妖しい亜熱泰

タイと東京、アジアと和の話題など。
出かけたついでに一枚をつづります。

江戸切子工場見学

2007-01-31 | Weblog
JR蒲田駅から15分ほど歩いた所に、東亜硝子工芸という小さな工場がある。切子工場オープンデーという立て看板がなければ見過ごしてしまいそうな、典型的な町工場だ。

切子は紀元前1世紀から続いている宙吹きという技法で、ひとつひとつ職人が吹いてグラスを作り、切子職人がフリーハンドで彫りこんだものだ。切子工場はガラスのカット(切子)専門工場である。

切子といえば江戸切子と並んで薩摩切子が有名だが、江戸の職人が薩摩に引き抜かれて始まったもので、江戸切子と比べ、ガラスが厚いのが違う点だそうだ。

切子工場で体験コーナーをやっていた。グラスにちょっとした模様を入れていくもので、職人さんからやり方を教えてもらったり、手伝ったりして世界にひとつだけの作品を作る。体験者の人たちは完成品にすっかりご満悦の様子だ。

外に回って履物を脱ぎ、2階にあがると即席の即売場になっていた。切子は濃い赤や濃い青のイメージがあるが、色には特に意味はないようで、薄いピンクや透明のものもたくさん並んでいた。が、赤や青のぐい飲みグラスは小さいものでも1万円ぐらいする。ちょっと手が出ない。一方透明グラスのほうはやや安く2000円くらいからあった。アウトレットモノの青いグラスが3000円台であったのだが、象柄の透明グラスがあったので、今回はこちらを購入した。

家に帰って、麦酒をついでみた。とても美味しかった。

落語と江戸東京

2007-01-28 | Weblog
落語という範疇の芸は、世界中で日本にしかないスタイルだそうだ。同じ話を何度もそれもオチまで同じと決まっているのに何人もが同じ噺を取り上げ、何年も続いているというのは、推理小説を何年も繰り返してやっているようなものでほかの国の人から見れば不思議なものに違いない。

落語と江戸東京というテーマで講演があるというので出かけてみた。講師は録音という仕事から落語に関わりはじめ、現在は芸能プロデューサーとして活躍されているかただ。

古典落語はおおよその筋立てとオチが決まっている。ところが同じ噺でも時代により演者によりまったく違ったものになる芸だ。ひとつの噺が時代や演者によって完成度を高めていき進化している。だから、昔は名人がいて、その人の噺でないと面白くなかったということもあったようだが、今では名人でなくとも噺さえ出来れば、そこそこの面白い落語になるのだという。だから、落語ブームなのに名人が出ない、といっても心配ないのだとか。

ただ、原型が江戸や明治時代だとその時代の設定条件に合わないとうまく理解できないこともあるので、そのあたりを工夫する必要がある。有名な「時そば」は、一文という貨幣単位だが、これを現在の100円とかに置き換えると話が成立しなくなる。もうひとつ、「今なんどき」という時制もよく聞いているとおかしい感じがする。はじめに見事一文ごまかしたとき、蕎麦屋のおやじは「九つ」といい、二度目に失敗したときは「四つ」。この九つは現在だと午後11時から深夜1時にかけて、四つが午後9時から11時にかけてということが、わかっていると理解が全く違ってくる。失敗したのは、30分か1時間早すぎただけだからなのだ。

なかなか興味深い噺だった。講師の話も時折「う~ん」とか「えぇ」とか噺家口調になって親しみやすい。ところが絵も音もなく、淡々と5分から10分の話しを脱線しながら続けているので、聞いているほうは次第に白河夜船となってしまう。
折角のレジュメもあとで読んでおいてください、だったのも原因のひとつだ。

どうせなら、こうゆう話しを、噺家にやってもらえるとまたよかったんですがね。講師には失礼だが、笑いに来たつもりが期待がはずれてしまったようだ。

タイ料理教室

2007-01-26 | Weblog
タイ語クラスで、特別授業として料理教室をやるというので参加してみた。作るのはおなじみレッドカレー、タイ料理の定番だ。

タイカレーは、以前タイに住んでいた日本人たちと一緒に作ったことがあったけど、そのときは手作り石鹸教室の合間だったので、本格的なそれもタイ人の指導の下で作るのは初めてだ。

米はもちろんタイ米、それもジャスミン米という香りの良い高級品種だ。
カレーは鶏肉バージョンと黒豚バージョンの二つをグループ分けして作った。肉が違うだけで作り方は同じ。まず、カレーペーストを油で炒め、ココナッツミルクを水で溶いたものを少し加えさらに炒める。もうこのあたりから、タイの匂いが教室にあふれ始めみんなの気分が高まってきていた。次に肉を加え、タイ人持参の甘い粉状調味料,そしてタイ料理には欠かせないナンプラーを投入。タイ料理は辛いというイメージが先行しているが、実は砂糖も必ず入れて味を調えている。
ココナッツミルクと水をさらに加え、なす、筍、色づけとしてさいごにピーマンを加え、ゆっくりことことと煮込むこと20分ほど、いい色になってきていよいよ完成だ。

出来上がった、鶏カレーと黒豚カレーを少しずついただく。同じ作り方だったのにココナッツミルクと水加減が違ったことで違う味に出来上がった。
どちらも、今まで食べたカレーで一番美味しかった。

旅の携帯、ネットカフェ

2007-01-22 | Weblog
タイ行きには必需品となった携帯電話だが、今回思わぬところから弱点にさらされてしまった。台湾沖の地震の余波である。この地震によって日本と中国、東南アジアを結んでいる海底ケーブルが損傷を受け、何と日本とタイ、そしてタイ国内通話までにかかりにくいという状況になってしまったのだ。

第一報は先乗りしていたタイ仲間からのメールで知った。こちらから試しに彼の携帯にかけてみると運良くつながったが、タイ国内での通話は4,5回やって1回くらいの割りでしかつながらないこともあるという。

実際タイに着いてから携帯を使ってみたが、こちらからの発信には特に困ることはなかったが、着信に苦労した。
まず、うまくつながらないのに履歴が残っている。次に発信元不明の履歴がいくつか残されたということ。これは地震後のケーブル復旧の前にオーストラリアとか中国経由の線が使われていたためらしい。タイの国際番号は66だが8で始まる番号が多かったからだ。たぶんタイ人だと思うのだが、とりそこねた電話が今でも悔やまれる。

爆弾事件のことは私がメーリングリストに流したので、後続のタイ仲間の知るところとなり、タイ到着後次々に電話が来た。宿泊地近くに日本語対応のネットカフェが出来たので複数の相手に連絡を取るときに便利だ。このネット回線も元旦はかなり遅く、通常の倍以上かかった。2日からはかなりスピードアップしたように思う。

とにかく、携帯のおかげでなんとか最終日の夜に、偶然時間がとれた仲間と合流して新年会ができた。

というわけで、携帯はやはり便利です。

寒い季節にタイに行く場合

2007-01-20 | Weblog
年末にタイに行ったのは初めてではない。が、いずれも香港在住時だった。日本の冬に南国タイに出かけて行くというのは、今回が最初だった。

冬季のタイ行きでひとつ困ったことがあった。それは冬服をどうするかだ。成田発午前便に乗るためには早朝、それも日の出前に家を出なければならない。当然コートも、マフラーも手袋も必要だ。だが、向こうに着いてしまえば、Tシャツ一枚の生活だ。日本での厚着は向こうでは荷物の邪魔以上の何物でもない。
そこで毎年、年末にタイに出かける仲間に聞いてみた。
「コートなら成田空港で預かってくれるよ」

えっ、そんなサービスがあったのか?とインターネットで調べてみると空港のチェックインカウンターの近くに数箇所、荷物預かりの場所を確認することが出来た。

出発当日、チェックインを済ませ、チェックインカウンター後方のGPAへ。コートと一緒にマフラーや手袋も預かってくれるという。料金は5日間で1,100円と手ごろだ。

帰国日には、到着ロビーの一角に引き取りカウンターがあってそこで代引きで受け取る仕組みだ。おかげで機内へはカーディガン一枚だけをはおって楽々旅が出来た。

前回のクリーニングといい、今回の一次預かりといい、旅慣れた人たちは色々な知恵を持っていて多いに助けになってもらっている。