飛空艇内の小さな個室で履物を脱ぎ終わり、ようやくベッドに腰を落ち着けたところだった。
「エッジ、いい?」
いい、と聞きながらもすでに小さく扉を開けて、リディアが顔を覗かせている。
「どーぞ、入れよ」
「ありがとう」
リディアは右手に持ったグラスを気遣いながらそろそろと部屋に入り、扉を閉めた。
「これ、ルカから。ドワーフのお酒よ。気分が落ち着くからって」
「はは…。落ち着いてないように見えたのかね」
エッジは苦笑しながら差し出されたグラスを受け取り、酒を口に含んだ。
「―…、きっついな。ありがとよ」
少し手を伸ばしてサイドボードに酒を置く。一連の動作が終わるのを待っていたかのようにリディアが隣に腰をかけ口を開いた。
「ね、よく逃げてきたね」
「あー。辛かったぞ、全力疾走。だいぶ鈍ってたから堪えた」
「そうじゃなくて…。よく逃げる気になったねってこと。昔のエッジなら、…きっと、逃げなかったでしょ」
そうかもしれない。あの謎の少女に追い詰められたとき、武人の誇りを守るために、また、刺し違えてでも目の前の敵を倒すことが国を守ることに繋がるなんて浅い考えで自分を納得させて、あっさりと腹を括り死に急いだかも知れない。
「そうかもな。…で、死んでただうろな」
「そうだね」
「あっさり同意すんなよ!」
大きくうなずくリディアにまた苦笑いしてしまう。
「ま、オレも成長したの。いい年になったしな…」
つと顔を上げ扉の横に据え付けられた鏡に目をやる。
鋭さを増した目、元々の引き締まった丹精な顔立ちのおかげで生き生きと力強く見えるが、それでもやはり老けたな、と自分の顔を見てエッジは思った。
気がつかないうちにできるようになった目元の皺に、以前よりこけた頬。どこか疲れた顔をしている。人の上に立つと気苦労も多い。
(苦楽を分け合える恋女房がいれば違うかもな)
そんな考えが頭に浮かんでいた。
「そりゃ~もう、たくさん守らなきゃならねえもんができちまったのよ。やみくもにむかってくだけじゃそいつは守れないからな、ぐっとこらえて頭使うようになったの」
リディアもエッジと同じように鏡に目をやる。鏡の中で二人の目が合った。
「それに、おまえに泣いて止められただろ。命を粗末にすんのはやめたんだ」
「そんなこともあったね」
リディアは目を細めてふふ、と笑う。
「それももうだいぶ昔のことになっちゃったもんね。そりゃあ、たくさんたくさん、大切なものができるよ…ツキノワくんたちの未来が、エッジの守りたいものなんだよね」
「ああ」
「いい人たちだわ。心からエッジの事を信じて、エッジの守りたいものを一緒に支えようとしてる」
「ふーん、わかる?」
「当たり前よ。特にイザヨイさん。さっきエッジのこと一生懸命手当てしてた。自分もひどい怪我なのに」
リディアの目線が少しだけ空をさ迷った。
「綺麗で芯が強そうで…ローザを思い出しちゃった。素敵な女性なんでしょうね」
なぜだか寂しげな表情をしている。安否のわからないローザを心配してのことなのか、それとも…。
少しの沈黙が流れた。
「そうだなー、冷静沈着・眉目秀麗、ああいうのはなかなかいないわな。それに、なんといってもこう…」
エッジは両手を自分の胸元に持っていく。
「ボン!」
腰へ。
「キュ!」
お尻。
「ボン!だしな」
ニヤついた顔を見てリディアが顔をしかめた。
「なによそれ、やらしいなぁ」
「色っぽいよなぁー。お前よりかなり…」
チロリ、とリディアの体を眺めてため息を吐く。
「な、なによ!」
「でもなー、残念なことに、女じゃないんだよな」
「えっ!!…お、女の人じゃないの!?」
エッジが口のはじを一瞬かすかに上げたのをリディアは見逃していた。
「女扱いは止してくれって言われちまったよ。ああー、残念だ」
残念、残念と呟きながら、いかにもショックと言う風にエッジはベッドに背中から倒れこむ。
「そ、そうなんだ…?なんていうか…も、もったいないね、あんなに綺麗なのに…」
「だから、ま、やっぱりお前が女の中じゃ一番だわな」
「へ?」
リディアはきょとんとして動きを止め、直後、吹き出して笑い出した。
「あは、……うふふ。エッジはそういうとこ全然成長してないよね」
「なんだよ、笑うな!」
エッジは体を上げて、リディアに顔を近づけ詰め寄った。
「でもね」
ぴたりと笑いを止めたリディアが、エッジの顔を真正面から捉える。
「そういうところは変わって無くて、嬉しい」
満面の笑み。
「嫌いじゃないんだよ。そういうところ」
「お…」
白い腕が首に回され、小さな顔が肩に押しあてられた。
「生きていてくれて、良かった…」
リディアの体温と少し熱い息遣いが伝わってくる。エッジはその細い体を抱きしめた。
「俺が死ぬわけないだろうが。…ローザもセシルも、カインの野郎もきっと生きてる。心配すんな」
「…うん」
コンコン。
ノックの音がした。
「…お館様、間もなく目的地だそうです」
「分かった。すぐに行く」
「はっ…」
どちらともなく、少し体を離した。お互いの顔が見えるように。
「行こうぜ。前もなんとかなったんだ。今度も大丈夫だ」
リディアの目は潤んではいたが、強い意志が宿っていた。
「うん!」
二人は揃って立ち上がり、扉へと歩き出したのだった。
===
以上です。
イザヨイの「女扱いは無用」発言から捏造してみました。
もちろん彼女は女です。ごめんなさい、変なこと言って。
さて、ノックをした人物なんですが…
実はイザヨイのつもりです。それ以前の会話を聞いていて複雑な想いにとらわれる―
というところまで考えました。ドロドロかつ愉快な話を書いてみたいと思いまして。
でも続きを書くのはとりあえずやめておきます。
先に他のやつを書き上げたいので。
「エッジ、いい?」
いい、と聞きながらもすでに小さく扉を開けて、リディアが顔を覗かせている。
「どーぞ、入れよ」
「ありがとう」
リディアは右手に持ったグラスを気遣いながらそろそろと部屋に入り、扉を閉めた。
「これ、ルカから。ドワーフのお酒よ。気分が落ち着くからって」
「はは…。落ち着いてないように見えたのかね」
エッジは苦笑しながら差し出されたグラスを受け取り、酒を口に含んだ。
「―…、きっついな。ありがとよ」
少し手を伸ばしてサイドボードに酒を置く。一連の動作が終わるのを待っていたかのようにリディアが隣に腰をかけ口を開いた。
「ね、よく逃げてきたね」
「あー。辛かったぞ、全力疾走。だいぶ鈍ってたから堪えた」
「そうじゃなくて…。よく逃げる気になったねってこと。昔のエッジなら、…きっと、逃げなかったでしょ」
そうかもしれない。あの謎の少女に追い詰められたとき、武人の誇りを守るために、また、刺し違えてでも目の前の敵を倒すことが国を守ることに繋がるなんて浅い考えで自分を納得させて、あっさりと腹を括り死に急いだかも知れない。
「そうかもな。…で、死んでただうろな」
「そうだね」
「あっさり同意すんなよ!」
大きくうなずくリディアにまた苦笑いしてしまう。
「ま、オレも成長したの。いい年になったしな…」
つと顔を上げ扉の横に据え付けられた鏡に目をやる。
鋭さを増した目、元々の引き締まった丹精な顔立ちのおかげで生き生きと力強く見えるが、それでもやはり老けたな、と自分の顔を見てエッジは思った。
気がつかないうちにできるようになった目元の皺に、以前よりこけた頬。どこか疲れた顔をしている。人の上に立つと気苦労も多い。
(苦楽を分け合える恋女房がいれば違うかもな)
そんな考えが頭に浮かんでいた。
「そりゃ~もう、たくさん守らなきゃならねえもんができちまったのよ。やみくもにむかってくだけじゃそいつは守れないからな、ぐっとこらえて頭使うようになったの」
リディアもエッジと同じように鏡に目をやる。鏡の中で二人の目が合った。
「それに、おまえに泣いて止められただろ。命を粗末にすんのはやめたんだ」
「そんなこともあったね」
リディアは目を細めてふふ、と笑う。
「それももうだいぶ昔のことになっちゃったもんね。そりゃあ、たくさんたくさん、大切なものができるよ…ツキノワくんたちの未来が、エッジの守りたいものなんだよね」
「ああ」
「いい人たちだわ。心からエッジの事を信じて、エッジの守りたいものを一緒に支えようとしてる」
「ふーん、わかる?」
「当たり前よ。特にイザヨイさん。さっきエッジのこと一生懸命手当てしてた。自分もひどい怪我なのに」
リディアの目線が少しだけ空をさ迷った。
「綺麗で芯が強そうで…ローザを思い出しちゃった。素敵な女性なんでしょうね」
なぜだか寂しげな表情をしている。安否のわからないローザを心配してのことなのか、それとも…。
少しの沈黙が流れた。
「そうだなー、冷静沈着・眉目秀麗、ああいうのはなかなかいないわな。それに、なんといってもこう…」
エッジは両手を自分の胸元に持っていく。
「ボン!」
腰へ。
「キュ!」
お尻。
「ボン!だしな」
ニヤついた顔を見てリディアが顔をしかめた。
「なによそれ、やらしいなぁ」
「色っぽいよなぁー。お前よりかなり…」
チロリ、とリディアの体を眺めてため息を吐く。
「な、なによ!」
「でもなー、残念なことに、女じゃないんだよな」
「えっ!!…お、女の人じゃないの!?」
エッジが口のはじを一瞬かすかに上げたのをリディアは見逃していた。
「女扱いは止してくれって言われちまったよ。ああー、残念だ」
残念、残念と呟きながら、いかにもショックと言う風にエッジはベッドに背中から倒れこむ。
「そ、そうなんだ…?なんていうか…も、もったいないね、あんなに綺麗なのに…」
「だから、ま、やっぱりお前が女の中じゃ一番だわな」
「へ?」
リディアはきょとんとして動きを止め、直後、吹き出して笑い出した。
「あは、……うふふ。エッジはそういうとこ全然成長してないよね」
「なんだよ、笑うな!」
エッジは体を上げて、リディアに顔を近づけ詰め寄った。
「でもね」
ぴたりと笑いを止めたリディアが、エッジの顔を真正面から捉える。
「そういうところは変わって無くて、嬉しい」
満面の笑み。
「嫌いじゃないんだよ。そういうところ」
「お…」
白い腕が首に回され、小さな顔が肩に押しあてられた。
「生きていてくれて、良かった…」
リディアの体温と少し熱い息遣いが伝わってくる。エッジはその細い体を抱きしめた。
「俺が死ぬわけないだろうが。…ローザもセシルも、カインの野郎もきっと生きてる。心配すんな」
「…うん」
コンコン。
ノックの音がした。
「…お館様、間もなく目的地だそうです」
「分かった。すぐに行く」
「はっ…」
どちらともなく、少し体を離した。お互いの顔が見えるように。
「行こうぜ。前もなんとかなったんだ。今度も大丈夫だ」
リディアの目は潤んではいたが、強い意志が宿っていた。
「うん!」
二人は揃って立ち上がり、扉へと歩き出したのだった。
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以上です。
イザヨイの「女扱いは無用」発言から捏造してみました。
もちろん彼女は女です。ごめんなさい、変なこと言って。
さて、ノックをした人物なんですが…
実はイザヨイのつもりです。それ以前の会話を聞いていて複雑な想いにとらわれる―
というところまで考えました。ドロドロかつ愉快な話を書いてみたいと思いまして。
でも続きを書くのはとりあえずやめておきます。
先に他のやつを書き上げたいので。