千福先生のレクチャーがあると、
毎回楽しみにして視聴しているファンの一人です。
何しろわかりやすい。
「目からうろこ」の視点がたくさん。
今回は精神疾患への漢方というテーマでのレクチャーでした。
▢ 精神症状への基本生薬;
・不安症状→ 桂皮+甘草
・うつ症状→ 人参+甘草
※ 両方を一度に治そうと思うと、
つまり桂皮・人参・甘草が全部入っている方剤では、
うまくいかない、失敗する。
こういう視点で捉えたことはありませんでした。
▢ 精神疾患病名に対応する漢方生薬;
1.パニック発作
2.パニック障害慢性期(不安障害)
3.PTSD
4.めまい、不定愁訴
5.うつ病
→ 1〜4には桂皮+甘草、5には人参+甘草
う〜ん、こんな簡単に論じられるとは・・・。
▢ 古典における奔豚気(奔豚病)の記載;
『金匱要略』という1800年前の中国の書物には、
① 下腹部より始まり、
② 上がって喉をつき、
③ 一度発作が起こると「死ぬのでは?」という気分になる
④ しばらくすると元に戻る
⑤ キッカケは驚きや恐怖
と書いてあり、現代の「パニック発作」に該当する。
人間の性質って、2000年経っても変わらない。
逆に2000年前にこの症状を治療対象としていたことに驚きます。
▢ 浅田宗伯(1815-1894)の『医学智環』の第七課「論奔豚気」より;
・奔豚気には水毒を合併する病態と、気逆を合併するものがある。
(気逆合併例)→ 桂枝加桂枝湯(苓桂朮甘湯+桂枝加竜骨牡蛎湯)
(水毒合併例)→ 苓桂甘棗湯(臍下悸が使用目標)(苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯)
(血邪を合併し腹痛・往来寒熱あり)→ 奔豚湯(苓桂朮甘湯+呉茱萸湯)
・奔豚気には様々な症状が診られるが、所詮、治療はこの三種類に過ぎない。
「所詮、治療はこの三種類に過ぎない」と言い切っているところがすごい。
「めまい+臍上悸→ 苓桂朮甘湯」というセオリーがあるのは知っていますが、
「水毒合併→ 臍下悸」という説明が今ひとつしっくりきません。
臍上悸は気逆所見であり、桂枝が対応すると思ってきました。
浅田宗伯先生の方剤はエキス剤にはないので、
千福先生は以下の組み合わせで類似処方としているそうです。
桂枝加桂枝湯 → 苓桂朮甘湯+桂枝加竜骨牡蛎湯
苓桂甘棗湯 → 苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯(甘草7g)
奔豚湯 → 苓桂朮甘湯+呉茱萸湯
エキス剤を併用する際、
生薬が重なり量が多くなってしまうものがあります。
中でも甘草はたくさんのエキス剤に入っているので要注意。
副作用として「偽アルドステロン症」(低カリウム、むくみ)が知られています。
千福先生は、甘草の副作用を知っても余りある効果を強調されました。
▢ 『増補能毒』でみる「甘草」解説
・・・百薬の毒を消します・・・
・・・生薬間の相性が悪いとき、その不和を解消します・・・
・・・欠点として、寒薬に用いれば寒を緩くし、
熱薬に用いれば熱を緩くします。
エキス剤でも甘草の入っていない方剤は、
薬効の切れを重視しているものとのこと。
なるほど。
上記解説は甘草が少量(2g/日以下)入っているときのもので、
大量(3g/日以上)に入っている場合は話が違う、
との解説もありました。
▢ 大量の甘草を使用する理由(『薬徴』吉益東洞著より)
・甘草の主な薬効は急迫(裏急・急痛・孿急)を治療すること。
・このほかに、厥冷・煩躁・衝逆など、様々な発作的症状を治療する。
※ 裏急:腹の皮の裏でひきつれる→ 胆石・尿路結石・腸炎の疼痛
※ 孿急:筋肉がけいれん状に突っぱる→ こむら返り
※ 厥冷:手足からひどく冷えてくる
※ 煩躁:急に煩わしく、そわそわすること
※ 衝逆:下から上に向け突き上げる状態→ パニック発作
▢ 甘草3g/日以上配合は“suddenly”(千福Dr.の clinical pearls)
(2g/日以下)長沢道寿は「百薬の毒を消す」と和剤効果を説いた。
(3g/日以上)吉益東洞は「発作(急迫)を抑える」目的で使用。
▢ 過呼吸発作には苓桂甘棗湯(苓桂朮甘湯+呉茱萸湯)+駆瘀血マッサージ
※ 駆瘀血マッサージ:過換気の際に、左右の瘀血部位をマッサージすると、瘀血の圧痛が治まり、呼吸苦が緩和する(腹式呼吸ができるようになる)。
この「駆瘀血マッサージ」は自分自身で試したことがあります。
某集会でのレクチャーを担当して緊張した時間を過ごし、
帰宅後おなかが痛いので触るとカチンコチンに緊張していました。
その硬くなっている部位を自分でマッサージしていたら、
だんだん柔らかくなり、体全体が楽になることを経験しました。
▢ パニック障害をエキス剤で治療
(急性期)苓桂甘棗湯(苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯)・・・甘草を大量に
(慢性期)苓桂朮甘湯+桂枝加竜骨牡蛎湯 ・・・桂皮増量、+芍薬、竜骨牡蛎
素朴な疑問ですが、
急性期はすぐに効果が現れるはず、
では慢性期はどれくらいで効果が期待できるのか、教えて欲しかったです。
▢ 慢性期の不安に対応する「桂皮+甘草」のアレンジ&バリエーション
(腹直筋緊張、ピリピリ)→ +芍薬:桂枝加芍薬湯、芍薬甘草湯など
(貧血、冷え症、クヨクヨ)→ +四物湯:連珠飲(苓桂朮甘湯+四物湯)
(臍上悸:イライラ、不眠)→ +竜骨牡蛎:柴胡加竜骨牡蛎湯、(抑肝散)
(胸脇苦満)→ +柴胡:大柴胡湯、小柴胡湯、柴胡桂枝湯
▢ めまい、不定愁訴には連珠飲(苓桂朮甘湯+四物湯)
・本間棗軒が創方
・四物湯にも貧血改善、抗不安作用を増強する働きがある。
・連珠飲は vertigo, dizziness を問わずにめまいに有用
・「婦人の百病を治す」(浅田宗伯)・・・“万病”と言わないところが憎い。
連珠飲、私も起立性調節障害患者さんに処方しています。
▢ PTSDには桂枝加芍薬湯+四物湯(神田橋処方)
・精神科医の間で人気の処方
▢ 二つのエキス剤合方にて強力処方となる組み合わせ
苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯→ (苓桂甘棗湯)パニック発作、過換気発作
苓桂朮甘湯+四物湯→ (連珠飲)めまい、不定愁訴
桂枝加芍薬湯+四物湯→ (神田橋処方)PTSD
▢ 「桂枝+甘草」の桂枝を人参に入れ替えるとどうなる?
苓桂朮甘湯(39):茯苓6.0;桂枝4.0;朮3.0;甘草2.0
四君子湯(75):人参・朮・茯苓各3.0;大棗2.0;甘草・乾生姜各1.5
・この二つのエキス剤は似た構成であり、
39の桂枝を人参に置き換えたのが75と捉えることができる。
・四君子湯は“気虚”(うつ状態+栄養・免疫の低下)を治す基本方剤で、
その中心骨格は「人参+甘草」である。
・四君子湯(75)を強化した方剤が補中益気湯(41)
見事な解説です。
▢ うつ病は気うつではなく気虚
・典型的な depression を寺澤のスコアに入れると「気虚」ではあるが、「気うつ・気滞」ではないことがある。
・漢字の「鬱」に引っ張られないこと。
▢ 「沈脈」は全身倦怠・睡眠不足を意味する
・爪先が圧迫で白色に阻血変化するレベルではじめて脈が触れるのを「沈脈」
・「伏脈」はウルトラ沈脈、強く圧迫してやっと触れるレベル
▢ 気虚を治す参耆剤、基本生薬は人参と黄耆
・人参と黄耆では益気する方法が違う:
(人参)守胃してから気を高める→ 気の input を増加させる
(黄耆)今ある気を巡らせる → 気の putput を減少させる
参耆剤の理解が深まりました。
▢ 人参の適応?と感じる瞬間
・点滴したら元気になりそう
・ちょっと「うつっぽい」
補中益気湯(41)に「抗うつ薬」というイメージはなかったので、新鮮な解説でした。
▢ 消化器症状と疲労倦怠の併存→ 補中益気湯(41)の出番(長沢道寿)
▢ 補中益気湯(41)と柴胡桂枝乾姜湯(11)の使い分け
・柴胡が含まれ、同じように「体力弱」の患者に用いる。
(柴胡桂枝乾姜湯)桂枝配合 → 抗不安
(補中益気湯)人参配合 → 抗うつ
なるほど。
▢ 不眠症の漢方治療(浅田宗伯)
①心下に水毒、このために動悸 → 温胆湯(類似処方:竹筎温胆湯)
②胃部不快、食欲低下、心下痞硬、胸脇苦満→ 甘草瀉心湯(類似処方:半夏瀉心湯)
③血気虚燥、心火高ぶるとき → 酸棗仁湯
※ 帰脾湯は酸棗仁湯を含む。
私のイメージは、
竹筎温胆湯(91)・・・風邪の咳が長引いて夜眠れないとき
半夏瀉心湯(14)・・・胃腸炎(とくに下痢が止まらないとき)や下痢型IBSに
酸棗仁湯(103)・・・不眠症に
だったので、目からうろこが落ちました。
▢ 竹筎温胆湯(91)とはどんな方剤?
・(添付文書)効能は・・・安眠ができないもの。
竹筎温胆湯(91)の薬効は「風邪の咳が長引いたとき」よりも「不眠」だったのですね。
▢ 「不寝」の漢方(『内科秘録』本間棗軒)
1)原因が精神耗散・津液枯渇→ 酸棗仁湯、帰脾湯
2)脈が弦・数にして心尖部の拍動が亢進→ 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)から選択
3)心下痞硬→ 半夏瀉心湯加茯苓
▢ すぐ寝てしまうヒトには帰脾湯(65)
帰脾湯は過眠症にも適応ありと聞いたことがあります。
▢ 小児の寝ぼけ・夢遊病・夢中遊行には柴胡加竜骨牡蛎湯。
これも小児漢方では有名な処方ですね。