
医療保険改革について演説するオバマ大統領
オバマ大統領が目指した医療制度改革は、我々日本人からみると至極もっともな政策のようにみえるが、現在の制度に満足している人も多数居るのがアメリカ社会の複雑なところだ。特に共和党の支持者に多いので、党派間の対立を激化させることになった。共和党は改革案が将来増税につながると主張し、政府の関与は最小限に留めるべきだとして反対していた。
これまで、アメリカの医療保険制度は日本のように国民皆保険ではなく、公的保険は高齢者向けのメディケアと低所得者向けのメディケイドがあるだけで、大半は民間保険に頼ってきた。アメリカでは医療過誤訴訟を避けるため過剰医療になる傾向があり、国民一人当たりの医療費はOECD加盟国では最高で、日本の2.7倍(2005年)といわれている。それに伴い、保険料も高額になりがちで、無保険者は4,600万人もいて社会問題化していた。
今回の医療保険改革は、民間保険会社に既往症などを理由に保険加入を拒むことを禁止したり、低所得者などの医療保険購入を補助したりすることにより、保険加入率は現在の83%から94%まで引き上げることが可能とされている。一方で、個人に医療保険加入を義務付け、特定の理由が無いのに保険に加入しない人には罰金が科せられることになった。
昨年の夏、ボストン郊外に滞在していた時、家内が階段を踏み外して怪我をするというアクシデントがあり、期せずしてアメリカの医療現場を体験することになった。海外旅行保険に入っていたが、アメリカ国内では無保険者扱いで、医療費の全額を一旦は払う必要があり、無保険者が医者を受診した場合どんな負担になるかを経験することが出来た。


足首を固定するブーツ 暫くは車椅子で移動した
家内は足首と腰に激しい痛みを感じて暫く動けなかったので、救急車を呼んで近くの病院に運ばれた。日本では無料の筈だが、$707請求された。その日は日曜日で、病院には内科の当直医しか居なかったが、レントゲンで見たところ足首の骨が一部折れていた。腰の方は単なる打撲で骨には異常が無かった。病院からの請求は$635で、他にレントゲン代として$68を請求された。当直医より出来るだけ早く整形外科の専門医を受診するようアドバイスがあり、近くの専門医に滞在中3回通った医療費は合計$540だった。専門医からリハビリするよう勧められ、リハビリ専門の医院に帰国まで4回通ったが、初回は$105で他は1回あたり$95だった。その他、足首を固定するブーツ代や鎮痛剤など全部で約$3,000掛かった。ちょっとした怪我で、もし保険に入っていなければ、これだけの費用が掛かるのは大変な負担だと思った。


整形外科医院がある建物 医院の入り口にあるドクターのリスト
しかし、医療サービスの面では日本よりかなり進んでいることは認めざるを得ない。アンビュランスで運ばれた病院には専門医は居なかったが、数時間後に退院する時は、レントゲン画像による怪我の状況や退院後の注意事項など2ページもの診断書を渡された。後で専門医に見せたところ、極めて的確な診断であったという。次にリハビリだが、日本では通常整形外科に併設されており、症状にもよるが診察後1回10分程度のマッサージなどで済ますのが一般的だ。ところが、ここではリハビリは整形外科と別に独立しており、初回は約1時間掛けて触診による症状の確認、マッサージのプラン、歩き方、家での処置や運動、寝る時の対応など詳細に渡って説明してくれた。2回目以降も30-40分掛けて入念なマッサージと回復の具合などの説明があり、日本との違いを痛感した。仮に保険に加入して1割負担だとすると1回あたり約800円になるが、果たして日本でこれだけのサービスが受けられるかどうか疑問だ。
以上のように、アメリカの医療費は無保険者にとってはかなり負担が重く、少々の病気では医者にも掛かれないのが実情だが、一方で医療サービスの面では日本より優れている所もあることを体験した。今回の事故による医療費は海外旅行保険に入っていたお陰で、帰国後全額保険で求償できたが、アメリカの無保険者が同じような怪我をした場合のことを思うと、これまでの医療保険制度がアメリカ国民の福祉面で如何に後れていたかを実感させられた。2010年3月23日、オバマ大統領が署名して医療保険改革法案が成立したが、これにより一人でも多くのアメリカ国民が医療保険に加入し、安心して医療を受けられようになることを切に望みたい。