わがままな手

家庭内別居が解消された翌日、緊急会議が行われ、未沙が安定期に入るまでは副艦長が艦長代理を兼任する決定がなされた。
「おめでとうございます！隊長！」
スカル部隊で輝は皆から祝いの言葉を貰った。
「やっぱり腹出して寝てたんですね」
ついでにイワンからからかいの言葉も貰った。
「…そういうことにしておこう」
さすがに『士官室で…』などと言えないし、市長との事はもっと言えない。
嘘をつくのは嫌だが、仕方が無いと自分の間抜けさで肺炎起こしたという事にした。

「ミンメイさんのコンサート、行きたかったなぁ…」
家に帰ると未沙がつぶやいた。
妊娠して、いつ具合が悪くなってもおかしくない状態の未沙はミンメイのコンサートに行けなくなったのをとても残念がった。
「気持ちはわかるけど、ダメ。自分の身体を第一に考えろ」
「貴方は行くんでしょ？」
「今のお前を置いて遊びに行けるか！」
それはとても嬉しい一言だった。が、ついこの間まで放ったらかしにされていたのを思うと、素直に喜べない。
「…行きたけりゃ一人で行けって言ってたくせに」
未沙は口を尖らせた。
「それは妊娠してるって知らなかった時の話だろ！」
蒸し返すな、と輝はふてくされたが、『Digo』でのミンメイを思い出して遠い眼差しをになった。
「ミンメイって、大人になったよなぁ…」
こうして未沙と以前のような生活をするように戻れたのは彼女のおかげと言っても過言ではない。
「なんだか俺、追い越された気分だ」
輝は天井を仰いで息を吐いた。
「そうね。頑張らないとお腹の子にもすぐ追い越されちゃうわよ」
「ひでぇ…少しくらい慰めてくれてもいいじゃん…」
ソファの端に小さく丸まっていじけてしまった。

白熱灯の小さいスタンドだけの部屋の中でミンメイは膝を抱えていた。
『俺は…未沙が…好きだ』
この間の輝の言葉が棘となり、ミンメイの胸に突き刺さったまま残っている。
---わかっていた筈なのに…。
他の答えが返ってきた時の事なんか考えてなかった。
『僕…君の事、好きだった』
マクロスで告白された時の輝の顔が思い浮かび、小指が疼いた。
赤い糸は指に絡まったまま、ただれて朽ちていくだろう。
---馬鹿な私…。
一昨年のクリスマス。キスはしたけど、身体に触れてくることはなかった。
あれからも二人だけの夜を何日も過ごしていたのに、触れられることはなかった。
本当は気づいていた。輝の心が、別の場所にあること…。
それでも輝の家を出て行こうとしなかった。輝の優しさに甘えていたかった。
ミンメイは両の掌を開いてみた。
優しさがすり抜けていった、手。
輝の温もりを知ってしまったわがままなこの手。
聞き訳の無い指が、輝を探している。
『僕…君の事、好きだった』
---もう一度だけ私の近くで言って。
そんな想いと裏腹にミンメイは耳を塞いだ。

夜も更け、輝と未沙はベッドに横になった。
未沙は身体を密着させるように寄り添う。
「あの…ムラムラしちゃうんですけど…」
輝は顔を赤くして困ったように言った。
それでなくとも、士官室でするまでにも2週間は開いていたし、その後も3週間すれ違っていて”まとも”にしていないのだから。
「お腹の子を思うなら我慢しなさい」
心の中で号泣し、耐える輝の胸の上で未沙はくすくすと笑う。
『何故中佐なのですか？』
ふいに市長の言葉が頭をよぎった。
輝の体温を直に感じながら心でその答えを返す。
『鬼より怖い早瀬中尉』『鉄壁の女』などと言われていた。
自分も他人に侵されぬように鎧を着込んだ。
その鎧をはがそうとしたのは輝だけだし、はがしたのも輝だった。
そして今も、はがせるのは輝だけ。
---ねえ、あなたは覚えてる？私に触れた日を。
悪戯に弄る手が全てを溶かしたのよ。





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