予約した本を取りに行った。
目についた児童書と、昔読んだホラー長編の上下巻を持ってカウンターへ行く。カウン
ターの向かいに並ぶ検索PCには、生活臭の滲み出た、かろうじて女と判る人物が背を向け
て、懸命にメモを取っている。
目当ての本よりもおまけで借りた本の方が遙かに重い。小さな手提げにそれらを押し込
んでいると、カウンターの向こう、絵本コーナーから子供の喚き声が飛んできた。
おかあさん。こっちにいっぱいあるよ。えほんいっぱいあるよ。おかあさん。おかあさ
ん。おかあさん!!
中年女はぴくりともしない。女の傍らに立っていた小さい男の子が、胡乱気な不安を漂
わせた瞳を向ける。少女の声はなおキイキイと響く。ネズミのようだ。ネズミの声だ。
私より年若い司書はどうするのだろう。昼下がり、他にも利用者は数人いたが静かなも
のだ。静かな空間に、キイキイと仔ネズミの声は響き渡る。
私はかけっぱなしのヘッドホンに意識を集中させながら、ネズミの声を背中で聞きつつ
階段へ足を向ける。子供が騒ぐのは仕方のないことだ。赤ん坊が泣くのも、駄々を捏ねる
のも。それを他人事のように放置する親たちを、許せないだけなのだ。子供に罪はない。
先日張替えたばかりのヒールの踵が階段の縁をとらえる音を聴きながら、私は尚も追い
すがるネズミの声を追いやろうとする。ふいにそれが止んで、代わりに何かを殴打する音
が1フロア下の階段にまで届いた。ばしん、ばしん、ばしん。いっそ悲鳴や怒号、狂気に
満ちた叱責が聞こえたほうが幾らもましなのだが、ただただ殴打の音だけが一定のリズム
をもって続く。
ばしん、ばしん、ばしん。
耳元に流れるのは、短いが美しい曲だ。歌詞のある部分は90秒ほどなので、不評を買い
そうだがそれでも一度はカラオケで歌ってみたいなぁ、と私はぼんやり考えながら階段を
降りる。かつん、かつん、かつん。踵を張替えるのはもう何度めだろう。それほど高価な
靴でもないし修理代もさほど高くはないのだが。
届かない指先へ手を伸ばし、何度もその名を呼ぶ祈りの歌だ。透明感のあるボーカルは
エンドレスで私の耳元に囁き続ける。何度も、何度も、伝えたいの。何度も、何度も。
目についた児童書と、昔読んだホラー長編の上下巻を持ってカウンターへ行く。カウン
ターの向かいに並ぶ検索PCには、生活臭の滲み出た、かろうじて女と判る人物が背を向け
て、懸命にメモを取っている。
目当ての本よりもおまけで借りた本の方が遙かに重い。小さな手提げにそれらを押し込
んでいると、カウンターの向こう、絵本コーナーから子供の喚き声が飛んできた。
おかあさん。こっちにいっぱいあるよ。えほんいっぱいあるよ。おかあさん。おかあさ
ん。おかあさん!!
中年女はぴくりともしない。女の傍らに立っていた小さい男の子が、胡乱気な不安を漂
わせた瞳を向ける。少女の声はなおキイキイと響く。ネズミのようだ。ネズミの声だ。
私より年若い司書はどうするのだろう。昼下がり、他にも利用者は数人いたが静かなも
のだ。静かな空間に、キイキイと仔ネズミの声は響き渡る。
私はかけっぱなしのヘッドホンに意識を集中させながら、ネズミの声を背中で聞きつつ
階段へ足を向ける。子供が騒ぐのは仕方のないことだ。赤ん坊が泣くのも、駄々を捏ねる
のも。それを他人事のように放置する親たちを、許せないだけなのだ。子供に罪はない。
先日張替えたばかりのヒールの踵が階段の縁をとらえる音を聴きながら、私は尚も追い
すがるネズミの声を追いやろうとする。ふいにそれが止んで、代わりに何かを殴打する音
が1フロア下の階段にまで届いた。ばしん、ばしん、ばしん。いっそ悲鳴や怒号、狂気に
満ちた叱責が聞こえたほうが幾らもましなのだが、ただただ殴打の音だけが一定のリズム
をもって続く。
ばしん、ばしん、ばしん。
耳元に流れるのは、短いが美しい曲だ。歌詞のある部分は90秒ほどなので、不評を買い
そうだがそれでも一度はカラオケで歌ってみたいなぁ、と私はぼんやり考えながら階段を
降りる。かつん、かつん、かつん。踵を張替えるのはもう何度めだろう。それほど高価な
靴でもないし修理代もさほど高くはないのだが。
届かない指先へ手を伸ばし、何度もその名を呼ぶ祈りの歌だ。透明感のあるボーカルは
エンドレスで私の耳元に囁き続ける。何度も、何度も、伝えたいの。何度も、何度も。