偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏225今熊山(東京)

2009年11月20日 | 登山

今熊山(いまくまやま) 沙門鳳明(しゃもんほうみょう)

225  【データ】今熊山 505メートル▼25000地図 五日市▼最寄駅 JR五日市線・武蔵五日市駅▼登山口 東京都八王子市上川町の今熊山登山口バス停▼石仏 今熊山山頂直下の刈寄山分岐

2251  【案内】かつて今熊山大権現は行方不明者の発見に霊験がある神として信仰が厚かったと聞く。それは山頂の今熊神社奥宮周辺に残る石造物や社殿を囲む玉垣に刻まれた寄進者の名前からも想像できる。その石造物のなかに「沙門鳳明」と刻まれた石碑が立っていた。沙門は出家して仏道修行をする者を指すが、山中であるここでは修験道の行2252 2253_2 者とみていい。奥宮の裏には線刻の僧形像を刻んだ石が二つある。一つの頭に「南無遍照金剛」とあるので弘法大師であり、今熊神社は真言宗の支配下にあったと思われる。それはこの山の登山口・上川町にある今熊神社の別当だった正福寺が真言宗であることからも裏付けられる。奥宮裏にあるもう一つの線刻像には二人の僧形像があり、背面2254 に「金色山隠士比丘恵賢大和上」「當山中興別當鳳明」の二人の銘がある。それぞれこの山にかかわった僧であろうが、恵賢の素性がわからない。鳳明は石碑の「沙門鳳明」と同じ人物であろう。そして二人並んだ僧形のどちらが中興の鳳明かというと、やはり高い位置にある人物を恵賢大和上とし、低い方を鳳明とするのが妥当だろう。この石碑が建てられたのは安政二年(1855)。今熊山登山口のバス停近くには弘化二年(1845)建立の「今熊山大権現入口」の道標がある。いずれも鳳明が2255 活躍した時代のものに違いない。今熊山へは八王子からもバスがあるが、武蔵五日市駅からが分かりやすい。登る前に正福寺の参拝をおすすめする。本堂の向拝(ごはい)天井の龍がすばらしい。

 【独り言】登山口にある正福寺に御参りしていると、「武州今熊神社 獅子舞保存会」も銘がる半被を着た人が来ました。半被の背中は天狗が持つヤツ2256 2257 デの葉。そして獅子頭を染め抜いたTシャツまで着ていました。聞くと、これから境内脇の倉庫から獅子頭を出すというので、獅子頭についてはまったく素人ですが見学することにしました。獅子は年に一回8月の第4日曜日の今熊神社祭礼に舞うということです。この日は八王2258 2259 子市で開かれる獅子頭展に展示するためで、例の半被を着た氏子の人たちが次々に集まってきました。運び出すのは獅子頭のほかに太鼓や舞に付随する飾り物など一式で、笛は各自が保管しているものを持ち寄りました。この笛はすべて氏子たちの手作り。同じ太さの竹に同じ間隔で同じ大きさの穴をあければ簡単にできるそうですが、素人作りには見えない立派な笛でした。獅子頭は三匹、そのなかの雄獅子を箱から出して見せていただきました。獅子頭を間近に見るのは初めてで、見るというより写真と撮ったという感じでした。

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