しろとくまの動物病院ブログ

獣医となって四半世紀。
動物診療を通して見えてきた世相を語る。

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2012-10-02 14:43:45 | 日記
「診察お願いしま~す。」

「はいはい。どなたかな。」

「シーズーの○○はな子ちゃんで~す。」

「うっ!またあのひとか。」

「仕方ないじゃないですか。そんなこと言わず頑張って下さい。はい、カルテ。」

 気楽なものである。○○さんとのやり取りが、どんなに大変なことか恐らく
 わかるまい。とにかく話が堂々巡りでまとまらないのである。いやまとめ
 ようとしないのだ。ころころところがされて遊ばれているような感じになる。
 昔、“ああ言えばじょうゆー”という流行語があったが、まさにあのような
 感じである。そして言葉を間違えたり、言い方がおかしかったりすると、
 突然攻撃性が発動し、しこたまお叱りをうけることになる。
 年齢は推定40前後で独身男性。仕事はかなりインテリな感じの仕事であろう。
 おそらく彼の目的は誰かを叱りたい、制圧したい、ねじ伏せて謝らせたい。
 といったところであろう。かなりのサディストだ。

「こんにちは。今日はどうされましたか。」

「えっ、受付で言いましたけど。カルテに記載されていないんですか。」

「あっ、すみません。え~と、皮膚の状態があまり思わしくないのですね。」

「そんなことじゃ困るんですよ。なんだかいい加減な感じがするな~。」

「それでは、ひとまず皮膚を診させて頂きますね。」

「ひとまずって何ですか。真剣に診てもらえないんですか。」


「すみません。そんなことはありませんから。」

 のっけからこのような感じだ。仕事で普段、パワハラをうけているのか、
 いずれにしても、職場ではとてもいい人で通っていそうだ。
 ストレス社会と言われて久しいが、この手のタイプが増えているような気が
 する。いったいどうしてこんな人が増えてきたのであろうか。
 
 はな子ちゃんは脂漏性皮膚炎である。もともとシーズーはチベット地方に
 いた犬種なので、寒さと乾燥から皮膚を守るために皮脂腺が発達している。
 日本の夏の高温多湿には対応できないのである。暑くなってくると皮脂が
 にじみ出てきて、皮膚がべとつき、そこに細菌と酵母菌が繁殖して皮膚の
 炎症を引き起こす。それを毎年繰り返していると、冬の時期でもなかなか
 治まらないようになってくる。現代は冬でも暖房や加湿が行き届いていて、
 寒さや乾燥がさほどではない部屋に暮らしていることも一因である。
 昭和の時代は石油ストーブだけだった。その上にのったヤカンが加湿器
 だった。平成になりファンヒーターと床暖と加湿器が出現した。ひとに
 とてみるととても快適な空間ではあるが、シーズーにとってみれば待ち
 に待った快適な季節を奪われているのである。
 シーズーの家族であれば、このことくらいは認識しておいてほしいものだ。
 治療は皮脂を落とすために薬浴あるいはシャンプーと細菌、酵母菌を制圧す
 ために抗生剤と抗菌剤の投与である。しばしば、アレルギーやアトピーも
 絡んでくるため、ステロイド剤を加えることもある。
 ただし治療とは言っても、その場をしのぐことでしかない。もちろん
 その場をしのぐことは必須ではあるが、治っている訳ではない。
 対症療法というやつだ。大事なのは根本治療である。
 この根本治療がなかなか大変なのである。最も簡単な根本治療は、チベット
 で暮らすことである。何万年もの間シーズーが住み暮らした故郷である。
 彼らのDNAはチベットの環境に順応し完璧にマッチしているのだ。
 むろんそれは非現実的である。では現実的な根本治療はというと、食事に
 よる体質改善である。体質を変化させるというのではなく正常な状態に
 戻すということだ。なぜなら人も含めて現代の食事が身体に良くないことは、
 癌、アトピー、アレルギー、うつ病、不定愁訴、更年期障害、アルツハイ
 マー、自己免疫疾患、遺伝病、ひきこもり、イライラ病などが年々増加
 していること、低年齢化していることでも明らかである。

 ここで、マクガバンレポートの話をしておこう。
 米国ではニクソン大統領時代、医療費が異常に増加し財政を苦しめていた。
 再選を果たすべくニクソンは、医療費を削減するために多額のお金を使って
 医療の充実を図った。医学の向上で病気をねじ伏せようとしたのだ。
 しかしこれはみごとに失敗した。ねじ伏せるどころか益々病気は増える一方
 であった。次に彼が試みたことは、国内外の科学者達約3000人を集めて、
 病気と病人が増える原因を探らせたのだ。数年の月日をかけ科学者たちが
 出した答えが食事だったのである。知る人ぞ知るマクガバンレポートである。
 その当時の米国の食事は、周知のとおり牛肉が主体である。
 殺虫剤、除草剤、化学肥料などの毒物にまみれた牧草を食べ、ホルモン剤や
 抗生剤をたっぷりと打ち込まれた牛の肉である。
 南米の熱帯雨林が伐採され肥沃な牧草地帯になってしまったのも、牛肉を製造するためだ。
 熱帯雨林消滅進行時期といってもいい。熱帯雨林の伐採を阻止するには
 牛肉を食べる人がいなくなることが最も効果的だ。割り箸の比ではない。
 化学物質がたっぷりと混入された材料を使い、更に防腐剤や着色料、化学調味料といった添加物で
 製造されたレトルトフードを、その当時の米国人は大量に食べていたのである。
 しかも肉食に偏った食事をしていたために、骨や歯がもろくなっていた。
 肉は酸性のタンパク質である。酸とアルカリのバランスを保つためには、体内に蓄えてある
 ミネラルを使って中和しなくてはならない。身体のミネラル貯蔵庫は骨と歯である。
 マクガバンレポートを要約すると、化学物質と肉を中心とした食事では、健康であることはおろか、
 必ず病気になるといっている。
 では何が良いのかというと、化学物質が入っていない穀物、野菜、魚を中心とした食事が
 推奨されている。具体的には元禄時代の日本食が理想とまで記されているのだ。
 米国で日本食が注目され初めたのはこの頃だ。
 その当時の様々な分野の最先端の科学者たちが出したエビデンスである。

 ではドッグフードはどうであろう。肉と化学物質でできているものが
 大半ではないだろうか。もちろんそうでないものもあるはずだが、製造の全
 てをチェックできないので、表示を信じていいものやら。

 ○○さんに対症療法について全てを説明したのち、根本療法の話を
 しようかどうしようか戸惑った。もちろんしないほうが、無難である。
 でもこのはなちゃんのつぶらな瞳をみてしまうと、この子のために頑張ら
 ねばと思うのである。

「シーズーはね、もともと高山地方で暮らしていた犬種なのです。ですから
 日本の気候には・・・・・・・・・・
 ということで、食事のことを少し見直してみませんか。」

「あの、うちはオール電化のマンションで、床暖とエアコンと加湿器で快適な
 冬を過ごしてます。その快適な暮らしのために頑張ってマンションを購入
 したんですよ。わかります。その慎ましやかな幸せを放棄しろと言うんですか。
 食事のこともそうですが、他人の家庭の暮らしぶりには干渉しないで、
 対症療法でもなんでもいいから、この子の皮膚病を治して下さいよ。
 それがあなたたちの仕事でしょ。
 病気のことだけやってくれたらいいんですよ。」

 かなりのモンスターぶりだが、おそらくこの方、ほとんどを理解してるはずだ。
 とにかく絡みたいのだ。心理学的にはこういう行動のことをゲームという。
 ゲームを行う心理的な原因はいくつかあるのだが、メインは依存症である。
 絡む行為と寄りかかる行為が等しいのだ。

「ところであなた普段何を召し上がっていますか。」
 と○○さんに訊ねてみたい所だがそのような事をしようものなら、
 激しいゲームが展開されそうなので、それは止めておくことにする。
 はなちゃんも許してくれるであろう。