インド映画は毎年かなりの本数が日本で公開されるようになりましたが、インドの西隣の国パキスタンの映画は、これまで劇場上映された本数もごくわずかです。配給会社がついて公開されたのは『娘よ(原題:Dukhtar)』(2014)というパキスタン、アメリカ、ノルウェーの国際共同製作映画のみで、日本では今はなき岩波ホールで2017年3月25日から公開されました。他には配給会社による一般公開ではなかったのですが、映画祭で上映された『神に誓って(Khuda Kay Liye)』(2007)と『BOL ~声を上げる~』(2011)がホール上映されており、両方ともショエーブ・マンスール監督作となっています。そしてこのたび、2022年のカンヌ国際映画祭で上映され、「ある視点」部門の審査員賞と、「クイアパルム」賞の2冠を獲得したパキスタン映画『ジョイランド わたしの願い』(2022)が、やっと日本でも公開されることになりました。まずは映画のデータをどうぞ。
『ジョイランド わたしの願い』 公式サイト
2022年/パキスタン/パンジャーブ語、ウルドゥー語/127分/原題:Joyland/日本語字幕:藤井美佳
監督・脚本:サーイム・サーディク
出演:アリ・ジュネージョー、ラスティ・ファルーク、アリーナ・ハーン
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル」
※10月18日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
© 2022 Joyland LLC
映画の舞台となっているのは、パキスタンのパンジャーブ州(インドにも同名の州があります)の州都ラホール(ラーホール)です。下町に住むラナ家は、年老いた父アマン(サルマーン・ピアザダ)と2人の息子家族――長男のサリーム(ソハイル・サミール)とその妻ヌチ(サルワット・ギラーニ)と子供たち、次男のハイダル(アリ・ジュネージョー)とその妻ムムターズ(ラスティ・ファルーク)が一緒に暮らしていました。ヌチは3人の女児の母で、今度こそ、と思った出産もまた女児だったためがっかりしますが、目下職がない義弟のハイダルは幼い姪たちの面倒をよく見てくれ、家事もいろいろやってくれるので助かっています。ハイダルの妻ムムターズは美容師で、花嫁を美しく装わせたりして自分の腕前が発揮できるこの仕事に生きがいを感じています。しかし、ハイダルの父は家父長的な考え方の強い人で、ハイダルに早く就職するよう迫り、ハイダルは友人の紹介で、舞台で歌い踊る女性たちのバックダンサーとして働くことになりました。ハイダルがバックダンサーとなったのは、トランスジェンダーの舞姫ビバ(アリーナ・ハーン)のステージでした。何でもはっきりと主張するビバに魅力を感じ、彼女に惹かれていくハイダル。それをきっかけとして、この一家に少しずつ、亀裂が生じるようになります...。
© 2022 Joyland LLC
インドとパキスタンが分離独立した1947年以降はパキスタン領となってしまいましたが、ムガル帝国の時代からイスラーム文化が栄えた古都ラホールは、インド在住の人でも懐かしく思う人が多い街です。私がラホールに行ったのは45年前の1979年なのですが、当時からラホールのバードシャーヒー・モスク、シャーリーマ-ル庭園、そしてアナ-ルカリー・バーザールはインドでも有名でした。
バードシャーヒー・モスク
アナールカリー・バーザール
シャーリーマール庭園(乾期なので池に水がなくて...)
また、印パ分離独立後のパキスタンでは、当時首都だったカラチ(1970年にイスラマーバードがほぼ完成、首都機能が移転した)よりもラホールの方が映画産業の中心地として栄えたため、「ロリウッド」と呼ばれた街でもあります。『ジョイランド』の中では、主人公のハイダルたち男性ダンサーが舞姫ビバを盛り立てて舞台で踊るシーンが何カ所かあるのですが、それはどうやら昔の映画館が舞台のようです。パキスタンも今はシネコンの時代で、ユニバーサル・シネマとかいろんなシネコンがあるようですが、昔の映画館がこういうショーのステージ用に使われているようです。1979年当時にも立派な映画館がいくつもあったので、この中の映画館がもしかしたら本作にも登場しているかも知れません。
パンジャービー語映画『Jut Sourma』を上映中
ウルドゥー語映画『Aag(火)』を上映中
まさに「ラホールはパキスタンのハリウッド」だったわけですが、『ジョイランド』の中に出てくるようなステージショーは比較的歴史が新しいのでは、と思います。と言うのも、ラホールのミュージシャンたちが映画界での職を追われて困窮し、ジャズに活路を見いだす姿を描いたドキュメンタリー映画『ソング・オブ・ラホール』(2015)では、パキスタンのジアウル・ハク大統領時代(1978~1988)にイスラーム化が叫ばれて映画が衰退し始め、その後1990年代に入ってほぼ息を止められた感じになったようで、21世紀になるとミュージシャンには映画の仕事がまったくなく、それで録音スタジオのオーナーが「伝統楽器でジャズをやってみては?」と提案した、という流れになっていたと思います。その後、近年になって映画はまた息を吹き返したのですが、その時は映画の中心地ロリウッドは消滅し、現在はカラチが映画製作の中心地となっています。従って、ステージショーはここ20年ぐらいの間に流行りだしたのでは、と『ジョイランド』を見ながら思ったりしました。「ジョイランド」は劇中に出てくる遊園地の名前なのですが、人生がジョイランドになるには様々な困難が降りかかりすぎる、という思いが身にしみる作品となっています。まずは、予告編で作品の雰囲気を味わってみて下さい。
『ジョイランド わたしの願い』予告編