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ユマのエコ思想

とある専門学生が日頃感じるエコについて、つらつらと書いていきます

Peace in photos

2008-03-02 21:36:28 | ものすごく広い意味でのエコロジー
「アルバムの中 ピースサインで写るたくさんの僕がいる
あぁ もっと誠実に もっと切実に ピースサインを刻んでおけばよかった
もっと誠実に もっと切実に これからはピースサインを刻もう」

これはMr.Childrenの桜井和寿さんの言葉です。
昨日の卒業式で僕はたくさんの写真を撮りました。
あえて、ほとんどの写真でピースサインをしておいた。

明日、僕は学校の卒業ライヴに出演します。
バンド名はABC。Acoustic band companyの略です。
バンドと言っても僕一人のアコギ弾き語りなんですが…。(元々は三人だったんだけど、諸事情で一人にww)
その中での僕の名前はPeaceです。僕は音楽関係の活動をする時の名前はPeaceになっていますので(自主性制作映画のサントラでのクレジットもPeaceです)。

なぜこんなにピースという言葉にこだわるのか。
それは「平和を祈っているから」というとってもシンプルな理由からです。
写真のピースサインに関しては、桜井さんの言葉を読んではっとした所があります。

もっと、もっともっと。
ピースでいたい。

「ありがとう」

2008-02-13 22:47:31 | ものすごく広い意味でのエコロジー
「ありがとう」
とっても大切な言葉だと思う。
最近この言葉が身にしみる。スゴく嬉しい。

例えば最近、うちのじいちゃんばあちゃんが金婚式を迎えたんだ。
その時に、息子娘夫婦と孫たちでサプライズパーティーをやったんだ。
「金婚式で旅館に泊まっておいでよ」と言ってじいちゃん達を旅館に向かわせ、実は皆がそこで待機しているという企画。
そこでね、俺、初めてじいちゃんの涙を見たんだ。
「ありがとう」つって泣くんだよな。あぁ、なんかイイコトしたんだなって思えた。

自主制作映画の撮影中にも何度かあった。
主演とヒロインの子が両方とも早生まれで、ロケとかぶる時期の撮影だったのでサプライズバースデーをやった。
その時も、その二人は「ありがとう」って言うんだわ。
たぶん、向こうの心がポーッとなってるんだろうけど、こっちの心もポーってなってくるんだ。
むしろこっちが「ありがとう」かもしれない。
今日がそのヒロインのサプライズバースデーだったんだけど、その前に普通にロケをしていたんだ。
そのシーンでの会話でね「人に感謝されたい」ってセリフがあるんだわ。
今日の収録にそのシーンが持ってこられたのは偶然なんだけど、必然のような気もする。

なんだか魔法みたいな言葉。
そしてね、不思議な事にこの「ありがとう」って他の大切な言葉より、比較的演技しにくいんだ。
「愛してる」なんて言葉は、その言葉の価値が重すぎて本心かどうか疑ってしまう。
けどね、「ありがとう」って一日に一回くらいは絶対に使う、すごくシンプルな言葉なんだ。
だからウソの気持ちは込めにくい。演技で言いにくいんだ。
だから皆がハッピーになれる魔法みたいな言葉だと思う。

闇の募金 闇編

2008-02-03 21:29:31 | ものすごく広い意味でのエコロジー
昨日は闇の募金と読み間違えた、緑の募金でした。
でも僕はふと思う。それが本当に闇の募金じゃないという確証はないんだな、って。
別に昨日あげた自動販売機の事を言ってるんじゃない。
でも中には本当に不透明な募金だってあると思う。
そのお金、本当にそこに行ってるの?もしかしてエラい人の懐に入ってるんじゃないの?って。
こんな風に疑ってしまうのは、本当に心の寂しい話だが、事実としてありそうだから恐い。
別にエラい人の懐に入ってなくても、「売り上げの一部」って言葉はある種の闇だと思う。
ほんの微々たる物でも一部だろ?

例えばね、セブンイレブンの募金は募金期間終了後に「この店舗では何円集まって、募金しました」っていう張り紙が貼られるんだ。それって完全に光ではないけど、すこし光を当ててる部分だよね。

正直な話、自分のお金を完全に後を追う事なんて出来ない。

だって「◯◯の活動資金」って事は、そこのエラい人が飲むコーヒーとかも含まれると思うんだ。それって懐に入ってるってこと?
多分コーヒーとかも含まれるんだろうけど、懐に入ってるとは違うと思う。
だって、それも活動の一部だもん。エラい人が活動してればコーヒーだって飲みたいもん。
でも、完全に財布に入れちゃえばアウトだよね。でもやっぱり悲しいけど、それを追う事は出来ない。

だから募金を募る団体の皆さんは、少しでも、その活動の闇(自分たちでは闇と思ってなくても、一般の人からすれば闇になってしまう部分も含め)に光を当ててほしいんだ。
「いくらいくらどうしました」とか、「こうやって使われています」とか。
まぁ、使う目的が明確じゃない募金なんてないと思うけどさ。
ちょっとアイデアをだして、少しでも多くの光を。

使い捨て。ただし流行について。

2008-01-31 01:58:15 | ものすごく広い意味でのエコロジー
これは下の記事に書いた「俺思想」にあてはまりますね。


使い捨ての音楽が街にあふれる。
iTunes music storeでX JANPNの新曲「I.V.」の配信が始まった。
僕もそれをダウンロードした。あのX JAPANの新曲だ。故人hideの生前の音も入った完璧な「新曲」だ。これはiTunes music storeの新記録が作られるかもしれれないと予測していた。
しかしチャートを見ると「I.V.」は二位で「Greeen」とかいう人達の楽曲が一位を陣取っていた。
視聴してみたが、心に引っかかりはしなかった。どうせこれも使い捨ての音楽だろう。
なんでコレが一位なんだ。
周りの人は半年前に自分が好きで聞いていた音楽を「ダサい」と言ってみせる。

こんなエピソードがある。
周りの人がELLEGARDENの楽曲を好き好んで聴いていた。
僕も周りの影響ではあるが聴いていて、次第に自分の中で「ファン」と呼べるくらいまでの地位を確立していった。
しかし僕が持っていたのは全てアルバム。周りの人は当時の新曲「spece sonic」を聴いていて、僕はその会話についていけなかった。
そして二回の発売延期を経て満を持してニューアルバム「ELEVEN FIRE CRACKERS」は発売になった。
これでやっと僕も「spece sonic」が聴けるようになった。それにそのニューアルバムは確実にアーティストとしてのスキルを上げた彼らの音を僕に届けてくれた。完成度は十分に高いアルバムだった。
しかし周りはもうELLEGRDENを聴いてはいなかった。
皆「マキシマムザホルモン」を聴いていた。
僕ももちろんELLEGARDENも聴きながらだが、マキシマムザホルモンを聴くようになった。しかし演奏以外に心に引っかかる物は何もなかった。
日本の音楽に嫌気がさした。
正確に言うと日本のリスナーに嫌気がさした。
多分、もう彼らの心にELLEGARDENはいないのだろう。ついでに言うとマキシマムザホルモンも。
もう一度改めて言わせてもらうが「ELEVEN FIRE CRACKERS」はかなり完成度の高いアルバムだった。しかし周りの人達に言わせれば「アルバム発売でspece sonicを聴いているユマは時代遅れ」なんだろう。「一昨年から去年の流行りなのに今更になってスキニージーンズやカーゴパンツを買った人間」のように見えているんだろう。

スキニージーンズやカーゴパンツはその時の流行だから別に責めはしない。
しかしELLEGARDENの音楽はスタンダードなロックだ。洋服で例えるならストレートブラックジーンズやコンバースのキャンバススニーカーのような物だ。
しかし、その音楽のジャンルを理解もせず、ただ流行っているからと言う雑念でイヤフォンから流れている音楽を受け止めるのは、たとえそれが昔の名曲だろうが、地位の確立したクラシックだろうがそれはただの雑音でしかない。

たしかに音楽にも流行はある。シンセサイザー音が流行っていた時期、パワーコードを三つだけかき鳴らす時期、ミョーに後ろにDJのスクラッチ音がなっていた時期。
しかしそれらの音楽は、その時に本当に好きだったのなら今聴いても光り輝くはずだ。
その当時、「流行っていたから聴いた」だけの音楽が、その人の中で「勝手に」ダサくなっていくだけだ。
むろんファッションだってそうだ。僕は先ほど例に上げた二つのファッションの中でカーゴパンツの方は「本当にカッコいいか?」と疑問に思っていたから買わなかった。
しかしスキニージーンズは流行りが去った今でも自信を持って履いている。

何がおかしい?ここでELLEGARDENを聴いてスキニージーンズを履く俺を笑うなら、それは一年前の自分たちを笑う行為だぞ?

俺が尾崎豊とQueenを聴いていた時にある人はこういった。
「いいけど古いよね」と。
古いからどうした?輝きのある物ってのはスポットがなくても自分でひかり輝けんだよ。
お前らが追っかけてる音楽は、光ってるんじゃない。むりかしにスポットを当てられて光らされてるだけなんだよ。

俺はめったにCDを買わない人間だ。CDを買うと言うのは本当にその作品のクオリティーを認めた時だけだ。
ある人は自分の部屋にあるCDを見てこういった。「これなー、なんで買ったかわかんねぇや」と。
なんで自分の選択に誇りを持てない。
俺は浜崎あゆみは好き好んで聴くアーティストではないが「メモリアルアドレス」というアルバムだけは持っていて、今でも聴く。
それだけクオリティーの高いCDだったからだ。中三の時に買ったCDだが、いまだに光は衰えない。
たしかに音の数が多くて、今の流行りの音楽ではない。しかし芯がある。

いま、ET-KINGとかいうアーティストの「おまえとおったらおもろいわ」とかいうダミ声の曲を好き好んで聴いているヤツ。
別に否定はしない。好きな音楽なんだろ?
いいじゃん。それは素晴らしい事だぜ?
でも、二年後にもちゃんと聴いてろよ。

音楽は流行りもんじゃないだ。

新カテゴリー「俺思想」開設

2008-01-30 23:59:58 | ものすごく広い意味でのエコロジー
日々、誰かに公開したい自分の理念がある。
俺思想だ。
今まではそういうものはmixiに公開したり、このブログで無理矢理エコに絡めて公開したりしていたが、そうなるとどうもカテゴリーに迷う。
ならいっそカテゴリーを一つ設けてしまえと考えた。
それがこの新カテゴリー「俺思想」です。
基本的にはエコには関係ありません。
でもぜひ読んでください。きっと俺がどんな人間か分かるはずです。

しかしそうなるとこのカテゴリーに入った記事に関するルールはどうなる?
カテゴリー「独り言」ほどくだらない記事を書くつもりはない。たぶん力が入って長い記事になるだろう。
だったら一つの記事としてカウントしていいんじゃないか?

となるとルール改正だな。
現行のルールでは(参照記事:このブログのルール)
ルール2:「その他」のカテゴリを更新する時は、別のカテゴリも更新
ルール2の例外:更新した「その他」の記事が長かったり、「その他」を2つ更新した場合はセーフ
となっている。
つまり、俺思想を「長いその他の記事」としてカウントする。

そんな感じのカテゴリーです。

追記:って思って、過去の記事を整理してて気付いた。
「このカテゴリーのコンセプト、「ものすごく広い意味でのエコロジー」とかぶってね?」
というわけで新カテゴリーの開設をやめました。
そしてこれからは「ものすごーーーーーーーく広い意味でのエコロジ-」になりますww

親友

2008-01-15 20:44:29 | ものすごく広い意味でのエコロジー
今日もちょっとエコとは遠くはなれた話を。
だけどね、僕はそもそもエコ=環境問題ってとらえるのがそんなに好きじゃないんだ。エコってのはギリシャ語で日常。つまり人間が生きていく上での日常の話だってしてもいいよな。うん。

さて今回は親友についてお話ししようかと。
僕には親友がいない。
突拍子のない切り口にドキッとした僕と親しくしてくれている友人の皆さんは僕との友人関係に見切りをつけないで最後まで読んでください。

そもそも親友と言う言葉が嫌いだ。
ずいぶんと安っぽい言葉に聞こえる。映画バトルロワイアルの中で、教室で「私達親友だからね」と言って別れた女子二人が、最終的に殺し合ってる描写を見て本当にそう思った。僕の中でバトルロワイアルのMVPはあの二人だ。
だってさ、友人と言うカテゴリーの中で「親友>友達>知り合い」なんてランク付けがあるのはずいぶんと心の狭い話じゃないか?
あったとしても、それを口にしちゃった時点で、上司が部下に「君には期待してるんだから、頑張ってくれよ」って言っているみたいで嫌だ。
「俺たち親友だよな」ってのは「お前は俺の中で親友っていうランクなんだから、もっと俺の事を楽しませてくれよ。俺が困ってる時は助けてくれよ」って言ってるようなもんなんだぞ?
なんで友人関係にそんな期待を持たなきゃいけないんだよ。
べつにいーぜ?そんなこと言わずともお前の事は楽しませてやるよ。助けてやるよ。でもそれを言葉にすんな。
言葉にした時点で、それは「じゃあココにハンコを」ってマルチ詐欺か連帯保証人のどっちかだ。
言っておくけん、俺はマルチと連帯保証人の誓約書だけにはハンコ押さねーからな。それは本当の意味で助けるって意味じゃねーもん。
そのかわり、「ハンコを押す」以外で俺ができる事を精一杯やってお前の事を助けてやるよ。だから親友って言葉と誓約書だけは持って来るな。

仮に親友と言う言葉がまかり通る瞬間があるとしたら、状況は二つだけだ。
「(人質などで)代わりに死ぬ」か「臓器移植」だけ。
まぁ「死んであげる、臓器あげる」のか「死んでもらう、臓器もらう」かはどっちでもいいんだけどさ。
でもよ、それをしちまった時点で親友にはカテゴライズされるかもしれないけど、友人からは外されるよ。
今後(まぁ死んだら今後はないから、臓器移植が終わった後)の人生の中で、その人は友人ではなくなる。
恩がありすぎて、旨い酒が呑めない。当たり前だよ。お前の肝臓で酒を濾過してるんだし、お前だって肝臓切ってんだからそんなに呑めないんだろ?だから気を使って友人としての生活ができねーよ。

だから結局、親友は友人じゃないんだよ。「恩人」か「詐欺師」のどっちかだ。

だから俺が求めてるのは「腐れ縁」なんかも知れない。うん。腐れ縁って言葉は好きだな。
別にコレと言って会う理由もない、電話もメールもコレと言って用件があるわけじゃない。
けど気付いたら一緒に酒呑んでる。「そいつと一緒にいる時楽しい?」って聞かれたら「まぁ楽しい」くらい。
「普段は彼女の方が大切。だけどそいつらの前では彼女の愚痴言ってる。」そんなヤツらが大切。
だけど「腐れ縁」も本人の目の前では言っちゃいけない。
別の友人の前で「お前らって仲いいよな」って言われて「あ?そうかぁ?あー、まぁ(学年)からの付き合いだから、もう◯◯年くらい経つかぁ~。まぁ腐れ縁ってヤツかな」って感じが理想的。
ちなみに◯◯の中には10年以上が代入されるのがより理想的。

って事をこんな夜に考えるけど、普段の生活のでは考えない。
だって普段の生活でそれを考えてたら、それはやっぱり親友でも腐れ縁でもないから。

行く末…

2008-01-09 23:59:59 | ものすごく広い意味でのエコロジー
さー、今回は歴史に残る「無理矢理だな!!」って記事を書きますよ。心の準備はいいですか?


映画監督を目指しているだけのペーペーが生意気に言います。

このままでは日本映画はダメになると思う。

これは最近、バトルロワイアル2とどろろを見て思った事です。
若手の役者の演技の薄さが露見していた作品です。
もうモデル出身やジャニーズ出身の役者は「俳優」と呼ぶべきではないのでは?
あの人たちは写真に写っても、映画に出ても十分カッコいいんだから、どこに出てても「モデル」でいいんじゃないか?
まぁバトルロワイアル2では忍成修吾さん、酒井彩名さんを筆頭にクラスの生徒ほとんど。
どろろでは主演二人にそう思いました。
というものの柴咲コウさんはずいぶんと奇妙な役でしたので、多めに見たい気もしますが。
若い俳優を育てなきゃ、このままでは映画はプロモーションビデオになってしまう。
どうやったら俳優がカッコよく写るか?どうやればセクシーに見えるか?
お客さんはストーリーやキャラクターに感動して泣いてるんじゃない。
ただ「カッコいいモデルさんが泣いているのにもらい泣きしている」だけになってしまう。
でも、モデル出身やジャニーズ出身でもしっかり良い役者になっている人も十分いる。
大沢たかおさんや岡田准一さんなどがそれに当たると僕は評価しているけど。

後、これは作り手の問題ではなく、観客の方もそうだけど興収に踊らされないでほしい。
どろろを見てビックリした。これが三十億越えの作品か?と。
なんかさ、やってることゴジラと変わらないじゃん。ってかゴジラの方が着ぐるみ的にもCG的にもクオリティー高いし。

自分の見たい作品を選んでもらいたい。
もちろん自分が選んでコケる時だってあるだろう。だけど、その感想を周りにキチンと伝えてくれ。
「おれ、面白いって感じなかったけど、ヒットしてるからな…」なんて絶対に思うな。
君が面白くなかったよ、と言えば興収に踊らされる波がそこで止まるじゃん。
それに君が面白くなかったと言えば、周りにいる面白いと感じた人達と議論ができるじゃないか。
監督を志す人間が言う事じゃないけど、皆が面白いっていう作品なんて存在するはずないんだ。
だって作り手のセンスが一人一人違うように、観客のセンスだって一人一人違うんだ。

映画に対して受動的であっては行けない。俺たちは完成した映画を見ているけど、評価するという大切な仕事を任されているという事を忘れちゃいけない。
絶対に作り手にはできない大仕事なんだ。

そうやってじっくりと良い作品が残る未来なら、きっと皆の心が豊かになるような作品が残って、未来も明るくなるのでは?


どこにエコ入ってるって?
最後だよ。最後の一文の最後の句読点の後からだよ。

表現するという事。

2008-01-07 23:59:59 | ものすごく広い意味でのエコロジー
今日、学校にいるアーティストと話をした。
日本人はアーティストというと演奏者をイメージしがちだが、表現者というのが正しいと思う。
その人は詩を書いたり、曲を書いたりする人だ。
僕も小説、脚本を書いたり、映画を撮ったりする人だ。
お互い、大げさかもしれないけど、アーティスト。
でもね、普段の生活の中で、「私はアーティストなんて大それた事してないよ」って思う人の方が多いかもしれないけど、だれもが皆アーティストだと思う。
だって、言葉でもいい、身振り手振りでもいい、これは一種の表現だ。
そこに情熱をかけるというのは、生きる上で絶対に必要な事だと思う。

自分はここにいるんだぜ、こう思って生活してるんだぜ、って。
例えばそれが体の不自由とかで、思うように出来なかったとしても、それをやりたいって気持ちが表現、なんだと思う。

さて、話は浜崎あゆみさんの話へ。浜崎さん、普段そんなに聴くアーティストではないですが、昔アルバムを買った事もあります(レンタルショップで出回るようなメジャーアーティストのCDを僕が買うのは、僕自身がその作品の完成度を"かなり"評価している証拠です。たしか浜崎さんのはメモリアルアドレスってアルバムだったかな)

今日のニュースで、左耳が聞こえなくなってしまった、と知りました。
しかし彼女は「私はボーカリストでありたい。だから、残されたこの右耳がいけるところまで、限界まで、歌い続ける」と発言しているそうです。
こういう精神があるからこそ、きっとリスナーに届くんでしょうね。

エイベックスさんも、アーティスト使い捨て主義じゃなくて一人一人のアーティストを大切にしてくださいね。
去年、the pillowsも移籍したんだから。

とりあえずALWAYS~続・三丁目の夕日~見てこい。

2007-12-20 23:10:05 | ものすごく広い意味でのエコロジー
椿三十郎とかミッドナイトイーグルとか、面白いのたくさんやってる年末年始時期の映画館ですが…

とりあえずALWAYS~続・三丁目の夕日~見てこい。

これしか言えんね。しかしながらこのブログで紹介するには皮肉な映画かも知れません。
なぜなら戦争が終わり、全ての人々が希望を持って生活している時代の話。これから高度経済成長が始まる頃の話。
つまり全然エコロジーじゃない頃の話だ。
蒸気機関車は煙をモクモク上げて走っているし、「でっけえビルヂングが建つ」って騒いでるし。
けど描かれている庶民の生活はいたってエコロジーな物。風呂だってナイから銭湯に行くし、テレビゲームもパソコンもないから子供たちは外に遊びにいくし。
もとより話が素晴らしいのよ。正直な話をしてしまえば、前作よりは劣る感はあった。が、よかった。
前回は日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を吉岡さんが貰ってて「主演吉岡さんだったの!?」と思った記憶があるが、今回は正真正銘吉岡さんが主演になっている。
つまり茶川とヒロミと竜之介の話がメインのプロットである。

というかストーリーは良いのよ、映画の話はこれくらいにしよう。エコの話も、さっきチラッと話したので終わり。
僕が話したいのは初日舞台挨拶の話。なんとこの日、堀北真希の男性ファンがスタッフの制止を振り払いステージに乱入しようとした。
しかしなんと吉岡さんと堤真一さんがそのファンを取り押さえ、スタッフに引き渡すという事があったらしい。
素晴らしいエピソードだ。そして異様な空気になってしまった会場を堤真一さんは「今日から「SP」が始まります」と一瞬で笑いに変えたそうだ。

えーっと。だからエコの話は、ね、チラッとしたじゃん。

ゆったりとした休日

2007-11-07 20:33:20 | ものすごく広い意味でのエコロジー
今日の朝、猛烈に眠かった。
(学校サボりてぇ…、今日の授業なんだっけ…
単位を落としそうな科目はないよな。ってか一応そんなにサボる子じゃないから単位落としそうな科目なんて一つもないし。
別にオレ以上にサボってるヤツなんていくらでもいるわけだし、オレがサボった所で誰も気にしやせんよ。
オレの単位なんて広い地球の長い歴史から見ればほんのちっぽけな存在で…)
いやいやいや!ダメだろ!サボっちゃ!!
(いいんじゃねぇの?だってほらもう間に合わないよ)
いや全然間に合うよ!!ってか普段起き上がる時間から三分もすぎてねーし!!
(いや、だってほら………ZZZzzz…)

今日、初めて学校をサボりました。寝過ごして遅刻とかなら何度かあったけど、サボる気でサボったのは初めてです。

もちろん学生として、サボりはとがめられるべき行為ですが、それを後悔してはいけません。
せっかく自分の学習時間と単位を犠牲にして得た休日(?)なんだから有意義に使わなきゃさ。
ゆっくりと風呂に入って(ゆっくり長風呂なんて何ヶ月ぶりだろうか)
静かに飯を食べて、犬と戯れて
そして今から脚本を書く。
日々の生活の美しさを実感。

いいね、ゆったりとした休日。(休日にやるのがベストだけどww)