漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

最後の切り札、「+四物湯」

2024年08月29日 08時39分55秒 | 漢方
漢方好きの小児科医である私は、
小児医療に漢方を役立てられないかと日々探求しています。

そんな中で、あることに気づきました。
いくつかの病態に対して漢方薬を試し、
しかし手応えが今ひとつの時、
よく登場する方剤があるのです。

それは「四物湯」。
“血虚”の基本薬ですね。

逆に言うと、
病気がこじれて長引いたとき、
ヒトは“血虚”状態に陥ると考えることもできます。

例示しますと、

▶ 乳児の肛門周囲膿瘍
 → 急性期は排膿散及湯(122)、回復期は十全大補湯(48)

▶ 乳幼児の反復性中耳炎
 → 十全大補湯(48)

▶ 起立性調節障害
 → 苓桂朮甘湯(39)や半夏白朮天麻湯(37)で反応が悪いとき、
 補中益気湯(41)や四物湯(71)を併用

▶ フラッシュッバックに対する神田橋処方
 → 桂枝加芍薬湯+四物湯(71)

等々。
十全大補湯(48)は気血両虚に対する方剤で、
その構成生薬に四物湯を含みます。

四物湯について詳しく知りたくなります。
そんなタイミングで、以下の記事が目に留まり、読んでみました。

う〜ん、四物湯には様々な“顔”があるのですねえ。
一回読んだだけでは頭に入りません…。
何回も繰り返しこの文章を読み砕いて、
頭にたたき込むと、漢方診療が一歩進みそうです。

おやっと思った文章。

精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。

これこれ、以前から不思議に感じていたこと。
心と神と血の関係はこういうことだったのですね。
思いっきり頷きました。

■ 補血の基本方剤:四物湯【前編】 四物湯が持つ4つの“顔”って?
金 兌勝=ハーブ調剤薬局名東店(名古屋市名東区)、薬剤師
2024/08/26:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);

・・・補血の基本方剤である四物湯は、漢方製剤の中でも最も応用範囲が広い方剤です。以前紹介した四君子湯と、今回紹介する四物湯を覚えておけば、医療用漢方製剤の大半を把握できることになります。・・・

▶ 「血」とは?
 古典の記述を見ると、「身体に流れる液体のうち、赤いものが血」とあります。とても大ざっぱな定義です。血は身体の各部位を潤し栄養する作用があり、不足すると乾燥性の疾患が生じます。筋肉も赤い臓器ですので、血による潤いを失うと不具合が起こります。例えば、筋肉の痙攣は血による潤いの不足と考えます。
 また、精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。
 血は常に流れていないと正常の状態を保てません。滞ると「瘀血(おけつ)」に変質し、様々な疾患を引き起こします。瘀血は、しこりをつくり鋭利な痛みをもたらす他、新血を造れなくなることで、二次的な血虚も併発します。
 臨床的には、血が不足すると身体の赤みが薄くなりますので、唇や舌が淡い色になったり、顔が蒼白(そうはく)になったりします。これらの色は、血の状態を診断する手掛かりとなります。

▶ 元は活血薬だった四物湯
 四物湯の出典は『理傷続断方』(843年)です。ここには総論として、以下の記述があります。
・凡そ損じて大小便通ぜざれば、未だ損薬を服するに便なるべからず……且に四物湯を服すべし
・凡そ跌損し、腸肚中に瘀血あれば、且に散血薬を服すべし。四物湯の類の如し
 損傷によって大小便の不通があれば損薬(補薬)ではなく四物湯を用いなさい、腹中に瘀血があれば四物湯のような散血薬(活血薬)を用いなさいという意味です。つまり、『理傷続断方』では四物湯は補血薬ではなく、血の巡りを良くして瘀血を改善する活血薬として紹介されているのです。大黄を加えると活血作用をより期待できるとも説明されています。

▶ 四物湯の4つの“顔”
 漢方方剤には、構成生薬の解釈によって、幾つもの“顔”が存在します。四物湯の構成生薬は、地黄、当帰、芍薬、川芎とそれぞれが主役級ですので、その分、4通りの効能を持ち得ると解釈できます。
 地黄と芍薬は冷やす作用を持つので、冷性の生薬を組み合わせたり、当帰と川芎を抑えめに用いたりすると、血に熱が入り込んだ「血熱」の対応薬となります。逆に、当帰と川芎を主に用いたり、温性の生薬を加えたりすると、血が冷えた疾患に対する温血薬として用いることができます。当帰と川芎は活血作用を持つので、瘀血の薬と捉えてもよいでしょう。このように、涼血、温血、活血、加えて補血の4通りの方剤と解釈できます。
 ちょっとしたさじ加減や加味によって、用途が多岐にわたるのが四物湯です。『医方集解』(1682年)では、「治一切血虚、……凡血証通宜四物湯」とあります。つまり四物湯は、血虚証のすべて、そして血に関する疾患全般に用いることができると説明されているのです。
・・・

■ 補血の基本方剤:四物湯【後編】 補血強化、清熱追加…四物湯の展開は様々
2024/08/27:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ 四物湯の展開は主に3つ
 四物湯の展開としては、主に「補血作用を強化」「血熱に対応」「湿邪と陰虚の両方に対応」の3つがあります。

▶ 補血に要点を置いた展開
 補気薬の四君子湯と合方した展開です(図1)。四君子湯が補気、四物湯が補血に働くので、気虚と血虚が混在した疾患に用いると解釈できます。一方、補血のためには胃腸がしっかり働かなければなりませんから、四君子湯はあくまでも補助であるとの解釈もできますので、四物湯合四君子湯(八珍湯)は、シンプルに補血薬とも捉えられます。食欲不振などの脾気虚の症状を伴っていれば八珍湯がぴったりなのですが、そうでなくても、補血薬として使えます。
 さらに、補気を強める意味で黄耆と桂皮を加えると十全大補湯になります。補血は睡眠を安定させる働きがあり、この働きを強める目的で、十全大補湯へさらに安神作用のある遠志(おんし)などを加えると人参養栄湯となります。

図1 補血に要点を置いた展開


▶ 血熱に対応した展開
 血は、「陰」と「陽」のうち陰に属します。陰は潤し熱を冷ます働きを持つもののことです。熱症状がひどい場合、熱によって血が消耗しますので、清熱の基本方剤である黄連解毒湯に補血の四物湯を合方するのが合理的です(図2)。この四物湯合黄連解毒湯は、温清飲とも呼ばれます。熱がひどくて血虚を併発してる場合は様々な疾患で見られます。
 温清飲に去風薬(かゆみを引き起こす「風」を取り除く薬)を加えた展開もあり、皮膚疾患に広く用いられます柴胡清肝湯荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、竜胆瀉肝湯などがこれに当たります。
 なお、四物湯に去風薬を直接加えた展開もあります。熄風薬、つまり内風を鎮める生薬を加えると七物降下湯当帰飲子となります。また、皮膚疾患を考慮して去風薬を足したものが消風散、寒湿による腰痛や関節痛を考慮したものが五積散です。

図2 血熱に対応した展開


▶ 湿邪と陰虚の両方に対応した展開
 補血薬には潤す作用を期待しますが、血虚がありながらむくみを伴う疾患も多々あります。こうした場合には、当帰芍薬散猪苓湯合四物湯など、四物湯に去湿薬をプラスした方剤を用います(図3)。

図3 湿邪と陰虚の両方に対応した展開


 この他の展開として、止血作用を持つ艾葉(がいよう)と阿膠(あきょう)を加えた芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)があります。芎帰膠艾湯は安胎作用も持つため、婦人・妊婦の性器出血に使えます。婦人に限らず男性の外傷性の出血にも用いることができます。実は、歴史的にみると芎帰膠艾湯の方が四物湯よりも古いため、芎帰膠艾湯から甘草、艾葉、阿膠を取り除いたものが四物湯であると言えます。
 前編で述べた通り、四物湯は活血薬とみなせますが、さらに活血薬を足した展開もあり、温経湯芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、疎経活血湯などへ派生していきます。
 全体をまとめると、四物湯から派生する方剤の相関図は以下のようになります(図4)。

図4 四物湯から派生する方剤





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大柴胡湯はなぜ発達症(ASD、ADHD)に有効なのか。

2024年08月10日 06時37分44秒 | 漢方
私は漢方薬を取り入れて診療している小児科医です。
希望する方には処方してきました。

有名な抑肝散や甘麦大棗湯を中心に処方していましたが、
効果は今ひとつなので行き詰まりを感じてきました。

子どものこころの問題に漢方、というテーマの講演を複数聴講し、
そこで共通して提案されているのが大柴胡湯であることに気づき、
処方するに至りました。
おもにイライラや癇癪がターゲットとし、十分な手応えを感じています。

大柴胡湯がなぜ発達症に有効なのでしょう。

ちょうど私の疑問に答えてくれそうな記事を見つけましたので、
知識の整理がてら紹介します。

古典である『傷寒論』『金匱要略』の条文を読んでもピンときませんが、
『類聚方広義』(尾台榕堂著)の記載「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する」
「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく・・・心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合・・・大柴胡湯を長期服用するのがよい。」
はうなづけました。
私の印象は、強いストレスでからだの緊張が続き、体幹全体がこわばっている状態をやわらげる、というものです。
発達症の子どもたちは、本人の意志にかかわらず身体が勝手に動いて(多動)叱られ続けるので、常に緊張を強いられています。子どもたちが大きくなったときに幼児期を振り返って「だって身体が勝手に動いたんだもん」とつぶやくことが知られています。周りも困っていますが、本人が一番困っていたのです。
柴胡剤の親分肌である大柴胡湯はその過度の緊張状態をやわらげてくれるのでしょう。

<ポイント>
・大柴胡湯はその長い来歴のなかでさまざまな変遷を辿っており、出典の書物、さらには同じ『傷寒論』であっても収載されている篇によって、その組成や適応の位置づけに立場の相違がある。添付文書の効能又は効果には、実に多彩な病態への適応が書かれており、その適応となる病態が判然としない。
・大柴胡湯には大黄入りと、大黄なしの2つのバージョンがあり、出典の書籍によって異なりがある。
・大柴胡湯は承気湯類と同じく広く下法の適応の病態に応用される処方であったのが、後に小柴胡湯類似の病態で下法の適応の場合に特化された使用法に変遷してきた可能性が高い。
・大柴胡湯と対になる小柴胡湯は、肝・胆の気滞と熱に応用されてきた歴史があり、大柴胡湯は小柴胡湯の類似病態で下法の適応(胃の熱の病態)があると理解できる。
・『類聚方広義』(尾台榕堂・1856年)「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する」
「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく、便通が2~3日、或いは4~5日に1行で、心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合、俗称では疝積留飲痛という。この処方(大柴胡湯)を長期服用するのがよい。」
・『類聚方広義』の症例でも抑うつに対する大柴胡湯の治療経験が載せられている。また、『古方便覧』の症例で煩躁し仰臥できない症例が載せられている。こうした精神の興奮に対して大柴胡湯は効果を示す。


■ 漢方薬の添付文書 効能・効果にはワケがある「大柴胡湯」
加島 雅之:熊本赤十字病院 総合内科 部長
2024.8.7:漢方スクエア)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 大柴胡湯は、添付文書の効能又は効果には、実に多彩な病態への適応が書かれており、その適応となる病態が判然としない。また、下剤としての意味付けが大きいように感じられるが、医療用漢方製剤には大柴胡湯の組成のうち、最も瀉下活性を持つ大黄が含まれていない大柴胡湯去大黄があるなど、この処方の来歴にはさまざまな紆余曲折があったことが伺われる。ここでは、古典の記載から大柴胡湯の適応となる病態の特徴を紐解いてみたい。
【効能又は効果】
 比較的体力のある人で、便秘がちで、上腹部が張って苦しく、耳鳴り、肩こりなど伴うものの次の諸症:胆石症、胆のう炎、黄疸、肝機能障害、高血圧症、脳溢血、じんましん、胃酸過多症、急性胃腸カタル、悪心、嘔吐、食欲不振、痔疾、糖尿病、ノイローゼ、不眠症
【出典】
傷寒論』(張仲景・3世紀初頭頃)
条文1(意訳)
「太陽病で、十数日経過して、反って2~3回下痢をさせ、4~5日経って、柴胡を使用する適応病態がある場合は、まず小柴胡湯を与える。吐き気が止まらず、心窩部が切迫して、鬱々としてわずかに胸苦しい場合は、まだ解決できていない。大柴胡湯を与えて下痢させれば良くなる。
大柴胡湯 柴胡113.6g 黄芩42.6g 芍薬42.6g 半夏113.6g洗ったもの 生姜71g切ったもの 枳実4個炙ったもの 大棗12個ちぎったもの
右7種類の生薬を水2,400mLで煮て、1,200mLまで煮詰めて、滓を除き再度煎じる。温かい状態で200mLを服用する。1日3回。ある処方では、大黄28.4gを加えている。もし、(大黄を)加えない場合は、大柴胡湯としての効果を持たないおそれがある」
条文2(意訳)
「傷寒で十数日、熱が体内に結びついている。再度、悪寒と熱感を繰り返す場合は、大柴胡湯を与える。ただ、胸に結びついて大熱がない場合は、水が胸脇に結びついている。ただ、頭にわずかな汗が出る場合は、大陥胸湯が治療する」
条文3(意訳)
「傷寒で発熱し、汗が出て解決せず、胸の中央部が痞えて堅く、嘔吐・下痢する場合は、大柴胡湯が治療する」
条文4(意訳)
「陽明病で、発熱し、大量発汗する場合は、急いで下痢をさせる。大柴胡湯がよい」
条文5(意訳)
「少陰病で、水様の下痢が出ていて、その色が青黒く、心窩部が必ず痛んで、口が乾燥している場合は、下痢をさせるべきである。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文6(意訳)
「腹部がはって痛む場合は、実の病態である。下痢させるべきである。大承気湯、大柴胡湯がよい」
条文7(意訳)
「腹がはって減らない場合、減るとは不足を指している。下痢させるべきである。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文8(意訳)
「傷寒の後で沈脈である。沈脈は、体内が実の病態である。下痢させれば解決する。大柴胡湯がよい」
条文9(意訳)
「傷寒で6~7日目で、視界がはっきりせず、瞳が調和していない、表証・裏証もなく、大便が出にくく、微熱がある場合は、実の病態である。急いで下痢をさせる。大承気湯、大柴胡湯がよい」
条文10(意訳)
「太陽病が、いまだ解決せず、関前後の脈がどちらも停の状態である場合、必ず先に戦慄して汗が出て解決する。ただ、関後脈が微脈の場合は、下痢をさせると解決する。大柴胡湯がよい」
条文11(意訳)
「汗が出てうわごとをいう場合は、胃の中に燥屎がある。これは風の病態である。下痢させるべきである場合は、経絡の伝変が過ぎていれば下痢させてよい。下痢させるのが早すぎると、必ず錯乱した言葉をしゃべる。体表が虚して体内が実しているためである。下痢をさせると治癒する。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文12(意訳)
「胸苦しい熱があり、汗が出て解決する。またマラリアのような熱型で、夕方に発熱する場合は、陽明に属している。実脈である場合は、下痢させてよい。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文13(意訳)
「表証も裏証もなくて、発熱7~8日目では、脈が浮数であっても、下痢させてよい。大柴胡湯がよい」

金匱要略』(張仲景ら・3世紀初頭頃)
条文14(意訳)
「心窩部を押さえてはって痛む場合は、実の病態である。下痢させるべきである。大柴胡湯がよい。
大柴胡湯 柴胡113.6g 黄芩42.6g 芍薬42.6g 半夏113.6g洗ったもの 枳実4個炙ったもの 大黄28.4g 大棗12個 生姜71g
右8種類の生薬を水2,400mLで煮て、1,200mLまで煮詰めて、滓を除き再度煎じる。温かい状態で200mLを服用する。1日3回」

【処方の由来と基本的理解】
 大柴胡湯は、3世紀初頭に急性発熱性疾患の治療マニュアルとして張仲景によって原型がつくられたとされる『傷寒論』および、同じく張仲景の医学の内容をもとにその原型がつくられたとされる『金匱要略』を出典とする処方である。大柴胡湯はその長い来歴のなかでさまざまな変遷を辿っており、出典の書物、さらには同じ『傷寒論』であっても収載されている篇によって、その組成や適応の位置づけに立場の相違がある
 まず、その組成について見てみたい。大柴胡湯には大黄入りと、大黄なしの2つのバージョンがあり、出典の書籍によって異なりがある。医療用漢方製剤の大柴胡湯には、大黄が含有されているが、条文1にあるように『傷寒論』では、大黄が含まれない大柴胡湯が記載されており、伝来のある本に、大黄が加えられた処方があることが伝えられている。また、大黄が入らない処方では大柴胡湯としての効果を十分に発揮できない恐れがあるとの指摘がある。一方、条文13の『金匱要略』の大柴胡湯には大黄が入っている。『傷寒論』・『金匱要略』はいずれも宋政府の校正出版事業を経て現在に伝わっているが、同じく宋政府の校正出版事業の過程を経た『傷寒論』の異本である『金匱玉函経』には大黄が入っており、現在の医療用漢方製剤の大柴胡湯は、『金匱要略』・『金匱玉函経』と同じ立場に立っている。
 次に大柴胡湯の適応の位置づけについて見てみたい。『傷寒論』のなかでも、一般に本篇と考えられている弁太陽病脈証并治上第五~弁厥陰病脈証治第十二までのいわゆる、“三陰三陽篇”と、治療法の適応と禁忌で三陰三陽篇とほぼ同じ条文が編集されている弁不可発汗病脈証并治第十五~弁発汗吐下後病脈証并治第二十二のいわゆる、“可不可篇”では大柴胡湯の位置づけが大きく異なる。条文1~3は小柴胡湯(小柴胡湯の回参照)と類似の病態で下痢をさせる治療である下法の適応がある場合に限った内容となっており、可不可篇にもほぼ同文が収載されている。一方、可不可篇を見てみると条文4は三陰三陽篇では大承気湯(大承気湯の回参照)の適応となっており、条文5・6・7・9・11・12では大承気湯(大承気湯の回参照)・大柴胡湯の両方が適応として記載されているのに対して三陰三陽篇では大承気湯のみの適応とされ、条文10は三陰三陽篇では調胃承気湯(調胃承気湯の回参照)の適応となっている。このように、三陰三陽篇では大柴胡湯は特殊な病態のみに使用する処方であったのに対し、可不可篇では下法の代表的処方として位置付けられていたことがわかる。
 『金匱玉函経』三陰三陽篇の大柴胡湯の条文は『傷寒論』三陰三陽篇とほぼ同じである。『金匱玉函経』の可不可篇では、条文4は承気湯、大柴胡湯と大承気湯の両方の処方が適応となっている条文5・6・7・9・11・12に相当する部分では、大承気湯は単に“承気湯[注8]”、条文10も承気湯となっている。さらには『傷寒論』では可不可篇・三陰三陽篇ともに大承気湯の適応となっている条文15も大柴胡湯と承気湯の適応とされ、『傷寒論』には存在しない大柴胡湯適応の条文16が存在する。

傷寒論』(張仲景・3世紀初頭頃)条文15
(意訳)「発病して2~3日目で、脈が弱く、太陽の小柴胡湯類の適応病態がなく、煩躁して、心窩部が堅くなる。(発病の)4~5日目になったら、食事ができても、小承気湯を、少しずつ与えてわずかに(胃気を)調和させて、小康状態にする。(発病の)6日目になって、承気湯を200mL与える。もし大便が6~7日出ておらず、尿量も少ない場合は、食事が入らなくても、(大便の)出始めは堅いが、後のほうは必ず泥状である場合は、まだしっかり堅くなっていない。これを攻下すれば、必ず泥状の便になる。利尿するべきで、そうすれば大便は堅くなる。そのうえで、激しく下痢させるべきである。大承気湯がよい」

『金匱玉函経』(張仲景・3世紀初頭頃)条文16
(意訳)「発汗した後で反って煩躁しており、体表の病態がない場合は、大柴胡湯がよい」

 張仲景の医学を編纂し『傷寒論』の原型となる書物をつくったとされる王叔和の著作である『脈経[注9]』(270年頃)には、三陰三陽篇に相当する篇はなく、代わりに可不可篇に相当する篇が存在している。このなかでは、大柴胡湯は『傷寒論』の可不可篇とほぼ同じ内容となっている。さらに、承気湯類には、調胃承気湯はなく、大承気湯と小承気湯(大承気湯の回参照)の名前は出てくるが、大柴胡湯と大承気湯の両方の処方が適応となっている条文5・6・7・9・11・12に相当する部分では、大承気湯は単に承気湯という記載になっている。
 以上のように大柴胡湯の適応条文を見ていくと、『傷寒論』三陰三陽篇と『金匱玉函経』三陰三陽篇は同系統、『傷寒論』可不可篇は『脈経』と同系統にあり、『金匱玉函経』可不可篇は、『脈経』と同じかそれ以上に大柴胡湯を広く応用する立場となっている。『脈経』の記載は、承気湯の区別が明確ではない、大柴胡湯と承気湯類の適応の厳密な区分がないなどの特徴があり、これらのことより『脈経』はより原始的な内容を伝えている可能性がある。
 このように、大柴胡湯は承気湯類と同じく広く下法の適応の病態に応用される処方であったのが、後に小柴胡湯類似の病態で下法の適応の場合に特化された使用法に変遷してきた可能性が高い

比較的体力のある人で、便秘がちで、上腹部が張って苦しい
 発病因子である邪気を除く治療法である瀉法のなかでも、特に強力な下法に耐えられる体力があり、下法の適応であるため便秘傾向があり、出典のなかでも繰り返し指摘されている心窩部のはり・不快感を反映している記載だと考えられる。
悪心、嘔吐
 条文1に嘔気・嘔吐があり、これら一連の消化器症状に対して効果があることを反映している。
急性胃腸カタル
 急性胃腸カタルは、嘔吐・水様下痢を伴う急性胃腸炎を指している。条文3・5に嘔吐・下痢に対して効果があることが述べられており、これらを反映している。
耳鳴り、肩こり
 耳鳴りや肩こりは、足厥陰肝経・足少陽胆経の異常で出現しやすい症状である。大柴胡湯と対になる小柴胡湯は、肝・胆の気滞と熱に応用されてきた歴史があり、大柴胡湯は小柴胡湯の類似病態で下法の適応(胃の熱の病態)があると理解できるため、それらを反映した症状だと考えられる。こうした経絡理論を用いない古方派の尾台榕堂(1799-1871年)の治験でも、耳鳴り、肩こりが大柴胡湯の適応患者に合併することが指摘されている。

類聚方広義』(尾台榕堂・1856年)
(意訳)「麻疹などの丘疹を伴う疾病で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、嘔吐と腹部膨満があり、沈脈である場合を治療する」
(意訳)「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する。鉄粉を加えると素晴らしい効果がある」
(意訳)「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく、便通が2~3日、或いは4~5日に1行で、心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合、俗称では疝積留飲痛という。この処方(大柴胡湯)を長期服用するのがよい。5~10日の間隔で大陥胸湯・十棗湯などで激しく下痢をさせる」
(意訳)「梅毒で長く経過し、頭痛、耳鳴り、目のかすみ、或いは赤く血管が浮き出て痛み、胸部から側胸部ではったような不快感があり、腹部の筋肉が緊張している場合を治療する。時によって紫円・梅肉散などで激しく下痢をさせる。大便が乾燥して堅い場合は芒硝を加えるとよい」
胆石症、胆のう炎、黄疸
 出典でも繰り返し指摘されている季肋部から心窩部の痛み、腹部の圧痛、発熱がある病態の一つとして、胆石症、胆囊炎が考えられる。江戸時代の古方派の処方解説集である『古方便覧』でも、大酒家で腹痛・黄疸の症状を呈する症例に大柴胡湯が使用されている。また、『方読便覧』に引用される江戸時代後期の名医、荻野元凱の説として、黄疸に大柴胡湯が有効であることが指摘されている。

古方便覧』(六角重任・1782年)
(意訳)
〇四十数歳のある男性、突然の意識障害で倒れ、意識が回復した後で半身不随があり呂律難となって、うまくしゃべれずさまざまな医師が治療したが効果がなかった。私が診察すると季肋部が堅くはり腹部がはって、腹直筋が強く緊張している、腹部を押すと四肢を動かすほどであった。このためこの処方(大柴胡湯)をつくって飲ませると、12~3日で体が大体よく動くようになった。また、時々紫円で激しく下痢させて20日ほどでまったく良くなった。
〇五十数歳のある大酒家が長く左側腹部が堅くはりそのはっている大きさが御盆程度で、腹部の皮膚や筋肉が緊張し痙攣して痛むことがしばしばあり、胸苦しく熱がり、呼吸が荒くなって仰臥位をとれず、顔色は萎縮した黄色となって体がやせ衰えた。丙申の歳の春に押し寄せるような激しい熱が出て火など焼かれているように感じて、症状が五十数日経過した。私はこの処方(大柴胡湯)をつくって飲ませておよそ、五十数日分するとその熱は軽快し、また、時々紫円で激しく下痢をさせた。患者は信じて前の処方を1年ほど服用すると、長年の症状はすっかり良くなって全治した。
〇34、5歳のある女性が、発熱性疾患に罹患して18~9日経過してうわ言を言って胸苦しくじっとしておれず、熱が下がらず飲食できなくなった。さまざまな医師は致死的だと言った。私が診察すると、季肋部がはって腹部も膨満し腹直筋も緊張していた。この処方(大柴胡湯)を処方して6~7日すると腹部の膨満が消失して食事がとれるようになり、合計で20日程度で全治した。

方読便覧』(浅田宗伯・1876年)「台州曰く、黄疸は肝気脾に克つなり、大柴胡湯に宜しと」

肝機能障害
 肝機能障害は検査所見であり、当然古典のなかでは取り上げられていない。一方、肝炎などで肝腫大を来した場合に季肋部の圧痛が生じることや、黄疸などが認められることもあり、大柴胡湯の適応の一部であることが考えられる。
ノイローゼ、不眠症、食欲不振
 『類聚方広義』の症例でも抑うつに対する大柴胡湯の治療経験が載せられている。また、『古方便覧』の症例で煩躁し仰臥できない症例が載せられている。こうした精神の興奮に対して大柴胡湯は効果を示す。また、食欲不振に対しても消化器症状の改善および精神症状の改善から効果を示すものと考えられる。
脳溢血
 『古方便覧』に40代の脳出血と思われる病状の症例の記載があり、こうした病態への大柴胡湯の適応が伺われる。
高血圧症、糖尿病
 高血圧・糖尿病は西洋医学的概念であり、当然古典にはこうした記載はない。高血圧で認められる赤ら顔などは肝胆の熱の病態で認められやすく、また糖尿病の口渇や肥満も肝や胃の熱の病態で生じやすいものであり、そうした病態から増悪している高血圧・糖尿病に対しての効果が期待できるものと考えられる。
胃酸過多症
 胃の熱の病態では上腹部の不快感、灼熱感などが生じる。『類聚方広義』の症例でも、大柴胡湯の適応では吞酸感、胸やけの症状の合併が指摘されている。
じんましん
 直接的な蕁麻疹に対する大柴胡湯の適応を示した古典は発見できなかったが、『類聚方広義』にも“麻疹”など発疹性疾患に対する大柴胡湯の適応が示されている。
痔疾
 医療用漢方製剤の選択およびその適応の選定にも大きくかかわった昭和期の漢方の巨匠である大塚敬節の師であり、大正~昭和の初期に活躍した古方派の湯本求真は、大柴胡湯を痔などに応用していた。伝統的な漢方理論では足厥陰肝経は陰部から肛門・腰部に分布し、その熱の病態では痔も含めた発赤充血を来す疾患が生じると考えられており、大柴胡湯の適応の一部と考えられる。

臨床応用漢方医学解説』(湯本求真・1917年)「大抵小柴胡湯と同じくして下すべからざるものには大黄を除きて用ゆ其他脚気(本方の証極めて多し)癤腫、瘰癧肛門周囲炎、痔疾等」大柴胡湯 適応症

<まとめ>
 大柴胡湯は、“出典”の段階からその適応に対する変遷があり、その後は小柴胡湯の類似病態での下法の適応(肝・胆・胃の気滞と熱の病態)との位置づけから、日本の古方家の経験により同病態を呈するさまざまな疾患への応用がはかられてきた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする