クタバレ!専業主婦

仕事と子育て以外やってます。踊ったり、歌ったり、絵を描いたり、服を作ったり、文章を書いたりして生きています。

意地悪な海鷂鳥

2023-03-04 23:35:16 | 自己紹介

『海鷂魚』と書いて、“エイ”と読む。

 

海(うみ)・鷂(はいたか)・魚(さかな)、この3つの漢字でエイ。ひらひらと宙を舞うように、ひたひたと地面を這うようにして海を泳ぐステルス戦闘機のように平べったいあの生きものだ。

 

家に帰ってきて「エイ 性格」で調べてみると、“基本的に温厚で大人しい生きもの”と書いてある。…違う、私が目撃したエイは違う。だからこそ私のペンネームにピッタリだと思ったのだ。

 

大晦日。寝ても覚めても鬱な気分は途切れることなく一年の最後の日まで続いていた。常にぐったりと疲れている。何をしても気分が乗らない。力が入らない。呼吸は浅く不安感が続く。外の空気でも吸おうと夫と二人で出掛けて、目の前にあった水族館に夫が入ろうよと言ってくれた。大晦日に水族館か…入る理由も特別ないが、入らない理由も特別ない。

 

いつも考えてしまう、見えない敵「普通」という言葉。生きてることそのものに対する罪悪感。世間の声が聞こえる、「子育てしてなくて楽ね」「夫の稼ぎだけで気楽ね」。大人しくひっそりと生きていなければ、なるべく普通でいなければ、世界から追い出されてしまう。たかが水族館に入るだけで大袈裟なと、書きながらもう一方で思う自分もいる。一体何がいけないのか、根拠のない根拠におびえて生きている。自分以外にもそんな人が、色んな理由でこの世界にはいる気がしている。

 

ひとつひとつの水槽をなるべく丁寧に余すことなく見ていく。ある程度の金額を払っているので“損をしたくない”という気持ちになる。すぐそばを小さな男の子が二人、走り抜けていく。水槽を覗くことよりも走ることを楽しんでいる。子どもの頃にどんな気持ちで魚を見ていたかなんて、ちっとも思い出せない。やっぱりいつも不安定だった気がする…そういう家庭環境だった。

 

外から見るとさほど大きくない建物だけれど、じっくり見て回ると2時間はかかる。損をしたくないという気持ちが、2時間も水族館に滞在させるのだ。がめつい。ある程度堪能した後、巨大な水槽を上から見下ろせるフロアに出た。先ほどまで目線の高さで見ていた深く広い水の世界も上から見るとただの池だった。なるほど、こうなっていたのか。

 

目線の先の浅瀬の岩に、首より下が水に浸かった姿勢の亀がいる。その横で不自然に波が動いていて、亀の甲羅がゆさゆさと揺れている。いや、揺さぶられている。不穏な空気と不気味な気配に、二人とも会話が止まる。

 

エイだ。エイが亀に体当たりしているのだ、何度も何度も。その度に亀の周りに波が起きて、波ごとアタックして亀を揺らしている。ん?これはなんだ?しかもしつこい…後ろに引き下がっては体当たりを繰り返している。「もしかして亀をどかそうとしてる?」見てはいけないものを見ている…そんな気がした。決して穏やかではない。その瞬間、エイは水の奥へと引っ込んでいった。「諦めたのかな…」ほっとしたのも束の間、ものすごい勢いで滑り上がってきて亀にぶつかる。亀の足が一歩動く。

 

えええええええ!!

 

エイは諦めたのではなく、より強い助走を付けて這い上がってきたのだ。それでも負けじと亀がぐっと首を高く伸ばしてその場で踏ん張っている。エイは水の奥へと消えては突進を繰り返す。なんだこれは…ものすごいものを見ているぞ!美しく泳ぐ魚たち、見たこともないかたちをした不思議な生きものたち、どの水槽を見た瞬間よりも興奮している!ワタシ!海のK-1を見ている!

 

しかし亀はその場を決して譲ることなく、見事縄張り争いに勝利したのだった。それは本能をこえた煮えたぎる感情の闘いであった。私たち人間がそうであるように、彼らにも喜怒哀楽や好き嫌い・言い争いや助け合い・愛や裏切りに至る絶望と対決の瞬間があるのだと感じた。さらに別の角度から見てみると、水の底をつついて餌を食べている魚をわざわざ横から突進してきて邪魔をして泳ぎ去っていくあのエイを見た…。まるで肩をわざとぶつけて怒鳴り去っていくチンピラだ…学生の小遣いをカツアゲしているヤンキーだ。あれらの動作が実際には何を意味しているのかはわからないけれど、私にはとても意地悪な行動に思えた。同時に、自分にそっくりだと思った。

 

エイ 性格:基本的に温厚で大人しい生きもの

追記:エイによる。

 

とにかく感情的なそのエイを気に入ってしまった。心と体の両方に毒を持っている。平べったいその存在に自分を重ねてみた。いつかあんな風に泳げたら…他の魚と違うけれど、まるで海を泳ぐコウモリみたいだけど、海を泳ぐエイは亀と喧嘩したりはしないかもしれないけれど、この世界の端っこで生きるのではなく、自由に堂々と器用にひらひらと泳ぐ、あの日見た少し意地悪なエイになりたい。何者にもなれない私が、何者かを目指し続けている限りは無ではないことを信じたい。

 

漢字を調べてますます気に入った「海鷂鳥」と自分を名付けた。うみ・はいたか・とり。どの言葉もとても自由なメロディを感じる。漢字ひとつひとつに景色が見える。

2日目、終了。

 

海鷂鳥



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