後期高齢者群への加入記念、残念ブログはじめました!

始まりは1965年の春、17歳の僕と1学年下のきみの6年間のダイアリー。緋色のルーズリーフノートの思い出です。

1966年 3月20日

2023-09-15 12:51:00 | 日記

既にK大は不合格。今日発表のS大も残念でした。

この間約束どおり日記の交換のために二度会っただけ。僕の試験が一週間前に終わり一応卒業式も参加できたが、きみとはゆっくり話できなかった。

一年の浪人が決まったので、今後のことも話できる。きみは高三となって京都の女子大を目指し、僕は京都の予備校に通って滑り止め対策もしてS大に再チャレンジすることにした。だから一年間はまだこの町で暮らせるのだ。

この街が好きさ 君がいるから

  この街が好きさ君の思い出あるから

「きみとの思い出あるから」が正解なんだけど…

高校を卒業して引越し。姉弟二人で暮らしていた家から、姉の結婚を機に両親の元への引越し。土間から一直線の高い階段を上がり薄い板扉一枚で入る部屋は、今までの四畳半一間から八畳二間続きでほぼ4倍に。広すぎ!

あるものは文机と小さな本箱が各一と、His Master’s Voice で有名な犬「ニッパー」を置いたビクターのステレオ。

あとは全て広い押し入れに収納。

さあ、予備校生活が始まる。

一年で脱出するぞ!


「早春の風に背中を押されているようなそんな不思議な高揚感があった。風は僕に語りかけていた。前へ進めと、夢を叶えよと。」

(乙坂鏡史郎『美咲』)


高校時代の昼飯の思い出

学校を出てお濠の京橋を渡ってすぐ右にあった喜龍軒のチャンポンがお気に入り。あまり年の離れていないお兄さんと彼のお母さんの二人でやってたお店。今この街の名物はチャンポンらしいが、喜龍軒発祥のチャンポンではないようだ。残念!


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