<はじめに>
今回も ざれごとを無責任に投稿したいと思う。
前回のざれごとではホログラフィック理論≒現在は未来からの投影、時間は存在するのか 第二回で、
アインシュタインの時間と空間・重力と時間・宇宙の始まりと時間・エントロピー増大の法則と時間ついて投稿した。
今回も「現在は未来からの投影」という戯言に避けては通れない「時間」を題材にしてみたい。
<普段意識する時間>
生活する中での時間は始まりがあって終わりがある。
年の始めがあって、やがて年の瀬がやってくる。
第二回でも記したが、人は生まれて成長し死を迎える。
また、宇宙もビッグバンがあって始まった。
ただ、ここで宇宙の終わりについては理論物理学上でも推測・仮説しかなく誰にもその終わりがどうなるのかわからない。
いずれにせよ直感的には冒頭の通り、
「始まりがあって終わりがある」
と思っている。
<そもそも始まりと終わりはあるのか>
始まりがあるならその前はどうなっていたのか。
終わりがあるならその後はどうなるのか。
誰しもが考えたことがあるであろう疑問。
そして考えても真相の陰すら見えてこない深淵な世界。
ここで個人的には、
「そもそも始まりや終わりは無い」
というのが現在の持論。
以前パラレルワールドとしての多元宇宙(マルチバース)を取り上げたことがあった。
そのときには、
「過去>現在>未来」とは時間が発生したために認識している概念」
「時間は空間が膨張する事で存在しているように見えている」
「過去も現在も未来もすべてひっくるめて存在している」
「過去・現在・未来を存在するものとして考えるなら現在は未来からの投影」
「過去は現在からの投影として存在している」
「そのためには宇宙は多数存在しなければ説明できない」
とした。
始まりや終わりは無いと思っているのに過去・現在・未来を使って説明するとはこれ如何に。
要するに始まりや終わりとは時間という概念が生み出したもの。
ただ、生きているものは時間の流れに沿ってしか物事を考えることができないため始まりや終わりという感覚を持つに至った。
それゆえ時間とは宇宙が膨張する方向に沿って流れるように生き物は感じるしかない。
実際には私たちが過去・現在・未来と思っているものはそろっていて始めから全てが存在している。
<エントロピーが縮小したら時間は逆行するのか>
エントロピーが増大する≒宇宙が膨張すると時間が生じる。
ここで、私たちの宇宙の終わり方の一つとして「ビッグクランチ」という考え方がある。
いずれ膨張が止まって収縮に転じ最後は一点に集まるというもの。
例えば歩いている人は後ろ向きに歩き、多くの車はバックしている?
世を去ったものが墓から現れてどんどん若返り母親や卵へと帰っていく?
宇宙が収縮してもおそらくそのような事は無いだろう。
この場合、生きているものの感覚は収縮しきった宇宙(ビッグクランチ=私たちが思う未来)が始まりになるだろう。
そして私たちがビッグクランチより過去と思う膨張しきった宇宙やビッグバンが終わりと想像するだろう。
要するに時間の向きは膨張する側に進むと感じてしまう。
<私たちの未来は一つなのか>
私たちはエントロピーが増大する方向=時間が進む方向を未来と認識する。
過去・現在・未来は全て存在している。
ならば未来は既に決定していて私たちの努力や日々の営みは無駄な事なのだろうか。
私はそうではないと思っている。
「未来は存在している」
でも、
「未来には無限と言えるパターン(可能性)が存在している」
「私たちの営みによってどのパターンの未来がやってくるかが決定する」
そう思っている。
「既に存在しているのに無限の可能性がある」とは何やら禅問答のように聞こえる。
ただ、この点についても[この無責任な戯言]の回を追うごとに私の考えを理解してもらえるものと思っている。
時間については一度締めくくっておき、次回では「素粒子が消えたり同時に二カ所に存在する」について投稿してみたい。
【最後まで戯言にお付き合い頂きありがとうございます】
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