あの頃は

エアレースやアクロバットのアマチュア大会での優勝賞金で稼いでいたとは言え、統合戦争が終わった直後のそれは微々たるものだった。
飛行練習もしなくてはならない、レーサーの保管場所や整備の事も考えるとその日食べて行くのがやっと、と言う時もあり、それをキャシーが支えていたのであった。（Dog Fight「Clear」より）

「そういえば貴方、お父様と二人暮らしだった割には料理しないわね」
夕食の準備をしながら未沙が突然言い出した。
「チームが盛り上がってた頃は外食が多かったし、メンバーが用意してくれたりしてたからな」
ダイニングテーブルで飛行機関連の雑誌を読みながら輝が答える。
最も多く食事を作ってくれていたのはキャシーだろうと容易に想像がついた。
「親父が死んだ後は料理どころか食えるものにありつけるかどうかって生活してたし」
「は？」
食べる物はおろか、衣服にも不自由しなかった未沙にはどういう意味かわかりかねていた。
「ああ、でも良く作ったものがあったな」
雑誌を閉じて未沙いる方に顔を向けた。
「何？」
「もやし炒め！」
輝は得意げに言うが、未沙はどう反応していいのかわからない。
「……」
「なんだよ！もやしをバカにすんなよ！」
「してないわよ」
---でも、もやし炒めで威張られてもねぇ。
「あと、水で練った小麦粉をゆがいて食ったり」
「は？」
「知らない？すいとんって言うの。醤油で味付けた出し汁に落として食ってたんだ」
「…ふ、ふ～ん」
「あとタンポポでコーヒー淹れたり」
「タンポポで？」
「うん、そう。タンポポの根っこを乾燥させて、少し煎ってから粉状にしてお湯を入れるとコーヒーになるんだぜ」
コーヒーだろうが紅茶だろうが、飲み物に苦労した事も無い未沙には想像出来なかった。
「卵を入れたラーメンはご馳走だった…」
握りこぶしを作り、輝は熱く語る。
初めて会った時、輝は16歳だった。
男の子にしては細身だと思ってはいたが、16歳だし、おかしくはないとあまり気にしなかったが…。
---ただ単に食べてなかっただけなのね…。
未沙は一気に脱力した。
「軍に入ってからは生活費も安定して食堂があったし、地球に戻ってからは未沙が作ってくれていたしな」
---そういえば…。
地球に戻って初めて輝の様子を見に来た時、ラーメンを作るのにお湯を沸かしている所だったのを思い出した。
「良く生きてたわね」
それで良くエアレースに出られるだけの体力が作れたわね、と変な感心を込めて言った。
「レース前はキャシーが良く差し入れに来てくれていたからな」
「じゃあ、キャシーさんには感謝こそすれ、なんであんな態度ばかり取るのよ」
「だって、アイツすぐ俺の事いじめるんだもん」
輝のこの一言に未沙は町崎を思い出した。
---いや、でも町崎くんはもやしだけで生きていく事は出来ないでしょうね。
輝と町崎を比べるのは無意味だ、と自分に言い聞かせる。
そしてとある疑問にぶつかった。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、私もすぐ貴方をいじめるからあんな態度を取っていたって事？」
何度食事の世話をしても、家の掃除をしても、なんの進展もなかった頃を思い出した。
「え？！そ、それは…っ！」
低い声の未沙に輝はびびった。
「そ、そうじゃなくてさ、キャシーも良くウチに出入りして掃除とかしてくれていたから、その…普通の事だと思ってたんだよ！」
世話をされる事に免疫が出来ていた、という事らしい。
「ひ～か～る～」
「わー！よせ！未沙！せめて包丁を離せーーーっ！」
その晩、輝は罰としてベッドに入れて貰えなかった。
くぅ～ん、くぅ～ん。