2017年の韓国映画観客動員数No.1の作品が日本のスクリーンに登場します。こちらでもちらとご紹介した、ソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』です。ご承知の方も多いかと思いますが、本作は1980年5月に起こった光州事件を背景に、日本から光州事件の取材にソウルへ飛んだドイツ人記者と、彼を光州まで乗せてまたソウルへと連れ帰った個人タクシー運転手との交流を描いています。ただ、想像していたような英雄譚や美談ではなく、2人のマイナス面にも踏み込むリアルな作品で、それゆえに光州事件自体を観客に問いかける内容ともなっています。まずは、映画のデータをどうぞ。
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『タクシー運転手 約束は海を越えて』 公式サイト
2017年/韓国/韓国語・英語/137分/原題:택시운전사/英題:A Taxi Driver
監督:チャン・フン
主演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
配給:クロック・ワークス
※4月21日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
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1980年の春。個人タクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、道路事情もよくなりつつあるソウルの街を快調に飛ばしていました。口をついて出るのは、譚詠麟(アラン・タム)が「火美人(フォーメイヤン)」というタイトルで歌って中華圏でヒットさせた、趙容弼(チョー・ヨンピル)作曲の軽快な歌。一見のんきそうなマンソプでしたが、妻を亡くし、11歳の娘を男手ひとつで育てている苦労人で、稼ぎもあまりよくないため、家賃支払いも滞りがちでした。そんなある日、タクシー運転手が集まる食堂で、耳寄りな話を漏れ聞きます。仲間の一人が、これから外国人客を乗せて光州(クワンジュ)まで行き、通行禁止となる前にソウルに戻れば10万ウォンもらえると自慢していたのです。10万ウォンといえば滞納している家賃の額ではないか!と、その運転手を出し抜いてマンソプが待ち合わせ場所にタクシーを走らせると、韓国人記者(チョン・ジニョン/カメオ出演)と共に待っていたのは、日本からやってきたドイツ人記者のピーター(トーマス・クレッチマン)でした。以前中東に出稼ぎに行っていたマンソプは、適当なブロークン・イングリッシュで二人を煙に巻き、ピーターを乗せて一路光州へと向かいますが、その頃光州は大きな混乱のまっただ中にあったのでした...。
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光州事件は、これまでもイ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』(1999)やキム・ジフン監督の『光州5・18』(2007)などで描かれてきましたが、1979年末にクーデターで全権を掌握した軍人の全斗煥(チョン・ドゥファン)が1980年5月17日に戒厳令拡大措置を実施し、金大中(キム・デジュン)ら民主派と目される人々を逮捕したのがきっかけとなりました。それに反発した学生を中心とする人々が立ち上がったのが5月18日で、光州市を中心に、特に全羅南道で激しい抗議行動が起きたと言われています。それを知った東京在住のドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター(ピーター)はすぐにムービーカメラを携えてソウル入りし、韓国人記者の助けを借りて情報を収集、今ならまだ光州に入り、町が封鎖される前にソウルに戻ってこられる、と判断してタクシーを飛ばすことにしたようです。彼の証言などをもとに構成された本作は、人情話やドラマチックな展開も盛り込みながら、2日間にわたるマンソプとピーターの足取りを追って光州事件を再現していきます。
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見せ場はいくつかあり、まずすでに軍隊が展開している光州へ、通行止めになっている幹線道路を避けて車がいかに入るか、というシーンに手に汗握らされます。そして、うまく入り込んだ光州で見たものすごい現実が2つめの見せ場になるのですが、当初はトラックで移動する大学生たちにインタビューしたり、英語が話せるク・ジェシク(リュ・ジュンヨル)がピーターの通訳のような形でついていくことになったりと、高揚感は漂うものの割とのんびりしたシーンが続きます。しかしながら、病院に行ってみるとけが人や亡くなった人が大勢いることがわかり、緊迫度がいや増しに。そんな中、タクシーも抗議行動に参加し、タクシー運転手たちは無償でけが人を運んだりしており、マンソプはそんな光州のタクシー運転手と知り合うことになります。リーダー格はファン・テスル(ユ・ヘジン)で、当初マンソプをよそ者が来て自分たちの町で稼いでいる、と反発の目で見ていた彼らも、やがて仲間意識を芽生えさせ、その夜ソウルに帰れなくなったマンソプとピーターをテスルは自宅に泊めてやります。タクシー運転手同士の連帯感、というのも大きな見せ場の一つで、特にラスト近くにあっと驚くシーンが用意されています。
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マンソプとピーターの仲も、お金を巡って争ったり、記者魂に燃えるピーターをマンソプが持てあましたりと、一筋縄ではいかない展開となります。その緩和剤となるのが地元運転手のテスルと大学生のジェシクで、中でもジェシクは、テレビ番組の大学歌謡祭への出場を目指すノンポリ学生という設定のため、ユルい空気を漂わせてくれてホッとします。演じているリュ・ジュンヨルは、この作品の前に見た『ザ・キング』(2017)では眼光鋭い若手ヤクザを演じていて印象深かっただけに、上手な役者さんだなあ、と引き込まれました。でも、軍隊が彼らに襲いかかるシーンは正視に耐えない残酷さで、軍隊側にいた主人公にこれがトラウマとなるという『ペパーミント・キャンディー』を思い出してしまいました。残虐な私服警官ならぬ私服軍人も登場した戦いはまさに内戦そのもので、南北間の争い以上に悲惨な歴史の1ページだったのだ、と思わずにはいられません。
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最後の見せ場は光州からの脱出劇で、ここはかなり脚色があるのでは、と思われますが、マンソプは無事にソウルにピーターを連れ帰り、ピーターの映像は世界中に流れることになります。YouTubeのこちらに彼の撮った映像がドイツのテレビ番組となってアップされていますので、興味がおありの方は見てみて下さい。劇中でもドキュメンタリータッチの映像が使われていて、一部画面サイズが小さくなったりするところがあるので、実際にピーターが撮った映像では? と思ったりしたのですが、よくわかりませんでした。1980年の韓国を知る上でも貴重な作品ですが、映画作品としてもよくできているので、ぜひ劇場でご覧になってみて下さい。最後に予告編を付けておきます。
2017年韓国No.1大ヒット!『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』 本予告