Love me tender

29時過ぎに会社を出た。
　もう明るくなり始めているこの微妙な時間帯では、なかなかタクシーはつかまらない。呼べばよかったのだろうがそういう気分でもなく、更に生憎と一人だったので（いつもは連れが居る）、歩いた。

　BGMは久しぶりのD-LOOPのアルバム。
　やっと今日の仕事が終わり、最後にメールやらなにやらのチェックをしていたところ、訃報が目に留まる。元野球選手、現コーチが意識不明のまま亡くなっていたこと。そしてもう一つ。女性ボーカル亡くなっていた、の報。

　その名前には全く見覚えが無くて、誰だろう？とリンクを辿ると、活動休止中のグループ・D-LOOPのボーカル、とあった。

　死因は、メンバーの語るところに拠ると薬の服用法を誤り、云々。痛々しいコメントだった。推して知るべし、なのだが、今年に入ってまもなくだったようだ。私が最後に彼らの曲をカラオケで歌ったのは今年の1月～2月頃。その頃にはもう彼女はこの世の人ではなかったらしい。（そう、今でも思い出した頃に歌う曲が2～3曲入っている。）

　今でも、こうしてカラオケで彼女のラインをなぞっているファンがいるということを彼女は知っていただろうか？時折、iPodでアルバムを流しているファンがいるということを知っていただろうか？そうしてデビューの頃から聴いていたけれど、彼女の芸名を知らないままでいたファンがいたことを、彼女は知っていただろうか？

　歩いているうちに、まぶしすぎるほどの車や街頭のライトは徐々に溶け込んでゆき、空は白ちゃけてきた。この微妙な薄暗さが好きだ。夕暮れを知らぬまま（会社で）夜を迎えることが多く、近頃はこうして朝方の不穏な暗いとも明るいとも云えない時間帯に歩くことのほうが多いかも知れない。

　白っぽくなった空に、やにわにカラスが舞い上がる。彼女が最後に見たものは何だったんだろう、最後に話したのは誰だったんだろう、そんな風に思いながらカラスを見上げて、もう居ない人の声を耳に、歩く。

　家に着いたのは30時。夕べの夕食はおでんだった。ひさしぶりに辛子が鼻につんときた。最後に辛子を、・・・最後におでんを食べたのは、・・・最後に。

　いつものコンビニにはいつものおじさんが入っていた。きっと奥にはいつもの中国人女性がいつものようにお弁当を作り（店内調理の弁当・サンドイッチが売りだ）、揚げ物をセッティングし、いつものように明るく囀っているのだろう。いつもは寄って帰るのだが、今日は素通りで帰った。

　さあ、いつものように遅遅に寝て、昼過ぎには事務所に座っていよう。毎日同じ事を繰り返す、それが生活というもの。少しぐらいずれても、どこかで帳尻をあわせながら。