Mayday

「え？来れない？」
輝から内線電話が掛かってきた。
「どうしたの？何か問題でも出てきたの？」
「いやその…実は今日、総司令が来てさ…」
「え？総司令が？どうして？」
『どうして？って…』
未沙にはグローバルが自分達の結婚をどうして許可しないのかまだわからないでいる。
ミンメイの事もキャシーの事もルーシーの事も、未沙は理解しているのでそんな事が原因になっているとは思いもしない。
「え、と…明日には未沙の所に行くと思う。…なあ、未沙」
「何？」
「俺と、結婚してくれるよな？」
総司令の怒りっぷりに不安になってきた。実は輝は、何故か正座をしながら受話器を持って話している。
「なっ、何よいきなり！…もちろんじゃない」
再度のプロポーズに照れて顔を赤らめた。
「俺の事信じてくれてるよな？」
「どうしたの？突然」
今更ながらの問いに未沙は首を傾げる。
「俺の事、捨てないでくれるよな？」
「輝？」
暗い声に心配になった。
「貴方…泣いてるの？」
「なっ泣いてなんかないやい！」
本当は不安で寂しくて、涙がだだ漏れしているのだが、輝は強がって否定した。
ただ、子供っぽい言い方に未沙は思わず母性本能をくすぐられた。
電話を切ると、未沙はコンロにかけてある鍋を見つめた。
「……」
輝と食べるはずだった鍋の中身を考える。
「…カレーだから、3日は大丈夫よね」
女は変な所で現実的。

翌日、輝の言った通り、グローバルは未沙の前に現れた。
「まあ総司令！どうしたんですか？急に」
「ああ、ちょっとな。メガロードがどこまで出来上がったのか気になってな」
輝の時と同じように建前を述べた。
「そうですか。ではご案内いたします」
未沙は何の疑いも無く、グローバルを連れてブリッジを出て行った。
エンジンブロック、航空部隊施設、兵舎様々な場所を説明しながら案内し、最後に都市部が一望できる展望台へとやってきた。
「都市の方もほぼ出来上がりつつあります。後は乗船者を待つばかりですわ…」
「そうか…」
「あの、総司令…」
「なんだね？」
「あの、任務中に私事で大変恐縮なのですが…何故一条少佐との結婚を許していただけないのですか？」
「……」
グローバルは黙って都市部を見下ろしていた。
「マクロスが宇宙航行していた時から、総司令は一条少佐を信頼していたではないですか…それとも、私がメガロードの艦長に不適任だと思われての事でしょうか？」
「不適任？何の事だね？」
「先日、他の者に艦長を任せて地球での任務に戻ってもいいと私におっしゃったじゃないですか」
輝と何かあったのか遠まわしに探ったつもりの台詞だったのだが、素直に任務絡みと取られてしまってグローバルは拍子抜けした。
だが、それを否定する事も無い。
「…不適任、というより、君をまだ手許に置いておきたいと言った方が正しいかな。もう少し私の任務の手伝いをして欲しいと思ったのだよ。宇宙移民船はメガロード１隻ではないし、ね」
「そんな！総司令…！」
「今夜７時、日本料理の『椿』でその話を詳しくしようと思う。いいね？」
「…はい」
表情の暗くなった未沙に良心が少し痛んだが、これも彼女の為と思い夕食の約束を取り付けて展望台を後にした。
『私が艦長を降ろされたら、輝はどうなるの？』
『私のためにスカル部隊を降りて欲しくない…』
『いざと言う時は…退役して民間人としてメガロードに乗るしか、ない…』
未沙は意を決して手のひらをぎゅっと握った。

約束の時間になり、日本料理『椿』に出向くと、グローバルの他に男性が一人、待っていた。
「紹介しよう早瀬くん。彼は大西洋艦隊所属、空母エリザベスの艦長をしているジャック・マクレガー准将だ」
「はじめまして」
身長は190cmはあるであろう。大男だが無駄な筋肉は見受けられず、男の匂いをさせてはいるが、さわやかな笑顔を見せて未沙に挨拶をした。
「はじめまして。早瀬です」
自分が艦長を降ろされる事と、この人が一体なんの関係があるのだろう？
「とても真面目で人望も厚い彼にはメガロード２の艦長をやって貰いたいと思っているのだよ。早瀬くん、どうだね？夫にするなら彼のような出世株の方がいいぞ」
---えっ？！
未沙は驚いてグローバルへと顔を振った。
「何をおっしゃっているのですか？！総司令？！」
「人生の伴侶を選ぶなら慎重になった方がいいと言っているのだよ。早瀬くん」
---まさか？！
未沙の疑念はジャックの一言で確実となった。
「いやぁ、自分が結婚なんてまだ早いと思ったんですけど、総司令に背中を押されまして…」
頭を掻きながら照れている。
グローバルの後ろには縁側が見えた。
更にその向こう。小さな庭の片隅に設置された鹿嚇しが「カコーン」と石を叩く。


次回「Hit」へと続きます