ヤン・ヨンヒ監督の初の劇映画『かぞくのくに』が8月4日(土)から公開されます。
ヤン・ヨンヒ監督といえば、真っ先に思い浮かぶのがドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』(2004)。朝鮮総連のバリバリの幹部だったお父さんと、しっかり者で気のいいお母さん、そして、帰国事業で1970年代に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に渡った3人のお兄さんというヤン・ヨンヒ監督自身の家族を、お父さんを中心に描いた”私”ドキュメンタリーです。強烈な個性を持ったお父さんはワンマンで、ブルトーザーみたいに突き進むかと思えば、ちょっと弱みを見せたりもするし、孫にはデレデレという、とても人間くさい愛すべき存在です。
しかしヤン・ヨンヒ監督は、お兄さん3人を強制的に北朝鮮に返したお父さんを、心のどこかでは許していません。そのお兄さんたちをピョンヤンに訪問した時の映像もまじえて、父娘の葛藤が描かれていきます。とはいえ、終始笑いが絶えない明るいトーンに彩られているので、重い現実も気にせず見ていられます。舞台が大阪の鶴橋近辺ということもあって、学生時代その近くに住んでいた私にとっては、懐かしい雰囲気のドキュメンタリー映画でした。
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このドキュメンタリー映画と同じ題を冠した本もあります。こちらは映画のメイキング本というよりはヤン・ヨンヒ監督の自叙伝で、映像作家になるまでのいろんな冒険(紆余曲折と言った方がいいかも。高校の先生をしていたことや、恋愛、それから結婚&離婚、アメリカ留学etc.)も描かれています。また、たびたびピョンヤンのお兄さんを訪問した時のことが記述されているのですが、お兄さんたちもとても明るいのです。
”でも兄たちは、
「ほんま、よぉ来てくれたなぁ。苦労かけてごめんな、ヨンヒ」
と、ケラケラ笑いながら言うだけで、自分たちの生活について決して愚痴らない。”(P.126)
こんな記述がほとんどなので、読んでいてとても楽しいのです。深刻な現実が書かれていながら、読めば元気になる本、という点は、映画と同じでした。
ディア・ピョンヤン―家族は離れたらアカンのや | |
梁 英姫 | |
アートン |
ですので、ヤン・ヨンヒ監督の初の劇映画『かぞくのくに』完成、と聞いた時も、コミカルな要素をいっぱい盛り込みながら、家族について、そして日本と北朝鮮の関係について描かれている作品だろうな、と思っていました。ところが、その予測はまったくハズレ。まずは、映画のデータをご紹介しておきます。
『かぞくのくに』
2012年/日本/カラー/100分 公式サイト(予告編がすぐ始まります)
主演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、宮崎美子、津嘉山正種
監督・脚本:ヤン・ヨンヒ
製作・配給:スターサンズ
制作:スローラーナー
宣伝協力:ザジフィルムズ
8月4日(土)より、テアトル新宿、109シネマズ川崎、以後全国順次ロードショー
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主人公は、在日朝鮮人2世で日本語学校の講師をしているリエ(安藤サクラ)。母(宮崎美子)は喫茶店を経営しており、朝鮮総連の幹部として活動する父(津嘉山正種)を支えています。そんな彼らのところに、1997年のある日、北朝鮮にいるリエの兄ソンホ(井浦新)が病気治療のため日本に帰ってくる、という知らせが入ります。父の弟も加わって、ソンホを迎えた一家でしたが、ソンホには北朝鮮から監視員(ヤン・イクチュン)がついて来ていました。それもあってか、家族水入らずになっても、昔の同級生たちと会っても、なかなか心を開けないでいるソンホ。実は、ソンホが帰国したのは、病気治療と共に、リエにあることを打診するためでした....。
これは、ヤン・ヨンヒ監督の実体験を元にしている(実際に病気治療に帰国したのは3番目のお兄さん)とのことなのですが、このエピソードは先の本には触れられていません。ヤン・ヨンヒ監督が記述を避けたのでしょう。それからもわかるように、このエピソードは25年ぶりの兄の帰国という喜びに満ちた出来事ながら、合わせ鏡のようにその裏に悲しく厭わしい思い出が貼り付いているのです。ヤン・ヨンヒ監督はこれまで封印してきたのだと思いますが、これをある時プロデューサーに語ったことから、この映画の企画が動き始めた、というわけなのでした。
脚本執筆段階では、「コメディタッチの会話劇」にする案もあったようです。でも、完成した作品は終始抑えたトーンで進行し、主人公たちが感情をあらわにするシーンもほんの数カ所だけ。あまりにも『ディア・ピョンヤン』と違うので、最初は大いにとまどいました。そのとまどいを払拭し、劇に引き入れてくれたのは、リエ役の安藤サクラとソンホ役の井浦新。安藤サクラは自然体で見事な”妹”を演じ、イ・オル(『サマリア』『恋愛中毒』など)似の井浦新は本当に朝鮮半島の人のよう。この兄妹の存在が、映画を見応えのあるものにしています。
まだまだ知らないことが多い日本と北朝鮮との関係。『月はどっちに出ている』 (1993)で、段ボールの底の重なりにお金の入った封筒を貼り付けて隠し、それに北朝鮮の親族への物資を詰めて送る、という方法を知って仰天しましたが、今も送金や物資の送付は続いているのでしょうね。そんなことも考えながら見た映画でした。
最後にオマケ。2005年7月に鶴橋のガード下で撮った写真です。駐輪禁止を訴えるポスターなんですが、大丈夫か?のイラストが。
ああ、また鶴橋に行っておいしいキムチを買いたいなあ....。
ヤン・ヨンヒ監督の前の2作品も、再上映されるそうなので併せて観たいと思います。
私も鶴橋大好きです~^^
また、行きたいです♡
鶴橋といえば、自転車が自動車に「どけ!どけ!」と道路の真ん中を爆走していたことが思い出されます。
すごいおっちゃんやな~と思いました。
ヤン・ヨンヒ監督の前の2作品、「ディア・ピョンヤン」と「愛しきソナ」も上映されるんですね。北朝鮮に行ったお兄さんの娘を描く「愛しきソナ」の公式サイトを付けておきます。3作品併せて見ると、さらに理解が深まると思います。
「愛しきソナ」
http://www.sona-movie.com/
私の大学時代(1970年前後)も、朝鮮語学科の人たちは北朝鮮を理想の国のように見ていて、「金日成将軍はツヅジが好き♪」とかいうような歌を歌ったりしてましたが、幻想が作用していたのはあの頃までだったのかも知れません。あと、「大同江がなんたらかんたら」という歌もあったなあ。そう言えば、あの頃すでに朝鮮語には接していたのでした....。