漢方好きの小児科医である私は、
小児医療に漢方を役立てられないかと日々探求しています。
そんな中で、あることに気づきました。
いくつかの病態に対して漢方薬を試し、
しかし手応えが今ひとつの時、
よく登場する方剤があるのです。
それは「四物湯」。
“血虚”の基本薬ですね。
逆に言うと、
病気がこじれて長引いたとき、
ヒトは“血虚”状態に陥ると考えることもできます。
例示しますと、
▶ 乳児の肛門周囲膿瘍
→ 急性期は排膿散及湯(122)、回復期は十全大補湯(48)
▶ 乳幼児の反復性中耳炎
→ 十全大補湯(48)
▶ 起立性調節障害
→ 苓桂朮甘湯(39)や半夏白朮天麻湯(37)で反応が悪いとき、
補中益気湯(41)や四物湯(71)を併用
▶ フラッシュッバックに対する神田橋処方
→ 桂枝加芍薬湯+四物湯(71)
等々。
十全大補湯(48)は気血両虚に対する方剤で、
その構成生薬に四物湯を含みます。
四物湯について詳しく知りたくなります。
そんなタイミングで、以下の記事が目に留まり、読んでみました。
う〜ん、四物湯には様々な“顔”があるのですねえ。
一回読んだだけでは頭に入りません…。
何回も繰り返しこの文章を読み砕いて、
頭にたたき込むと、漢方診療が一歩進みそうです。
おやっと思った文章。
精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。
これこれ、以前から不思議に感じていたこと。
心と神と血の関係はこういうことだったのですね。
思いっきり頷きました。
■ 補血の基本方剤:四物湯【前編】 四物湯が持つ4つの“顔”って?
金 兌勝=ハーブ調剤薬局名東店(名古屋市名東区)、薬剤師
(2024/08/26:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);
・・・補血の基本方剤である四物湯は、漢方製剤の中でも最も応用範囲が広い方剤です。以前紹介した四君子湯と、今回紹介する四物湯を覚えておけば、医療用漢方製剤の大半を把握できることになります。・・・
▶ 「血」とは?
古典の記述を見ると、「身体に流れる液体のうち、赤いものが血」とあります。とても大ざっぱな定義です。血は身体の各部位を潤し栄養する作用があり、不足すると乾燥性の疾患が生じます。筋肉も赤い臓器ですので、血による潤いを失うと不具合が起こります。例えば、筋肉の痙攣は血による潤いの不足と考えます。
また、精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。
血は常に流れていないと正常の状態を保てません。滞ると「瘀血(おけつ)」に変質し、様々な疾患を引き起こします。瘀血は、しこりをつくり鋭利な痛みをもたらす他、新血を造れなくなることで、二次的な血虚も併発します。
臨床的には、血が不足すると身体の赤みが薄くなりますので、唇や舌が淡い色になったり、顔が蒼白(そうはく)になったりします。これらの色は、血の状態を診断する手掛かりとなります。
また、精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。
血は常に流れていないと正常の状態を保てません。滞ると「瘀血(おけつ)」に変質し、様々な疾患を引き起こします。瘀血は、しこりをつくり鋭利な痛みをもたらす他、新血を造れなくなることで、二次的な血虚も併発します。
臨床的には、血が不足すると身体の赤みが薄くなりますので、唇や舌が淡い色になったり、顔が蒼白(そうはく)になったりします。これらの色は、血の状態を診断する手掛かりとなります。
▶ 元は活血薬だった四物湯
四物湯の出典は『理傷続断方』(843年)です。ここには総論として、以下の記述があります。
・凡そ損じて大小便通ぜざれば、未だ損薬を服するに便なるべからず……且に四物湯を服すべし
・凡そ跌損し、腸肚中に瘀血あれば、且に散血薬を服すべし。四物湯の類の如し
・凡そ跌損し、腸肚中に瘀血あれば、且に散血薬を服すべし。四物湯の類の如し
損傷によって大小便の不通があれば損薬(補薬)ではなく四物湯を用いなさい、腹中に瘀血があれば四物湯のような散血薬(活血薬)を用いなさいという意味です。つまり、『理傷続断方』では四物湯は補血薬ではなく、血の巡りを良くして瘀血を改善する活血薬として紹介されているのです。大黄を加えると活血作用をより期待できるとも説明されています。
▶ 四物湯の4つの“顔”
漢方方剤には、構成生薬の解釈によって、幾つもの“顔”が存在します。四物湯の構成生薬は、地黄、当帰、芍薬、川芎とそれぞれが主役級ですので、その分、4通りの効能を持ち得ると解釈できます。
地黄と芍薬は冷やす作用を持つので、冷性の生薬を組み合わせたり、当帰と川芎を抑えめに用いたりすると、血に熱が入り込んだ「血熱」の対応薬となります。逆に、当帰と川芎を主に用いたり、温性の生薬を加えたりすると、血が冷えた疾患に対する温血薬として用いることができます。当帰と川芎は活血作用を持つので、瘀血の薬と捉えてもよいでしょう。このように、涼血、温血、活血、加えて補血の4通りの方剤と解釈できます。
ちょっとしたさじ加減や加味によって、用途が多岐にわたるのが四物湯です。『医方集解』(1682年)では、「治一切血虚、……凡血証通宜四物湯」とあります。つまり四物湯は、血虚証のすべて、そして血に関する疾患全般に用いることができると説明されているのです。
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地黄と芍薬は冷やす作用を持つので、冷性の生薬を組み合わせたり、当帰と川芎を抑えめに用いたりすると、血に熱が入り込んだ「血熱」の対応薬となります。逆に、当帰と川芎を主に用いたり、温性の生薬を加えたりすると、血が冷えた疾患に対する温血薬として用いることができます。当帰と川芎は活血作用を持つので、瘀血の薬と捉えてもよいでしょう。このように、涼血、温血、活血、加えて補血の4通りの方剤と解釈できます。
ちょっとしたさじ加減や加味によって、用途が多岐にわたるのが四物湯です。『医方集解』(1682年)では、「治一切血虚、……凡血証通宜四物湯」とあります。つまり四物湯は、血虚証のすべて、そして血に関する疾患全般に用いることができると説明されているのです。
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■ 補血の基本方剤:四物湯【後編】 補血強化、清熱追加…四物湯の展開は様々
(2024/08/27:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);
▶ 四物湯の展開は主に3つ
四物湯の展開としては、主に「補血作用を強化」「血熱に対応」「湿邪と陰虚の両方に対応」の3つがあります。
▶ 補血に要点を置いた展開
補気薬の四君子湯と合方した展開です(図1)。四君子湯が補気、四物湯が補血に働くので、気虚と血虚が混在した疾患に用いると解釈できます。一方、補血のためには胃腸がしっかり働かなければなりませんから、四君子湯はあくまでも補助であるとの解釈もできますので、四物湯合四君子湯(八珍湯)は、シンプルに補血薬とも捉えられます。食欲不振などの脾気虚の症状を伴っていれば八珍湯がぴったりなのですが、そうでなくても、補血薬として使えます。
さらに、補気を強める意味で黄耆と桂皮を加えると十全大補湯になります。補血は睡眠を安定させる働きがあり、この働きを強める目的で、十全大補湯へさらに安神作用のある遠志(おんし)などを加えると人参養栄湯となります。
▶ 補血に要点を置いた展開
補気薬の四君子湯と合方した展開です(図1)。四君子湯が補気、四物湯が補血に働くので、気虚と血虚が混在した疾患に用いると解釈できます。一方、補血のためには胃腸がしっかり働かなければなりませんから、四君子湯はあくまでも補助であるとの解釈もできますので、四物湯合四君子湯(八珍湯)は、シンプルに補血薬とも捉えられます。食欲不振などの脾気虚の症状を伴っていれば八珍湯がぴったりなのですが、そうでなくても、補血薬として使えます。
さらに、補気を強める意味で黄耆と桂皮を加えると十全大補湯になります。補血は睡眠を安定させる働きがあり、この働きを強める目的で、十全大補湯へさらに安神作用のある遠志(おんし)などを加えると人参養栄湯となります。
図1 補血に要点を置いた展開
▶ 血熱に対応した展開
血は、「陰」と「陽」のうち陰に属します。陰は潤し熱を冷ます働きを持つもののことです。熱症状がひどい場合、熱によって血が消耗しますので、清熱の基本方剤である黄連解毒湯に補血の四物湯を合方するのが合理的です(図2)。この四物湯合黄連解毒湯は、温清飲とも呼ばれます。熱がひどくて血虚を併発してる場合は様々な疾患で見られます。
温清飲に去風薬(かゆみを引き起こす「風」を取り除く薬)を加えた展開もあり、皮膚疾患に広く用いられます。柴胡清肝湯、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、竜胆瀉肝湯などがこれに当たります。
なお、四物湯に去風薬を直接加えた展開もあります。熄風薬、つまり内風を鎮める生薬を加えると七物降下湯や当帰飲子となります。また、皮膚疾患を考慮して去風薬を足したものが消風散、寒湿による腰痛や関節痛を考慮したものが五積散です。
血は、「陰」と「陽」のうち陰に属します。陰は潤し熱を冷ます働きを持つもののことです。熱症状がひどい場合、熱によって血が消耗しますので、清熱の基本方剤である黄連解毒湯に補血の四物湯を合方するのが合理的です(図2)。この四物湯合黄連解毒湯は、温清飲とも呼ばれます。熱がひどくて血虚を併発してる場合は様々な疾患で見られます。
温清飲に去風薬(かゆみを引き起こす「風」を取り除く薬)を加えた展開もあり、皮膚疾患に広く用いられます。柴胡清肝湯、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、竜胆瀉肝湯などがこれに当たります。
なお、四物湯に去風薬を直接加えた展開もあります。熄風薬、つまり内風を鎮める生薬を加えると七物降下湯や当帰飲子となります。また、皮膚疾患を考慮して去風薬を足したものが消風散、寒湿による腰痛や関節痛を考慮したものが五積散です。
図2 血熱に対応した展開
▶ 湿邪と陰虚の両方に対応した展開
補血薬には潤す作用を期待しますが、血虚がありながらむくみを伴う疾患も多々あります。こうした場合には、当帰芍薬散や猪苓湯合四物湯など、四物湯に去湿薬をプラスした方剤を用います(図3)。
補血薬には潤す作用を期待しますが、血虚がありながらむくみを伴う疾患も多々あります。こうした場合には、当帰芍薬散や猪苓湯合四物湯など、四物湯に去湿薬をプラスした方剤を用います(図3)。
図3 湿邪と陰虚の両方に対応した展開
この他の展開として、止血作用を持つ艾葉(がいよう)と阿膠(あきょう)を加えた芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)があります。芎帰膠艾湯は安胎作用も持つため、婦人・妊婦の性器出血に使えます。婦人に限らず男性の外傷性の出血にも用いることができます。実は、歴史的にみると芎帰膠艾湯の方が四物湯よりも古いため、芎帰膠艾湯から甘草、艾葉、阿膠を取り除いたものが四物湯であると言えます。
前編で述べた通り、四物湯は活血薬とみなせますが、さらに活血薬を足した展開もあり、温経湯、芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、疎経活血湯などへ派生していきます。
全体をまとめると、四物湯から派生する方剤の相関図は以下のようになります(図4)。
前編で述べた通り、四物湯は活血薬とみなせますが、さらに活血薬を足した展開もあり、温経湯、芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、疎経活血湯などへ派生していきます。
全体をまとめると、四物湯から派生する方剤の相関図は以下のようになります(図4)。
図4 四物湯から派生する方剤