広大な砂漠の端にそびえ立つダムシアン城。
王の間からはこの城の主であるギルバートが奏でる竪琴の音色が響いている。
王座の間へと続く広間に初老の男性がやってきた。
大臣「陛下は、おわすか?」
衛兵「お静かに願います」
衛兵「陛下は今考え事をしておいでです」
大臣「それどころではない。わがダムシアンの財政にかかわる…」
衛兵「誰も通してはならぬとのご命令です」
衛兵「どうかお引き取りください」
大臣「失敬な!これは公務じゃ!」
???「いかがなさいました?」
背後から透き通るような女性の声した。
大臣「おお、ハル!そなたからも言ってくれんか?」
ハル「何事でしょう?」
大臣「また今月も収支が合っておらぬ。このままではダムシアン王国の存亡に関わりますぞ!」
ハル「…では、私から陛下にお伝えします」
衛兵「しかし陛下は…」
ハル「私もですか…?」
衛兵「う…」
大臣「では、お願いしますぞ。ハル殿」
ハル「承りました」
道を開ける衛兵たち。
王の間。ハルは王座ではなく、窓辺でギルバートを見つけた。
すぐそばにある柱に寄りかかり竪琴を奏でている。
ギルバートもハルを見とめ演奏の手を止めた。
ギルバート「誰も入れないでくれと言っておいたんだがな」
ハル「陛下の公設秘書である私もですか?」
ギルバート「急用かい?」
ハル「いいえ。いつもの大臣の取り越し苦労かと」
ギルバート「支援の件か。それなら君に任せているはずだ」
ハル「これ以上は隠しきれません。そろそろお考えになった方がよろしいのでは?」
ギルバートはハルに背を向けると、ゆっくりと窓に近づいた。
ギルバート「そういうわけにはいかない。
ファブール、ミストあってのダムシアンの復興だ」
ハル「ですがエブラーナまで…」
振り返り、ハルを見つめるギルバート。
ギルバート「だからこそ君の手腕が必要なんだ」
ハル「…光栄でございます」
ギルバート「頼む」
ハル「かしこまりました」
退室しようと歩き出したハルだが、ふと立ち止まり、ギルバートを振り返った。
ハル「一言よろしいですか?」
ギルバート「なんだい?」
ハル「王たるお方にはときには厳しさも必要かと」
ギルバート「そうだな…」
それだけ言うとハルは王の間を出て行った。
ギルバート「王たるお方、か…」
ギルバートは窓の外へ視線をうつす。
ギルバート「彼らがあの月へ行ってくれたからこそぼくも、ダムシアンも…」
そこには二つの月が浮かんでいた。
―暗転。
翌朝の王の間。
大臣「流れ星ですと!?」
ギルバート「ああ。ファブール方面に落ちたようだが…」
ハル「では昨夜の地震は…」
ギルバート「落下の衝撃だろう」
ハル「もしや、あの月に関係が…」
ギルバート「……」
大臣「で、では!また、かつてのような…!?」
ギルバート「落ち着くんだ。まだ、わからない…」
ハル「その流れ星…調査が必要かと」
ギルバート「まずはバロンに知らせよう。セシルの意見を聞きたい」
大臣「伝令を用意します!」
ハル「では流れ星の調査は私が」
驚き、王座から立ち上がるギルバート。
ギルバート「君が!?」
ハル「私もそれなりの知識は身につけているつもりです」
ギルバート「危険だ…」
ハル「では、衛兵をつけてください。もしものときのために」
ギルバート「私も行こう」
ハル「ですが、もしものとき指示を出すのは」
ギルバート「しかし…」
ハル「どうか、ご心配なく」
―暗転
夜。
ギルバートは王の間の窓辺から星空を眺めていた。
大臣「失礼いたします!」
ギルバート「ハルは、戻ったか?」
大臣「それが、まだ…」
ギルバート「バロンへの伝令からの音沙汰は…?」
大臣「そちらも生憎と…」
ギルバート「遅すぎる…。やはり、何か…」
大臣「日の出を待ち捜索隊を出しますか?」
ギルバート「…そうだな。夜明けを待とう」
大臣「かしこまりました。では…」
足早に立ち去ろうとした大臣が、思い出したように振り返る。
大臣「陛下。昨日もあまりお休みになっておりませぬ。どうか…」
ギルバート「ああ。ありがとう」
大臣「では…」
一人になったギルバートはまた夜空を見つめた。
ギルバート(アンナ…テラさん…)
どうにも気持ちが落ち着かない。
ギルバートは少し城内を散歩することにした。
足がむいたのはハルの部屋だった。
彼女の部屋は王座の間の左上の階段からすぐだ。
部屋にいた侍女に話しかけられる。
侍女「心配ですね、ハル様…」
ギルバート「ああ」
侍女「いつ戻られてもいいようシーツは取り替えておきました。陛下も早くお休みに…」
ギルバート「ありがとう」
侍女「では、失礼いたします」
侍女は部屋を出ていった。
部屋は、真面目なハルらしく、本棚に収められた本に至るまできれいに整頓されていた。
ところが大きな本棚の横にある机に開いたままの手帳があった。
ギルバート「これは…ハルの日記か」
人の日記を読むなんて悪趣味だとは思ったが、文章が目に入ってきてしまう。
ハルの日記
『あの月が再び姿を現した…。
また戻ってくるのだろうか?
あの忌まわしい戦火の日々が…。
ギルバート様たちの力により訪れた平和。
これからの時代に必要なのは武力よりも学問。
そう信じた私はトロイアで勉学に励み…。
このダムシアンの公設秘書に取り立てていただいた。
優しすぎるギルバート様のおかげで大変だけど、やりがいのある日々を過ごしてきた…。
この日々が、いつまでも続いて欲しい。
争いのない平和な日々が…。
それなのに、なぜだろう?
あの月が舞い戻ってきてから…。
皆を励まし、癒してきたギルバート様の竪琴の音色が悲しく聞こえるようになったのは…。』
ギルバート(ハル…)
ギルバートはそっと手帳を閉じ、部屋を出た。
城内を見回った後、ギルバートはハルの部屋と対照の位置にある自室に戻ってきた。
ベッドに横たわり、静かに目を閉じる。
ふと目を開けると、懐かしい風景が飛び込んできた。
ギルバート「ここは…!」
アンナとテラの眠るカイポの村だ。
辺りを見回していると、泉の上にうっすらと光る人影が見えた。
ギルバート「アンナ…!」
アンナ(ギルバート…)
あの頃と変わらない恋人は切なげな表情でギルバートを見つめている。
ギルバート「どうしたんだアンナ?」
アンナ(……)
ギルバート「なぜ…そんな悲しい顔を…」
アンナ(……)
消えるアンナの姿。
そして、目が覚めた。
ギルバート「アンナ…!?」
夢を見ていたようだ。
ギルバート(……)
まだ空は薄暗かったが、もう一度眠る気にはなれない。
ベッドから出で、ハルの部屋へ行ってみるが、まだ彼女は戻っていなかった。
城は先ほどと変わらず静かであり、バロンへの伝令も戻ってきた様子はない。
胸がざわめく。
もう一度自室へ戻り、身だしなみを整え、竪琴を握り締めると、ギルバートの足は自然に城門へと向かっていた。
城門を警備している兵と言葉を交わす。少しして、兵士は交代の時間だと去って行った。
ギルバート(……。流れ星が落ちたのはおそらくホブスの山あたり…やはり…ハルの身に何か…!)
じっと待っていることはできなかった。ギルバートは城門をくぐる。
「…陛下!」
振り返ると大臣が衛兵を引き連れこちらへ走ってきていた。
大臣「こんな時間にどちらへ行かれるおつもりですか」
ギルバート「ちょっと外の空気を吸おうと思ってね」
大臣「わがダムシアンの国王たるものお一人で出歩かれては困ります!
衛兵たちをお連れになってください」
ギルバート「ああ…」
大臣「くれぐれも遠出は禁物ですぞ!」
ギルバート「わかっている」
―衛兵さんたちが仲間になります。
ギルバートは城を背にし、黙ってホブス山の方角へと歩き出した。
衛兵も何も言わずついてくる。
おそらく大臣にはギルバートの身を守るようにとだけ言われているのだろう。
ギルバートは不安で高鳴る胸を落ち着かせながら流星落下跡へと向かった。
王の間からはこの城の主であるギルバートが奏でる竪琴の音色が響いている。
王座の間へと続く広間に初老の男性がやってきた。
大臣「陛下は、おわすか?」
衛兵「お静かに願います」
衛兵「陛下は今考え事をしておいでです」
大臣「それどころではない。わがダムシアンの財政にかかわる…」
衛兵「誰も通してはならぬとのご命令です」
衛兵「どうかお引き取りください」
大臣「失敬な!これは公務じゃ!」
???「いかがなさいました?」
背後から透き通るような女性の声した。
大臣「おお、ハル!そなたからも言ってくれんか?」
ハル「何事でしょう?」
大臣「また今月も収支が合っておらぬ。このままではダムシアン王国の存亡に関わりますぞ!」
ハル「…では、私から陛下にお伝えします」
衛兵「しかし陛下は…」
ハル「私もですか…?」
衛兵「う…」
大臣「では、お願いしますぞ。ハル殿」
ハル「承りました」
道を開ける衛兵たち。
王の間。ハルは王座ではなく、窓辺でギルバートを見つけた。
すぐそばにある柱に寄りかかり竪琴を奏でている。
ギルバートもハルを見とめ演奏の手を止めた。
ギルバート「誰も入れないでくれと言っておいたんだがな」
ハル「陛下の公設秘書である私もですか?」
ギルバート「急用かい?」
ハル「いいえ。いつもの大臣の取り越し苦労かと」
ギルバート「支援の件か。それなら君に任せているはずだ」
ハル「これ以上は隠しきれません。そろそろお考えになった方がよろしいのでは?」
ギルバートはハルに背を向けると、ゆっくりと窓に近づいた。
ギルバート「そういうわけにはいかない。
ファブール、ミストあってのダムシアンの復興だ」
ハル「ですがエブラーナまで…」
振り返り、ハルを見つめるギルバート。
ギルバート「だからこそ君の手腕が必要なんだ」
ハル「…光栄でございます」
ギルバート「頼む」
ハル「かしこまりました」
退室しようと歩き出したハルだが、ふと立ち止まり、ギルバートを振り返った。
ハル「一言よろしいですか?」
ギルバート「なんだい?」
ハル「王たるお方にはときには厳しさも必要かと」
ギルバート「そうだな…」
それだけ言うとハルは王の間を出て行った。
ギルバート「王たるお方、か…」
ギルバートは窓の外へ視線をうつす。
ギルバート「彼らがあの月へ行ってくれたからこそぼくも、ダムシアンも…」
そこには二つの月が浮かんでいた。
―暗転。
翌朝の王の間。
大臣「流れ星ですと!?」
ギルバート「ああ。ファブール方面に落ちたようだが…」
ハル「では昨夜の地震は…」
ギルバート「落下の衝撃だろう」
ハル「もしや、あの月に関係が…」
ギルバート「……」
大臣「で、では!また、かつてのような…!?」
ギルバート「落ち着くんだ。まだ、わからない…」
ハル「その流れ星…調査が必要かと」
ギルバート「まずはバロンに知らせよう。セシルの意見を聞きたい」
大臣「伝令を用意します!」
ハル「では流れ星の調査は私が」
驚き、王座から立ち上がるギルバート。
ギルバート「君が!?」
ハル「私もそれなりの知識は身につけているつもりです」
ギルバート「危険だ…」
ハル「では、衛兵をつけてください。もしものときのために」
ギルバート「私も行こう」
ハル「ですが、もしものとき指示を出すのは」
ギルバート「しかし…」
ハル「どうか、ご心配なく」
―暗転
夜。
ギルバートは王の間の窓辺から星空を眺めていた。
大臣「失礼いたします!」
ギルバート「ハルは、戻ったか?」
大臣「それが、まだ…」
ギルバート「バロンへの伝令からの音沙汰は…?」
大臣「そちらも生憎と…」
ギルバート「遅すぎる…。やはり、何か…」
大臣「日の出を待ち捜索隊を出しますか?」
ギルバート「…そうだな。夜明けを待とう」
大臣「かしこまりました。では…」
足早に立ち去ろうとした大臣が、思い出したように振り返る。
大臣「陛下。昨日もあまりお休みになっておりませぬ。どうか…」
ギルバート「ああ。ありがとう」
大臣「では…」
一人になったギルバートはまた夜空を見つめた。
ギルバート(アンナ…テラさん…)
どうにも気持ちが落ち着かない。
ギルバートは少し城内を散歩することにした。
足がむいたのはハルの部屋だった。
彼女の部屋は王座の間の左上の階段からすぐだ。
部屋にいた侍女に話しかけられる。
侍女「心配ですね、ハル様…」
ギルバート「ああ」
侍女「いつ戻られてもいいようシーツは取り替えておきました。陛下も早くお休みに…」
ギルバート「ありがとう」
侍女「では、失礼いたします」
侍女は部屋を出ていった。
部屋は、真面目なハルらしく、本棚に収められた本に至るまできれいに整頓されていた。
ところが大きな本棚の横にある机に開いたままの手帳があった。
ギルバート「これは…ハルの日記か」
人の日記を読むなんて悪趣味だとは思ったが、文章が目に入ってきてしまう。
ハルの日記
『あの月が再び姿を現した…。
また戻ってくるのだろうか?
あの忌まわしい戦火の日々が…。
ギルバート様たちの力により訪れた平和。
これからの時代に必要なのは武力よりも学問。
そう信じた私はトロイアで勉学に励み…。
このダムシアンの公設秘書に取り立てていただいた。
優しすぎるギルバート様のおかげで大変だけど、やりがいのある日々を過ごしてきた…。
この日々が、いつまでも続いて欲しい。
争いのない平和な日々が…。
それなのに、なぜだろう?
あの月が舞い戻ってきてから…。
皆を励まし、癒してきたギルバート様の竪琴の音色が悲しく聞こえるようになったのは…。』
ギルバート(ハル…)
ギルバートはそっと手帳を閉じ、部屋を出た。
城内を見回った後、ギルバートはハルの部屋と対照の位置にある自室に戻ってきた。
ベッドに横たわり、静かに目を閉じる。
ふと目を開けると、懐かしい風景が飛び込んできた。
ギルバート「ここは…!」
アンナとテラの眠るカイポの村だ。
辺りを見回していると、泉の上にうっすらと光る人影が見えた。
ギルバート「アンナ…!」
アンナ(ギルバート…)
あの頃と変わらない恋人は切なげな表情でギルバートを見つめている。
ギルバート「どうしたんだアンナ?」
アンナ(……)
ギルバート「なぜ…そんな悲しい顔を…」
アンナ(……)
消えるアンナの姿。
そして、目が覚めた。
ギルバート「アンナ…!?」
夢を見ていたようだ。
ギルバート(……)
まだ空は薄暗かったが、もう一度眠る気にはなれない。
ベッドから出で、ハルの部屋へ行ってみるが、まだ彼女は戻っていなかった。
城は先ほどと変わらず静かであり、バロンへの伝令も戻ってきた様子はない。
胸がざわめく。
もう一度自室へ戻り、身だしなみを整え、竪琴を握り締めると、ギルバートの足は自然に城門へと向かっていた。
城門を警備している兵と言葉を交わす。少しして、兵士は交代の時間だと去って行った。
ギルバート(……。流れ星が落ちたのはおそらくホブスの山あたり…やはり…ハルの身に何か…!)
じっと待っていることはできなかった。ギルバートは城門をくぐる。
「…陛下!」
振り返ると大臣が衛兵を引き連れこちらへ走ってきていた。
大臣「こんな時間にどちらへ行かれるおつもりですか」
ギルバート「ちょっと外の空気を吸おうと思ってね」
大臣「わがダムシアンの国王たるものお一人で出歩かれては困ります!
衛兵たちをお連れになってください」
ギルバート「ああ…」
大臣「くれぐれも遠出は禁物ですぞ!」
ギルバート「わかっている」
―衛兵さんたちが仲間になります。
ギルバートは城を背にし、黙ってホブス山の方角へと歩き出した。
衛兵も何も言わずついてくる。
おそらく大臣にはギルバートの身を守るようにとだけ言われているのだろう。
ギルバートは不安で高鳴る胸を落ち着かせながら流星落下跡へと向かった。