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悲劇の第2バイオリン

2008年03月22日 | 折々の読書
その話はこうだ。

第2バイオリンを求めて幾星霜。一体,第2バイオリンはどこで手にはいるのでしょうか?

ご存知のとおり,第2バイオリンとは単なる区分であって楽器の種類ではない。一丁のバイオリンが第1にも第2にもなる。これを理解できないと第2バイオリンという楽器があるように思ってしまう。それを下敷きにして冒頭の冗談が成立する。

私はこれを都市伝説の部類か,誰言うとなく広まった音楽業界の定番の冗句と思っていた。ところが,この間何となく読んでいた『音樂讀本』(山田耕筰著,昭和10(1935)年刊)の中にその原点と思われるエピソードを発見して驚いた。

この本の中で,山田耕筰(1886-1965)は,絃楽四重奏に第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンがあることを説明してから思い出したようにその話を挿入している。(78頁)

「今から十四五年も前の事ですが…(以下,私の要約[一部新字体に直しています])ある縣の師範學校の依頼に應じ,友人とピアノ三重奏を演奏した後,その土地の女學校の音樂教師が私たちに切り出したのは,「かねがね第二ヴァイオリンを手に入れたいと思って種々の人に依頼したが未だに買うことが出来ない。ついてはあなた方の手蔓でどうか第二ヴァイオリンを入手させていただきたい」というものだった。

唖然としたのは山田達であった。だが,真面目に頼むその人に対して懇々とその間違いを説明してもついに納得してもらえなかった。そしてその音樂教師は積年の願いが叶えられることなく数年後に亡くなってしまった,というのである。

嘘のような本当の話,というところであろうか。だが,この時期に嘘を書くとも思えない。現代では,洋楽輸入期の笑い話として片付けられるのかも知れないが,この時期の山田達は「かうした小さい常識的な問題に対して(略)まで話を進めて行かねばならないと思」うと述べて,正しい知識の重要性を示そうとしている。実際,この本には現在では誰でもが知っているオーケストラの楽器の説明や作曲家の説明が続く。

恐らく,この本が発行された昭和10年代では,そういった知識が「洋樂」に関する最新のものであったろう。それは逆にほとんどの人がそのような知識を持っておらず,故に啓蒙の必要性があったのだと言える。例えば,チェロはセロでなくヴィオロンチェロと呼べというようなことが書いてある。逆に言うと当時はセロと言われていた証拠である。

このように,この本は当時の状況をいろいろと想像させてくれる。単なる冗談と思っていた「第二ヴァイオリンの話」が日本の西洋音楽の受容史の一面を語るものであるように思われてくる。(無論,このような話は既に知られていることかもしれないのだが。ご存知の方はご教示ください)

■山田耕筰著『音樂讀本』 (讀本シリーズ) 昭和10年2月,東京市,日本評論社.