「のび太の人間性から学ぼう」と呼びかける富山大の横山泰行名誉教授
藤子・F・不二雄さん(1933~96年)の名作「ドラえもん」のもう一人の主人公、のび太の人生哲学を再評価する動きが広がっている。勉強、スポーツが苦手で、失敗を繰り返してはジャイアンからいじめを受ける…。漫画に描かれるのび太像は「負け犬」の代表格。しかし、彼の優しさやくじけない心が小中学生や母親らの心に共鳴しているという。ブームのきっかけは中学生が書いた読書感想文だった。
読むごとに発見
「ドラえもん学」の提唱者で、富山大の横山泰行名誉教授(68)=生涯スポーツ論=はこれまで100回以上、全作品を精読してきた。読むごとに新たな発見があるという。
「ジャイアンのような意地悪な相手にも心底憎もうとしないのが、のび太の良いところ。実は劣等生どころか、優しさと思いやりに満ちあふれ、どんなときも全力を尽くし、失敗にくじけない。いわば“人生の達人”なんです。漫画の細部に人間関係を築くためのヒントが盛り込まれている」
のび太の前向きな言動や身の丈に合った人生観に着目した横山教授が『「のび太」という生きかた』(アスコム、1260円)を出版したのは7年前。「当時、初版で6千部刷り、後に4千部増刷したが、その後、動きが止まっていた。絶版になったわけではないが、書店からは完全に消えてしまっていた」とアスコムの柿内尚文編集長。
感想文が火つけ役
昨年5月、あるインターネットのサイトに神奈川県の中学生がつづった本の感想文が紹介され、のび太の人間味あふれるエピソードに光が当てられた。
〈のび太はどんなに痛めつけられても、悪口や妬(ねた)みよりも「なにくそ」といった反発力の方へエネルギーを昇華させている。(中略)やがて勝ち組となるであろうのび太の生き方を見ていると、おおらかに、前向きに、自分を見失うことなく、淡々と生きていくことが大切だと思うし、親や友達、ひいては社会に受け入れられているという実感もとても大切なことだと思った〉
素直で飾り気のない心情を吐露した文章に、第一人者の横山教授もうなった。アスコムには、テレビアニメを見て育った“ドラえもん世代”の母親を中心に問い合わせや注文が殺到。中には引きこもりの子供を抱える母親からの苦悩に満ちた電話もあったという。現在、累計6万部超の売れ行き。もう一つの「タイガーマスク現象」を引き起こしている。
原作者の藤子氏が「のび太は自画像」としたように、「どんな優等生にものび太的な要素がある。のび太少年を『等身大の自分』ととらえることもできる。大事なことは、潜在的な資質を引き出すドラえもんがいるかどうか」と横山教授。
たとえ身近にドラえもんの「秘密道具」がなくても、さきの中学生が達観していたように「心の中のドラえもん」に気づくことがポジティブに生きる近道になるといえそうだ。 ◇
■主役しのぐ登場回数
ドラえもんの全作品のうち、ほぼ全編でのび太は登場し、ドラえもんをしのぐ。文庫化された『てんとう虫コミックス短編』(小学館、全45巻・823編)について横山教授が調べたところ、のび太のトラブルは582編で登場し、約4割がジャイアンやスネ夫との人間関係に起因するトラブルだった。
横山教授によると、ドラえもん社会は「現代の縮図」といい、一読しただけでは気づかない感情の機微や人間関係の微妙な心理が隠されており、ジャイアンやスネ夫も研究対象になるという。
平成23年2月16日「産経新聞」から転載しました。
藤子・F・不二雄さん(1933~96年)の名作「ドラえもん」のもう一人の主人公、のび太の人生哲学を再評価する動きが広がっている。勉強、スポーツが苦手で、失敗を繰り返してはジャイアンからいじめを受ける…。漫画に描かれるのび太像は「負け犬」の代表格。しかし、彼の優しさやくじけない心が小中学生や母親らの心に共鳴しているという。ブームのきっかけは中学生が書いた読書感想文だった。
読むごとに発見
「ドラえもん学」の提唱者で、富山大の横山泰行名誉教授(68)=生涯スポーツ論=はこれまで100回以上、全作品を精読してきた。読むごとに新たな発見があるという。
「ジャイアンのような意地悪な相手にも心底憎もうとしないのが、のび太の良いところ。実は劣等生どころか、優しさと思いやりに満ちあふれ、どんなときも全力を尽くし、失敗にくじけない。いわば“人生の達人”なんです。漫画の細部に人間関係を築くためのヒントが盛り込まれている」
のび太の前向きな言動や身の丈に合った人生観に着目した横山教授が『「のび太」という生きかた』(アスコム、1260円)を出版したのは7年前。「当時、初版で6千部刷り、後に4千部増刷したが、その後、動きが止まっていた。絶版になったわけではないが、書店からは完全に消えてしまっていた」とアスコムの柿内尚文編集長。
感想文が火つけ役
昨年5月、あるインターネットのサイトに神奈川県の中学生がつづった本の感想文が紹介され、のび太の人間味あふれるエピソードに光が当てられた。
〈のび太はどんなに痛めつけられても、悪口や妬(ねた)みよりも「なにくそ」といった反発力の方へエネルギーを昇華させている。(中略)やがて勝ち組となるであろうのび太の生き方を見ていると、おおらかに、前向きに、自分を見失うことなく、淡々と生きていくことが大切だと思うし、親や友達、ひいては社会に受け入れられているという実感もとても大切なことだと思った〉
素直で飾り気のない心情を吐露した文章に、第一人者の横山教授もうなった。アスコムには、テレビアニメを見て育った“ドラえもん世代”の母親を中心に問い合わせや注文が殺到。中には引きこもりの子供を抱える母親からの苦悩に満ちた電話もあったという。現在、累計6万部超の売れ行き。もう一つの「タイガーマスク現象」を引き起こしている。
原作者の藤子氏が「のび太は自画像」としたように、「どんな優等生にものび太的な要素がある。のび太少年を『等身大の自分』ととらえることもできる。大事なことは、潜在的な資質を引き出すドラえもんがいるかどうか」と横山教授。
たとえ身近にドラえもんの「秘密道具」がなくても、さきの中学生が達観していたように「心の中のドラえもん」に気づくことがポジティブに生きる近道になるといえそうだ。 ◇
■主役しのぐ登場回数
ドラえもんの全作品のうち、ほぼ全編でのび太は登場し、ドラえもんをしのぐ。文庫化された『てんとう虫コミックス短編』(小学館、全45巻・823編)について横山教授が調べたところ、のび太のトラブルは582編で登場し、約4割がジャイアンやスネ夫との人間関係に起因するトラブルだった。
横山教授によると、ドラえもん社会は「現代の縮図」といい、一読しただけでは気づかない感情の機微や人間関係の微妙な心理が隠されており、ジャイアンやスネ夫も研究対象になるという。
平成23年2月16日「産経新聞」から転載しました。