クムイウタ(5)

都市部では雨が降っていた。
地球の自然を忘れぬよう、艦の中でも「天気」がある。
ミンメイは自宅のバルコニーから右手を伸ばす。
ざあざあと降る雨はあっという間にミンメイの腕をずぶ濡れにした。
---そういえばマクロスの中では雨は降らなかったわね。
その為映画の撮影も、野外でのイベントも中止や延期になる事は無かった。
順風満帆だったあの頃。
---マクロスでも雨が降れば良かったのに。
そうすれば「つまづくという事」をもっと早く知り得たかもしれない。
雨粒がミンメイの掌にぶつかってくる。
---痛いけど、きらきらしてとてもキレイ。
それとも、キレイだから痛いのか。
リビングのローテーブルにはルーズリーフとシャープペンシル。ミンメイは詩を書いていた。


衝動的な情事だった。
「ごめん…未沙」
だけど以前のような気まずさは無い。
「…いいのよ」
呼吸を整え、衣服の乱れを直しながら未沙は答えた。
「こうやって貴方がちゃんと苦しみや悲しみを分け合ってくれる事が、私は嬉しいの」
俯く顔はまだ赤みが残っている。
その横顔を輝は膝を抱えながら見つめていた。
「なあに？」
髪の毛を手で梳きながら顔を向けた。
「いや、その…ごめん」
弾かれるように視線を逸らし、俯いてしまった。
「その…本当に新人の技術は甘くて、また今、戦闘になったら隊自体が危うくなっちまう…だからまだ、帰れそうにないんだ」
未沙を独りにしている罪悪感からか、輝は目を合わせられない。
「…クリスマスも…帰れないと思う」
「……そう」
空いた間の長さが落胆を物語っているのがわかる。
それでも未沙は、わがままを言う事が出来ない。
「ごめん…」
部隊長が任務を全うする事に異議はない。しかも自分の艦を守ろうとしている事なら尚更、何も言えない。
去年のクリスマスは喧嘩別れ（まだ”恋人”では無かったが）していた上にミンメイが現れ、オノギシティが襲撃された。
散々なクリスマスだった。だから今年は、二人で過ごしたかった。
ケーキもプレゼントもいらない。輝の呼吸（いき）を、肌を、熱を、誰よりも近くで感じられるだけで、ただそれだけで良かった。そうしたら、影も光りにかき消されると思った…。
輝も、未沙に嫌な思いをさせた分、今年は思い切り抱き締めてあげたかった。
だけど再び戦闘になって、メガロードを護りきる事が出来なかったら、一生自分を許さないだろう。
未沙は寂しさから、輝は申し訳なさから、何も言えずにいた。
どっちが悪いという訳ではない。誰も悪くは無い。だから余計に、何も言えない。
「…約束して」
長い沈黙を破ったのは未沙だった。
「来年のクリスマスは、絶対傍にいるって、約束して」
そう言って未沙は右手の小指を輝の前に差し出した。
輝は一瞬躊躇った。今年のクリスマスもまだなのに、来年の約束をして、自分の身に何かあったら、それを破る事になる。
でも今は、指きりするしか、未沙への償いが見当たらない。
小指を絡ませて、ようやっと未沙は微笑んだが、悲しげな笑顔だった。
---未沙。俺は…俺はいつまでお前を守れるだろう？
悲しみが連鎖するのか、そんな事を考えてしまう。


雨はまだ降っていた。
ベランダにミンメイの姿はもう、無い。
窓を打ち付ける雨音が心地よかったのか、リビングのローテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。

”小さく泣いた　大きな空が泣いていた
抱いておくれ　抱いてあげる

ねんねんころり

桃色の象が運ぶ夢を見なさい”



クムイウタ（子守唄）　おわり

Image music:「あしたのこと」「美しき日々」「小さな雨の日のクワァームイ」「真冬の西瓜」「ウナイ」Song by Cocco