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アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

インド映画『祈りの雨』ラヴィ・クマール監督(下)

2013-10-31 | 映画祭

前回に引き続き、ボーパール事件を描いた力作『祈りの雨』のラヴィ・クマール監督のご紹介。今回は、前回アップしたQ&A終了後にさせていただいた、インビューの報告です。通訳の松下由美さん(写真右)も同席して下さいました。

インタビューするにあたって、まずちょっと自己紹介をと思い「ヒンディー語が話せます」と言ったことから、なぜか話はインドの言語状況のことになってしまい、映画『イングリッシュ・ヴィングリッシュ』の話題などが飛び出しました。

ラヴィ・クマール監督:その映画の主演女優(シュリーデーヴィ)は、よく知ってますよ。彼女のご主人が友だちなんです。

cinetama:ああ、プロデューサーのボニー・カプールですね。そう言えば、『祈りの雨』の中では彼への謝辞が出ていましたね。

ラヴィ・クマール監督:彼が私をサハラ・エンターテインメントに紹介してくれたんです。すごくいい人ですよ。映画の予告編というか、プロモ映像ができ上がったので、映画を完成させるためとポスプロのために資金を必要としていた我々は、それを彼に見せたんです。そうしたら気に入ってくれて、自分が一緒に仕事をしているサハラに紹介してくれました。それで、サハラが製作費を出してくれることになったんです。

cinetama:ボニー・カプールの他には、俳優のリテーシュ・デーシュムクへの謝辞もありましたが。

ラヴィ・クマール監督:実は、最初ジャーナリストのモトワーニをやってくれないかとリテーシュ・デーシュムクにオファーを出したんです。でも、「自分がやるには役が小さすぎる」と断られました。アニル・カプールにもオファーしたんですが、やっぱり「役が小さい」と断られました。
そのほかイルファーン・カーンにも打診しましたが、彼からは「やるならディリープがいい」と言われて。でも私の考えでは、労働者のディリープは小柄で、ちょっとコミカルな所があり、あまりシリアスな感じがしない人がいいと思っていたのです。だから、ラージパール・ヤーダウがぴったりだったんですね。

cinetama:それで結局、ジャーナリストのモトワーニ役はカル・ペンになったのですね。

ラヴィ・クマール監督:そうです。カル・ペンはいい役者ですし、オバマ大統領のもとで社会的な活動をしているという背景もある。アメリカでは、青年層や学生たちがたくさん彼を支持しています。その点でも、私の映画の助けになりますしね。

cinetama:さっきのQ&Aで、ボーパールの近くにお住まいだったというお話が出ましたが。

ラヴィ・クマール監督:同じマディヤ・プラデーシュ州にあるジャバルプル(ボーパールの東方200キロの所にある町)です。離れてはいても、あの事件は誰にとってもすごいショックでした。事件当初はいったい何が起こったのか、正確にはなかなかわかりませんでした。でも事件の概要がわかってみると、人々は激しい怒りにとらわれました。事故を起こしたユニオン・カーバイド社に対する怒りと、政府に対する怒りです。政府は何もしてくれませんでしたからね。

cinetama:映画の中でも、州首相がワイロを受け取る場面とかが出てきますね。

ラヴィ・クマール監督:多額の金を渡していたでしょう? ユニオン・カーバイド社は判決が出たあと、インドの中央政府に4億3千万ドルの賠償金を支払ったのですが、犠牲者の遺族に渡ったのは1人あたり300ドルだけですから、残りの多額の金が不適正な使われ方に回されたわけですね。

cinetama:その時からずっと、ボーパール事件のことが頭を離れなかったのですか?

ラヴィ・クマール監督:いや、そういうわけではなくて、数年前に何冊か、ボーパール事件に関する本を読んだんです。その中で、サンジャイ・ハザリカの書いた本(※)はすごくて、まるでスリラーみたいでした。このまますぐにも映画になると思いました。
それで、3ヶ月かけて脚本を書き上げました。ジャーナリストを主人公にした、『エリン・ブロコビッチ』みたいな物語です。でも、ジャーナリストが主人公というのは、さっきもお話ししたようにうまく行きませんでした。それで、主人公を複数にした脚本に変えたのです。

※Sanjoy Hazarika "Bhopal, the Lessons of a Tragedy "1987ではないかと思われます。

cinetama:イギリスから何度もボーパールに通って、リサーチをしたわけですね。

ラヴィ・クマール監督:何度も何度も通いました。あの事件の犠牲者のうち、生き残った人々や犠牲者の家族、それに工場で働いていたチョウハーン氏にも話を聞きました。彼の名前も謝辞に入れてありますが、彼からはたくさんの情報をもらいました。他には、医師たちからも話を聞きました。ですので、この映画に描かれていることは全部真実です。

cinetama:撮影はどこで行われたのですか?

ラヴィ・クマール監督:ボーパールでは撮影できませんでした。ボーパールはアクセスが悪いのと、ユニオン・カーバイド社の工場ももうありませんでしたから。大部分は、ハイダラーバードで撮影しました。
ハイダラーバードは、大きな映画界を有していますし、イスラームの影響を受けた古い建築が多く残っています。それに、大規模な化学産業の工業地帯でもあるので、ちょうどいい工場が存在していました。それを借り上げて、ユニオン・カーバイド社に見立てたのです。おかげで、とてもリアルなセットができました。

cinetama:本当に、当時のユニオン・カーバイド社の工場そっくりでしたね。例えば、この参考文献(下写真)の中に出ている工場の図があるのですが、MIC(イソシアン酸メチル)のタンクが3つあるとか、そのままでびっくりしました。

ラヴィ・クマール監督:借り上げた工場を使い、この高い建物や3つのタンクなどは、撮影に当たって我々が作りました。プラスチック等を使って、セットを作ったんです。でも、あとの部分は本当にそっくりの工場で、シャワーとか警告灯とかはそのまま使っています。とてもいいロケ地でした。そのほか、ユニオン・カーバイド社の青いロゴとかも作りましたね。

cinetama:ボーパールでの撮影は全然なかったのですか?

ラヴィ・クマール監督:最後のヘリコプターから撮ったショットのほか、ボーパールの通りをいくつか撮りました。女性ジャーナリスト役のミーシャ・バートンがボーパールに着いて、オートリキシャに乗ってカル・ペンと話しながら行くシーンは、ハイダラーバードで走るトラックの上で撮ったのですが、それにボーパールに行って撮ったシーンを合成しました。欺してるわけですね(笑)。大通りとか、大きなモスクとかはボーパールで撮ったものです。

cinetama:ボーパールの俯瞰シーンで出てくるユニオン・カーバイド社は、あれはCGですよね?

ラヴィ・クマール監督:いや、あれはミニチュアです。『ブレードランナー』を見たことがありますか? あれと同じように、ミニチュアで作ったセットです。ヘリコプターでカメラが町を写すシーンの中心に、ミニチュアで作ったこの手のサイズぐらいの工場を合成したんです。

cinetama:てっきりCGだと思っていました。

ラヴィ・クマール監督:いやいや、CGでは現実味が出ませんからね。事故が起きて、ガスが煙突から排出されるシーンも、ミニチュアを使って撮影しました。CGを使うと、映画『ホビット』みたいに安っぽくなりますから。

cinetama:撮影とそれからポスト・プロダクションには、どのくらい時間がかかりましたか?

ラヴィ・クマール監督:撮影は8ヶ月あまりですね。ポスプロは約3年でしょうか。ミニチュア製作、CG処理、音楽、音作りなど、ポスプロはほとんど全部ロンドンでやりました。というのもロンドンでやれば、私が医師の仕事をやることも可能ですからね(笑)。

cinetama:本業は医師で、”日曜監督”だった、というのはとても信じられませんね。

ラヴィ・クマール監督:(笑って)今回も、インドで映画を撮り終えた後は働かなくてはならなかったんです。というのも、私やプロデューサー、マーティン・シーン氏らは無報酬で仕事をしていたからです。あれだけの大作なので、手持ちの資金は全部、製作費につぎ込まざるを得ませんでした。カメラマンとかのほかのスタッフも、もらった報酬はほんのちょっぴりでした。
私は今もパートタイムの医師として働いていて、今回のTIFFから戻ればすぐに職場復帰することになってます。でも、いいんです。医者は好きですし、重要な仕事ですから。私はとても腕のいい医師なんですよ。

cinetama:昔から、映画を見るのはお好きでしたか?

ラヴィ・クマール監督:そうです。今は見ている暇がありませんけどね。テレビも見ませんし、お酒も飲まないし、仕事一筋です。ですから、今回のTIFFは本当にいい休暇になりました。
昔はよく映画を見ていたし、今もいろんな作品への招待とかがやってきます。私は短編映画も撮っていましたから、それで知られているんです。

cinetama:短編の1本『Notting Hill Anxiety Festival』 (2003)はYouTubeで見ました。

ラヴィ・クマール監督:本当に!? ジュリー・デルピーが主演しているあの短編を? (松下さんが、「またまたそんなビッグネームの女優の名前が!」とびっくり)あれは彼女が脚本を気に入って、出てくれたんです。とってもいい女優さんでした。彼女にはまず、その前に私が作った短編『My Other Wheelchair Is a Porsche 』 (2001)を送って見てもらい、彼女が気に入ってくれたので、それから脚本を見せたんです。脚本はすごく大事ですよ。それ次第で、どんな俳優でも獲得できますからね。
『My Other Wheelchair Is a Porsche 』は、あちこちの映画祭で上映されてよく知られているのですが、障害を持つ青年のセクシュアリティに関する映画です。彼が若い看護師によって性的に目覚めていく姿を描いていて、情感豊かな作品になっています。彼は車椅子に乗っているのですが、強い感情に突き動かされて、車椅子をポルシェのように感じているんですね。とても短いですが、力強い作品です。私の作品は、いつも見る人を考えさせるものになってるんですよ。

cinetama:今回の作品では、すべてがリアルに作られていますね。あのユニオン・カーバイド社の制服も本物ですか?

ラヴィ・クマール監督:もちろんあとで作った物ですが、そっくりにコピーしてあります。ボーパールに行って、制服とかも全部調べて再現したんです。実物と同じでなければ、この映画では使えません。リアル感が失せますからね。ほんの小さなミスであっても、そこから全部がダメになってしまいますから。劇中で登場する紙幣も、その当時のものにしています。出てくる列車も、車体の色が今は赤色なのをブルーに塗りかえました。壁に貼ってあるポスターも、全部当時の物です。

 

cinetama:エキストラとして一般の人がずいぶんたくさん出演していますね。

ラヴィ・クマール監督:ハイダラーバードとボーパールでのロケで、たくさん出てもらいました。俳優を使うと、特に子供たちなんかはリアリティがすっかり薄れてしまいます。成人役も、専門の脇役俳優を使うとうまいかも知れませんが、どこか違ってきます。普通の人に出てもらうと、それだけでリアルさが出るんです。だから私の映画は、ボリウッド映画なんかよりずっとリアルに感じられるでしょう?

cinetama:水中に死体で浮いているというシーンもありましたね。

ラヴィ・クマール監督:あれは、アシスタントのスタッフが演じています。さすがに、一般の人にやってもらうわけにはいきませんからね。

cinetama:撮影中特に大変だったのは、どんなことでした?

ラヴィ・クマール監督:毎日、いっぱいありました。例えば、煙突のシーンですね。煙がこちらの方に流れているとすると、30分後にはそれが別の方向になってしまったりとか、コントロールするのが本当に大変でした。ずいぶん時間を取られましたね。
エキストラもたくさん出演しているので、ちょっと間違ったからもう一度やってもらおうと思っても、それがすごく大変だったり。よく気をつけていないと、ちょっとしたことで全部おじゃんになってしまうんです。
あと、写真家ラグ・ラーイが撮ったボーパール事件の有名な写真で、赤ん坊を埋葬した写真があるのですが、あれを人形を使って再現しようとしたもののうまく行かなかったりとか、撮影中は山ほどの困難に遭遇しました。

cinetama:今は、インドでの公開待ちということですね。

ラヴィ・クマール監督:そうです。まだ時期はわからないんですが、まずアメリカに行って、アメリカの配給会社と話をする予定です。それから、インドでの公開になると思います。サハラというよきパートナーがいるので、大々的に公開してくれると期待しています。

cinetama:次の作品の計画は?

ラヴィ・クマール監督:まず、この『祈りの雨』を観客に気に入ってもらわないと。ダメだったら、私は医者に戻ることになりますね(笑)。
次の作品は、コメディにしようと思っています。誰も死なない作品で(笑)、イギリスで撮る予定です。もう1本、インドでも撮る話があるんですが、そちらはアメリカ人の俳優を使った国際的な作品になると思います。

cinetama:それでは最後に、インド映画ではどんな作品がお好きか教えて下さい。

ラヴィ・クマール監督:古いボリウッド映画が好きです。1950・60年代の作品とか、まあ70年代ぐらいまでの作品で、中でもラージ・カプールとかグル・ダットの作品が好きですね。それ以外には、独立系の監督、サタジット・レイ、ムリナール・セーン、リッティク・ゴトクとかの作品が好きです。でも、ボリウッド映画もとても好きなんですよ。

cinetama:ありがとうございました。

 


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (まな)
2013-11-01 08:35:37
ボーパールの事故は少し前に知ってものすごい衝撃をうけました。

一夜にして想像できないくらいの多くの人々の人生が
奪われてしまったことに他国のことながら激しい怒りと悲しみを覚えます。
まして自国のこととなれば当時のインドの人々の怒りや悲しみは想像できないほどでしょう。

事故当事者である企業が未だ謝罪もしていないことにも呆れてしまいます。

「祈りの雨」、TIFF上映に行くことはかないませんでしたので、
是非、日本でも劇場公開してほしいです。
いろいろと日本の状況とも重なる部分もあるのではないかと思います。
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まな様 (cinetama)
2013-11-01 10:00:57
早速のコメント、ありがとうございました。

おっしゃる通り、見ていると日本の原発事故や、古くは水俣病を引き起こした日本チッソのことなどがオーバーラップする作品でした。
この作品、映画としても手に汗握る作り方になっており、見応えがありますので、一般公開に向いていると思います。ご興味がおありの配給会社様は、ぜひTIFF事務局へご連絡下さい。
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