日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい

思い出になる前に 2

2009-05-02 02:47:00 | 日記


 ゆっくりとバスは坂をあがっていく。

 体は少し後ろに引かれ、窓から入る日差に気づかされ、外を見る。小さな山の上に立つ大学は薄いピンクの花びらで覆い尽くされていた。こんな晴れた日に雪のように積もった花びらが、都会から電車で30分のこの大学を、小説の1ページの中の様に色づける。俺の培った言葉でこの景色をうまく表現できるだろうか。そんなことを考えていたらバスは乗客に左方向の緩やかな作用をもたらし、それに耐えようと反射的に体制を整える。大学のバス停に止まり僕は校舎に向かって歩き出す。
季節は春だった。




「おはよう」

 ここは大学内の中心部にある第六校舎のラウンジ。第六校舎はとても古く、中心にあるとはいえこのラウンジは人がまばらにいるだけ。
 生徒の大半はここから南西にある大公園か北にあるフリースペースという校舎で集まることが多い。でも、僕は友人とこの第六校舎で集まり昼食をとる。第六校舎は古いが改装もされていておもむきがあり僕は気に入っている。

「今日二限こなかったなぁ」
 そういってコッペパンを口に運ぶこいつは真海一人。20歳、身長普通、細身のクールガイ。
「大丈夫か、風邪でも引いたの。」
 物静かだけど、面倒見のいいこいつは辻実(まこと)。20歳、高身長のソフトマッチョ。
そして
「ねぼうだよ…やっちまった…」
 適当に返事を返す僕は、菊池武雄(たけお)。20歳。こんな猛々しい名前からは想像もできない、身長、体重、顔きっとどれも人並み。自分を過大評価できず、かといって劣っているとも考えたくない。そんなだめな大学3年生だ。

 二人は少しため息をつき、その後、少し笑って次の授業へと僕を促した。


 この大学にいるのは、ほとんどが各都、道、府、県の有名進学校の人間だ。きっと誰もがこの大学に入るために、ひたすら勉強して、点数を取ることばかりを考えて、誰にもわかってもらえない痛みをこらえて、ひたすら勉強したんだ。しかし、僕は気づいてしまった。大学の授業はひたすらノートをとり、自分で復習、演習を繰り返す。好きだった数学も大学に入るとほとんど高校数学とはほど遠い抽象議論の塊で、僕らのやっていた受験勉強が何の役にも立たないのだと…。

 きっと多くの大学生がそうであるように、僕たちは何か目的を見失っているんだ。きっとあったはずの何かを。


「今年のゴールデンウィーク何かするか。」
 三人とも彼女はいない。休日は男友達と過ごす、ある意味青春真っ盛り。冷静になって自分を見てはいけない。そう、僕らは少し馬鹿でないといけないんだ。
「何かってなにをだよ。」
「…」
「俺ら三人で…」
「…」
「…」
「女の子と遊びてぇ」
 冷静になっちゃだめだ、僕らは少し馬鹿でないといけない。
 僕は一人の前に立ち全力でこういった
「俺もだ!!」
 冷静になっちゃいけない。
 でも…やっぱり…僕らは彼女がほしかった。

 僕はふと思い立った。
「なぁマコト、お前田中さんを誘えよ!」
「え?」
「…そうか、それはいい!田中さんなら、ほかに女の子つれてきてくれるぞ!」
「いやいや!無理だよ!それに何するの!?」
「そんなもんこれから決めるんだよ!」

 田中翠(みどり)さんは文学部の4年生。実とは同じバイト先で、明るく周りには友達も多い。実は、そんな田中さんに恋心を抱いていた。
 嫌がる実をよそに、僕とカズトの二人は一気にボルテージを上げ、興奮のゴールデンウィークに向けて、計画を立てることにした。


 桜が風に舞い上げられ、紙ふぶきのようにあたりに散らばっていく。まだ先の夏、そして冬。きっとこれから広がっていく記憶に僕は少しの不安に混じるように、期待をはらませた。