田中 裕之 先生 の腰痛シリーズその3は「持続的な腰痛」つまり「慢性腰痛」です。
今回も、西洋の組織学的知見を漢方的にどうとらえるのか、詳しく解説されています。
私にとって「こんな風に考えるんだ!?」という発見だらけ。
<ポイント>
・持続性腰痛に対する西洋医学治療
セレコキシブ(消炎鎮痛剤)、高齢者にはアセトアミノフェン(抗炎症効果なし)
⇩ 上記薬剤でコントロール不良
トラマドール・デュロキセチンで中枢性感作を改善、
しかし組織変性を改善しないので継続使用が必要となる。
・持続性腰痛は高齢者に多く、老化による関節変化は腎虚、関節周囲組織の圧痛を伴う痛みは「経絡の血瘀」と捉えられる。
・高齢者の持続性腰痛は「腎虚への対策」と「経絡内の血瘀」が中心になる。「腎虚への対策」が疎経活血湯(53)をベース方剤としてアレンジする。
・便秘を伴う女性の持続性腰痛には通導散(105)がよい。
・高齢者における「持続性腰痛」は「関節・付着部に原因がある」ことが多く、この場合には「圧痛が強い」という観点から疎経活血湯(53)+治打撲一方(89)という組み合わせがおすすめ。「冷えによる影響が強い」場合には疎経活血湯+附子がおすすめ。
▢ 腰痛3(持続性の腰痛)
田中 裕之 先生:たなか整形漢方クリニック 院長
・・・今回は「反復して継続」「数か月以上にわたって持続」しているような「持続性腰痛」について検討したいと思います。「加齢変性に伴う腰痛」などもこの範疇に属すると考えてください。
▶ 持続性腰痛に対する現代医学的治療
持続性腰痛に対する現代医学的な治療として「消炎鎮痛薬」を使用する際には安全性を考慮してセレコキシブが選択されることが多いと思います。高齢者に対してはさらにリスク低減目的にアセトアミノフェンが使用されることもあります。ただしこちらは「解熱鎮痛薬」であり抗炎症効果を示さず「局所的な病態改善」は期待できません。これらの薬剤でコントロール不良であればトラマドール・デュロキセチンなどを用いて「中枢性感作」の改善を試みます。しかしそもそもの原因である「組織変性」自体を改善できるわけではないので結果的には「継続的に使用」する必要があります。このように「継続して投薬が必要な場合」は特に「安全性」と「有効性」の両立が求められます。漢方薬は現代薬と比較して少なくとも「安全性」の面では明らかに有利です。さらに「現代医学とは異なる機序」で効果発現することから現代医学での無効例や効果不十分例に対する「代替医療」としてその役割が期待されます。
▶ 持続性腰痛の病態
持続性の腰痛は特に「高齢者」に多い傾向にあります。頻発部位を組織学的に考えると「関節・付着部」が中心になります。これは前回解説した「一時的な腰痛」が起こりやすい「筋・筋膜」と比較して「深部」に位置します。「関節変性」は「老化」により生じますが、漢方的には「腎虚」によると考えます(図1)。さらに「高齢者下半身の基本治療」の回で解説したように「腰は腎虚の影響を受けやすい部位」であることから腰部椎間関節や椎間板などは特に「加齢の影響を受けやすい」といえます。また付着部をはじめとする「関節周囲の組織」は「機械的刺激を受けやすく」「密な結合組織」であるため「血瘀がこびりつきやすい」構造です。これらの部位の病態では「圧痛を伴う」ことが多いことから漢方的には「経絡内の血瘀」を中心に考えます。

図1 腎虚と「深さ」
▶ 持続性腰痛に対する漢方治療
持続性腰痛を訴える患者の多くは「高齢者(中年以降)」です。そのため必要とされる対策は先ほど解説した「腎虚への対策」と「経絡内の血瘀」が中心になります。「腎虚への対策」は「高齢者下半身の基本治療」の回で詳しく解説した疎経活血湯をベース方剤として、これに他剤を組み合わせて使用することが多いです。しかし持続性腰痛を考える上で「加齢変化」以外にもう一つ注目していただきたい症状があります。それが「便秘」です。
▶ 便秘が強い場合
私の経験では「腰痛」と「便秘」には深い関連があります。両者は漢方的病態では「経絡内の血瘀」という点で関連しています。総論(第3回)でお話ししたように「“経絡の出口”は排便」です。つまり「便秘」があれば「“出口が詰まって”血瘀が発生」しやすくなります(図2)。そのため「便秘」は「疼痛を誘発」し「改善を阻害」します。その結果として病態が「慢性化」しやすくなります。

図2 経絡と三焦による循環システム
この裏返しになりますが「血瘀」は「慢性便秘」の原因の一つとなります。便秘の原因はさまざまですが、「プルゼニドを毎日3錠使用していても1週間排便がない」など重度の便秘でも血瘀を解消することで急激に改善することがよくあります。この病態が特に多くみられるのが「高齢者」と「女性」です。高齢者の場合、腰痛により「腹圧をかけづらい」、姿勢不良や運動不足により「下腹部の血流が悪化している」影響が考えられます。一方で女性は「月経痛」「月経過多」など「婦人科系の症状」を併発していることが多く、このような場合は「子宮や卵巣に血瘀がある」可能性が高いです。その影響で骨盤内臓器が隣接する「下部消化管」においても血流がうっ滞しやすく「血瘀による便秘」が生じます。
子宮は漢方では「女子胞(じょしほう)」(図3)と呼ばれます。女子胞は五臓六腑の中でも特に「腎」「肝」と関連が強いとされています。例えば高齢になると生殖能力が失われるのは「腎」の影響と考えられます。また「経血」は「肝」から供給されストックされた血が定期的に排出されると考えられています。この「ストックされている血」は「血瘀」に相当するのでそもそも「女性は血瘀を発生しやすい」ことになります。「“肝”は感情を主る臓」であるため月経周期による「精神状態の変動」に影響します。特に「血をため込みやすい時期(黄体期)」は「血瘀が悪化」しやすい時期になります。これが月経前症候群(PMS)の原因の一つと考えられます。この時期に「便秘」を伴うと「血の流れがさらに悪化」して「イライラが増悪」しやすくなります。若年女性における腰痛の発生部位は「関節・付着部」などに限らず「腰全体に鈍痛が持続」していることが多いです。子宮・卵巣・後腹膜などの痛みを「腰痛として認知」しているのかもしれません。このような「部位が限局されない」痛みには「血瘀に併発する気滞」が影響していると考えられます。

図3 女子胞と肝・腎
「便秘に伴う血瘀」は「肩こり」「頭痛」など「遠隔部位」の症状にも影響しますが、「便が停留している部位は“下部消化管”」であることから特に「隣接部位」への影響が特に強くなります。つまり「腰部」「子宮」など「体幹下部」に影響が出やすい傾向があります。その関連機序の一つとして「便の滞留」が骨盤内で「静脈やリンパを圧迫する」ことが考えられます(図4)。圧力を持つ動脈はこの程度の圧迫では影響を受けませんが、静脈や並走するリンパは明らかに「滞りやすく」なりそうです。例えば「腰方形筋」を支配する静脈の一つである腸腰静脈は腸骨静脈に流入します。そのため骨盤内で便秘により腸骨静脈が圧迫されると「腰方形筋において静脈うっ滞が起こりやすくなる」可能性があります。また間接的には「便秘は腹圧低下を伴いやすい」ことから「姿勢不良」が発生して背筋群や椎間関節に慢性的な負荷がかかるとも考えられます(図5)。

図4 便秘と骨盤内の静脈

図5 便秘と腰痛
このように「便秘と腰痛」は深い関係にあります。漢方薬を使わずとも「便秘を解消する」ことは腰痛治療上有用なので、漢方薬を服用できない場合には現代薬や生活指導で改善を目指します。しかし漢方薬では便通だけでなく「疼痛改善」に対しても積極的に介入できる方剤があります。それが通導散です(図6)。
【通導散】
君薬:当帰・紅花・蘇木
臣薬:枳殻・厚朴・陳皮
佐薬:大黄・芒硝
使薬:木通・甘草

図6 通導散
君薬の紅花と蘇木の組み合わせは慢性化して血塊となった血瘀を砕いて流し去る効果をもちます。これを佐薬の大黄がサポートしてより強固なものにしています。大黄の最大の治療目標は「便秘」なので「血瘀による便秘」にはピッタリの方剤です。私の経験では「便秘を伴った胸腰椎圧迫骨折」の症例に対して著効したことがあります。圧迫骨折はNSAIDsの効果が認められないことがあり鎮痛に難渋することがよくあります。さらに安静臥床に伴い便秘が悪化しやすいです。このような場合にはぜひ本剤をお試しください。
残りの君薬である当帰は補血薬であり「血虚」がベースに存在する場合に有効です。そのため「腎虚に伴う血虚(高齢者)」や「元来、血虚気味の女性」に対してはさらに適した方剤になっています。本剤は「経絡内・外」ともに流し去り「通じて導く」方剤ですが、疼痛に関しては「経絡内の血瘀」を流し去ることで「圧痛改善」が期待できます。そのため「関節・付着部」では特にその効果が発揮されます。さらに臣薬に配合される枳殻・厚朴・陳皮は「気滞を改善する」理気薬となっています。これらの生薬の作用により「メンタルの影響」にも対応できます。つまり「心因性腰痛」「ストレス性便秘」にも効果が期待できます。これらの症状を複合的に呈している更年期女性にフィットすることが多く、便通に応じて内服回数を調整しながら長期に常用することも多いです。
▶ 便秘を伴わない場合
次に持続性腰痛で「便秘を伴わない」場合につき検討したいと思います。先ほど解説したように高齢者における「持続性腰痛」は「関節・付着部に原因がある」ことが多いです。この場合には「圧痛が強い」という観点から疎経活血湯+治打撲一方という組み合わせがおすすめです。治打撲一方にも通導散と同様に瀉下作用はありますがそれほど強くありません。下痢に対して注意が必要ですが合方することで疎経活血湯の「鎮痛効果」が増強されることが多いです。また「冷えによる影響が強い」場合には疎経活血湯+附子がおすすめです。附子は「腎虚に対する効果」も期待できる上に温熱効果や鎮痛効果が加わることで高齢者の腰痛には特に有効です。