トミーさんが三球三振を喰らい、壁にバットを投げつけた日から数日後。
彼の姿は中央公園から消えてしまいました。
ばったりと。
私たちは、 トミーさん どうしちゃったんだろう? と心配していましたが、
来る日も 来る日も トミーさんはその姿を見せてくれません。
トミーさんは、 軟式ボールを 投球の的にしていた壁の下の地面に置いたまま帰宅するのが常でした。
トミーさんは現れないのに、 彼のボールだけが 公園の端っこで寂しくたたずんでいました。
「ボールを置いたままじゃけん、また来るよね、 トミーさん…」
私たちには 待つことしか出来なかったのです。
大声をあげながらバットを投げたトミーさんの姿を偶然見ていた近所のおばさんが町内の家々を回り、
「あの子は危険だから、公園に来ないようにせんといけん」
と、 数人のおばさんを引き連れて、トミーさんの自宅へ談判しに行った。
その情報をもたらしてくれたのは、ナカタニくんのお母さんでした。
公園での三角ベースの合間に、子どもたちは話し合いました。
「みんな、 それぞれの母ちゃんに説明しようやぁ、 トミーさんは悪気がなかったんじゃゆうて」
公園から帰宅した私は、 台所にいた母親に尋ねました。
トミーさんのことで、 誰か 家に来たのか と。
母は、「知恵遅れの子がバットを振り回して暴れたんじゃろ?」 と、冷めた声で答えました。
「違うんよ!
トミーさんは三振した自分に腹立てて 壁に向かってバットを投げてしもうただけなんじゃ」
しかし母は続けます。
「あんたらに当たったら大怪我するところじゃったろ? ああいう子とは一緒に遊んだらいけんのよ!」
「なんでー? トミーさんは優しい人なんよ、 知恵遅れじゃけど、ええ人なんよ」
涙ぐみながら、状況を打破しようとしつこく食い下がる私に 止めをさすかのように、
母は言い放ちました。
「世の中には、 しかたない事が一杯あるんじゃけん」
自室に戻った私は、机に突っ伏したまま 溢れ出る涙を止めることができませんでした。
ピッチャー、 第1球を投げました
ピッチャー、 第1球を投げました
ピッチャー、 第1球を投げました
ピッチャー、 第1球を投げました
きっと トミーさんは・・・
健常者である私たちと遊ぶことを 彼の親から禁じられていたのでしょう
遠慮していたから、 自分から三角ベースに入って来ようとしなかったのでしょう
ピッチャー、 第1球を投げました
孤独なトミーさんの思いが、 諦めが、
彼のつぶやきとともに 私の頭の中で ぐるぐると回り続けました。
静かに
いつまでも。
その後、 トミーさんが中央公園に姿を現すことは二度となく、
私たちの間で、 トミーさんが話題になることも徐々に減っていき、
さらに 1年後、 私は三原市内の最東端の町へ引っ越したので、
本町の中央公園へ行くこともなくなってしまい、
通う小学校が違う、ナカタニくんやコージくんセージくん兄弟たちとも 縁が切れました。
公園に置かれたままだった トミーさんの軟式ボールがどうなったのか、
私にはそれを知る由もありませんでした。
