物を建築できない場合があります。
 また,「新築工事の際,擁壁のある境界線に接近をして建築確認を取得していたところ,擁壁が隣地内のため,隣地の人が既存擁壁の上にさらに擁壁を重ねる段積み擁壁をした」という事例があります。このような場合は,隣地の工事の影響で住宅を建て替える際は“がけ”扱いされ,「現在の建物は不適合建築物」とされることもあります。
(3) 草の生えない敷地
「子供に庭で遊ばせてやれる程度の小さな家を夢見て念願の住宅を建築したら,子供の具合が悪くなり,土壌が有害物質で汚染されていることが分かった」というような事件が発生した場合,この不動産をとり扱った不動産業者は責任を追及されることになります。
 このような不動産トラブルを未然に防止するためには,土地の観察を十分にすることで避けられる場合もあります。
①敷地の一部だけが草の生えていない場所がある。
②土壌の一部が黒く変色して黒ずんだ場所がある。
③敷地の中にドラム缶が放置されていて,油状のものが地面にこぼれている。
④敷地の一部にこんもりとした小山があり,その付近に機械部品の破片が見えている。
 このような状況が見える場合は,そこには有害物質が埋設されている可能性が考えられます。役所の環境対策などの水質保全を担当する課で,「この場所で有害物質を使用している特定施設の記録はありますか?」と聞きます。担当者がピンとこないときは「水質汚濁防止法の特定施設です」と言えば分かります。
 また,下水道の合流式の地域では,下水道維持管理担当課で,「有害物質使用特定施設はありますか?」と聞くと教えてくれる場合もあります。
 調査の結果,「過去に有害物質使用特定施設の記録はありません」という場合は,そのとおり買主に告知すればいいのです。
(4) 送電線下の敷地
 上空に送電線が見えている土地では,「この土地に建物の築造又は送電線路の支障となる竹木の植栽が出来ない」というような建築規制が加わっている場合があります。したがって,敷地のどの部分に送電線が存在するのかを確かめておかなくてはなりません。
 そこで,敷地内にある送電線の範囲を示す境界石を探します。もしも,現地で境界石が見つからない場合は,電力会社の送電線係で「境界石を入れてください」と言えば入れてくれます。
 いつも,送電線があるから建物が建てられないとは限りません。送電線は真夏には伸びて垂れ下がりますので,その分を計算した送電線の離隔距離を守れば線下の部分でも建築が許可される場合があります。
 また,すでに,土地所有者が電力会社から送電線のための敷地使用料を受け取っていることがあります。この場合は,これまでの利息を付けて受領金額を返金することで,建築物の建築ができる場合があります。
 そこで,送電線下でも建築できるかどうかについては,電力会社の送電線係で確かめます。
 ここでは送電線の電圧が決め手になります。17万ボルト以上かそれ未満か?という点です。17万ボルト未満の場合は,一定条件つきで建築物の建築を可能とされる場合が多いです。
 また,最近では,送電線のガイシにホコリが付着し,そのホコリに帯電した電流が「ジージー」という音を立てて騒音を生じる場合があり,電力会社が案内書を配布しています。
(5) 傾いている建物
 宅地の性能に関するものでは,すでに述べた地盤沈下に関することや地中地下埋設物に関することなどがありますが,ここからは建物の性能について述べます。
 とりわけ,そのなかでも建物の傾きの存在は致命傷となる場合が多く,数多くの裁判事例があります。建物が傾く原因には,建築工事の際の施工に起因するものや地盤の変動に起因するものがあります。たとえば,「建物の基礎に亀裂がある」場合,直ちに原因を特定できません。
 それはコンクリートの水分の多少で起きる場合,地盤が自然滑動したために基礎に多大な力が加わり亀裂が生じた場合,近隣の工事の際に大規模な水抜きをしたために地盤が変形する人工的なものが起因する場合,地域全体が天然ガスや井戸水の抽出により起きる地盤の変動が起因するものなどがあります。
 おおむね,施工業者の施工による人工的なものではない自然的な地盤の変動による建物の傾きなどは,損害賠償の対象になっていない裁判事例などがあります。したがって,不動産業者ができることは,「地盤の変動の状況が目に見えて想定できるような場合」「建物の基礎や外壁に亀裂が存在する状況」を買主に告知して不動産取引をすることで,業者のリスクを回避することができます。不動産業者には,原因を究明することはできないからです。もちろん,この場合の買主への告知の方法は,写真撮影による写真での説明が確実です。
(6) 亀裂のある建物基礎
 では,具体的にどのような亀裂や傾きが存在する場合に問題となるのでしょうか?
 平成18年6月1日施行の「日本住宅性能評価基準」には,次のように記載されています。
 亀裂については,基礎のうち屋外に面する部分でコンクリート直仕上げの場合,「幅が0.5㎜以上のものその他の著しいひび割れ又は深さが20㎜以上のものその他の著しい欠損」と明記されています。
 そこで,現地の建物の基礎に亀裂が見える場合は,普段使用しているシャープペンシルは0.5㎜ですので,この芯を亀裂に差し込みます。もしも簡単に芯が入るような場合は,将来,重大な問題になる可能性があります。
 次に,建物の傾きについては,「日本住宅性能評価基準」では,壁,柱および梁のうち屋内に面する部分で,モルタル仕上げその他の塗り仕上げの場合,「著しいひび割れ,著しい欠損,漏水等の跡又は壁若しくは柱における6/1000以上の傾斜」が問題になります。
 この傾きについては,測定道具が必要ですが,不動産業者は専門検査機器を持っていない場合が多いです。しかし,ホームセンターなどで400~500円で売られているポケット型の携帯水平器が便利です。
 この携帯水平器の中には空気の泡が封入されており,泡が表面のラインより完全に外側に出る頃が,おおむね6/1000を指しています。この場合は重大な問題が将来起きることが容易に想像されます。
 少なくとも,買主に上手に告知しておくことが大切な事項となります。
(7) 故障欠陥のある住宅の付帯設備
 住宅に付帯している設備は電気・ガス・水道・排水関係に分けられます。
 これらの設備は,新築の際には機能や性能が保証されますが,既存住宅の場合は故障があることを前提にして取引をしなければなりません。
 既存住宅の住宅設備では,現地で確認をしたときには正常であっても,検査実施日から引渡しをする日までには日数が経過しており,その間に異常が発生している場合もあります。
 売買付帯設備一覧表を作成するときは,「経年変化により機能や性能は保証されない」ことを買主に告知することを忘れないようにしなければなりません。うっかり,「正常に機能しています」という説明で不動産売買をしますと,必ずといっていいほど,設備の故障が問題になります。
 そこで,最初のチェック箇所は,電気照明器具のスイッチをすべて入れて点灯しない箇所にはチェックをしておきます。クーラー,換気扇,給湯機器,空調設備などもスイッチを入れ作動を確認します。
 排水では,キッチン下の排水口付近に鼻を近づけて臭気を確認します。この際は水を流した状態で確認をしますと,排水が詰まっている場合は異常な臭気を感じることができます。この場合,水漏れを同時にチェックします。
 ガスについては,建物内の水道の蛇口のすべてを開栓し,ガス給湯器の種火が消えないことを確認します。
 もしも,異常を発見した場合は,「この部分に故障があります」と告知をして取引をします。
(8) カビの生えている建物室内
 周囲が山で谷間に位置する地域の物件の場合や物件の隣接地が山や擁壁に囲まれているような場合は風通しが悪いため,カビが発生しやすいものです。このような風通しの悪い地域では,“シロアリ”が発生していることを前提にチェックをしていく必要があります。
 最初に建物内をチェックする箇所は,壁などに発生している“黒カビ”の発見です。“黒カビがあるところにシロアリあり”です。
 台所に床下収納器があれば,この収納器をはずすと,床下の状況を確認できます。この場合,照度の高いライトを持参しておくと便利です。このライトでシロアリなどの異常を発見した場合は,写真に撮っておきます。シロアリが発生している場合は,土台や柱が指で押しただけでも腐った状態になっていますので,すぐに分かります。
 シロアリ駆除対策をすることもできます。薬の有効期間は従来5年くらいのものが多かったのですが,最近では有害物質の関係で3年くらいのものが多いです。「この物件はシロアリ対策済みです」などと,6年以上も昔の対策を説明すると危険です。
 床下に入って点検をする場合は,ついでに,基礎と土台の接合部分を確認します。手抜き工事などの場合は,土台と柱の接合に金具をほとんど使用していないという場合もあります。
 一緒に写真に撮っておくと,後日,買主に告知をする場合,説明が容易になります。
(9) まとめ
 最後に,現地調査のおさらいをしておきます。
 現地調査では,現地で疑問を感じないときは調査項目にしないため,調査をしません。
 これを防ぐためには慎重な観察をすることが大切です。自分がユーザーの気持ちになって観察することが大切です。
 周辺環境,道路調査,敷地調査,設備調査と述べてきましたが,目立つトラブルは,敷地や建物の性能に関するものが多く,そのほか近隣境界に関するものも増えています。宅地の地盤沈下現象や建物の外壁・基礎の亀裂の有無なども,現地で見落として消費者に告知しなかったときは「建物の傾斜の可能性を説明しなかった」として,トラブルの原因になります。



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不動産受験新報2007年10月号 インスペクション 不動産調査 不動産業の歴史 第6回

2007-10-28 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


インスペクション 
不動産調査
不動産業の歴史
第6回
蒲池紀生
 
■第4章 昭和時代前期(承前)
(1) アパート経営の本格展開――同潤会
 今日の東京の各地に「同潤会アパート」と呼ばれる古いアパートがあり,その取りこわし・高層マンションへの建て替えなどが話題になっています。この「同潤会アパート」は,1923(大正12)年9月の関東大震災の後,東京・横浜地区の住宅復興事業の主要な一環として建てられたものでした。
 同潤会という団体は当時の内務省系の財団法人で,その名称は中国古典の一節「沐同江海之潤(沐《もく》して江海の潤を同じくする)」からとったものだそうです。同潤会の任務は上記の住宅復興と震災で廃疾者になった人たちへの職業再教育でした。
 住宅建設事業は,当初は市街地での建設用地取得が困難だったので郊外に木造一戸建てを建てていましたが,1926(大正15)年から鉄筋コンクリート造りの市街地アパートを建て始め,中の郷,青山,柳島,渋谷,清砂通などのアパート(賃貸)が次々に竣工しました。そして,「整備した内容と廉価なる家賃によって提供された此の鉄筋コンクリート構造の新しき住宅は,現代文化都市に於ける市民生活の実際に最も適応したる理想的なるものとして,竣工毎に申込者殺到し,異常な歓迎を受けた」とされていました(『同潤会十八年史』による)。
 同潤会は1941(昭和16)年の解散(住宅営団が事業・資産を継承)までに「15か所・2,501戸のアパート」を建設・経営しました。今日のマンションに比べると少戸数ですが,実にわが国の最初の本格的なアパート事業の展開は同潤会によって進められ,都市アパートの一般化が始まったのでした。
(2) 宅地分譲の“小川学校”・“大島学校”
 東京地区では大正中期以降,多くの中堅級宅地分譲業者が輩出しましたが,そのなかで,とくに長期にわたり活発に事業を進めた業者として,郊外土地と大島土地の両社がありました(両社とも戦後も活動し,現存)。
 郊外土地は武蔵小金井の旧家の三男坊・小川泰顕さんが創立した分譲会社でした。小川さんははじめ,分譲会社の原地所(荻窪)に勤め,宅地分譲の仕事を覚えました。そのころはいつも「輪ゴムでたくさんの名刺をたばねて持ち,多くの人々に会い,営業成績は会社のトップを続けていた」そうです。大正中期に独立し,さらに1930(昭和5)年に合資会社・郊外土地を設立,分譲事業を拡大しました。社名のように「郊外(中央線沿線地域など)で広い宅地」の開発を進めました。
 大島土地は,北海道江別出身の大島芳春さんが設立した宅地分譲会社です。大島さんは上京して早稲田専門学校(現・早稲田大学)に在学中,アルバイトで分譲会社の星野土地(新宿)に通っているうちに「土地事業こそわが生涯の仕事」と思い定めて学校を中退,1925(大正14)年に東洋土地を設立して,宅地分譲事業に専念しました(2年後,社名を大島土地と改称)。初期には郊外での造成分譲をしましたが,やがて「便利な市街地を・狭くても一般市民が買える価格で」をモットーとして駒込,板橋,目白,滝野川などで分譲事業を進めるようになりました(郊外土地と対照的な方式といわれました)。
 両社の社員で「仕事を覚えて独立した分譲会社の社長さん」が多く,業界で両社は“小川学校”・“大島学校”といわれていました。
(3) 万国旗ひるがえる宅地分譲風景
 今日ではまったく見られませんが,戦後の昭和30年代半ばごろまでは,東京の宅地分譲地で,“色とりどりの万国旗が張りめぐらされ,ひるがえっている風景”をよく見かけたものです。分譲地に「人びとをひきつけるため」の仕掛けで,さらにブラスバンドが入り,流行歌のメロディーが流れたりしていました。
 この“人寄せ戦略”を初めて演出したのは,大正末に東京・高田馬場で開業(後に中野に移る)した高山地所部の高山喜作さんでした。高山さんは新潟の生まれでしたが,横浜に移住し,成人後は逓信省海事部に入り,外国航路に乗り組んだりしていました。1921(大正10)年に逓信省を辞め,その後,杉並で不動産の売買・仲介業を学んでいましたが,やがて前記のとおり宅地分譲業を始めたのです。
 主として中央線沿線地域を事業活動のテリトリーとしていましたが,ある年,羽村で分譲地の売り出しをしたところ,客がさっぱり来てくれず,“閑散とした分譲現地”の日々が続きました。高山さんは,“客寄せの方法”をいろいろ考えているうちに,船に乗っていた時代の“船の進水式の満艦飾風景”を思い出したそうです。「分譲地も売り出し始めは“晴れの日”,やはり“土地の進水式”が必要だ。分譲地の真ん中に高い柱を立て,四方八方に綱を張り,万国旗を飾りたてよう,流行歌のメロディーを流そう」と思いつき,それを実行しました。すると効果はてき面,たくさんのお客さんがやってきてくれました。
 この“分譲地満艦飾”は,たちまち多くの宅地分譲業者がマネるところとなり,分譲地の一般的な風景となったのでした。
(4) 戦時下の不動産業者の時局協力
 東京・池袋で戦前から不動産業を営んでいた西邨謹太郎さんは,不動産業に関するさまざまなメモを書きとめていますが,そのなかの「戦時下の業者の時局協力」の状況を記した一節を紹介しましょう(概要)。
 1941(昭和16)年,東京府(当時)では警視庁令で不動産業が認可制となり,警視庁・各警察署の要請もあって各地区で業者の組合が設立され,やがてそれらの組合連合会―東京府不動産紹介営業組合連合会が結成されました。この連合会は,終戦までに次のような時局協力事業を実施しました。
 ①当時は物価統制令・暴利取締令などが施行されており,これらの法令に関連する官庁の示達・命令を各組合にキチンと通達し,組合員から違反者を出さないよう努めました。
 ②戦没軍人遺家族の不動産売買・貸借については無料であっせんし,出征軍人・傷夷軍人の家族には無料で貸家・貸間を紹介しました。
 ③強制疎開に伴う代替住宅のあっせんなどを通じて当局に協力しました。
 ④1943(昭和18)年秋,傘下各組合に呼びかけて献金をつのり,戦闘機1機分の金額を集めて陸軍省に献納しました。
 こうした時局協力の半面,“当局の叱責”を受けた事例もありました。その1つ―43年春,池袋のある業者が『朝日新聞』に「閑静な隠宅向き住宅」という物件広告を出したところ,たちまちその日の午後,その業者は警視庁に呼びつけられ,「国民精神総動員下のこの非常時局に“隠宅向き”とは何ごとか」と,ひどく叱りつけられたとのことでした。
(5) 不動産の研究で学位――杉本正幸博士
 今日でこそ大学に不動産学部(明海大学)があり,日本不動産学会も設立されていますが,以前は「不動産なんて学問の対象になりっこない」というのが学界一般の“ご見識”でありました。戦後もかなりの間そういう状態でしたし,戦前・戦中となると“不動産への偏見”は,もっとはげしかったようです。
 そんな“不動産学不毛の時代”に,不動産の研究で経済学の学位をとった人がいました―(前にもとりあげましたが)杉本正幸さんです。杉本さんは北海道岩見沢の出身,上京していろいろな職業に携わりながら苦学力行,日本大学専門部法律学科を卒業しました。その後,ボルネオ(インドネシア)で棉花栽培事業を始めましたが失敗,帰国して東京府農工銀行に入り,そのころから地価,とくに市街地価格を実態に基づいて研究し,また,不動産金融や不動産賃料などについて多くの論文を書きあげました。そして1933(昭和8)年6月,主論文「市街地価格論」,副論文「不動産金融論」で中央大学から経済学博士の学位を取得しました。この時,杉本さんは農工銀行取締役支配人,46歳でした。まさに“不動産学のすぐれた先駆者”というべき存在でありました。
 戦後には日本大学教授になり,また,政府の宅建取引業政策にもかかわり,たとえば,今日行われている「宅地建物取引主任者資格試験制度」の内容(試験範囲など)は杉本さんを中心としてまとめられました。杉本さんは1965(昭和40)年,78歳で亡くなりましたが,その晩年,「昔とちがって,不動産の勉強をする人が多くなった時代を,生きて見ることができ,実に嬉しい」と語っていました。
(6) 陸軍将校たちのための住宅さがし
 昭和初期の恐慌の際,銀行の担保物件処理で活躍した東京の不動産業者・桧山未喜男さん(8月号参照)は,戦争末期にも“変わった商売”をさせられることになりました。
 東京がひっきりなしに米空軍の空襲を受けて焼野原が広がっていた1945(昭和20)年はじめのある日,桧山さんは陸軍の将校倶楽部・偕行社に呼び出されました。行ってみると有名な閣下(将官)たちが待っていて,「実はこのところ,陸軍の将校で自宅を空襲で焼け出される者が増えて困っている。ひとつ,君がいい住宅を買い付けてあてがってくれ」と頼まれました。桧山さんははじめは辞退しましたが,「君を見こんで」と強くいわれて承諾しました。すると,「とくに秘密にことを運ぶこと,しかし,入居後は軍の将校であることが判るのだから,軍の威信を傷つけぬよう,値切ったりしないこと。むろん,しっかりしたいい物件を選び,契約には必ず立ち会ってもらいたい」といわれました。
 桧山さんが,この仕事のため,新聞に「住宅を買います」との広告をすると,空襲をおそれて郊外や地方に引っ越す人が多かった当時,たくさんの申し込みがあり,「とにかく買ってくれ」という人も多く,値段は桧山さんがつけてやることがしばしばでした。しっかりした物件かどうかは桧山さんが自ら確かめており,不祥事は1件もありませんでした。桧山さんがこの仕事のことで大本営(戦争中の軍の中枢機関)に行くと,住宅を世話した高級将校らが歓待してくれたそうです。あまり多くの住宅を買うので,税務署から「おかしい」と調べられたこともありました。
 
■第5章 昭和時代後期(戦後)
(1) 自転車で物件さがし――仲介業の再開
 1945(昭和20)年8月,後年に「15年戦争」ともいわれた長い戦争の時代がようやく終わりました。そして,わが国の現実は,東京をはじめ主要都市の相当部分が焼野原となり,ほとんどの国民が衣食住難に追われている「敗戦国」でした。人々の生活では,まず日々の食物,それから着るものに追われ,住まいは都市では1戸に複数家族,応急小屋・壕舎住まいなどがあちこちでみられました。
 終戦直後の住宅不足数は約420万戸とされていました(後年の戦災復興院の推計)。その内容の概略は,①空襲焼失約210万戸,②強制疎開除却約55万戸,③海外引揚げ・軍人復員による需要増約67万戸,④戦時下供給不足約118万戸,⑤戦死・戦災死による需要減―差引き約420万戸,というものでした。
 戦災復興院は45年11月に設置され,戦災都市の復興と全国の住宅建設の指導などを担当した役所で,48年1月には建設院に改組,さらに同年7月には建設省となりました(→現・国土交通省)。
 不動産業の再開は,東京地区などで46年秋ごろからだといわれており,信託会社(当時は銀行への改組前)・有力不動産業者が住宅・不動産の売買・仲介業務などを始めたようです。こうした業者の人たちは後に「店に物件表示の貼紙をしようにも紙がない。仕方なく新聞紙(当時はタブロイド判)に墨(すみ)で大きな字を書いたものです。それでも住まいを求める人たちがたくさん来店されました」「売り物件をさがしに行くのに,当時は自動車などないわけで,もっぱら自転車でずい分遠方まで行ったものです」と語っていました。
(2) 住宅の“有無相通”を――『住宅新報』
 深刻な住宅難が続いていた1948(昭和23)年4月,住宅・不動産の専門紙『住宅新報』が創刊されました。この新聞創刊の計画は,中野周治さん(山口県出身)とその友人・伊藤芳男さん(同上)の2人が,戦後の焼野原東京を見て「住宅を探す人々に役立ち,祖国復興の一助ともなる新聞をつくろう」と決意して進めたものでした。2人が1948年1月に関係方面に配布した「創刊趣意書」には,次のように「本紙の役割」が記されていました。
「…既存または新築の住宅を売買あるいは貸借せんとする個人間の取引が住宅の“有無相通”を促し,住宅難の緩和に大きな役割を果たしている現状に鑑み,これらの取引媒介の機能を一段と合理化,助長すべきであります。……本紙は,宅地建物の取引上の隘路を打開するため,需給両方への物件周知方法として,紙面上に広告したい事項を広範囲・詳細に総合報道し,相互の希望を迅速かつ合理的に引き合わせ,配合せしめることを企図したものであります」。
 新聞の具体的な使命として,住宅・不動産の流通円滑化のための具体的な情報伝達を掲げていたのであります。
 創刊当初は,用紙不足の当時,タブロイド判4ページ・旬刊でしたが,やがて週刊となり,1949年10月にはブランケット判(普通の新聞の大きさ)に発展しました。以来約60年,さきごろ3000号を数え,住宅・不動産についての長い歴史をもつ総合的専門紙として独自の活動を展開しています。
(3) GHQが不動産仲介手数料方式に介入
 終戦からしばらくたった後,東京の不動産業界の長老とされて声望の高かった桧山未喜男さん(渋谷)と高山喜作さん(中野)の2人は,GHQ(日本駐留の連合国軍総司令部)に業界代表として呼び出されました。
 おそらく民政部の将校と思われる係官から「日本では,不動産売買の仲介手数料を売買双方からもらっているが,そのやり方はよくない。大金を支払った買主からは取らず,大金を得た売主からだけもらうようにすべきだ。アメリカではそうやっている。たとえば,双方から売買金額の3%ずつではなく,売主から6%もらい,売買双方についた仲介人2人は6%を分けるのだ」ということを要請されました。
 日本の不動産業界の商習慣では,手数料は双方から出してもらい,売買両者の間に入った仲介業者が1人の場合は双方から手数料を1人でもらい(これを“両手”と称しました),売り手と買い手の双方に2人の仲介業者がそれぞれ1人ずつついていた場合には,それぞれ片方から手数料をもらう(これを“片手”と称しました)というやり方をしてきていました。
 GHQ係官の話にも“一理はある”ようにも思われましたが,桧山さんと高山さんは,「日本のこれまでのやり方はやめさせるわけにはいかない」と考え,「“双方から”が長い商習慣だから」と一生懸命に強調して,なんとか“双方制”を認めてもらいました。
 その後の1952(昭和27)年に制定された宅地建物取引業法も“双方制”を定めています。



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不動産受験新報2007年10月号 インスペクション 不動産調査 建物調査入門 第7回

2007-10-27 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


インスペクション 
不動産調査
建物調査入門
第7回
さくら事務所会長 長嶋 修

■建物に関する判断材料が欲しい購入者
 建物の外側を一通り確認し終わったら,いよいよ建物内部・室内の確認です。さくら事務所のインスペクションでは,前回お伝えした外周りと,それ以外に建物内部で,建物の安全性・快適性への配慮の有無,室内の仕上げ,小屋裏・床下の状態などを調べています。
 一般ユーザーが中古住宅を購入するときに気にする点はいくつかありますが,なかでも一番気になるのは次の2つでしょう。
 1.欠陥住宅ではないか
 2.メンテナンスやリフォームで,いつ頃,どれくらいお金がかかりそうか
 さくら事務所では,目視,あるいは専門機材を使用して,それぞれ可能な範囲でチェックし,判断材料を提供しているのです。
 購入者は,自分の検討している物件に必ずしも完璧を求めてはいません。中古住宅ならなおのこと,何かしらのデメリットはあると理解しています。そのデメリットも含めて納得できるかどうか,自分に対処する術や予算があるかどうか,判断したいと考えているのです。
 現在の中古住宅の取引現場では,購入者が判断するに足る,建物に関する一定程度正確な情報がほとんどありません。もちろん,インスペクター(建物調査員)のように詳細な調査を行い,それに基づいたコンサルティングを行うためには,建物に関する豊富な知識と経験が必要です。しかし,購入者に信頼され,安全な取引を行えるよう,仲介の現場でも上記2つの点について,基本的なところは少なくとも担当者自身がチェックし,アドバイスできるようになりたいものです。
 ここから,建物内部に関して目視で一定程度確認が可能なポイントについて,順に説明していきましょう。
 
■室内は日常生活をイメージして
 室内ではドアや窓,扉を開け閉めして,すべての建具の建付けを確認してみます。開け閉めしにくい場合には,床や壁に傾きがある懸念が。そばの床や壁に水平器をあてて,大きな傾きがないかを確認してみましょう。
 もし建具の建付けが悪く,室内の壁(クロス)にも大きな亀裂が入っているようなら注意が必要です。外周りを見たときに基礎にも大きなひび割れがあれば,建物が不同沈下している可能性も。専門家に,詳細な調査を求めたほうがいいでしょう。
 遮音性も重要なチェックポイントです。ドアや窓を開けた状態と閉め切った状態,両方で音のチェックをしましょう。住んでから電車や道路の騒音がクレームにならないよう,あらかじめ確認しておきたいところです。
 開口部については,外部からの不法侵入を防ぐための防犯対策もしっかり確認を。玄関の錠前やセキュリティーシステムの動作,グレードもチェックしておきましょう。
 防犯対策は2階の開口部も重要です。バルコニーの高さまで向かいの屋根などがきていて,足がかりになりそうな場合,窓にはシャッターや防犯センサーなどがついているかを確認。なければ,対策をアドバイスしておきたいですね。
 
 日常生活を不自由なく快適に過ごすためには,設備機器のグレードや性能もチェックしておきたいポイントです。中古住宅の場合,取引対象となる設備機器の範囲はケースバイケースですが,含まれるなら当然,故障なくきちんと使えるかどうかを確認しなければなりません。ガスレンジや給湯器など,実際に点火してみて作動するかどうかをチェック。点火不良があると,修理や交換の必要があるかもしれません。
 その他,扉の軌跡やコンセント位置,バルコニーのオーバーフロー対策,手すりの状態,水周りやキッチンへの家事動線など,購入者が内見するときになかなか気づかないプロの視点をアドバイスできればベストです。
 日照や通風はもちろん,購入者がそこでの具体的な日常生活をイメージできるよう,チェックポイントをアドバイスしましょう。
 
■点検口から建物内部に迫る
 次に,建物内部の状態を知るために一番重要な,小屋裏と床下です。通常は見えないこの部分に,建物にとって重要な情報が隠されていることがよくあるのです。
 それぞれ,点検口からのぞいて,しっかり確認しましょう。所有者が居住中の場合は気が引けるものですが,売買の後で問題が起こらないよう,瑕疵担保責任のリスク回避を十分に説明して,理解を得ることが大切です。
 なかには,点検口がついていない物件もあります。築年数が古い物件などに多いのですが,これでは定期的な点検やメンテナンスができません。購入者に,新たに点検口の設置をアドバイスしたいもの。
 また,点検口がないからと確認せずに売買を行うのではなく,専門家に機材を使用した調査を依頼してから取引を行うべきでしょう。
 小屋裏の場合,廊下の天井などに点検口がなくても,押入れなど収納部の天井が外せるようになっているケースがよくあります。小屋裏の確認には,懐中電灯があると便利です。
 小屋裏は,雨漏りなどの影響が真っ先にあらわれるところ。全体を懐中電灯で照らしながら,屋根の下地や棟木などに雨漏りの跡がないか,調べてください。
 もし雨漏りの跡があったら,屋根の防水紙が破けていたり,防水対策に問題があることなどが考えられます。所有者がそのことを知っているのか,何らかの対策が施されているのかを確認しておきましょう。場合によっては,屋根の補修や葺き替えも必要になるかもしれません。購入者にあらかじめ,アドバイスをしておく必要があります。
 また,小屋裏の断熱材の施工状態も確認しておきましょう。断熱材は,グラスウールなど繊維状の断熱材を袋に入れたものを敷き詰めるのが一般的。この断熱材がきちんと施工されていなかったために,本来の性能を果たせなくなっている物件がよくあります。
 断熱材がきちんと施工されていない箇所には,熱や水蒸気が集中しやすくなります。将来的に,カビや腐りなどの発生源となってしまうのです。結果として,その住宅の快適性はもちろん,耐用年数も大きく損なわれるでしょう。
 カビや腐りは,床下も注意が必要です。床下は雨水が流れ込んだり,地面から発生した湿気が滞留したりして,土台などの木材がシロアリや腐朽菌の被害を受けやすい箇所。そのため基礎の換気口または基礎パッキンなど,設計上,換気のための配慮がしっかりなされているかどうかを確認しなければなりません。
 
 換気口がついているといっても,上の写真のように床面と高低差がほとんどないものは問題です。雨が降ると,換気口から簡単に雨水が浸入してしまいます。ここは,かなり雨水が浸入しているかもしれません。
 床下の状態を知るために,床下点検口ものぞいてみましょう。床下点検口は水周りのそばにあるか,台所の床下収納を外してのぞけるようになっています。
 のぞいたとき,カビ臭い匂いがしたり,木部を触ってみて湿り気があったりするようなら注意が必要です。懐中電灯で照らしてみて,水が溜まっていないかも確認してください。
 右の写真は築浅の物件ですが,木部がすでに随分と水を吸ってしまっています。この状態を放置しておくと,木が腐ったり,シロアリが発生したりする原因になります。また,カビなどの雑菌が繁殖し,健康に害を及ぼす恐れもあります。
 床下は本来,乾燥していることがベスト。建物の根幹にかかわる床下は,その状態からさまざまなことが分かります。必ず点検口をのぞき,湿り気などの兆候を見つけたら,所有者に報告のうえ専門家に調査を依頼しましょう。
 現在の中古住宅取引の場面では,所有者も仲介業者も購入者も,誰もしっかりと建物を見てはいません。この取引のやり方のままだと,引渡し後,大小の不具合が発生する確率が高くなります。
 この不透明感こそが,「中古は,よく分からないから新築を」という流れをつくっていると言えるでしょう。安心できる取引で購入者の信頼を得て,結果,中古住宅取引数を増やすには,建物に関する客観的な情報をどれだけ開示できるかがカギなのです。

建物調査入門
絶賛発売中 図解不動産業
地盤調査入門
地盤のリスク調査と回避マニュアル
著 者/神村 真・福土琢磨・浅野 修
マンガ/大嶽あおき
定価 1,575円(本体1,500円+税) 住宅新報社刊 問い合わせ先・出版販売部 ●03-3502-4151へ 



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不動産受験新報2007年10月号 新事件屋宅建マン管 法令上の制限第19回

2007-10-26 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


新事件屋宅建マン管
法令上の制限
第19回
住宅新報社講師 高橋あや

○はじめに
 前回は,どのような場合に建築確認が必要となるのかを見ました。今回は,建築確認の手続について見ていきましょう。
○事 件
 物置の増築をすることになった横山さん一家です。さくらさんは,物置の増築をお願いした石川工務店に工事の見積もりの確認にやってきました。石川工務店の経営者で,大工の棟梁でもある石川さんは,横山邸の新築はもちろん,それ以前からの古いなじみで,さくらさんは,おじさんと呼ぶつき合いです。
さくら「見積書見せてもらったわ,おじさん。建築確認関係の費用に,中間検査の費用がないみたいだけど,大丈夫なの?」
石川「さくらちゃん,難しいこと知ってるねぇ」
さくら「小さな物置でも建築確認がいるって,この間おじさんに聞いて,ちょっと勉強したのよ。建築確認を受けた工事は,中間検査と完了検査が必要だって役所で聞いたけど」
石川「今回の工事は,中間検査の必要ない広さだから,完了検査だけだよ」
さくら「へぇ,規模によって違うのね」
石川「もちろん,あの家を新築したときには,ちゃんと中間検査を受けてるよ。昔は中間検査なんてなくて,その分,お客さんは費用がかからなかったんだけどね。この頃は工事を手抜きして,いい加減な建物を建てる奴らがいるからなぁ。ほら,阪神淡路の震災のときの被害でも,きちんと工事してたら倒れなくて済んだ建物はたくさんあったはずだし,被害も小さくできたはずだったのさ」
さくら「そうなの? 確認だ,検査だって,お役所のたんなる決まり事かと思っていたら,安全対策なのね。ところで,お孫さんの涼ちゃん,もうずいぶん大きくなったのよね」
石川「もう,高校生さ。なんだかゴルフなんかに夢中になって,毎日帰りが遅いよ。日曜日も試合なんだって。俺にはゴルフはさっぱり分からないよ。せめて野球なら,話ができるんだがなぁ」
さくら「そんなぜいたくよ,おじさん。この間の試合も成績が良かったって聞いたわ。自慢のお孫さんよ。うらやましいわ」
 さくらさんと石川さんの話はゴルフと涼くんのことに移りつつあるようですが,建築確認の手続は,どのように進むのか見ていきましょう。
○本試験での出題形式
設問
 建築基準法に規定する建築主事に対する次の手続についての記述は,正しいか誤りか。
選択肢
1 建築確認を受けた建築物を建築している建築業者は,特定工程に係る工事を終えたときは,その日から4日以内に建築主事に到達するように,国土交通省令で定めるところにより,建築主事の検査を申請しなければならない。
2 建築確認を受けた建築主は,工事を完了した場合において,工事が完了した日から7日以内に到達するように,建築主事に文書をもって届け出なければならない。
 解 説
①建築確認の申請と確認
 建築確認が必要な建築工事を行う場合,建築主(建築を工務店に依頼した場合の注文者など)は,あらかじめ,建築物の所在地やその工事施工地の建築主事に対して建築確認を申請します(申請書の提出)。建築主事とは,建築確認やこれに関連する検査などを行う専門知識を有する公務員です。
 建築確認の申請書を受け取った建築主事は,予定されている工事が,建築基準法などの規定に適合しているか審査して,問題がない場合には確認済証を交付します。建築主は,確認済証の交付を受けて,はじめて工事を開始できます。
②中間検査
 建築確認に係る工事が,必ずしも,確認を受けたとおりに施工されるとは限りません。また,建築物が完成してからでは,手抜き工事などのチェックが難しくなります。そこで,地方・地域のさまざまな建築事情に合わせ,特定行政庁(建築主事を置く市町村長や都道府県知事)が,区域・建築物の構造・用途・規模を限定し,施工中に検査の必要があると判断した工事の工程を指定します。これを特定工程といいます。特定工程が含まれる建築工事の場合,建築主は,特定工程に係る工事を終えたときは,その日から4日以内に建築主事に到達するように,中間検査の申請をしなければなりません。
 建築主事は,中間検査の申請を受理した日から4日以内に,申請に係る工事中の建築物が建築基準法などに適合するかどうかを検査し,問題がなければ,中間検査合格証を交付します。
 中間検査は,平成7年の阪神淡路大震災の被害にあった建築物の中に,工事の不備が倒壊などの被害を招いたと見られるものもあったことから,工事途中における適正な施工を確保し,建築物の安全性を徹底するために設けられた検査です。
③完了検査
 建築主は,建築確認を受けた工事が完了したときは,その工事の完了した日から4日以内に建築主事に到達するように,完了検査の申請をしなければなりません。
 建築主事は,完了検査の申請を受理した日から7日以内に完了検査を行い,建築基準法などに照らして問題がなければ,検査済証を交付します。
④指定検査機関
 建築確認や中間検査,完了検査は,建築主事以外にも,指定確認検査機関という民間の機関が行うこともできます。
(選択肢1について)
 中間検査の申請は,特定工程の終了から4日以内に建築主事に到達するようにしなければならない点については,正しい記述です。しかし,建築確認,中間検査,完了検査のいずれも,建築主事への申請は,建築業者ではなく,「建築主」が行うので,本肢は誤った記述です。
(選択肢2について)
 建築確認を受けた建築主は,工事が完了した日から「4日以内に建築主事に到達するように,文書で完了検査を申請」しなければなりません。7日以内に工事の完了を届け出るのではないので,誤った記述です。
○事件の結論
 石川さんによると,横山さん宅の物置は中間検査の対象となるものではないようなので,中間検査は必要ありません。したがって,その費用もかかりません。ただし,石川工務店には中間検査の有無にかかわらず,確認どおりの施工をお願いします。石川さんは,かなり頑固な職人さんのようですから,手抜き工事なんて心配なさそうですね。

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不動産受験新報2007年10月号 新事件屋宅建マン管 宅建業法第19回

2007-10-25 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


新事件屋宅建マン管
宅建業法
第19回
㈱新日鉄都市開発 小田有志

○はじめに
 今回は,営業保証金の供託制度に代わる弁済業務保証金業務を担う保証協会に関するものです。さて,事件の●末はいかに。
○事 件
 青山不動産の青山社長は,昨日からご機嫌斜めです。昨日の保証協会の役員選挙で,犬猿の仲であるがめつい不動産の割井社長が理事に当選したときから,しかめっ面をして何やらぶつぶつつぶやいています。
「あんなやつが理事の保証協会なんか脱退したい。しかし,脱退するには本店と2つの支店分の営業保証金2,000万円を用意しなければならない。今は合計120万円で済んでいるのに2,000万円を供託するのはきつい。何かいい方法はないか」と思案しています。
 そこに,恵比寿不動産の恵比寿社長がやってきました。青山社長が相談を持ちかけると,「何だそんなことか,それなら俺たちで株式会社を新たに作り,そこで保証協会と同じ仕事を始め,保証協会の会員を引き抜き,割井に一泡吹かせてやろう」とそそのかします。(事件1)
 そこに,目黒不動産の目黒社長が浮かぬ顔でやってきました。
「おいら不始末をやらかしたものだから,その還付充当金として,通知の日から2週間以内に880万円を納付しろといわれている。お金を貸してもらえないか」と泣きつきます。
「ちょっと待て,確か通知の日から1カ月の猶予があるはずだ。2週間で880万円などできるものか。それは保証協会が間違っているのでは」
と恵比寿社長が口を挟みました。(事件2)
 目黒社長も「保証協会が還付によって足りなくなった分を法務局に補充供託するときは,確か1カ月の猶予があったはずだ。2週間は何かの間違いではないかと思っているのだ」と応じました。(事件3)
 これらの一連のやりとりは,宅建業法の規定に沿うものでしょうか
 本試験での出題形式
 本試験では,保証協会の制度全般について出題されています。特に弁済業務保証金制度に関するものが頻繁に出題されています。
設問
 宅地建物取引業保証協会(以下,保証協会という)に関する次の記述のうち宅建業法の規定によれば,正しいものはどれか。
選択肢
1 保証協会は,民法第34条の規定により設立された財団法人でなければならない。
2 保証協会から還付充当金の納付の通知を受けた社員は,その通知を受けた日から2週間以内に,その通知された額の還付充当金をその保証協会に納付しなければならない。
 解 説
 保証協会とは宅建業者だけがメンバーになれる民法第34条に規定する公益社団法人で国土交通大臣が指定したものです。
 公益とは,広く社会全体の利益のことであり,宅建業者だけの利益のための活動ではいけないという意味です。
 社団法人とは,宅建業者(自然人・法人)をメンバーとする法人という意味で,財産の集まりである財団とは違います。
 保証協会は,営業保証金の供託制度の負担が重いことから,宅建業者が集団となり,互いに保証しあうことで供託金の負担を軽くすることを1つの目的にしています。
 相互保証の仕組みにより,結果として業者間の自治(悪い業者がいるとみんなの負担が増えることになるため,悪い業者が排除される)の働きにより,消費者保護が図られるのです。
①保証協会の業務
 保証協会が必ずやらなければならない業務として,次の3つがあります。
②必須業務
●取引に関する苦情の解決
●取引主任者等に関する研修の実施
●弁済業務
 この弁済業務というのが,営業保証金の供託に代わる業務です。
③任意業務
 任意業務は,次の3つです。
●一般保証業務(支払金・預かり金の返還等)
●手付金等保管事業
●宅建業の健全な発達を図るのに必要な業務
④弁済業務
 保証協会のメンバー(社員)になりたい宅建業者は,加入しようとする日までに(事前に),弁済業務保証金分担金の納付を保証協会にしなければなりません。これは,営業保証金制度(自分で法務局に供託する)を利用せず,営業を開始する場合は,必ず行うこととなります。
主たる事務所 60万円(営業保証金1,000万円)
その他の事務所 30万円(営業保証金500万円)
 本店1店,支店2店ならば合計120万円となり,営業保証金を法務局に供託するより,ずっと負担が軽い制度となっています。
 この制度には次のような規定があります。
 まず,弁済業務分担金は金銭で納付しなければなりません。社員から納付された弁済業務保証金分担金があるときは,保証協会はその日から1週間以内に,供託所にその分担金に相当する額を弁済業務保証金として供託しなければならないとされています。
 供託所は,法務大臣および国土交通大臣が定める供託所(東京法務局)です。
 取引の関係者から保証協会に対し宅建業に関し生じた債権につき認証の申出がなされ,認証され,還付がなされたときは,保証協会は2週間以内に補充供託を供託所に行います。
 また,保証協会は還付にかかる宅建業者に対し還付額に相当する額の還付充当金を保証協会に納付するよう通知し,通知を受けた宅建業者は通知の日から2週間以内に還付充当金を保証協会に納付しなければなりません。
⑤設問の検討
選択肢1 保証協会は社団法人でなければならないことから,これは誤った記述です。
選択肢2 宅建業法第64条の10第2項の規定により,通知を受けた日から2週間以内に還付充当金を保証協会へ納付しなければなりません。正しい記述です。
 事件の結論
(事件1)
 保証協会は,公益社団法人でなければならず,株式会社は保証協会になることはありません。
(事件2)
 還付充当金の通知を受けた場合は,通知を受けた日から2週間以内に保証協会に納付しなければなりません。1カ月は誤りです。
(事件3)
 保証協会が供託所に還付額に相当する額の弁済業務保証金を補充供託するのは,通知を受けた日から2週間以内です。1カ月は誤りです。


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不動産受験新報2007年10月号 新事件屋行政書士 行政法第18回

2007-10-24 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)
新事件屋行政書士
行政法
第18回
行政書士 福田隆光

○はじめに
 前回は,不服申立ての方式,審理の方式について学習しました。今回は,審査請求における執行停止を中心に学習します。
○事 件
 大手不動産会社である五井不動産は,東京都の郊外にある丘陵地帯を開発して,大規模な宅地造成を計画しています。ここは,現在は山林となっていますが,五井不動産としては,ここを芦屋はおろかビバリーヒルズをも凌ぐような高級住宅街にしようという,バブル時代を彷彿とさせる計画を持っています。計画地域にあたる山林の買収も終わり,五井不動産は開発許可を申請しました。そして,その許可も下り,五井不動産は待っていましたとばかりに宅地造成工事を開始しました。
 ところが,この開発計画を知った丘陵地帯のふもとに住む住民たちが,この開発許可の取消しを求めて審査請求を行いました。ただ,審査請求を行ったのはいいのですが,それだけでは宅地造成工事をストップすることはできません。審査請求の審理が行われている間にも,宅地造成工事は進んでいきます。宅地造成工事により山林が消えると洪水などの災害が発生する危険があるので,住民としては今すぐにでも工事を止めたいと思っています。審査請求の結論を待っているわけにはいきません。とくに今は雨の多い季節なので,もし大雨が降ったら大変な洪水が発生するのではないか,と住民は心配で夜も眠れない状態です。
 何かいい方法はないのでしょうか?
○本試験での出題形式
設問
 行政不服審査法による審査請求における執行停止に関する次の記述は,正しいか否か。
選択肢
1 従来,執行停止の要件としては,「重大な損害」が必要とされていたが,平成16年の法改正により,「回復困難な損害」で足りることとされた。
2 審査庁は,「本案について理由がないとみえるとき」には,執行停止をしないことができる。
3 処分庁の上級庁である審査庁は,審査請求人の申立てによることなく職権により執行停止をすることは許されない。
○解 説
①争点は何か
 争点は,審査請求などの不服申立てを行った場合に,その不服申立ての結論が出る前に問題となっている処分の効力を止める手段はないかということです。
②執行不停止の原則とその例外
 審査請求などの不服申立てを行った場合に,その審査請求の対象となっている処分の効力・処分の執行・手続の全部や一部の停止その他の措置をすることを執行停止といいます。しかし,行政不服審査法34条1項は,「審査請求は,処分の効力,処分の執行又は手続の続行を妨げない」と規定しています。これは,審査請求によっても執行は停止しない,すなわち執行不停止が原則(執行不停止の原則)だということです。なぜ,不停止が原則となっているかというと,審査請求が行われると執行が停止してしまうなら,行政の執行を停止させたいなら審査請求をすればいいということになってしまい,それでは行政の円滑な遂行が困難になってしまうからです。
 執行不停止は原則ですので,当然に例外があります。次の場合は,執行停止が認められています。
 ①まず,審査庁が上級行政庁の場合ですが,審査庁は,必要があると認めるときは,審査請求人の申立てや職権で,執行停止※することができます(34条2項)。
 ②次に,審査庁が上級行政庁以外の場合ですが,審査庁は,必要があると認めるときは,審査請求人の申立てにより,処分庁の意見を聴取したうえで,執行停止※をすることができます(ただし,処分の効力・処分の執行・手続の全部や一部の停止のみで,その他の措置はできません)(34条3項)。
 そして,上の2つの場合において,審査請求人の申立てがあったときは,処分,処分の執行や手続の続行により生じる重大な損害を避けるため,緊急の必要があると認めるときは,審査庁は,執行停止※をしなければなりません(34条4項本文)。そして,「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の程度を考慮し,損害の性質および程度並びに処分の内容および性質をも勘案するものとされています(34条5項)。
※執行停止のうちの処分の効力の停止は,それ以外の措置によって目的を達することができるときには行うことができません(34条6項)。
  ただし,執行停止をすると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,処分の執行・手続の続行ができなくなるおそれがあるとき,本案について理由がないとみえるときは,執行停止をしなくてもかまいません(34条4項ただし書)。
③執行停止の取消し
 執行停止が行われた後であっても,執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすとき,処分の執行や手続の続行が不可能となることが明らかになったとき,その他事情が変更したときは,審査庁は,その執行停止を取り消すことができます(35条)。
 事件の結論
 以上の説明から,本事件においても,審査請求をした住民の側は,開発許可処分の執行停止の申立てをすることができます。ただし,執行停止が認められるためには,開発許可のあった造成工事の続行により生じる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認められることが必要です。
 次に本試験の出題形式ですが,選択肢1は記述が逆で誤りです。平成16年の改正までは「回復困難な損害」が必要とされていましたが,改正により「重大な損害」で足りることとされたのです。
 選択肢2は正しいです。解説でも見たように,執行停止の要件を満たす場合であっても,執行停止をすると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,処分の執行・手続の続行ができなくなるおそれがあるとき,本案について理由がないとみえるときは,執行停止をしなくてもよい(34条4項ただし書)ことになっていましたね。
 選択肢3は誤りです。処分庁の上級庁が審査庁の場合は,審査庁は,審査請求人の申立てまたは職権で執行停止をすることができます(34条2項)。審査請求人の申立てがなくても,自らの職権でできるのです。


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不動産受験新報2007年10月号 司法書士 第2回 ネコでも分かる商業登記記述式

2007-10-23 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


第2回
ネコでも分かる商業登記記述式
司法書士 齋藤隆行
 
1 問 題
 司法書士法務律子は,平成19年7月5日にA商事株式会社の代表取締役から,別紙1から別紙3までの書類のほか必要書類の交付を受け,別紙4のとおり事情を聴取し,必要な登記申請書の作成及び登記申請の代理の依頼を受けた。
 この依頼に基づき,司法書士法務律子が同日付で登記を申請する場合において,A商事株式会社の本店の所在地を管轄する登記所に登記を申請すべき事項について,答案用紙第1欄のアからエの該当部分に,それぞれ記載し,第2欄には,司法書士として登記の申請を代理すべきでない事項(登記すべき事項とされていない事項を除く。)があるときは,その事項及びその理由を簡潔に記載しなさい。
(答案作成上の注意事項)
1 A商事株式会社においては,明記されている場合を除き,定款に法令の規定と異なる別段の定めはないものとする。
2 別紙中,(以下省略)又は(中略)と記載されている部分は,有効な記載があるものとする。
3 申請書に添付すべき書類は,すべて有効に調えられている。
4 申請書に添付すべき書類について,他の書類を援用することができることが明らかなときは,必ず援用すること。
別紙1
 
登記事項証明書の抜粋
商 号 A商事株式会社
本 店 東京都中区本丸一丁目2番3号
発行可能株式総数    800株
発行済株式の総数    200株
株式の譲渡制限に関する規定
 当会社の株式を譲渡するには,取締役会の承認を受けなければならない。
資本金の額   金1,000万円
役員に関する事項
 取締役 甲子太郎 平成18年6月28日就任
 取締役 乙野次郎 平成18年6月28日就任
 取締役 丙野三郎 平成18年6月28日就任
東京都中区北の丸一丁目1番1号
代表取締役甲子太郎 平成18年6月28日就任
東京都中区西の丸二丁目3番4号
代表取締役乙野次郎 平成18年6月28日就任
 監査役 丁野四郎 平成18年6月28日就任
会社状態に関する事項
 取締役会設置会社
 監査役設置会社
別紙2
 
辞任届
 私儀,今般一身上の都合により,御社取締役を辞任致したく,ここにお届けします。
平成19年6月1日
取締役 乙野次郎 印
別紙3
 
平成19年6月29日定時株主総会の議事概要
議決権のある株式の株主,全員出席
(中略)
第2号議案 取締役及び監査役の選任の件
 議長は,取締役及び監査役を選任したい旨を述べ,その可否を諮ったところ,満場一致の賛成をもって承認可決した。なお,被選任者は,それぞれ席上就任を承諾した。
 取締役 戊野五郎
 監査役 己野六郎
(以下省略)
別紙4
 
「平成19年7月5日の聴取記録」
1 A商事株式会社では,これまで役員を予選したことはなく,役員は,選任と同時に就任を承諾している。
2 監査役己野六郎は,当会社の子会社であるA興産株式会社の経理部長の職にある。今後も,引き続きA興産株式会社の経理部長を務める意向であり,その職を辞するつもりはない。
3 A商事株式会社の定款には,「当会社の定時株主総会は,毎事業年度末日の翌日から3カ月以内に開催する」「取締役の任期は,選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとし,監査役の任期は,選任後4年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする」「当会社の事業年度は,毎年4月1日から翌年3月31日までの年1期とする」旨の規定がある。
2 答案用紙
第1欄
ア 登記の事由
 
イ 登記すべき事項
 
ウ 登録免許税額
 
エ 添付書類の名称及び必要な通数
 
第2欄
 
登記の申請を代理すべきでない事項
その理由
※解答欄は,誌面の都合上縮小しています。
3 解 説
1.第2回目の連載にあたって
 第1回でも述べましたとおり,この講座では,初学者の方を対象に,商登法記述式問題の解き方,答案用紙の書き方を分かりやすく解説することを試みるものです。今回は,前回から一歩進んで,近年の本試験の出題傾向としてすっかり定着した感のある「第2欄」,すなわち,登記の申請を代理すべきでない事項とその理由の解答方法についても学習してみましょう。
2.問題を読む
(1)問題文
 まず,問題文を読んでみましょう。株式会社の代表取締役から司法書士が必要書類の交付を受け,事情を聴取し,必要な登記申請書の作成および登記申請の代理の依頼を受けることとなっているのは前回同様ですが,本問では,この登記申請書の作成のほかに,登記申請を代理すべきでない事項を,理由を含めて記載させる出題となっています。つまり,別紙中には,そこで生じた法律関係や事実につき,そのまま登記の申請をすべきでない事項が含まれているということになります。
(2)登記事項証明書の抜粋
 本問では,別紙1として「登記事項証明書の抜粋」が示されています。ここは,問題を解くうえで,その前提となる重要な情報が満載されていますので,くれぐれも読み落としのないように注意すべきところです(特に役員の就任日)。
(3)その他の別紙
 本問では,別紙2として「辞任届」が,別紙3として「平成19年6月29日定時株主総会の議事概要」が,別紙4として司法書士が代表取締役から聴取した事項が,「平成19年7月5日の聴取記録」として示されています。
3.問題を解く
(1)実体法上の法律関係の把握
 次に問題文や別紙で示された会社の登記簿の状態や議事概要,聴取記録の事実から,実体法上どのような法律関係が形成されているかを読み取り,それに基づいて,どのような登記を申請すべきか具体的に判断していくことになります。
①取締役の辞任,代表取締役の退任および取締役の就任
 本問では,まず,別紙2を見ます。すると,平成19年6月1日付で取締役乙野次郎が辞任する旨の辞任届であることが分かります。
 取締役乙野次郎は,平成18年6月28日付で就任しています(別紙1)。そして,A商事株式会社の定款には,「取締役の任期は,選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする」「当会社の事業年度は,毎年4月1日から翌年3月31日までの年1期とする」「当会社の定時株主総会は,毎事業年度末日の翌日から3カ月以内に開催する」とありますので(別紙4の3),同人の任期を算定しますと,その任期は,選任(平成18年6月28日)後2年以内に終了する事業年度のうち最終のもの(自平成19年4月1日至平成20年3月31日)に関する定時株主総会(平成20年6月開催予定)の終結の時までとなります。したがって,同人の辞任の意思表示は,任期中のものであり,有効であることが分かります。ただし,同人が平成19年6月1日付で辞任が可能であるとすると,取締役会設置会社における取締役の法定員数(3人,会社法331条4項)を欠くことになるため,同人は取締役の権利義務を有します(346条)。「取締役の権利義務」とは,欠員を生じた理由が,辞任または任期満了による退任の場合には,民法上の受任者の委任終了後の善処義務の規定(民法654条)にならって,当該取締役に,新たに選任された取締役が就職し,定款または法定数を欠く状態が解消するまで,引き続き取締役としての権利義務を与え,定款または法定数の取締役を確保することによって,会社の業務運営の円滑化と取引の安全を図るためのものです。したがって,会社法もしくは定款で定めた取締役の員数が欠けた場合には,任期の満了または辞任により退任した取締役は,新たに選任された取締役が就任するまで,なお取締役として権利義務を有し(会社法346条1項),任期の満了または辞任による退任の登記を申請することはできません(最判昭43・12・24,昭30・5・23民甲1008号回答,昭31・8・31民甲1672号回答参照)。
 しかし,平成19年6月29日開催の定時株主総会において,取締役として,戊野五郎が選任されています(別紙3)。この決議は,議決権のある株式の株主が全員出席し,満場一致の賛成をもって承認可決されていますので,取締役の選任決議の要件を満たします。
 なお,被選任者は,席上就任を承諾していますので,同人は,同日付で就任します。よって,この時点では取締役乙野次郎は取締役の権利義務を喪失し,その辞任の登記を申請することができるようになります。また,取締役乙野次郎は,代表取締役ですので(別紙1),代表取締役としての前提資格を喪失したことによる代表取締役の退任の登記も申請しなければなりません。
②監査役己野六郎の就任の可否
 次に,平成19年6月29日開催の定時株主総会において,監査役として,己野六郎が選任されています(別紙3)。
 この決議は,議決権のある株式の株主の全員が出席し,満場一致の賛成をもって承認可決されていますので,監査役の選任決議の要件を満たします。しかし,監査役己野六郎は,当会社の子会社であるA興産株式会社の経理部長の職にあり,今後も,引き続きA興産株式会社の経理部長を務める意向であり,その職を辞するつもりはないことが分かります(別紙4の2)。
 監査役は,株式会社もしくはその子会社の取締役もしくは支配人その他の使用人または当該子会社の会計参与(会計参与が法人であるときは,その職務を行うべき社員)もしくは執行役を兼ねることができませんので(会社法335条2項),この状態では,まさに本条の兼任禁止に該当します。したがって,この状態が解消しない限り,有効に監査役の就任を承諾することができず,登記の申請を代理すべきでない事項となります。
(2)答案用紙の作成(申請すべき登記事項の確定)
 (1)で検討したことをふまえて,答案用紙を作成していきます。
第1欄
①登記の事由
「取締役及び代表取締役の変更」と記載します。
②登記すべき事項
 辞任した取締役の氏名およびその年月日,退任した代表取締役の氏名およびその年月日,就任した取締役の氏名,就任した旨およびその年月日を記載します(会社法911条3項13号)。
③登録免許税
 資本金が1億円以下の会社においては,役員変更分として,申請件数1件につき1万円を納付します(登免別表第一24(1)カかっこ書)。
④添付書類
(ア) 辞任届(商登法54条4項)
 取締役が辞任したことを証するために添付します(別紙2)。
(イ) 株主総会議事録(商登法46条2項)
 取締役の選任決議を証するために,平成19年6月29日付の定時株主総会議事録(別紙3)を添付します。
(ウ) 取締役の就任承諾を証する書面(商登法54条1項)
 平成19年6月29日開催の定時株主総会で取締役が選任され,その議事録に被選任者が席上就任を承諾している旨が記載されているので,就任承諾を証する書面として,議事録の記載を援用することができます。本問では必ず援用しなければならないことに注意しましょう(答案作成上の注意事項4)。
(エ) 委任状(商登法18条)
 代表取締役から司法書士へ宛てた委任状を添付します。
第2欄
「登記の申請を代理すべきでない事項」を指摘するには,まず,「どのような登記」がこれに該当するかを具体的に記載するべきであり,本問では,「監査役己野六郎の就任」と記載すべきです。
 また,「理由」を記載する場合には,本問において登記の申請を代理すべきでないと判断した理由を順序立てて,抽象的な文章に終始せず,具体的に記載するべきでしょう。本問では,①監査役は子会社の使用人を兼任することができないという兼任禁止規定があること,②平成19年6月29日開催の定時株主総会で監査役に選任された己野六郎が子会社の使用人を兼任したままで監査役に就任することは兼任禁止規定に反すること,の2点を中心に,理由として読み取れるように文章をまとめることが必要です。詳しくは解答例を参考にしてみてください。
4 解答例
第1欄
ア 登記の事由
 
取締役及び代表取締役の変更
イ 登記すべき事項
 
平成19年6月1日取締役乙野次郎辞任
同日代表取締役乙野次郎資格喪失退任
平成19年6月29日取締役戊野五郎就任
ウ 登録免許税額
 
金1万円
エ 添付書類の名称及び必要な通数
 
辞任届1通
株主総会議事録1通
取締役の就任承諾を証する書面
 株主総会議事録の記載を援用する
委任状1通
 
第2欄
 
登記の申請を代理すべきでない事項
監査役己野六郎の就任
その理由
 平成19年6月29日定時株主総会において,A商事株式会社の子会社であるA興産株式会社の使用人である監査役己野六郎が選任され,その就任を承諾しているが,同人は,今後も,その職を辞するつもりはないため,子会社の使用人との兼任を禁止した監査役の兼任禁止規定に反し,監査役に就任することができないからである。
   
 
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10月号は,図解不動産業シリーズの中から『重要事項説明とアスベスト・耐震診断・シックハウス』を贈ります。本書は平成18年7月29日に出版され,好評発売中です。不動産取引のリスク回避マニュアルとして,アスベスト・耐震診断・シックハウスに絞りこんで,ていねいにやさしく解説しています。本の半分は藤井龍二先生のマンガになっていて,親しみやすく面白く読めるように工夫されています。ご希望の方は,巻末の愛読者はがきに必要事項をご記入のうえ応募してください。抽選で30名の方にプレゼントいたします。ご応募の締め切りは,9月30日(消印有効)です。発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。



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不動産受験新報2007年10月号 司法書士試験 平成19年度の総括と20年度試験に向けて

2007-10-22 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
       (毎月1日発売 定価910円)


司法書士試験
平成19年度の総括と
20年度試験に向けて
日本司法学院専任講師 上田雅憲・森 計彰

午前の部
午前の部を振り返って
 今年の午前の部の出題について,過去3年間の出題と照らし合わせながら見ていこう。
(1)科目別および分野別の出題数等
 午前の部4科目の出題数は,平成15年以降,憲法3問,民法21問,刑法3問,商法8問で変わらない。憲法は,平成16年から人権1問・統治2問である。民法は,下の表のとおりである。
 司法書士試験においては物権法および担保物権法の出題数が多いが,例年,合わせて9問であり,今年は一昨年と同様,担保物権法が6問と多い。刑法は総論が2問で各論が1問の年と,その逆の年があるが,今年は後者であった。商法は,昨年と同様に商法総則・商行為法からの出題はなく,すべて会社法(整備法を含む)からであるが,昨年と異なり持分会社特有の問題と株式会社と合同会社の設立の比較等,持分会社について出題された。
 
民法総則 物権法 担保物権法 債権法 親族法・相続法
16年 4 4 5 4 4
17年 4 3 6 4 4
18年 4 6 3 4 4
19年 4 3 6 4 4
(2)出題形式
 出題形式として,組合せ形式か5肢択一形式か個数問題形式かという分類のほか,学説問題,比較問題,穴埋め型,並べ替え型,対話形式の問題等々という分類がある。このうち,個数問題形式は昨年姿を消し,今年も出題されていない。個数問題形式は,正確な理解を問うことで問題の難易度を高めることができるが,灰色的な出題をすることができないという難点がある。何よりも,最近の出題形式で特徴的なことは,ほとんどが組合せ形式であること,対話形式が多いことである。組合せ形式は,2肢の正誤が判断できれば他の選択肢が難解であっても正解に達するだけでなく,消去法によって正解が導き出されることが少なくない。つまり,全体としては難解であるが,きちんと押さえるべきところを押さえていれば,正解に達するということである。
 
5択 組合せ 個 数
16年 5 25 5
17年 2 31 1
18年 4 31 0
19年 4 31 0
 他方,対話形式は,内容として何を問うかによって難易度が変化するが,1ページにわたる問題文は,読むのに時間がかかり読解のスピードが要求される。
【対話形式】
 
憲法 民法 刑法 商法 計
16年 0 4 0 0 4
17年 0 3 0 0 3
18年 0 4 0 0 4
19年 1 4 0 0 5
 学説問題は,民法で毎年3問から4問であるが,今年は2問であった。憲法は,平成18年を除いて3問中2問は学説問題であり,今年も2問の出題である。
 比較問題は,商法で出題されることが多いが,昨年と同様に,民法1問,商法2問であった。比較問題は正確な理解を問い,真の実力を測ることに適した出題形式である。その分,十分な理解がなければ得点が難しい。
【比較問題】
 
憲法 民法 刑法 商法 計
16年 0 3 0 0 3
17年 0 1 0 4 5
18年 0 1 0 2 3
19年 0 1 0 2 3
(3)内容
 難易度としては,科目別では民法がやさしく,会社法が難しいと感じられたというところであろうか。正解率が低いと考えられる問題は,第1問(人権規定の私人間効力),第2問(司法審査),第16問(引渡しの猶予の制度),第27問(盗品等),第28問(株式会社と合同会社),第32問(計算),第33問(清算株式会社)の7問である。
 第1問は,対話形式で穴埋め方式であるが,教授の質問に対する学生の解答のかっこ内に文章群から単純に1個を選択するだけでは正解に達することはできない(2個の文章が選択可能であって,どちらにするかを次の教授の発言から判断しなければならない)というものであり,難解と感じられるのは,一口に批判や根拠と言っても,それが沿革的なものか,積極的なものか等の一歩踏み込んだ理解を問うものだったからである。
 同様の学説問題である第8問も,かなり難解であるが,有名な不完全物権変動説とそれに対する批判が正解肢となっているため,比較的容易に正解には達したのではないだろうか。
 第15問も,この論点に関する判例の理解があれば,組合せもしくは消去法によって比較的容易に正解を得ることができたのではと思われる。
 第16問は,初出の問題であったため,正解率が低いものと思われる。
 第2問は,憲法の学習にかけた時間の問題とともに,判例の結論だけを暗記したことによるものか。同様に,第27問も,刑法の学習にかけた時間の問題ではないか。会社法は2年目に入り,出題者の立場に立ってみれば,心理的に自由に出題することができる環境となったことから,広範囲にわたり,しかも細かいところも問われた。そのため,難しいと感じたのではないだろうか。しかし,すべてが組合せ形式であり,全肢の正誤が判断できなくても,正解に達した問題も多かったと思われる。
 なお,第12問で譲渡担保,所有権留保が,第13問で譲渡担保,代理受領が再び出題されていて難解と言っていいが,組合せ形式で正解肢は正誤が十分判断可能であったため,正解率としては低くないのではないかと思われる。
20年度試験に向けての準備と学習法
 本試験の1年を年内と年明けの2つに分ければ,年内は基礎固めの期間である。じっくりと基本書を読み込み,過去問をつぶしていく。基本書は,ある程度理由が書かれているものがよい。基本・基礎の大切さを認識したことが合格につながったと後になって語る合格者は多い。このことは,とりもなおさず,年内に基本書をしっかり読み込み,体系的な理解をして初めて合格の原動力となることを意味する。民法に限らず,すべての科目に共通することであるが,特に会社法や憲法は,単なる暗記用のものでは太刀打ちできない。しかし,読んでもすぐに忘れてしまうことも確かである。だから,何度でも繰り返すことが重要である。
 年が明けて,一番合理的であるのは,答練に参加して最新情報を得るとともに,弱点を発見して基本書で確認し,補強することである。答練は,ペース・メーカーであると同時に,このような機能をも有する。問題集も積極的に利用する。さらに,スピードアップを心がける。時間の問題は非常に重要であり,読む速度,理解する速度は,最近の試験において不可欠であるとともに集中力も要求される。
 1年は短くて,司法書士試験の科目は多く,範囲は広い。年明けからの時間がとりわけ重要であることはもちろんであるが,年内の学習をおろそかにするべきではない。すでに2カ月が経過している。早く始めないと確実に時間は足りなくなる。
 
午後の部
19年度試験の特徴
択一式
 今年の択一問題は,過去問あるいは,その射程内にある論点と未出題の基本的な論点を問う肢が多く,肢そのものが例年になくやさしいことと全35問中32問が組合せ問題であることから,足切り点は間違いなく上がると思われる。
 科目的には,商業登記法が最も難しく,以下民事訴訟法関係,不動産登記法の順となるが,供託法はやさしい。個別には,次の6問が難しい。
[第1問] 数次所有権移転登記の抹消請求訴訟は固有必要的共同訴訟か,不起訴の合意や執行証書の存在と訴えの利益の有無など,判例等を含めて,相当学習していなければ正解は出せない。
[第7問] 条文問題であり,組合せの妙で正解は出るが,担保不動産競売の開始決定前の保全処分と同様に,強制競売開始決定前の保全処分が認められるかどうかの理解がポイントになる。
[第16問] 遺産分割協議書に添付の印鑑証明書や,本人確認情報に添付の資格者代理人の職印の印鑑証明書の原本還付の可否は,不動産登記の実務に関するQ&Aに出てくる細かい論点であるが,その他は,条文問題であり,消去法により正解が出る。
[第21問] 法定代理権の消滅,受託者の信託の任務終了に伴う,不動産登記の申請に係る代理権の不消滅や自己契約,双方代理の許容など,細かい条文問題の肢や正誤の判断を誤りやすい肢が多く,かつ,個数問題でもあるから,正解率は良くない。
[第22問] 外国人の通称名による登記,外国法人の本店と日本における営業所の併記など,ここまで訊くのかと思うような細かい先例や新不動産登記法の下での解釈が若干不明の却下事由を問うているので,難しい。正直言って捨てる問題である。
 なお,Ⅳ群については,見解が分かれており,筆記試験の結果発表の際に正解を明らかにしてほしいと望むところである。
[第35問] 資本剰余金の額を資本金の額とする資本金の額の増加,あるいは,社員の退社に伴う持分の払戻しによる資本金の額の減少の登記は,基本通達や会社計算規則を理解しなければならない問題であり,非常に難しい。その他は条文問題であり,また,正解にかかわる肢の一つは,昨年の本試験出題肢であるが,昨年よりもレベルアップしており,それを基に正解を出すことは難しい。
記述式
 次に,記述式については,不動産登記,商業登記ともに,論点は少なくなく,書く量も多いので,ほとんどの受験生は,時間勝負になったと思う。
[第36問(不動産登記)] ①代位弁済による抵当権移転登記,②代位による相続登記,③相続登記の抹消,④売買による所有権移転登記,⑤代位弁済後の第三取得者の出現と代位の可否という,実務でもありうる内容であったが,鍵となるのは,代位による相続登記である。
 問題文に見える相談内容や聴取事実およびその登記申請の流れと事実関係を組み合わせながら登記の申請の内容を考えなければならない問題であるが,事実関係3,4,5の関係が巧妙なため分かりにくく,事実関係1に基づく登記として代位による相続登記という結論にたどり着くのに時間がかかったと推測している。
 日本司法学院の第1回公開答練の出題問題であるが,それでも気がつかなかった人がいるということは,ここの読みがポイントになったと思われる。その他には,相続登記名義人の相続放棄により真正相続人名義とするための登記手続,代位登記と登記識別情報の関係,取締役会設置会社における取締役,会社間の利益相反取引,第三取得者の出現と代位弁済による抵当権移転の有無がポイントとなるが,いずれも基本的な書式や論点であり,冷静であれば何も問題はなかったと思われる。不動産登記で,いかに迅速に,かつ正確に書くことができたかが,時間との関係で大きな鍵になったと思う。
[第37問(商業登記)] 会社法施行後2年目の問題としては,われわれの予測を超える出題内容であり,少し難しいかもしれないが,会社法の論点を巧みに組み合わせた素晴らしい問題である。
 取締役甲野一郎の辞任の登記と辞任届の援用の可否は,迷ってはならない論点である。
 監査役設置会社の定めの廃止と会計参与設置会社の定めの設定の登記およびそれに伴う監査役の退任登記と会計参与の就任登記については,株式会社の機関設計の基本的論点の1つで,これも会社法をきちんと勉強している受験生であれば問題はなかったと思われる。
 取締役の責任の免除等に関する規定の設定の要件およびその登記手続は,会社法の論点としても,成績上位の受験生しか理解していない論点であり,また,登記の事由,登記すべき事項を正確に理解している受験生は非常に少ないと思われる。
 取得条項付株式とするための優先株式の内容の変更,自己株式の処分を含む募集株式の発行については,いずれも日本司法学院の「書式完成」の講座で取り上げた論点であるが,結果は,前者は出来が悪く,後者は出来が良かった。前者については,一度書式問題で失敗を経験すれば,以後は難しくないと思うが,初めてこの論点を見た人には,難しい論点である。後者の定款,期間短縮の総株主の同意書の添付の要否は,合格レベルの受験生には,問題のない論点である。
 社外取締役の登記については,取締役丁野雪子の社外取締役である旨の登記の記載方法が,ポイントとなる。
20年度試験に向けての準備と学習法
 記述式のための時間は,択一を解く時間を短縮することで確保するしか方法はないが,ここ数年の傾向で,択一問題の解答に際してのポイントとなる肢は,過去問や合格するために必要な基本的な知識に該当するものであることが多いので,過去問およびその周辺と基本的な論点を徹底的に理解して,択一の問題を解くスピードを上げることである。そして,組合せで解答を出す問題の場合には,全肢を解かなくても,消去法で正解を出すことができることが多いので,それを意識して,答案練習会などでその練習をすることも必要だと思う。
 過去問を含めて基本重視の勉強で,基礎固めをして,さらに上の得点を目指すために,基本書などで,全体の底上げを意識すべきであろう。
 なお,民事訴訟法等に関しては,昨年(訴えの提起前における照会等)に引き続き,今年(債務者を特定しないで発する占有移転禁止の仮処分命令)も,平成15年あるいは平成16年改正に係る新しい制度から出題されている。まだ本試験未出題の制度が多数あるので,来年以降も,要注意である。
 記述式については,択一の論点をどれくらい把握しているか(言葉を変えれば,書式に展開できるか),基本書式がどのくらい正確に書けるかによって,成績は決まると思っているが,今年は,改めてそのことを痛感した。そこで,択一の論点の書式化という作業をしながら,記述式の論点をできるだけ多く理解し,基本書式の正確性を期すことが大事である。



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