アジア映画巡礼

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多様な生・多様な言語・多様な性――『湖底の空』で描かれるもの

2021-06-11 | 日本映画・韓国映画・中国映画

日本・韓国・中国合作の佐藤智也監督・脚本作品『湖底の空』が明日から公開されます。昨年、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリを獲得した作品で、セリフは韓国語と中国語と日本語がほぼ3分の1ずつ、という珍しい作品です。まずは、映画のデータからどうぞ。

『湖底の空』 公式サイト
2020年/日本・韓国・中国/日本語・韓国語・中国語/111分/英語題:SORA
 監督・脚本:佐藤智也
 主演:イ・テギョン、阿部力、みょんふぁ、竹田裕光、アグネス・チャン
 配給宣伝:ムービーアクト・プロジェクト
 配給協力:ミカタ・エンタテインメント
6月12日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開

©️2019MAREHITO PRODUCTION

物語の始まりは、韓国の地方都市安東(アンドン)から。ソウルから南東に韓国の新幹線KTXで約2時間、高速バスで約3時間、慶尚北道(キョンサンプクト)の道庁があるのが安東です。約20年前、空(そら)と海(かい)の双子の姉弟は、日本人で写真家の父(武田裕光)と、韓国人で土産物店を営む母(みょんふぁ)との4人で、仲良く暮らしていました。安東には美しい湖や川があり、走る列車を眺めながら、2人でお絵かきをするのが日課でした。しかし、経済問題から両親は時折衝突し、不穏な空気が漂うことも...。そして20数年後の現在、空(イ・テギョン)はイラストレーターとして上海に住んでおり、空の所には、今は女性となった海(イ・テギョン二役)が訪ねてきます。「今の私は海(かい)じゃなくて海(うみ)よ」。子供の頃から自分の性に疑問を感じていた海は、幼い時母に連れられて受診した病院で、トランスジェンダー(性分化疾患)であることを教えられたのでした。ロングヘアの美しい娘になった海は、先日会った編集者の望月(阿部力)に好意を感じている空をけしかけ、その恋を後押しするのですが、空はなかなか前に進めません。日本から来て中国人の老夫婦の家に下宿し、小さな出版社で働く望月もまた、幼い頃に母と別れたことがトラウマになっていて、恋愛に関しては消極的なのでした。そんな中、中国人の童話作家(アグネス・チャン)が空の絵を気に入り、絵本の制作が始まります...。

©️2019MAREHITO PRODUCTION

本作は、時間と空間を行ったり来たりしながら、主人公の2人、空と望月の過去をゆっくりと解きほぐしていきます。安東のシーンでは韓国語に時折日本語が混じり、上海のシーンでは中国語と韓国語に時折日本語が混じる、といったように、クロスするのは時間と空間だけでなく、言語も、そして性の認識もクロスするのです。さらに言えばあと2つ、クロスするものがあるのですが、それはラストで明かされます。非常に入り組んでいるので、初見だとちょっとわかりにくく、3分の2ぐらいまでは映画に翻弄される思いを味わわされるかも知れません。

©️2019MAREHITO PRODUCTION

ラストに近づくにつれていろんな謎が解けていき、そういうことだったのか、その贖罪の意識がずっと空を縛っていたのか、ということがわかってくると、それまであまり好きになれなかった空を見る目が違ってくるのでは、と思います。ラストには救いが待っていて、広々とした野に出たような開放感を味わわせてくれますが、その開放感にはちょっとユーモアもまぶしてあって、「落武者」というキーワードが効いています。劇中に「落武者」が出て来たら、しっかり憶えておいて下さいね。

©️2019MAREHITO PRODUCTION

成長した主人公たちを演じた韓国女優イ・テギョンは、2011年にデビューして以来、インディーズ系の作品に10本近く出演している「韓国インディペンデント映画のミューズ」なのだとか。空としては生硬な演技のシーンが多かったのですが、海役で出て来た時はまったく感じが違い、別人かと思うほど。しっかりした演技力を備えた人で、この難役にひるまず取り組んだ感じが伝わってきます。言葉も日本語は完璧にこなし、中国語も話しています。相手役の阿部力は、母方の祖母が日本人で幼少期は中国で過ごし、9歳の時に来日。18歳になった2000年には中国に戻って北京電影学院で学んだ、という本格派の人です。その後、日本のドラマ「花より男子」(2005)に出演して大人気になり、中国や台湾のドラマにも出て、華流スターの1人としても活躍しました。ディーン・フジオカに先駆けての、アジアを股に掛けて活躍したイケメン俳優です。今回は、中国語はまだ不得手、という役どころで、かえって大変だったかも知れません。

©️2019MAREHITO PRODUCTION

国境も言葉の壁もどんどん超えていける人が増えている現在、性別の壁を超えたぐらい、たいしたことではない、と言うのは乱暴でしょうか? 多様な人種や多様な言語、そして多様な生き方があってこそ面白くなる世界。性も多様でいいのでは? と、そんなことも考えさせられる作品でした。最後に予告編を付けておきます。

「湖底の空」予告編

 


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