住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年10月号
(毎月1日発売 定価910円)
開業者が教える
独立開業ナビゲーター
司法書士
⑥
司法書士 富田太郎
今月も,司法書士開業について,説明していきたいと思います。
まずは,いつものようにQ&A形式で解説していきます。
開業の準備・方法Q&A
(1)営業形態
Q1
司法書士の「不動産登記に関する仕事」の受注の仕方は,どのような形態なのですか?
スポット的な案件が中心なのですか?
A1
まず,司法書士の仕事の受注方法を述べる前に,他士業を見てみましょう。
たとえば,税理士の場合は,顧問先からの顧問料収入というものがあります(顧問先から,毎月ン万円という一定の顧問料があり,そのうえで,〈顧問料のほか〉決算期に別途「決算書作成報酬」を取る)。よって,顧問先が増えれば増えるほど,安定的な収入が期待できます。つまり,新規の顧客を取得すれば,半永久的に継続的な収入が期待できます。
これに対し,司法書士の場合,顧問料というのは,あまりないと思います。
では,毎月,毎月,新規の客を見つけるために一件,一件,顧客を探していかなければならないのでしょうか?
実は不動産登記の場合,大半は「チャネル営業」なのです。不動産登記の場合,「銀行」「不動産業者」という「営業チャネル」から,毎月一定の仕事がきます。
「銀行」「不動産業者」という一定の営業チャネルさえ獲得してしまえば,毎月継続的な仕事がきます。そうなると,司法書士もあまり新規開拓する必要はなく,日常業務は,営業よりも,「銀行」「不動産業者」からの紹介案件をこなすことで精一杯となります。
要は,不動産登記の営業とは,一件,一件,仕事を探すのではなく,営業チャネルを開拓するということになります。
一定のチャネルを確保してしまっているので,「新規飛び込みのお客は,一切お断り」という事務所もあります。
※不動産登記の場合,よく分からない「飛び込み案件」には,地面師(詐欺師)とか,「他人が真実の所有者に内緒で,不動産を勝手に売却する」等の危険な案件をつかまされる恐れがあるため,大半の司法書士は敬遠する傾向があります(法務局の前に事務所を構えるようなところは別でしょうが)。
最近,若い司法書士の中には,ホームページで営業を行う方もいますが,「商業登記」「自己破産・債務整理」案件は問題ないでしょうが(むしろ効果的でしょうが),不動産登記案件の場合は,要注意だと思います。
★私の経験談
営業下手な私にも,不動産案件について懇意にしている「銀行」があります。よく同業者から,「積極的な営業もせず,よく獲得できたね」といわれますが……(ほっといてくれ! 私なりに苦労したのです!)。
もともとは,非常に関係の薄い銀行でした。ところで,その頃,私は東京司法書士会の「判例・先例研究室」に在籍しており,当時の研究課題は,「債権譲渡特例法・債権譲渡登記(平成10年法律104号)」でした。受験雑誌のため詳細は省略しますが,この法律の本来の趣旨は,「債権流動化」を目的とするものです。
これを,何とか「債権回収の方法」として使えないだろうか(前職が金融機関であったため,ついそんなことを考えてしまうのです)と,銀行の担当者(非常に優秀な方でした)と一緒に,この債権譲渡登記を使った「債権回収のスキーム」を作りました。実際の案件で試したところ,あきらめていた債権が,ン千万円ほど回収できました。
もちろん,その銀行の支店長も大喜び♪ 今後,ぜひ「不動産案件でも,おつき合いしたい」ということになりました。
また銀行員は,通常,同一支店には3~5年ぐらい在籍し,別の支店・本店に転勤していきます。そうすると,ある支店で懇意にしていた担当者が,別の支店・本店に転勤していけば,当然,ビジネスチャンスは広がっていきます。
私の場合,このようにして人脈が広がっていきました。
★私の友人司法書士の場合
私の友人司法書士で,今や10人を超える司法書士を雇い,大成功している方がいます。年収も4,000万円くらいでしょうか(うらやましい~)。
彼の営業方法は,飛び込み営業を行い,不動産業者と飲みに行くことです(度が過ぎると,司法書士法違反です)。
私自身,当初は彼のやり方に批判的でした。
そんなある日の朝,彼から「工場財団の登記」の質問がありました。こっちは,本業とか執筆とかで超忙しいのに……(怒,怒)。
「まぁ,友人だから仕方がないか……」ということで,資料をFAXしました。
その晩(夜11頃),なんと私の事務所に突然訪れ,差し入れに,サンドイッチ,ドリンク剤を持ってきて,「原稿の締め切り,頑張ってね」と一言だけ言って帰っていきました。
う~ん。彼の事務所から私の事務所まで,ゆうに1時間半はかかるのに,その日のうちに,たった一言を言うために……。
その自然な振る舞いに,「そんな気配り」の積み重ねで,彼は「人の心をつかみ」,成功していったのだと思うようになりました。
★営業方法は人それぞれ
実は,ここで言いたかったのは,司法書士の営業なんて,「人それぞれ」ということなのです。
人の性格,前職が異なるように,営業マニュアルなんかのようなものより,「自分の個性にあった方法を見つけていく」ということではないでしょうか?
(2)専門性とは
①専門性に憧れる
前述のように,営業とは人それぞれです。要は,「専門性」で顧客の心をつかまえる。地道な営業と気配りで顧客の心をつかまえる。手段は違っても,究極的には「顧客の心」をつかまえることが必要なのではないでしょうか。
ところで,私がなぜ「専門性」を強調するようになったのかといえば,そもそも司法書士を目指した理由にあるのです。
もともと私は,業界トップクラスの総合リース会社に在籍していました。もっとも,その後,倒産してしまいましたが……(涙)。
就職を決めた理由は,「リース業界は,知識集約産業である」というキャッチコピー(信じた私も若かった)。ところが,実際に営業を行ってみると,競合になった場合,リース料率(つまり金利)で決まってしまうという側面が強かったのです。
(注) 今は,付加価値のある商品等があり,当時と状況が違うかもしれませんが……。
よって,当時の業界は,リース料率競争の嵐……。「料率以外,商品に差別化がない」
営業的センスがあれば,それもカバーできるのでしょうが,私には営業センスがない……。
そんなことから,専門性のある職種に強い憧れがあったのです。
②希望に燃えて「司法書士」業界に入る
さて,希望に燃えて,司法書士事務所に就職しましたが,実務についてみると,意外と単調な仕事でした。
謄本を取得したり,申請書類を確認し,申請書を作成する。慣れれば,どんな司法書士でもできることのように思えました。
新人研修に出てみると,「相続の場合の,戸籍のとり方・見方」とか,専門性に憧れていた私にとって,落胆するものでした。
当時の感想は,「失敗したなぁ……。この業界に入って……」
(注) これは,当時就職した事務所が,銀行相手の不動産登記のみの事務所であり,裁判事務,商業登記,企業法務等が皆無の事務所であったことにもよります。もっとも,当時,新人であった私には,分かるわけもありません。もちろん,事務所の所長からすれば,効率的で,苦労して築きあげてきたのでしょうが……。
③立案業務に目覚める
そんなある日,東京司法書士会の専門研修会に出席したことで,私に転機が訪れたのです。講師は司法書士のK先生。研修課題は「組織再編・合併」でした。
それまで,司法書士の業務は,登記申請書を作成することが仕事だと思っていたのでしたが,講義の内容は,登記のみならず,合併の立案業務でした。
なるほど!! 別に登記だけに縛られることなく,「立案業務」を行っている司法書士もいるということが分かり,今後の私の「司法書士として目指すべき道」というのが,おぼろげながら見えてきました。
★余談ですが
このK先生,実は,司法書士でありながらM&Aの第一人者であり,かつ上場会社の役員というすごい経歴の方でした。
講義を聴いた後,ぜひとも,知り合いになりたい! 直接,指導を受けてみたい……。とはいえ,当時の私は,新人司法書士で,「伝(つて)」もないし,押しかけて「弟子入り」する勇気もない。
ところが,「念ずれば,実現できる」のでしょうか? その後,K先生とは,東京司法書士会の判例研究室で知り合うことになり,実務面で,いろいろご指導を受けることになりました♪
今では,K先生と会社法の専門書を6冊ほど出版しています。
考えてみれば,不思議なご縁です。
④顧客こそ最大の教師である
また,K先生の言った言葉で,印象的なフレーズがありました。
「顧客こそ最大の教師である」
実は,この言葉,専門知識を身につけていくうえで,非常に重要なことではないでしょうか。
先日,私の事務所の顧客である某上場会社の社長と会食をしました。その会話の中で,「今でこそ,先生は,独立して事務所も開業され,専門書もたくさん出版して,立派になられましたが(お世辞でしょうが),実は,当社と一緒に成長してきたようなものですよね……」。
この会社,元は資本金も3,000万円ほどの小さな会社でした。当時,この社長から,さまざまな要求をされました。
●「VCから増資を受けるので,打ち合わせに同席してくれませんか?」
●「そういえば,新株引受権,転換社債という制度があるそうですね。当社でも考えているので,立案してくれませんか?」
●「今度,新株予約権という新しい制度ができたようですね。当社でも,ストックオプションとして発行したいので,立案してくれませんか?」
当時の私は,勤務司法書士で,かつ,新人司法書士です。
「もう!!(怒,怒),私じゃなくて所長とか,事務所の先輩司法書士に頼めばいいのに……,私の知識,能力を数段も超えているよ。そもそもVCって何のことだよ!」
そのたびに,専門書・資料を集め,研究しながらの仕事でした。もちろん,失敗も数々やらかしました。商法(当時)の規定のとおりではあったのですが,適格税制を考えずに,新株引受権を立案し発行してしまい,社長に大損させたり……(汗)。
にもかかわらず,次から次へと,新しい制度を利用した立案を要求してくるのです。
今にして思えば,この会社のさまざまな要求に,なんとか応えようと試行錯誤しているうちに,知識が向上し,実務知識を身につけることができたのかもしれません。
「顧客こそ最大の教師である」
含蓄があり,すばらしい言葉だと思いませんか?
⑤専門知識はアピールの仕方がある
ところで,「専門知識をもって顧客の心をつかむ」といいましたが,アピールの仕方が難しい部分もあります。
相手が,商事法務専門弁護士,企業法務担当者,公認会計士であれば,「会社法」という共通言語があるので,ストレートに伝わるのですが,相手に専門知識がない場合は,アピールのポイントも変わってくると思います。要は,そのような相手にも分かる,目に見える形で示していく必要があります。
以前も述べたことがありますが,次のような事例を考えてみてください。
★ケーススタディー 合併契約書の作成
A株式会社(存続会社)は,今般,子会社であるB,C,D,E,F,G(以上,解散会社)を吸収合併することになりました。
A株式会社から,合併契約書の作成依頼を受けました。さて,合併契約書は何通必要でしょうか?
当然,当事者が7社あるので,7通の合併契約書が必要となります。では,合併契約書の文言はどのようになるでしょうか?
通常であれば,次のような契約書となります。
合併契約書
平成19年7月22日
(記載内容省略)
上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書7通を作り,記名捺印の上,各1通を保有する。
つまり,合併契約書原本を7通作成することになります。
そして,合併契約書原本には,4万円の収入印紙を貼らなければならないので,28万円の印紙税がかかることになります。
ところで,第三社間の合併ならともかく,グループ内の合併では,合併で解散する会社の保有する合併契約書には,印紙を貼らずに済む方法を提案すればどうでしょうか?
上記文言を,以下のようにすれば解決です。
上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書1通を作り,記名捺印の上,Aがこれを保有し,B,C,D,E,F,Gは,原本の写しを保有する。
この方法であれば,原本は1通しかないので,収入印紙は4万円で済みます。つまり,合併契約書の文言の書き方1つで,4万円×6通=24万円も節約することができます。
(以上,『これが数社合併だ 同時分割だ』p66引用 金子登志雄 富田太郎著 中央経済社)
このような話であれば,法務知識のない担当者にも,よく分かる内容で,アピールできるのではないでしょうか?
要は,専門知識をアピールする場合,「相手のレベルにあわせた方法で行う」ということも重要ではないでしょうか?
■■■本掲載記事の無断転載を禁じます■■■
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⑥
司法書士 富田太郎
今月も,司法書士開業について,説明していきたいと思います。
まずは,いつものようにQ&A形式で解説していきます。
開業の準備・方法Q&A
(1)営業形態
Q1
司法書士の「不動産登記に関する仕事」の受注の仕方は,どのような形態なのですか?
スポット的な案件が中心なのですか?
A1
まず,司法書士の仕事の受注方法を述べる前に,他士業を見てみましょう。
たとえば,税理士の場合は,顧問先からの顧問料収入というものがあります(顧問先から,毎月ン万円という一定の顧問料があり,そのうえで,〈顧問料のほか〉決算期に別途「決算書作成報酬」を取る)。よって,顧問先が増えれば増えるほど,安定的な収入が期待できます。つまり,新規の顧客を取得すれば,半永久的に継続的な収入が期待できます。
これに対し,司法書士の場合,顧問料というのは,あまりないと思います。
では,毎月,毎月,新規の客を見つけるために一件,一件,顧客を探していかなければならないのでしょうか?
実は不動産登記の場合,大半は「チャネル営業」なのです。不動産登記の場合,「銀行」「不動産業者」という「営業チャネル」から,毎月一定の仕事がきます。
「銀行」「不動産業者」という一定の営業チャネルさえ獲得してしまえば,毎月継続的な仕事がきます。そうなると,司法書士もあまり新規開拓する必要はなく,日常業務は,営業よりも,「銀行」「不動産業者」からの紹介案件をこなすことで精一杯となります。
要は,不動産登記の営業とは,一件,一件,仕事を探すのではなく,営業チャネルを開拓するということになります。
一定のチャネルを確保してしまっているので,「新規飛び込みのお客は,一切お断り」という事務所もあります。
※不動産登記の場合,よく分からない「飛び込み案件」には,地面師(詐欺師)とか,「他人が真実の所有者に内緒で,不動産を勝手に売却する」等の危険な案件をつかまされる恐れがあるため,大半の司法書士は敬遠する傾向があります(法務局の前に事務所を構えるようなところは別でしょうが)。
最近,若い司法書士の中には,ホームページで営業を行う方もいますが,「商業登記」「自己破産・債務整理」案件は問題ないでしょうが(むしろ効果的でしょうが),不動産登記案件の場合は,要注意だと思います。
★私の経験談
営業下手な私にも,不動産案件について懇意にしている「銀行」があります。よく同業者から,「積極的な営業もせず,よく獲得できたね」といわれますが……(ほっといてくれ! 私なりに苦労したのです!)。
もともとは,非常に関係の薄い銀行でした。ところで,その頃,私は東京司法書士会の「判例・先例研究室」に在籍しており,当時の研究課題は,「債権譲渡特例法・債権譲渡登記(平成10年法律104号)」でした。受験雑誌のため詳細は省略しますが,この法律の本来の趣旨は,「債権流動化」を目的とするものです。
これを,何とか「債権回収の方法」として使えないだろうか(前職が金融機関であったため,ついそんなことを考えてしまうのです)と,銀行の担当者(非常に優秀な方でした)と一緒に,この債権譲渡登記を使った「債権回収のスキーム」を作りました。実際の案件で試したところ,あきらめていた債権が,ン千万円ほど回収できました。
もちろん,その銀行の支店長も大喜び♪ 今後,ぜひ「不動産案件でも,おつき合いしたい」ということになりました。
また銀行員は,通常,同一支店には3~5年ぐらい在籍し,別の支店・本店に転勤していきます。そうすると,ある支店で懇意にしていた担当者が,別の支店・本店に転勤していけば,当然,ビジネスチャンスは広がっていきます。
私の場合,このようにして人脈が広がっていきました。
★私の友人司法書士の場合
私の友人司法書士で,今や10人を超える司法書士を雇い,大成功している方がいます。年収も4,000万円くらいでしょうか(うらやましい~)。
彼の営業方法は,飛び込み営業を行い,不動産業者と飲みに行くことです(度が過ぎると,司法書士法違反です)。
私自身,当初は彼のやり方に批判的でした。
そんなある日の朝,彼から「工場財団の登記」の質問がありました。こっちは,本業とか執筆とかで超忙しいのに……(怒,怒)。
「まぁ,友人だから仕方がないか……」ということで,資料をFAXしました。
その晩(夜11頃),なんと私の事務所に突然訪れ,差し入れに,サンドイッチ,ドリンク剤を持ってきて,「原稿の締め切り,頑張ってね」と一言だけ言って帰っていきました。
う~ん。彼の事務所から私の事務所まで,ゆうに1時間半はかかるのに,その日のうちに,たった一言を言うために……。
その自然な振る舞いに,「そんな気配り」の積み重ねで,彼は「人の心をつかみ」,成功していったのだと思うようになりました。
★営業方法は人それぞれ
実は,ここで言いたかったのは,司法書士の営業なんて,「人それぞれ」ということなのです。
人の性格,前職が異なるように,営業マニュアルなんかのようなものより,「自分の個性にあった方法を見つけていく」ということではないでしょうか?
(2)専門性とは
①専門性に憧れる
前述のように,営業とは人それぞれです。要は,「専門性」で顧客の心をつかまえる。地道な営業と気配りで顧客の心をつかまえる。手段は違っても,究極的には「顧客の心」をつかまえることが必要なのではないでしょうか。
ところで,私がなぜ「専門性」を強調するようになったのかといえば,そもそも司法書士を目指した理由にあるのです。
もともと私は,業界トップクラスの総合リース会社に在籍していました。もっとも,その後,倒産してしまいましたが……(涙)。
就職を決めた理由は,「リース業界は,知識集約産業である」というキャッチコピー(信じた私も若かった)。ところが,実際に営業を行ってみると,競合になった場合,リース料率(つまり金利)で決まってしまうという側面が強かったのです。
(注) 今は,付加価値のある商品等があり,当時と状況が違うかもしれませんが……。
よって,当時の業界は,リース料率競争の嵐……。「料率以外,商品に差別化がない」
営業的センスがあれば,それもカバーできるのでしょうが,私には営業センスがない……。
そんなことから,専門性のある職種に強い憧れがあったのです。
②希望に燃えて「司法書士」業界に入る
さて,希望に燃えて,司法書士事務所に就職しましたが,実務についてみると,意外と単調な仕事でした。
謄本を取得したり,申請書類を確認し,申請書を作成する。慣れれば,どんな司法書士でもできることのように思えました。
新人研修に出てみると,「相続の場合の,戸籍のとり方・見方」とか,専門性に憧れていた私にとって,落胆するものでした。
当時の感想は,「失敗したなぁ……。この業界に入って……」
(注) これは,当時就職した事務所が,銀行相手の不動産登記のみの事務所であり,裁判事務,商業登記,企業法務等が皆無の事務所であったことにもよります。もっとも,当時,新人であった私には,分かるわけもありません。もちろん,事務所の所長からすれば,効率的で,苦労して築きあげてきたのでしょうが……。
③立案業務に目覚める
そんなある日,東京司法書士会の専門研修会に出席したことで,私に転機が訪れたのです。講師は司法書士のK先生。研修課題は「組織再編・合併」でした。
それまで,司法書士の業務は,登記申請書を作成することが仕事だと思っていたのでしたが,講義の内容は,登記のみならず,合併の立案業務でした。
なるほど!! 別に登記だけに縛られることなく,「立案業務」を行っている司法書士もいるということが分かり,今後の私の「司法書士として目指すべき道」というのが,おぼろげながら見えてきました。
★余談ですが
このK先生,実は,司法書士でありながらM&Aの第一人者であり,かつ上場会社の役員というすごい経歴の方でした。
講義を聴いた後,ぜひとも,知り合いになりたい! 直接,指導を受けてみたい……。とはいえ,当時の私は,新人司法書士で,「伝(つて)」もないし,押しかけて「弟子入り」する勇気もない。
ところが,「念ずれば,実現できる」のでしょうか? その後,K先生とは,東京司法書士会の判例研究室で知り合うことになり,実務面で,いろいろご指導を受けることになりました♪
今では,K先生と会社法の専門書を6冊ほど出版しています。
考えてみれば,不思議なご縁です。
④顧客こそ最大の教師である
また,K先生の言った言葉で,印象的なフレーズがありました。
「顧客こそ最大の教師である」
実は,この言葉,専門知識を身につけていくうえで,非常に重要なことではないでしょうか。
先日,私の事務所の顧客である某上場会社の社長と会食をしました。その会話の中で,「今でこそ,先生は,独立して事務所も開業され,専門書もたくさん出版して,立派になられましたが(お世辞でしょうが),実は,当社と一緒に成長してきたようなものですよね……」。
この会社,元は資本金も3,000万円ほどの小さな会社でした。当時,この社長から,さまざまな要求をされました。
●「VCから増資を受けるので,打ち合わせに同席してくれませんか?」
●「そういえば,新株引受権,転換社債という制度があるそうですね。当社でも考えているので,立案してくれませんか?」
●「今度,新株予約権という新しい制度ができたようですね。当社でも,ストックオプションとして発行したいので,立案してくれませんか?」
当時の私は,勤務司法書士で,かつ,新人司法書士です。
「もう!!(怒,怒),私じゃなくて所長とか,事務所の先輩司法書士に頼めばいいのに……,私の知識,能力を数段も超えているよ。そもそもVCって何のことだよ!」
そのたびに,専門書・資料を集め,研究しながらの仕事でした。もちろん,失敗も数々やらかしました。商法(当時)の規定のとおりではあったのですが,適格税制を考えずに,新株引受権を立案し発行してしまい,社長に大損させたり……(汗)。
にもかかわらず,次から次へと,新しい制度を利用した立案を要求してくるのです。
今にして思えば,この会社のさまざまな要求に,なんとか応えようと試行錯誤しているうちに,知識が向上し,実務知識を身につけることができたのかもしれません。
「顧客こそ最大の教師である」
含蓄があり,すばらしい言葉だと思いませんか?
⑤専門知識はアピールの仕方がある
ところで,「専門知識をもって顧客の心をつかむ」といいましたが,アピールの仕方が難しい部分もあります。
相手が,商事法務専門弁護士,企業法務担当者,公認会計士であれば,「会社法」という共通言語があるので,ストレートに伝わるのですが,相手に専門知識がない場合は,アピールのポイントも変わってくると思います。要は,そのような相手にも分かる,目に見える形で示していく必要があります。
以前も述べたことがありますが,次のような事例を考えてみてください。
★ケーススタディー 合併契約書の作成
A株式会社(存続会社)は,今般,子会社であるB,C,D,E,F,G(以上,解散会社)を吸収合併することになりました。
A株式会社から,合併契約書の作成依頼を受けました。さて,合併契約書は何通必要でしょうか?
当然,当事者が7社あるので,7通の合併契約書が必要となります。では,合併契約書の文言はどのようになるでしょうか?
通常であれば,次のような契約書となります。
合併契約書
平成19年7月22日
(記載内容省略)
上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書7通を作り,記名捺印の上,各1通を保有する。
つまり,合併契約書原本を7通作成することになります。
そして,合併契約書原本には,4万円の収入印紙を貼らなければならないので,28万円の印紙税がかかることになります。
ところで,第三社間の合併ならともかく,グループ内の合併では,合併で解散する会社の保有する合併契約書には,印紙を貼らずに済む方法を提案すればどうでしょうか?
上記文言を,以下のようにすれば解決です。
上記AおよびB,C,D,E,F,Gは,合併契約を締結したので,本書1通を作り,記名捺印の上,Aがこれを保有し,B,C,D,E,F,Gは,原本の写しを保有する。
この方法であれば,原本は1通しかないので,収入印紙は4万円で済みます。つまり,合併契約書の文言の書き方1つで,4万円×6通=24万円も節約することができます。
(以上,『これが数社合併だ 同時分割だ』p66引用 金子登志雄 富田太郎著 中央経済社)
このような話であれば,法務知識のない担当者にも,よく分かる内容で,アピールできるのではないでしょうか?
要は,専門知識をアピールする場合,「相手のレベルにあわせた方法で行う」ということも重要ではないでしょうか?
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