今や世界で一番有名な日本人指揮者、小沢征爾さんが師事した先生を記念して、その教え子たちが集まって作る臨時のオーケストラが、毎年長野県の松本市で開催されるサイトウ・キネン・フェスティバルの「サイトウ・キネン・オーケストラ」です。確かテレビのクラシック番組でみたんだっけ。小沢さんはじめ、安芸晶子さんとか、名前忘れたけど顔の濃い人とか(そんなんで分かるか)他のオーケストラとかでも見たことあるような人が揃って、松本市でサマーフェスティバルをやるんですね。中高生への指導とか、屋外コンサートとか。
その地元の人たちと音楽を楽しむ様子とかに交じって、やはり同じ師を持つ老若の人たちが集まってリハをやるんです。なんというか、「同じ釜の」みたいな親密な空気が流れている。和気あいあいとリハが進む。みんなリラックスしながら、でも演奏はヨーロッパの一流のオーケストラに引けをとらない素晴らしさなんです。ああ、芸に秀でた人っていいなあ、って勝手に羨ましくなりました。
もちろんコンサートの様子もビデオに撮ったんですが、そのライブCDを買いまして。メインはこのベートーヴェンの7番でした。序章こそゆったりとした感じなのですが、フルートの付点音符つきの主題が始まると「交響曲ってこんなにも楽しいものなのか」と思うくらいです。最近だとドラマ/アニメの「のだめカンタービレ」でもテーマ的に使われたのでご存じの方も多いのでは。ワーグナーは「舞踏の聖化」と呼んだそうですが、これって構造上は古典派のベートーヴェンによる「もっとも正統な」交響曲だそうです。正統でコレ。天才ですねベートーヴェン。
とか言いながらいつも聞いてるのは小沢さんのじゃなくて、フルトヴェングラーがウィーン・フィルを振った、SPから起こしたという1950年録音のやつです。LP盤時代全LP中最高の名盤とすら言われたそうですが、そのくせSPからLPに起こすときにマスター録音の横で喋ってた奴がいたらしく、第4楽章あたりでコソコソと話声が聞こえたんだそうです。なんじゃそりゃ。
僕が持っているのは新星堂・東芝EMIが新しくデジタルマスタを起こしたCDです。モノラル。雑音多し。これなんかスタジオ録音だから、ところどころ音の継ぎ目さえ聞こえる。ところが、その演奏をひとたび聞くと。
なんというか、言葉とか技術とか、そういうことが全部なくなってしまいます。
フルトヴェングラーは今の科学的ともいえる音楽理論からすると誤謬と個人的解釈にまみれた人だったのだそうです。ロマン派と言われ、深くのめり込む演奏をした、と言われてもいます。
そうですか。
のだめで一度聞いたことのある人はぜひこの50年スタジオ録音のフルトヴェングラーを聞いて下さい。時代を隔てた二人の天才と数十人の芸術家が、ひとつの音の塊を浴びせかけてきます。音楽の津波の中でもだえ、髪を掻き毟り、天を仰ぎ、涙することができます。感動とか生易しいものではなく、激しく揺さぶられ、押さえつけられ、呼び起されます。
ちなみに小沢さんがサイトウ・キネンを振ったときは、1,3,4楽章の繰り返しをきちんと楽譜どおりやっていました。だからちょっとテンポが速いんですよね。それだけでも、曲の印象はだいぶ違ってくるから不思議です。そうじゃなくってもフルトヴェングラーは遅く振ってたらしいですが。それにしても、こういう人と同じ時代を生きるってどういう感じなんでしょうか。すごく羨ましいのですが、一方でなんだかちょっと怖い気がしないでもない。
「栄光のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 その指揮者とソリスト達 Vol.2 ウィルヘルム・フルトヴェングラー」 新星堂/東芝EMI SGR-8002