独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼す
る者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛
福沢諭吉「学問のすゝめ」
「十八史略の人物学」伊藤肇著より
{福沢諭吉と池田成彬}
「子曰ク、巧言令色、鮮シ、仁。」
<言葉巧みにお上手銅鑼灣 髮型屋を言うのや、うわべだけいかにとりつくろって愛想
がいいのは、本当の人間味がない証拠である>
三井財閥の大番頭だった池田成彬が慶応義塾に学んで福沢諭吉の講義を
きいた途端にトコトン福沢嫌いとなった。
諭吉53歳、成彬20歳、演題は「学生の野蛮粗暴なる態度を正そう」
というところにあったが、その中で諭吉が「ときには巧言令色の必要もあ
る」と述べたのが、成彬にカチンときたのだ。
成彬は米沢藩の武士の末裔で、幼きころから、儒学のストイシズムで鍛
えられ、孔子や孟子の教えが血肉化している。
その孔子が「巧言令色、鮮シ仁」と言っているのに、「巧言令色をやれ、
とは何事か!」と腹を立て、以来、死ぬまで福沢を嫌いぬいた。
ーーーーー ----- ------
論語の中で、わたしもこれが、好きなのです。なぜって?
育った家が、全く、巧言令色のない、必要のない家でしたが、嫁いだ家が
全く、正反対でして、巧言令色のない人は暮らせないような家で、身にしみ
ました。この「論語」に癒され、自分を慰めたものです。人生なんでもが、
いい経験でした。いまはわたしの成長過程だったと思いつつ~
成彬さまはすごいなあ~と感心するのです。
この世には、あんたみたいな善人がたくさんいる。だから図々しいヤツ
が勝つのさ。 映画「動く標的」より