偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏163大神宮山(茨城)

2008年09月29日 | 登山

大神宮山(だいじんぐうやま) 百堂念仏供養塔(ひゃくどうねんぶつくようとう)

163 【データ】大神宮山 746メートル▼25000地図 町付▼最寄駅 JR水郡線・常陸大子駅▼登山口 茨城県大子町中郷の唐竹久保集落▼石仏 権現堂集落手前の大神宮山へ通じる林道途中

1631lpg1632   【案内】大神宮山の登山口は唐竹久保の集落。バス停に石の道標がある=写真右=。これとは別に唐竹久保のだいぶ手前から大神宮山のすぐ下まで入る林道があり、百堂念仏供養塔はその途中に立っている。百堂念仏塔について『日本石仏図典』(昭和61年、日本石仏協会)には「何人かの人が集まって、百か所のお堂を念仏を唱えて巡礼して歩く信仰があり、百堂めぐりが結願した折に、供養塔を造立した」とある。また分布地域は関東地方の南東部(埼玉、千葉、茨城、栃木)とし「その造立は寛永から文化年間に及んでいるが、元禄のころまでのものが大部分である」としている。大神宮山の「奉百堂念佛供養」塔は上部に阿弥陀の種字「キリーク」があり、その下に「南無阿彌陀佛」と刻む。建立は「宝暦十庚辰天(1760)」。大子郷土史会の『八溝山麓の石仏』(平成2年、筑波書林)には、この供養塔を含め11基もの百堂念仏供養塔が紹介されているが、この塔はそのなかでは2番目に古いものである。八溝山麓では関東南東部より50100年遅れて百堂念仏が流行ったことを物語る。この地域には天道念仏をおこなった「てんと山」もあり、庶民信仰の石造物を調べるには興味が尽きない土地である。

1633  【独り言】遥拝石 『八溝山麓の石仏』をたよりに天道念仏供養塔探しをしたのは10年ぐらい前でした。それを祀る「てんと山」は各集落近くの小さな山にあるようなのですがいずれも道がなく、地元の人に聞いてもなかなか探しだせない石塔でした。『八溝山麓の石仏』に1634 はほかにも興味ある石造物がたくさん紹介され、今回は大神宮山にある「遥拝石」を訪ねました。遥拝は、はるか遠いところから主に神の鎮座する場所を拝むことで、その場所を遥拝所と呼びます。木曽御嶽山には鳥居峠をはじめ、東西北南の初めて御嶽山が見える場所に遥拝所が造られたことはよく知られています。大神宮山の遥拝石には「神宮遥拝所 いせ正めん 百六十九り 寄神山」と刻まれていました。この山を伊勢神宮の遥拝所としたことを示しています。これを建立したのは田村賢考という山麓の神官で『八溝山麓の石仏』では「文政二年(1818)に生まれ、明治二十二年71才で亡くなるまでに、東洋のダ・ヴィンチと言われてもいい程さまざまな発明をし、多才ぶりを発揮した人」と紹介しています。

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