若い頃の僕は、 「男はつらいよ」 という映画が 大嫌いでした。
映画館で観るなんて、とんでもない話で、
団体で貸し切ったバスの車中、 退屈してきたご老人向けに流されるビデオを チラ見する程度でした。
ベタなギャグ、 そして、 古めかしい映像。 もう最悪だ! と思っていました。
ところが、30歳になった頃から、 この映画の良さに気が付き始めたのです。
昭和の高度経済成長期から 置き去りにされたかのような、
温かい下町の風情、 日本全国、津々浦々の町や村の風景、 そして 寅さんという人物。
初めて映画館で、自ら「男はつらいよ」 を観たのが、 第48作目。
つまり、 渥美清さんの遺作となった、 シリーズ最終作品でした。
お正月。 旅先の 仙台の映画館でした。
寅さんと、 浅丘ルリ子さん演じるマドンナ、 リリーが、
一緒に余生を過ごす決意をしたことを示唆しながら、 映画は終わります。
失恋ばかりの人生だった寅さんにとって、 生まれて初めて 成就した「恋」。

毎日、心が痛むニュースで溢れかえる テレビ、 新聞、 そして ネット。
失業、 衝動殺人、 子殺し・親殺し・兄弟殺し、 強姦事件、
麻薬・覚せい剤、 政治・官僚腐敗、 伝染病、 ・・・
すべて、 実直かつ愚直な寅さんの生き方とは正反対のことばかり。
つらいことばかりで、 いっそ目を閉じて、 歩くことを止めてしまいたいと考える時、
ふと、 寅さんが僕の前に現われてほしい と願ってしまうのです。
「よ! にいちゃん。 暗い顔してたって、なんにも変わんねーぞ。
こんな世の中だけど せめて てめえだけはよ お天道様に顔を向けて生きていくんだ。
それが、 あんちゃんを産んでくれたおふくろさんへの 精一杯の恩返しってもんじゃねーのかい。」
そう言って、僕の肩を ポンと 叩いてくれそうな そんな、寅さんに 会いたいなー。
