久しぶりにソウルを往復した。羽田-金浦間のフライトは約2時間、成田とは大違いだ。これなら日帰り出張も十分可能だろう。「近くて遠い」国が「本当に近い」国になったことを実感するとともに、朝鮮半島を取り巻く国際情勢の複雑さを再認識する機会となった。
今回は日米韓有力シンクタンク共催の三極対話に参加させてもらった。ほぼ同時期に中国の胡錦濤国家主席が国賓として訪米している。偶然同じホテルで中国の旧友とも再会できたので、ソウルでは北東アジアの戦略環境につきじっくり考えることができた。
朝鮮半島の専門家には「当たり前だ」と言われそうだが、今回の出張で改めて学んだことが三点ある。
1、韓国から戦争は起こせない
まず驚くのは、金浦空港上空から見たソウルの人口密集度だ。人口約5千万人の2割、約1千万人が住む大都会だが、北朝鮮からの長距離砲攻撃は現在も防ぎようがない。1950年代ならともかく、今や「持てる国」となった韓国が失うものはあまりにも大きいと感じた。
昨年11月の延坪(ヨンピョン)島砲撃事件の際も、市内繁華街の喧噪(けんそう)がやむことはなかったと聞く。李明博大統領は北朝鮮の挑発に対し「強力な報復」を行うと明言したが、現実にソウルを壊滅させかねない「戦争」を覚悟で対北報復することは容易ではなかろう。
2、第三の道を探る中国
最近中国企業が北朝鮮の経済特区に対し20億ドルを投資する話が進んでいると報じられた。今後数年間に発電所や自動車道などさまざまなインフラが整備されるという。まだまだ額は小さいが、将来北朝鮮と中国東北3省との経済的連携が拡大する可能性もある。
安全保障上の意味合いは小さくない。これまで中国には「金王朝」支持を続けるか、北朝鮮崩壊による半島統一かの選択肢しかないと思っていたが、こうした中国の経済進出が続けば、「金王朝崩壊後の北朝鮮存続」という第三の道が見えてくるかもしれない。
3、日米韓安保協力に対する温度差
今回最も痛感したことは朝鮮半島の地政学的現実だ。北朝鮮はもちろん、韓国にとっても、半島の将来を決める最も重要なプレーヤーは米国と中国であって、日本ではない。北朝鮮崩壊後の統一朝鮮が中国と直接国境を接することの意味はあまりにも大きい。
現在日米韓安保協力を最も望んでいるのは恐らく米国であり、日本もその可能性を模索しているだろう。しかし、軍事面での対日協力に関する韓国のアレルギーの原因は、日韓歴史問題だけでなく、こうした韓国の安全保障意識なのだと今更ながら悟った。
それにしても、今回韓国側関係者の話を聞いて感心したのは議論のレベルの高さだ。韓国官民は、繁栄を享受しながらも、国防・安全保障に関する研究に今も膨大な予算と人員を投入している。仮想敵と直接国境を接する「危機感」がそうさせるのだろうか。
日本にとって日米韓安保協力が重要な外交課題であることは間違いない。しかし、日本が韓国に対し「北朝鮮後」の朝鮮半島との関わり方について戦略的ビジョンを示し得ない限り、安全保障面での日米韓協力が真の意味で進展することはないと痛感した。
こう考えながら、金浦から2時間ほどで平和な東京に戻ったら、そんな問題意識も一瞬で消えてしまった。安全保障に関する日韓のギャップはかくも大きい。このままでは日本は朝鮮半島問題の主要プレーヤーになれそうもないが、本当にそれで良いのだろうか。
◇
【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では、首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
平成23年1月27日 産経新聞「1月27日」から転載しました。
今回は日米韓有力シンクタンク共催の三極対話に参加させてもらった。ほぼ同時期に中国の胡錦濤国家主席が国賓として訪米している。偶然同じホテルで中国の旧友とも再会できたので、ソウルでは北東アジアの戦略環境につきじっくり考えることができた。
朝鮮半島の専門家には「当たり前だ」と言われそうだが、今回の出張で改めて学んだことが三点ある。
1、韓国から戦争は起こせない
まず驚くのは、金浦空港上空から見たソウルの人口密集度だ。人口約5千万人の2割、約1千万人が住む大都会だが、北朝鮮からの長距離砲攻撃は現在も防ぎようがない。1950年代ならともかく、今や「持てる国」となった韓国が失うものはあまりにも大きいと感じた。
昨年11月の延坪(ヨンピョン)島砲撃事件の際も、市内繁華街の喧噪(けんそう)がやむことはなかったと聞く。李明博大統領は北朝鮮の挑発に対し「強力な報復」を行うと明言したが、現実にソウルを壊滅させかねない「戦争」を覚悟で対北報復することは容易ではなかろう。
2、第三の道を探る中国
最近中国企業が北朝鮮の経済特区に対し20億ドルを投資する話が進んでいると報じられた。今後数年間に発電所や自動車道などさまざまなインフラが整備されるという。まだまだ額は小さいが、将来北朝鮮と中国東北3省との経済的連携が拡大する可能性もある。
安全保障上の意味合いは小さくない。これまで中国には「金王朝」支持を続けるか、北朝鮮崩壊による半島統一かの選択肢しかないと思っていたが、こうした中国の経済進出が続けば、「金王朝崩壊後の北朝鮮存続」という第三の道が見えてくるかもしれない。
3、日米韓安保協力に対する温度差
今回最も痛感したことは朝鮮半島の地政学的現実だ。北朝鮮はもちろん、韓国にとっても、半島の将来を決める最も重要なプレーヤーは米国と中国であって、日本ではない。北朝鮮崩壊後の統一朝鮮が中国と直接国境を接することの意味はあまりにも大きい。
現在日米韓安保協力を最も望んでいるのは恐らく米国であり、日本もその可能性を模索しているだろう。しかし、軍事面での対日協力に関する韓国のアレルギーの原因は、日韓歴史問題だけでなく、こうした韓国の安全保障意識なのだと今更ながら悟った。
それにしても、今回韓国側関係者の話を聞いて感心したのは議論のレベルの高さだ。韓国官民は、繁栄を享受しながらも、国防・安全保障に関する研究に今も膨大な予算と人員を投入している。仮想敵と直接国境を接する「危機感」がそうさせるのだろうか。
日本にとって日米韓安保協力が重要な外交課題であることは間違いない。しかし、日本が韓国に対し「北朝鮮後」の朝鮮半島との関わり方について戦略的ビジョンを示し得ない限り、安全保障面での日米韓協力が真の意味で進展することはないと痛感した。
こう考えながら、金浦から2時間ほどで平和な東京に戻ったら、そんな問題意識も一瞬で消えてしまった。安全保障に関する日韓のギャップはかくも大きい。このままでは日本は朝鮮半島問題の主要プレーヤーになれそうもないが、本当にそれで良いのだろうか。
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【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では、首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
平成23年1月27日 産経新聞「1月27日」から転載しました。