かぺるん日記

とりあえず。。

肩甲骨に住むもの

2011-02-10 17:27:11 | Weblog
昨年の秋、ギックリ背中になった。
台所で洗い物をしながらカウンター上の食器を取ろうと手を伸ばしたところ、左側肩胛骨の内側に電気のような激痛が走り、その後息をするのも苦しいくらいの痛みが続いた。
整体師の希代子先生に泣きついて遠隔治療をしてもらい、激痛はその日でおさまったのだけれど、肩胛骨内側の鈍い痛みというか違和感は、しつこくずっと残っていた。
まるで何かがそこに住み着いてしまったように。
それが、今年に入ってさっぱり消えてしまったのだ。
それと同時に、昨年後半陥っていた仕事のスランプモードを急に脱してしまった。
思い当たる理由は3つ。
①今年は年女だから。
年女・年男というのは吉なのか凶なのかよくわからないが、なにかしら変化があるということなんですよね。
②昨年末10年ぶりに行ったパリですごくリフレッシュできたから。
違う空気、違う時間軸に乗って過ごし、何かがそこで落ちて軽くなった気がする。
③仕事の環境(人間関係)が変わったから。
まあ普通に考えれば③がメインの理由でしょう。
優秀でそつのない部下の存在にプレッシャーを感じ、自分はダメだー、これ以上バカは見せられないと小さく固まってしまっていた。
上司の私がこんなことではいかんと思い、こちらが苦手意識を持っていることをさとられないように気を遣うため、微妙に緊張感の漂う人間関係にもなってしまっていたと思う。
申し訳ないけど、部下が別の人に変わったら、構えずに自分を出せるようになり、そうすると意外にいいアイディアも出てきて、ああ私大丈夫と元気になったのだった。
我ながら人間の器が小さいよなぁ。
でも、①も②も関係ある気がする。あまりにもはっきり年が明けて元気になったから。
人間の心って、意思でコントロールできない部分の方が多く、うまくいかないときは辛抱してやり過ごすしかないのだろう。
最近読んだ資料によると、国民の4人に1人が最低一生に一度は鬱などの精神疾患を体験するそうだ。
ところで、私が元気になったのはいいけれど、今度は当の新しい部下の元気のなさが気になっている。
この人もプレッシャーで小さく固まっちゃってるんじゃないだろうか。平静を装っているけれど実は苦しんでるんじゃないだろうか。
私にできることは限られてはいるし、私の好調さもプレッシャーのひとつになっているかもしれないので、関わり方は難しいのだが、
先に同じような苦しさを体験している者として、機会をみつけてエールを送りたいと思っている。
ときどき肩胛骨を回して確かめる。違和感はない。またちょっとしたきっかけでここに何かが住み着くこともあるんだろうけど、なるべくこのままでいたいな。