最近、韓ドラや韓俳優のインタビューを聞いていてとても気になっている言葉の一つが・・「ヨクシム」である。 欲と訳すのだろうか? ヨンハの歌でも「・・ヨクシミ センギョ(欲張りな気持ち】、とか「ヨクシミル プ二ジョ~」とか出てくる。 日本人にとって欲バリとはお金ヘの執着とか子供っぽい利己的な自分にだけ向かう気持であまり良い意味では使われないけど。 大人の人が自分の事を振りかえる時、あるいは謙虚である時に「自分が欲をかきすぎてないだろうか」という基準を持つことにすごく新鮮な気持があった。
ヨンジュン氏が日本のファンサービスをしようとホテルの玄関から車ででてきて、負傷者がでてしまってのインタビューで『わたしが欲張りすぎました」と言っていたのも、記憶にあることだ。
多分、日本語の訳でこの言葉は実はもっと沢山のことをあらわしているのだろうけど。
最近、このことは私にも・・影響が。
自分のことを見つめなおす時に、 『欲張りすぎていないだろうか?」
こう考えるととても冷静におだやかに自分をみることができる。 人と比べる必要なしだ。
謙虚に・・・・と俳優さんが言っている時、どんな言葉を使っているのだろうか? 誰か教えて欲しい。
もしかしたら「ヨクシム」を使って話していないかなあ。
1週間前の『愛の群像」でお母さんがシニョンに結婚を許すところ。 親孝行したい娘の気持となにより娘の幸せを願う気持とが重なる良い場面である。 本当にどの場面も丁寧に描いているので、好感がもてる。 「わたしがジェホを嫌いに成ればとどんなにおもったか・・・」 こういうのに、親は弱いだろう。 そして、母・・『ジェホとの結婚がお前を本当に幸せにするかしらと考えていたのよ。
」 そして母は 「わたしがヨクシミ マンナッソ」と言ってタのだ.その後『私がお前の結婚に反対したのは、お前がにくくてしたわけではないの。 わかるわよね?」そういって娘と抱き合う。 こんなに言葉に出して、お互いの気持を交流するということはできるだろうか? 素晴らしい。 そして母は自分が結婚したときに自分の母に同じ気持を味あわせたと思いをはせ、『今日はねむれないわ」と。
この場面、シニョンさんのコメントを載せさせて頂きます。
とても素晴らしいです。
昨日の愛の群像で シニョンのお母さんが シニョンに歩み寄って結婚を許し 母親
のいろいろな思いを語っているシーン・・・・・ 私もそろそろ年頃の娘がいるので
母の立場でも台詞に聴き入ってしまいましたが その中で 「私は欲張りすぎたの
ね」と、また「欲張り」の表現がでてきましたね。 この間の韓国語の教室で
は時間があんまりなかったので 詳しいことは聞けなかったのですが、欲はyok-sim
(欲心)。 日本語と同じように ヨクシミ イッソとか ヨクシミ オプソ と
言うように使うとのことでした。 昨日は ヨクシミ マンナッソ と聞こえま
した。 (ヨンジュン氏はインタビューでなんて言っていたのでしょう? 録画し
ていたDVDで捜してみたのですが見つけられませんでした)
ヨクシミ マンナッソ・・・ 欲が多いという意味ですよね。 日本語では「欲が深
い」というところですね。 でも、日本語で 欲が深いというと、どうしても 金銭
がらみの欲の意味で使われますが 韓国ドラマでは もっと精神的な「要求しすぎて
しまう」みたいなニュアンスで使われるようですね。 このあたりの 使い方の違
いが 面白いですね。

ヨンジュン氏が日本のファンサービスをしようとホテルの玄関から車ででてきて、負傷者がでてしまってのインタビューで『わたしが欲張りすぎました」と言っていたのも、記憶にあることだ。
多分、日本語の訳でこの言葉は実はもっと沢山のことをあらわしているのだろうけど。
最近、このことは私にも・・影響が。
自分のことを見つめなおす時に、 『欲張りすぎていないだろうか?」

こう考えるととても冷静におだやかに自分をみることができる。 人と比べる必要なしだ。
謙虚に・・・・と俳優さんが言っている時、どんな言葉を使っているのだろうか? 誰か教えて欲しい。
もしかしたら「ヨクシム」を使って話していないかなあ。
1週間前の『愛の群像」でお母さんがシニョンに結婚を許すところ。 親孝行したい娘の気持となにより娘の幸せを願う気持とが重なる良い場面である。 本当にどの場面も丁寧に描いているので、好感がもてる。 「わたしがジェホを嫌いに成ればとどんなにおもったか・・・」 こういうのに、親は弱いだろう。 そして、母・・『ジェホとの結婚がお前を本当に幸せにするかしらと考えていたのよ。
」 そして母は 「わたしがヨクシミ マンナッソ」と言ってタのだ.その後『私がお前の結婚に反対したのは、お前がにくくてしたわけではないの。 わかるわよね?」そういって娘と抱き合う。 こんなに言葉に出して、お互いの気持を交流するということはできるだろうか? 素晴らしい。 そして母は自分が結婚したときに自分の母に同じ気持を味あわせたと思いをはせ、『今日はねむれないわ」と。
この場面、シニョンさんのコメントを載せさせて頂きます。


昨日の愛の群像で シニョンのお母さんが シニョンに歩み寄って結婚を許し 母親
のいろいろな思いを語っているシーン・・・・・ 私もそろそろ年頃の娘がいるので
母の立場でも台詞に聴き入ってしまいましたが その中で 「私は欲張りすぎたの
ね」と、また「欲張り」の表現がでてきましたね。 この間の韓国語の教室で
は時間があんまりなかったので 詳しいことは聞けなかったのですが、欲はyok-sim
(欲心)。 日本語と同じように ヨクシミ イッソとか ヨクシミ オプソ と
言うように使うとのことでした。 昨日は ヨクシミ マンナッソ と聞こえま
した。 (ヨンジュン氏はインタビューでなんて言っていたのでしょう? 録画し
ていたDVDで捜してみたのですが見つけられませんでした)
ヨクシミ マンナッソ・・・ 欲が多いという意味ですよね。 日本語では「欲が深
い」というところですね。 でも、日本語で 欲が深いというと、どうしても 金銭
がらみの欲の意味で使われますが 韓国ドラマでは もっと精神的な「要求しすぎて
しまう」みたいなニュアンスで使われるようですね。 このあたりの 使い方の違
いが 面白いですね。

向上心のなさ…の心配は絶対ないですねえ。 あの韓国の人のエネルギーとぎりぎり最後まで頑張る粘り強さをみていると・・・。 この国の凄く理解できるところと ちょっと違うところ・・・・惹かれます。